「どうか、結婚してください!」

あるのーる

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第3章

1

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「俺と、結婚してください!」

 目の前に差し出されたのは、ピンクのゼラニウムのブーケ。それを手にするのはもちろんセオドアであり、跪いて俺を見上げるその顔はもうすっかり大人のものとなっていた。
 肩よりも長い藍色の髪を緩く縛って後ろに流し、柔らかく細めた目を俺に向けるセオドア。キリっとした顔つきはルーカスおじさんに似たものだが、目元は垂れ下がり人好きのする表情をしたイケメンへと成長している。
 しばらくの間離れていたため、こうしてセオドアを正面からまじまじと見るのは久しぶりだ。真剣な目は奥に熱が灯っているようで、その力強さに俺は少しだけドキリとしてしまう。

「せ、セオ、それは……」
「……なんてね。俺、まだウィル兄より強くなれたとは思ってないよ。だけど、ちょっとだけ」
「っ! これは」
「せっかく騎士になれたんだ。これくらい、許してくれるよね?」

 そう言ってセオドアは持っていたブーケから花を1本抜き取り、俺の指に巻き付けた。左手の薬指に指輪のように結ばれた花に言葉を詰まらせていると、あろうことかセオドアはその手を掴んで指先にキスなんて落としてくる。
 驚きと恥ずかしさに固まる俺、その顔を見上げてセオドアはにやっと笑った。

「冗談が酷いぞ……」
「ふふ、俺が忠誠を誓いたいのはウィル兄だけだからね。花は、まぁ俺は求婚している訳なので」
「騎士団の騎士が、そんなこと言ってていいのか?」
「いいんだよ。だって、今の騎士団長はヴィクトルさんだし。何も言わない、というか応援してくれるはずさ」
「セオ……なんか、キザになったな?」

 そうして俺の前に跪いたままのセオドアを、俺は苦笑いしつつどうしようもなく見下ろしている。
 白銀の鎧に王家の紋章が刻まれた剣。狭き門を通り抜けた証であるそれらを身に着けたセオドアは、17歳という最年少で騎士団に入団していた。

・・・・・

 あの獣たちの来襲から、セオドアは何かにとりつかれたかのように訓練へと精を出していた。朝から晩まで詰所に籠り、自警団の手伝い、というより同じ活動をするセオドア。
 村へとやってきた人々は森へ向かうまでに必ず詰所を通るようになっているため、詰所で生活をしていれば自然と顔見知りになる。流石に毎日家へと帰るセオドアだが、顔を覚えることが得意だったらしく夜に顔と名前をルーカスおじさんに伝える事で人の出入りを記録する仕事もはかどっているらしい。そのため後継者としての仕事をおいて訓練に集中することを許されていたようだった。
 そして1年前、俺と同じように村の皆に見送られセオドアは王都へと出発した。

「ウィル兄、僕、頑張るよ」

 小さくなっていく馬車を見送り、そう俺の手を握り視線を合わせて言ったセオドアの姿を頭に焼き付ける俺。いつか俺がしてもらったように、戻ってきたセオドアを目一杯甘やかしてやろう。
 そう密かに考えていた俺は、どこかでセオドアのことを下に見ていたのだろう。俺の思惑など飛び越えセオドアは入団試験に受かり、しばらく王都で騎士としての振る舞いを学ぶことになったのだという手紙が届いた。
 村で手に入るものより格段の質のいい紙に書かれたものは、セオドアらしく俺への感謝の言葉から始まっている。本当は一度村へ帰りたかったがそうもいかず、代わりにこうして手紙を書き連ねていること。心細いが、なんとか頑張ってみるということ。そして、立派になって戻るつもりだということ。
 そんなことを何枚もの紙を使って俺に伝えようとするセオドアに、俺は微笑ましさと同時に沈めたはずの記憶が疼くのを感じる。情けない劣等感を今度こそ振り切りセオドアを応援することに決めた俺は、それからこまめに手紙を送ることに決めたのだ。
 村では新たに強固な柵が設置されたぞ。人がたくさん来るから俺の武具屋も大繁盛だ。村にも活気が出て明るくなってる。そうだ、最近マリオンがマリーにアタックしてるんだが、なかなかうまくいってない。ずっとセオのことばかり追っかけてたけど、そろそろ周りを見てもいいと思うんだけどな。
 ……騎士団では、元気にしているか? 平民だからって虐げられてはいないか? 遠く離れているけど、セオが苦しいならいつだって駆け付けるつもりだ。だから、無理をしないでほしい。どんなに強くなろうとも、セオは俺の大切な人なんだ。
 そんな内容の手紙を、俺は王都にいるセオドアに出す。もちろんだが、王都にセオドアの知り合いなんていない。一人で過酷な訓練をすることになるセオドアの心の支えになればいい、という願いも手紙に込める。
 返ってくるセオドアの返事には、幸いにも訓練は厳しいが楽しいと言ったことが大半を占めていた。それでも何か異変があったらすぐにでも察せれるように何度も読み返し、届いた手紙は全てしまってある。必ず俺のことを気にする言葉で締めくくられる手紙は、俺にも元気をくれる様だった。

「……セオが帰ってくる?」

 騎士になったと知らせを受けて半年、村にやってきたヴィクトル様はわざわざ武具屋へ足を運び、俺にそう伝えてくれた。この時はまだ騎士団長になる前で、駐屯地での諸々を次に来る騎士へ引継ぎをした後村に寄ったのだそうだ。

「ああ、一通り顔合わせや生活の仕方などが身についたころだからね。近くに実家がある者はすぐにでも直に報告をしに帰れたが、ここほどに遠いとそれも手紙で済ますよう言いつけられるものだから。規則とはいえ、随分と酷い話だよ」
「いえ、そこはまぁ色々あると思うのでなんとも……それで、いつ頃になるんですか?」
「聞いたところによると、1週間後くらいには王都を発つそうだ」
「1週間後……ありがとうございます。セオが帰ってきたら、精一杯もてなしてやりますよ!」
「ふふ、そうしてあげてくれ。セオドアも楽しみにしていたから」
「はい!」

 朗らかに笑うヴィクトル様は、もうすっかりセオドアの保護者のようになっていた。それもそのはずあの来襲の報告などで王都と駐屯地を往復していたヴィクトル様は村にいる俺と王都にいるセオドアのどちらもを気にかけてくれ、王都でのセオドア唯一の後ろ盾となってくれていたのだから。
 手紙には書いていないようなセオドアの様子も時折話してくれ、手紙が届くのと同じくらいに俺はヴィクトル様の来訪も楽しみにしている。しかし存分に慕っているようなセオドアの様子を聞くにつれ、俺の中に少し面白くない気持ちが芽生えているのも確かだ。
 それは恐らく、今までセオドアの一番は俺だという気持ちがあったから。せっかく広い世界に羽ばたいていくはずのセオドアを縛ろうなんてとんでもない。これは喜ぶべきことなんだと考え直し、セオドアの話を俺は真剣に聞く。
 もしかしたら、セオドアからのプロポーズは今後されなくなるかもしれない。それはそれで悲しくもあるが、俺は受け入れるべきだ。
 そう覚悟をしていたのに、村へ戻ってきたセオドアは真っ先に俺の元へとやってきてブーケを差し出したのだった。
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