レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
128 / 1,557
第二部 「新たな敵」 第一章 ことの起こりは

ことの起こりは

しおりを挟む
「すいませーん!皆さん!みんなで海に行く事になったんで!」 

 澄んだ、どこまでも澄んだ女性の声が部屋に響いた。

 いつものように遼州同盟司法局実働部隊機動兵器『アサルト・モジュール』パイロットの詰め所は節電の為に薄暗い照明があるばかりである。隊の草野球チームの投球練習中にボールをぶつけた警邏用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠(しんぜんまこと)曹長はその澄んだ声に引っ張られるようにして思わず顔を上げた。

 声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和陸軍佐官用夏服の女性だった。司法局実働部隊一と自他とも認めるオタク、運用艦『高雄』の艦長代行、アイシャ・クラウゼ少佐である。彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けて立っていた。後ろには唖然とした表情の操舵手サラ・グリファン中尉と管制官パーラ・ラビロフ中尉が立ち尽くしている。

 彼女達がかつて遼州星系外惑星の大国ゲルパルトで製造された人造兵士『ラストバタリオン』だということは、その自然ではありえない紺や赤やピンクの髪の色以外では想像することはできない。それほどまでになじみ切った表情を彼女達は浮かべていた。

「それよりアイシャ。お前、艦長研修終わったのか?」 

 そう突っ込んだのは誠の隣のデスクの主だった。司法局実働部隊第二小隊二番機パイロット、西園寺かなめ大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたようにつぶやく。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。

 いつもの事とは言え、突然のアイシャの発言。それを挑発するかなめの言葉は同じ第二小隊所属の下士官である誠をあわてさせるに十分だった。

「終わったわよ!そして先程、隊長室で正式に『高雄』副長を拝命しました!」 

 そう言うと手にしていたバッグを開く。アイシャの入室時の突拍子もない一言に呆然としていた第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアイシャが取り出した辞令をカウラに見せつけた。

「ようやく空席が埋まったということか。アイシャの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 

 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアイシャの得意顔を見つめる。しかしそのままアイシャがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり後ずさった。

「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの……」 

 アイシャの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。一同の視線は自然と頬を赤らめて照れるカウラへと向けられた。

「それは……」 

 カウラは口ごもる。見事なエメラルドグリーンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにしている彼女もまた『ラストばタリオン』である。比較的表情が希薄なところから彼女は少し人造人間らしく見えた。そんなカウラが珍しく顔を赤らめ羞恥の表情を浮かべている。

 誠はそんなカウラを見ながら冷や汗をかきながら机に突っ伏した。

 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。

 遼州星系第四惑星を領有する国家、『胡州帝国』の貴族主義者の金庫番、近藤忠久中佐によるクーデター未遂事件。遼州同盟司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐は奇襲作戦を仕掛け、数に勝る決起軍を撃破した。その作戦中の緊張感を思い出しながら誠はカウラの横顔を眺めた。

 気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のあるカウラとの約束。思い出すと恥ずかしくて身もだえてしまうような気分になる。

 満足げに誠の隣まで歩み寄ってきたアイシャの姿を見ると、机の上で書類の束にハンコを押していた小学校低学年にしか見えない実働部隊副長、クバルカ・ラン中佐はそのまま立ち上がった。部隊のシステム統括である吉田俊平少佐はランと一緒に出来るだけ会話に参加しないように部屋の隅へと移動した。

 二人ともアイシャの妄想話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間ではランは『フィギュアのランちゃん』として常に人形を隠し持って事あるごとに独り言をつぶやいている幼女として、吉田も技術部の下っ端達をいびり続けるスーパーサディストと言う根も葉もない噂が広まっていた。

 実働部隊副隊長にして第一小隊隊長の肩書きも、精鋭司法局実働部隊第一小隊の電子戦のプロフェッショナルの技量もアイシャの前では無意味だった。アイシャの面白ければそれでいいと言う人間スピーカーぶりにこれ以上悪名をとどろかせたくない。逃げていく二人を見ている誠にも彼らの本音が見て取れた。

「実はね、これは先週のコミケの慰労会も兼ねてるわけよ。今回は一人五千円の持ち出しで済んだし……真面目に売り子お疲れ様でしたということで」 

「それならアタシは無関係だな?」 

 ランが小声でつぶやくが、アイシャの視線が自分に向いていることを感じるとすぐに目をそらした。

「じゃあ、実働部隊は全員参加でいいわね!」 

 そう言うとアイシャは部屋の隅に固まっている二人を見つめる。

「俺は行かんぞ!絶対行かないからな!」 

 叫んだのは吉田だった。

 悪戯好きで知られる彼がこんなにうろたえているのはなぜだろう。誠は不思議に思った。

「えー!俊平行かないの!」 

 アイシャの後ろから顔を出したのは、小柄を通り越して幼く見える第一小隊二番機パイロット、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。見かけは子供、言動は幼児な彼女だが、東和軍の教本にも名前が乗っているエースとして遼南内戦を戦い抜いたパイロットである。

 誠も彼女を仮想敵として対戦するシミュレータで実践までの間トレーニングを積んだが、一回やればシャムがエースと呼ばれる存在であることが嫌でもわかった。

「シャム、お前な。去年お前等が俺に何をしたか覚えているのか?」 

 吉田が珍しく真剣な眼差しでシャムを見つめる。珍しい光景に誠は目を見張った。シャムはしばらく首をひねって何かを思い出すような格好をして固まる。

「なんだ。ただ簀巻きにしてクルーザーで引き回しただけでしょ?」 

 アイシャの一言に誠は呆れ返ってシャムに目をやった。

「ああ、そうだったね!楽しかったね!」

「まああれだ、オメエの体は軍用義体だからな。ちゃんと酸素吸入用のポンプもつけてやったじゃねえか」

 今度はかなめは時々彼女が見せる典型的なサディスティックな表情を浮かべてつぶやいた。

 司法局は常識が通用しないところだ。そのことは誠も配属されて一ヶ月と少し居るだけだがよくわかっていた。吉田をクルーザーで引き回す位のことは平気でやる連中である。誠もこのことに関しては吉田に同情せざるを得なかった。

「お前等……言いたいことはそれだけか?」

 珍しく怒りに打ち震える吉田に誠はアイシャ達の仕打ちを想像して、ただただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「ああ、アタシは仕事だかんな!」

 ランが軽く手を挙げながらつぶやく。

「えー!ランちゃんもいないの?」

 いかにも残念そうなシャムの叫びが部屋に響く。

「副隊長は大変なんだよ、いろいろと。まあ楽しんで来いや」

 ランは腕組みしながら満面の笑みでつぶやく。

「仕事なら仕方ないわね。機動部隊は二名欠員……っと」

 アイシャはそう言って手元のメモ帳に印をつけた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

処理中です...