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第2章
セオドア青年の話 *
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ようやく訪れたこの日に、僕はチューリップを片手に武具屋へと走る。
ついに来た。ついに、僕の身長がウィル兄の身長を越えたんだ!
逸る気持ちを抑えきれず、勢いよく開いた扉。驚いた顔をしたウィル兄に向かって、僕は花を差し出しながら9年ぶりの言葉を告げた。
「僕と、結婚してください!」
・・・・・
9年前は失敗に終わったプロポーズを今度こそはと期待していった僕にウィル兄が返したのは、受け入れる言葉ではなく『俺より強くなったら』というものだった。今回も体よく断られた僕は、ウィル兄にすがるような目を向けつつも必死に考える。ウィル兄より強くなる、そのためには何をすればいいのか分からなかったからだ。
僕にとってウィル兄は、いつだって大きな存在だ。僕の手を引っ張り進む道を照らしてくれるような、なくてはならない人。
今の僕は、薄々分かっている。ウィル兄が僕のプロポーズを受けてくれることはないだろうってこと。確かに始め僕がウィル兄に求婚したときの思いは間違っていたもので、ウィル兄が断ったのは正しい。
いや、今もお父さんとお母さんに対する『好き』と同じ性質の『好き』であることを否定はできない。でも、それとは別に僕はウィル兄と離れたくないと思うようになっていた。
それは、騎士団の入団試験を受けに王都へ行っていたウィル兄が帰ってきたとき。酷いことだが受からなかったと戻ってきたウィル兄に、これでまた一緒にいれると僕は喜んでしまった。だってウィル兄はしょうがないと笑っていて、元気そうだったから。
でも、違ったんだ。しばらく離れていたのが寂しくて早くウィル兄と遊びたいとこっそり部屋に行ったとき、ウィル兄は静かに泣いていた。その姿が随分と弱々しく、いつも見上げていたウィル兄が一気に身近なものに思えたのだ。
泣いてほしくなんてない。僕は、笑っているウィル兄と一緒にいたい。
だから、僕もウィル兄を守れるように強くなりたいんだ。
すっかり武具屋としての振る舞いが板についてきたウィル兄の後を追って僕は詰所へと足を運ぶ。ウィル兄の近くにいるために参加させてもらった訓練だったが、今では僕自身が積極的に学ぼうとしていた。
その根底にあるのはウィル兄の夢を代わりに叶えよう、という思い。より強くなるという目的ができた今はことさら意欲が沸き上がっていて、一日も早く僕も入団試験に挑めるほどの力を付けたいと心意気を新たにしている。
「!」
しかしそんな迸るほどのやる気も、詰所の中にいる人影を見つけて一度鳴りを潜めた。腰まであるえんじ色の髪をハーフアップにして佇んでいるのは、マリー姉。昔からやっていた昼食の配達を続けた結果、どうしても男が多く花がない詰所に一時の癒しを与えてくれるとして最近は引き止められるくらいに歓迎されている。
だけど、僕はマリー姉がいると少し困ってしまう。それというのも変わらず僕を可愛がってくれるのだが、その光景を見た人たちが微笑ましい目で見てくるからだ。
僕としては、その相手はウィル兄がいい。もしウィル兄にも勘違いされたらと思うと心臓が痛くなってしまうため、マリー姉に見つからないように僕はそっと道の物陰に隠れる。ウィル兄もマリー姉に気付いたのか軽く声をかけた後、何やらあれこれと話をしていた。
一区切りついたところでマリー姉はそそくさと村へと戻っていき、その後姿を見送った後僕はようやくその場に残っているウィル兄と共に詰所へと足を踏み入れる。今日は、ヴィクトルさんがやってくる日。ウィル兄と共に僕に目をかけてくれるヴィクトルさんとは、実はウィル兄より仲良くしている自覚があった。
それというのも、ヴィクトルさんには僕と同い年の甥っ子がいるのだそうだ。これはウィル兄は知らないのだが、ヴィクトル様は元平民。騎士になり実績を積んだため貴族の位を貰えた、いわば一代貴族というものなのだという。貧しいために必死に努力し、騎士になってからもひたすら働いた結果だというが、そのせいで王都から離れた場所にある村にいる家族とはあまり会えていないと言っていた。
手紙のやり取りはしているそうだが、それでもやはり会いたいのだろう。僕の成長をその甥っ子さんと重ねているのだろうか、ヴィクトルさんには結構甘えさせてもらっている気もする。
「始めてあったとき、ちょっと格好つけて生まれも育ちも貴族、みたいな話をしてしまったからね。いつか、ウィリアム君に本当のことを伝えたいのだけど……」
そう言って少し悲しそうな顔をするヴィクトルさんは、ウィル兄が心の底から貴族だと信じて慕ってくることに罪悪感を覚えているそうだ。タイミングを逃し続けた結果時間が経ちすぎて言い出せなくなっていた。
だけど、別にウィル兄はヴィクトルさんが貴族じゃなくても尊敬すると思う。同じ貴族を目指す平民として訓練を付けてくれたのもそうだが、何よりヴィクトルさんは騎士として立派だから。
「こんにちは」
その証拠に、ウィル兄はヴィクトルさんに挨拶されただけで目を輝かせる。……ちょっと、マリー姉よりも警戒する必要があるかもしれない。
そう感じつつヴィクトルさんの話を聞いていると、村に柵を設置する話が持ち上がった。これはウィル兄に僕の男らしさを見せるチャンスだ。僕、頑張るぞ!
肌寒いくらいの気温でも、動いていたウィル兄は汗ばんでいた。茶色い髪が頬にへばりつき、手の甲で額の汗をぬぐうウィル兄。ついにそれでは追い付かなくなったのか、着ていたシャツを持ち上げガシガシと顔を拭いている。
するとシャツの下に隠されていた腹部が惜しげもなく晒された。鍛えているウィル兄の腹筋はしっかり割れていて、ほれぼれするほどに美しい。その溝に流れ落ちた汗が伝い、さらに下へと落ちていき……
「っは、なんで、こんな……!」
柵の作成が終わり、開かれたお疲れ様会。酒場に漂う酒の臭いに酔ってとんでもないことまで言ってしまったような気もするが、僕は気にせず家に帰った。
しかしその夜、寝ていた僕は昼間のウィル兄の姿を思い出して飛び起きてしまったのだ。バクバクと煩い心臓と痛む股間に思わず足の間を見てみれば、ズボンは中央部分が窮屈そうに盛り上がっていた。
今までもこうなってしまうことはあった。だけどそれは何かを思い浮かべたから、ということはなく、明らかにウィル兄に反応してしまっているモノを僕はどうにもできずに見つめてしまう。
これは、そういうことなのだろう。僕はウィル兄のことが好きだが、こんな汚い感情をぶつけるつもりはなかった。だけど僕の体の方は、そう思っていなかったらしい。
目を閉じもう一度寝てしまおうと必死に何も考えないよう意識するが、返って頭の中にはウィル兄の姿が溢れかえる。
昔見た格好いいウィル兄。呆れたように笑いながら僕を撫でてくれるウィル兄。そして、あの日ひっそり泣いていたウィル兄。
「っ、は……ウィル兄……好き……ウィル兄……ウィル兄っ!」
いつしか僕の手はペニスを握り込んでちゅこちゅこと扱いており、目を閉じ今はいないウィル兄を想い浮かべながら手の動きを速めてしまう。次第に頭に浮かぶウィル兄は着ているものが減っていき、僕を押し倒すようにして上から見下ろす姿すら想像していた。
『セオ。可愛い俺のセオ。遠慮なんかするな。ほら俺はお前の特別、なんだろ? 俺も、セオが好きだぞ』
「ウィル、にぃ、んっ……!!」
潤んだ目で僕を見つめながら僕を『好き』だと言ってくれるウィル兄。それを妄想した僕はつま先をきゅっと丸めて、手のひらの中へ熱い飛沫を飛ばしてしまった。
はぁはぁと荒い息はもちろん僕のものしかなく。今までで一番気持ちいい射精に呆けたように僕はベッドに寝ころんでいた。
(やってしまった。僕は、ウィル兄をおかずに……っ!)
しかし冷静になると、襲ってくるのは後悔だ。もうウィル兄に合わせる顔がない。内容が内容だけに謝ることもできず、どうすればこの罪悪感がなくなるのか知りたかった。
だがその答えが出ることもなく、少しぎこちないままウィル兄と顔を合わせる日々が続く。一度意識してしまうとウィル兄がふとした瞬間に見せる気の抜けた表情だとか何気なく触れてくる手だとかに僕はドキドキしてしまうことになり、膨らみそうになるあれそれを隠すため僕は明らかにウィル兄から距離を取ろうとしてしまった。
嫌われたくないのに、隣にいれない。どうしようもなく身を焦がすこの気持ちは、絶対にウィル兄を慕っているからのものではない。
本当に、僕はウィル兄に恋しているのだと、僕はようやく気付いたのだ。
だけど、それは一足遅かった。
「ウィル兄……目を覚まして……」
ベッドの上で、血のにじんだガーゼを顔半分に押し付けられて眠っているウィル兄。握った手は温かいのに、僕の体は足先から凍えるように冷えていた。
変化した気持ちを込めて、改めてプロポーズをしようとしていた僕。その日は朝から何やら村が騒がしく、あっという間に僕は村の皆の避難を手伝うことになっていた。
避難と言っても外ではなく家の中に籠るように伝えるだけ。獣が襲ってきたというが、今回も被害は少ないだろうと僕は思っていたのだ。
「セオドア君! ねぇ、ジリーたちは見なかった?」
村を一周しようと歩いていると、焦った顔をしたマリー姉と対面する。ジリーというのは村の子供で、まだ6歳の男の子だ。マリー姉曰くジリーは友達と秘密基地でお泊りすると言ってまだ帰ってきておらず、マリー姉はそれを探しているのだという。
そういう理由ならとマリー姉には家の中へ入るよう促し、僕は彼らを探すことにした。避難するよう伝えられてからかなり時間が経っており、一応武器としてナイフを手にして僕は注意深く探す。
ほどなくして今は使われていない小さな小屋にジリーたちがいるのを見つけたのまではいいが、僕たちはそこから逃げられなくなってしまった。
それは、ジリーたちが逃げれなかった理由と同じ。小屋から離れようとすると、地面に爪痕が出来上がるのだ。
恐らく、僕たちの前には見えない獣がいる。なんで見えないかはわからないが、そのせいで僕たちが小屋から出れないことだけは分かる。そして、そうこうしているうちに別の獣も近寄ってきてしまった。
持っているナイフで応戦するも、攻撃力は低いために十分な傷を与えられない。後ろの子供たちも守らなければいけないために獣を深追いすることもできず、僕は次第に追い詰められてしまっていた。
「セオ!」
聞こえた声は、都合のいい幻聴だと一瞬思った。だけど視界に映った茶髪にとにかく見えない獣について話さなければと声を張り上げ、獣を切り裂きながらこちらへ進んでくるウィル兄を信じられない気持ちで見つめてしまう。
助けに来てくれた。僕は避けていたというのに、ウィル兄は助けに来てくれた!
疲れていた体に気力が沸き上がる。ウィル兄がいるだけでこんなにも僕は安心してしまう。
でも、それでは駄目だったのだ。
「ウィル兄っ! ウィル兄っ!!」
息絶えたことでなにがしかの条件は解けたのだろうか、見えない獣は僕たちの隣に横たわっている。しかし討伐するために一人獣の前に飛び込んだウィル兄は血まみれで、体を揺すっても目を開けてくれない。
何とか動かないウィル兄を引きずって一番近くにあった宿屋に飛び込むと、そこにいたマリー姉とマリオン兄は驚いたように固まってしまった。
「ウィリアム、大丈夫だよね……?」
とにかく血を止めようとタオルで顔を押さえるマリー姉は、不安そうに僕たちを見渡す。じわじわと広がる赤色に新しいタオルに変えて押さえるも、それもすぐに真っ赤に染まっていく。
冷えていくウィル兄の手を温めようと擦っている僕は、そんなウィル兄の顔を見れないでいた。僕が弱いから、ウィル兄は怪我してしまった。そんなことはないとアルクおじさんは言ってくれたが、僕がウィル兄が来る前に倒せていればウィル兄がこうなることはなかったのは事実なのだ。
応急処置をし、町から来た医者が手当てをすると、ようやくウィル兄の手には体温が戻る。規則正しく上下する胸に励まされながら、起きないウィル兄の傍を僕は離れなかった。
「3日……かなり寝てたな……」
そうして寝ることもできずに時間が経ち、ようやく目覚めたウィル兄を僕は目を細めて見つめる。僕の説得で僕が食べ物を口に運べば、ウィル兄はおとなしく口を開いてくれる。可愛らしいその姿に心が温かくなるが、未だ顔に張り付いている白い布を見れば腹の底が重苦しくなった。
でもこうして元気になったばかりなのだ、ウィル兄に心配させないよう笑顔で僕はベッドから動けないウィル兄と話す。
「……ヴィクトルさん、お願いがあります」
ウィル兄が寝た後、走り回って村の様子を調査していたヴィクトルさんを見つけた。
冷たい手も、開かない瞼も、僕は決して忘れることはない。
ウィル兄は、村から出ないと言った。ならば、村ごとウィル兄を守れるくらいに僕は強くなる。
そう決意して、僕はヴィクトルさんに頭を下げた。
ついに来た。ついに、僕の身長がウィル兄の身長を越えたんだ!
逸る気持ちを抑えきれず、勢いよく開いた扉。驚いた顔をしたウィル兄に向かって、僕は花を差し出しながら9年ぶりの言葉を告げた。
「僕と、結婚してください!」
・・・・・
9年前は失敗に終わったプロポーズを今度こそはと期待していった僕にウィル兄が返したのは、受け入れる言葉ではなく『俺より強くなったら』というものだった。今回も体よく断られた僕は、ウィル兄にすがるような目を向けつつも必死に考える。ウィル兄より強くなる、そのためには何をすればいいのか分からなかったからだ。
僕にとってウィル兄は、いつだって大きな存在だ。僕の手を引っ張り進む道を照らしてくれるような、なくてはならない人。
今の僕は、薄々分かっている。ウィル兄が僕のプロポーズを受けてくれることはないだろうってこと。確かに始め僕がウィル兄に求婚したときの思いは間違っていたもので、ウィル兄が断ったのは正しい。
いや、今もお父さんとお母さんに対する『好き』と同じ性質の『好き』であることを否定はできない。でも、それとは別に僕はウィル兄と離れたくないと思うようになっていた。
それは、騎士団の入団試験を受けに王都へ行っていたウィル兄が帰ってきたとき。酷いことだが受からなかったと戻ってきたウィル兄に、これでまた一緒にいれると僕は喜んでしまった。だってウィル兄はしょうがないと笑っていて、元気そうだったから。
でも、違ったんだ。しばらく離れていたのが寂しくて早くウィル兄と遊びたいとこっそり部屋に行ったとき、ウィル兄は静かに泣いていた。その姿が随分と弱々しく、いつも見上げていたウィル兄が一気に身近なものに思えたのだ。
泣いてほしくなんてない。僕は、笑っているウィル兄と一緒にいたい。
だから、僕もウィル兄を守れるように強くなりたいんだ。
すっかり武具屋としての振る舞いが板についてきたウィル兄の後を追って僕は詰所へと足を運ぶ。ウィル兄の近くにいるために参加させてもらった訓練だったが、今では僕自身が積極的に学ぼうとしていた。
その根底にあるのはウィル兄の夢を代わりに叶えよう、という思い。より強くなるという目的ができた今はことさら意欲が沸き上がっていて、一日も早く僕も入団試験に挑めるほどの力を付けたいと心意気を新たにしている。
「!」
しかしそんな迸るほどのやる気も、詰所の中にいる人影を見つけて一度鳴りを潜めた。腰まであるえんじ色の髪をハーフアップにして佇んでいるのは、マリー姉。昔からやっていた昼食の配達を続けた結果、どうしても男が多く花がない詰所に一時の癒しを与えてくれるとして最近は引き止められるくらいに歓迎されている。
だけど、僕はマリー姉がいると少し困ってしまう。それというのも変わらず僕を可愛がってくれるのだが、その光景を見た人たちが微笑ましい目で見てくるからだ。
僕としては、その相手はウィル兄がいい。もしウィル兄にも勘違いされたらと思うと心臓が痛くなってしまうため、マリー姉に見つからないように僕はそっと道の物陰に隠れる。ウィル兄もマリー姉に気付いたのか軽く声をかけた後、何やらあれこれと話をしていた。
一区切りついたところでマリー姉はそそくさと村へと戻っていき、その後姿を見送った後僕はようやくその場に残っているウィル兄と共に詰所へと足を踏み入れる。今日は、ヴィクトルさんがやってくる日。ウィル兄と共に僕に目をかけてくれるヴィクトルさんとは、実はウィル兄より仲良くしている自覚があった。
それというのも、ヴィクトルさんには僕と同い年の甥っ子がいるのだそうだ。これはウィル兄は知らないのだが、ヴィクトル様は元平民。騎士になり実績を積んだため貴族の位を貰えた、いわば一代貴族というものなのだという。貧しいために必死に努力し、騎士になってからもひたすら働いた結果だというが、そのせいで王都から離れた場所にある村にいる家族とはあまり会えていないと言っていた。
手紙のやり取りはしているそうだが、それでもやはり会いたいのだろう。僕の成長をその甥っ子さんと重ねているのだろうか、ヴィクトルさんには結構甘えさせてもらっている気もする。
「始めてあったとき、ちょっと格好つけて生まれも育ちも貴族、みたいな話をしてしまったからね。いつか、ウィリアム君に本当のことを伝えたいのだけど……」
そう言って少し悲しそうな顔をするヴィクトルさんは、ウィル兄が心の底から貴族だと信じて慕ってくることに罪悪感を覚えているそうだ。タイミングを逃し続けた結果時間が経ちすぎて言い出せなくなっていた。
だけど、別にウィル兄はヴィクトルさんが貴族じゃなくても尊敬すると思う。同じ貴族を目指す平民として訓練を付けてくれたのもそうだが、何よりヴィクトルさんは騎士として立派だから。
「こんにちは」
その証拠に、ウィル兄はヴィクトルさんに挨拶されただけで目を輝かせる。……ちょっと、マリー姉よりも警戒する必要があるかもしれない。
そう感じつつヴィクトルさんの話を聞いていると、村に柵を設置する話が持ち上がった。これはウィル兄に僕の男らしさを見せるチャンスだ。僕、頑張るぞ!
肌寒いくらいの気温でも、動いていたウィル兄は汗ばんでいた。茶色い髪が頬にへばりつき、手の甲で額の汗をぬぐうウィル兄。ついにそれでは追い付かなくなったのか、着ていたシャツを持ち上げガシガシと顔を拭いている。
するとシャツの下に隠されていた腹部が惜しげもなく晒された。鍛えているウィル兄の腹筋はしっかり割れていて、ほれぼれするほどに美しい。その溝に流れ落ちた汗が伝い、さらに下へと落ちていき……
「っは、なんで、こんな……!」
柵の作成が終わり、開かれたお疲れ様会。酒場に漂う酒の臭いに酔ってとんでもないことまで言ってしまったような気もするが、僕は気にせず家に帰った。
しかしその夜、寝ていた僕は昼間のウィル兄の姿を思い出して飛び起きてしまったのだ。バクバクと煩い心臓と痛む股間に思わず足の間を見てみれば、ズボンは中央部分が窮屈そうに盛り上がっていた。
今までもこうなってしまうことはあった。だけどそれは何かを思い浮かべたから、ということはなく、明らかにウィル兄に反応してしまっているモノを僕はどうにもできずに見つめてしまう。
これは、そういうことなのだろう。僕はウィル兄のことが好きだが、こんな汚い感情をぶつけるつもりはなかった。だけど僕の体の方は、そう思っていなかったらしい。
目を閉じもう一度寝てしまおうと必死に何も考えないよう意識するが、返って頭の中にはウィル兄の姿が溢れかえる。
昔見た格好いいウィル兄。呆れたように笑いながら僕を撫でてくれるウィル兄。そして、あの日ひっそり泣いていたウィル兄。
「っ、は……ウィル兄……好き……ウィル兄……ウィル兄っ!」
いつしか僕の手はペニスを握り込んでちゅこちゅこと扱いており、目を閉じ今はいないウィル兄を想い浮かべながら手の動きを速めてしまう。次第に頭に浮かぶウィル兄は着ているものが減っていき、僕を押し倒すようにして上から見下ろす姿すら想像していた。
『セオ。可愛い俺のセオ。遠慮なんかするな。ほら俺はお前の特別、なんだろ? 俺も、セオが好きだぞ』
「ウィル、にぃ、んっ……!!」
潤んだ目で僕を見つめながら僕を『好き』だと言ってくれるウィル兄。それを妄想した僕はつま先をきゅっと丸めて、手のひらの中へ熱い飛沫を飛ばしてしまった。
はぁはぁと荒い息はもちろん僕のものしかなく。今までで一番気持ちいい射精に呆けたように僕はベッドに寝ころんでいた。
(やってしまった。僕は、ウィル兄をおかずに……っ!)
しかし冷静になると、襲ってくるのは後悔だ。もうウィル兄に合わせる顔がない。内容が内容だけに謝ることもできず、どうすればこの罪悪感がなくなるのか知りたかった。
だがその答えが出ることもなく、少しぎこちないままウィル兄と顔を合わせる日々が続く。一度意識してしまうとウィル兄がふとした瞬間に見せる気の抜けた表情だとか何気なく触れてくる手だとかに僕はドキドキしてしまうことになり、膨らみそうになるあれそれを隠すため僕は明らかにウィル兄から距離を取ろうとしてしまった。
嫌われたくないのに、隣にいれない。どうしようもなく身を焦がすこの気持ちは、絶対にウィル兄を慕っているからのものではない。
本当に、僕はウィル兄に恋しているのだと、僕はようやく気付いたのだ。
だけど、それは一足遅かった。
「ウィル兄……目を覚まして……」
ベッドの上で、血のにじんだガーゼを顔半分に押し付けられて眠っているウィル兄。握った手は温かいのに、僕の体は足先から凍えるように冷えていた。
変化した気持ちを込めて、改めてプロポーズをしようとしていた僕。その日は朝から何やら村が騒がしく、あっという間に僕は村の皆の避難を手伝うことになっていた。
避難と言っても外ではなく家の中に籠るように伝えるだけ。獣が襲ってきたというが、今回も被害は少ないだろうと僕は思っていたのだ。
「セオドア君! ねぇ、ジリーたちは見なかった?」
村を一周しようと歩いていると、焦った顔をしたマリー姉と対面する。ジリーというのは村の子供で、まだ6歳の男の子だ。マリー姉曰くジリーは友達と秘密基地でお泊りすると言ってまだ帰ってきておらず、マリー姉はそれを探しているのだという。
そういう理由ならとマリー姉には家の中へ入るよう促し、僕は彼らを探すことにした。避難するよう伝えられてからかなり時間が経っており、一応武器としてナイフを手にして僕は注意深く探す。
ほどなくして今は使われていない小さな小屋にジリーたちがいるのを見つけたのまではいいが、僕たちはそこから逃げられなくなってしまった。
それは、ジリーたちが逃げれなかった理由と同じ。小屋から離れようとすると、地面に爪痕が出来上がるのだ。
恐らく、僕たちの前には見えない獣がいる。なんで見えないかはわからないが、そのせいで僕たちが小屋から出れないことだけは分かる。そして、そうこうしているうちに別の獣も近寄ってきてしまった。
持っているナイフで応戦するも、攻撃力は低いために十分な傷を与えられない。後ろの子供たちも守らなければいけないために獣を深追いすることもできず、僕は次第に追い詰められてしまっていた。
「セオ!」
聞こえた声は、都合のいい幻聴だと一瞬思った。だけど視界に映った茶髪にとにかく見えない獣について話さなければと声を張り上げ、獣を切り裂きながらこちらへ進んでくるウィル兄を信じられない気持ちで見つめてしまう。
助けに来てくれた。僕は避けていたというのに、ウィル兄は助けに来てくれた!
疲れていた体に気力が沸き上がる。ウィル兄がいるだけでこんなにも僕は安心してしまう。
でも、それでは駄目だったのだ。
「ウィル兄っ! ウィル兄っ!!」
息絶えたことでなにがしかの条件は解けたのだろうか、見えない獣は僕たちの隣に横たわっている。しかし討伐するために一人獣の前に飛び込んだウィル兄は血まみれで、体を揺すっても目を開けてくれない。
何とか動かないウィル兄を引きずって一番近くにあった宿屋に飛び込むと、そこにいたマリー姉とマリオン兄は驚いたように固まってしまった。
「ウィリアム、大丈夫だよね……?」
とにかく血を止めようとタオルで顔を押さえるマリー姉は、不安そうに僕たちを見渡す。じわじわと広がる赤色に新しいタオルに変えて押さえるも、それもすぐに真っ赤に染まっていく。
冷えていくウィル兄の手を温めようと擦っている僕は、そんなウィル兄の顔を見れないでいた。僕が弱いから、ウィル兄は怪我してしまった。そんなことはないとアルクおじさんは言ってくれたが、僕がウィル兄が来る前に倒せていればウィル兄がこうなることはなかったのは事実なのだ。
応急処置をし、町から来た医者が手当てをすると、ようやくウィル兄の手には体温が戻る。規則正しく上下する胸に励まされながら、起きないウィル兄の傍を僕は離れなかった。
「3日……かなり寝てたな……」
そうして寝ることもできずに時間が経ち、ようやく目覚めたウィル兄を僕は目を細めて見つめる。僕の説得で僕が食べ物を口に運べば、ウィル兄はおとなしく口を開いてくれる。可愛らしいその姿に心が温かくなるが、未だ顔に張り付いている白い布を見れば腹の底が重苦しくなった。
でもこうして元気になったばかりなのだ、ウィル兄に心配させないよう笑顔で僕はベッドから動けないウィル兄と話す。
「……ヴィクトルさん、お願いがあります」
ウィル兄が寝た後、走り回って村の様子を調査していたヴィクトルさんを見つけた。
冷たい手も、開かない瞼も、僕は決して忘れることはない。
ウィル兄は、村から出ないと言った。ならば、村ごとウィル兄を守れるくらいに僕は強くなる。
そう決意して、僕はヴィクトルさんに頭を下げた。
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