レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
419 / 1,557
第4章 サークル活動

修羅場

しおりを挟む
 遅い昼飯を本部のある豊川市の大通りのうどん屋で済ませた誠達はそのまま本部に着くとアイシャに引きずられて宿直室のある本部の別館へと連行された。

「どう?進んでる?」 

 別館の一階。本来は休憩室として灰皿や自販機が置かれるスペースには机が並んでいた。机の上はきれいで、すべての作業が最近終わったことを告げていた。それ以上に部屋に入ったとたん人の出す熱で蒸れたような空気が誠達には気になった。

「おう、早かったな」 

 コンピュータの端末を覗きこみながらポテトチップスを口に放り込んでいる第一小隊の三番機担当の吉田俊平少佐が振り向く。奥の机からはアイシャの部下の運用艦通信担当のサラ・グリファン少尉が疲れ果てたような顔で闖入してきた誠達を眺めていた。

「お土産は?何か甘いものは?」 

「無いわよ。急いできたんだから」 

 アイシャのぶっきらぼうな一言に力尽きたようにサラのショートの赤い髪が原稿の山に崩れ落ちる。

「そう言えばシャム……また逃げたか?」 

「失礼ね!」 

 バン! と机を叩く音。突然サラの隣の席に小学生のようなちんちくりんが顔を上げる。

「大丈夫かよ?」 

 カウラがそう言ったのは飛び上がって見せた第一小隊のエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉が頭から被り物をして飛び上がったのが原因では無かった。シャムの目が泳いでいた。基本的に部隊の元気を支えていると言うようなシャムが頭をゆらゆらと揺らして薄ら笑いを浮かべている状況は彼女が相当な疲労を蓄積させているとしか見えなかった。

「アイツもさすがに三日徹夜……それはきついだろ」 

 吉田はそう言いながらモニターの中の原稿に色をつける作業を再開した。

「サイボーグは便利よねえ。このくらい平気なんでしょ?」 

 その様子を感心したようにアイシャはかなめを見つめる。隣では複雑な表情のかなめが周りを見回している。

「他の連中……どうしたんだ?」 

 かなめの一言に再びサラが乱れた赤い髪を整えながら起き上がる。

「ああ、パーラとエダは射撃訓練場よ。今月分の射撃訓練の消化弾薬量にかなり足りなかったみたいだから」 

 パーラ・ラビロフ中尉とエダ・ラクール少尉もアイシャの部下である。当然、アニメーション研究会のアシスタントとして絵師のシャムや誠の作業を手伝うことを強制させられていた。アイシャはサラの言葉に何度かうなづくと、そのまま部屋の置くの端末を使って原画の取り込み作業をしている技術部整備班班長、島田正人准尉のところに向かった。

「ああ、クラウゼ中佐……少佐?あれ?はあー……」 

 島田は精魂尽き果てて薄ら笑いを浮かべている。目の下の隈が彼がいかに酷使されてきたかと言うことを誠にも知らせてくれている。

 入り口で呆然としていた誠もさすがに手を貸そうとそのままシャムの隣の席に向かおうとした。

「がんばったのねえ……あと一息じゃない」 

 島田が取り込みを終えた原画を見ながら感心したようにアイシャは声を上げた。それにうれしそうに顔を上げるシャムだが彼女にはもう声を上げる余力も残っていなかった。

「あとは……これが出来れば……」 

 シャムがそう言うとアイシャから見えるように目の前の原稿を指差す。

「がんばれば何とかなるものね。それが終わったらシャムちゃんは寝ていいわよ」 

 その言葉に力ない笑みを浮かべるとシャムはそのまま置いていたペンタブを握りなおした。

「じゃあがんばれよ。アイシャ!取り合えず報告に行くぞ」 

 いつの間にかアイシャの後ろに回りこんでいたかなめがアイシャの首根っこをその強靭なサイボーグの右腕でつかまえる。

「わかっているわよ……でもランちゃんは?」 

「ああ、今日は非番だな。代わりにタコが来ているぞ」 

 吉田は作業を続けながらそう言うと空になったポテトチップスの袋を口に持っていく。

 クバルカ・ラン中佐。彼女は現在の司法局実働部隊隊長にして副長を兼ねる部隊のナンバー2の位置にある士官だった。見た目はどう見ても目つきの悪いお子様にしか見えない彼女だが、先の遼南内戦の共和軍のエースとして活躍した後、東和に亡命してからは軍大学校を主席で卒業したエリート士官だった。一方のタコと呼ばれる明石清海《あかしきよみ》中佐は遼州の外側を回る惑星胡州出身の学徒兵あがりの苦労人。野球と酒をこよなく愛する大男だった。

「タコが相手なら報告は後で良いや。とりあえず射撃レンジで……」 

「おう、ワシのこと呼んだか?」 

 腰の拳銃に手をやったかなめの後ろに大きな影が見えて誠は振り返った。長身で通る誠よりもさらに大きなそして重量感のある坊主頭の大男が入り口で笑みを浮かべていた。

「明石中佐。なんでこんなところに?」 

 さすがに気まずいと言うようにかなめの声が沈みがちに響く。

「何ででも何もないやろ。シャムにええ加減にせんかい!って突っ込み入れに来たに決まっとるやなかい」 

「ああー……」 

 振り向きもせずに吉田が奥を指差す。左手を上げて明石に手を振るシャムがいた。

「一応、準待機言うても仕事中なんやで。少しは体調を考えてやなあ」 

「去年の秋の菱川重工豊川工場カップ戦でバックネットに激突して肩の筋肉断裂って言う大怪我居ったキャッチャーがいたのは……どのチームかな?」 

 吉田のあてこすりにサングラス越しの視線が鋭くなるのを見て誠は二人の間に立ちはだかった。明石も吉田の挑発はいつものことなので一回咳払いをすると勤務服のネクタイを直して心を落ち着けた。

「ああ、ワレ等の室内訓練終了の報告な。顔さえ出してくれりゃええねん。取り合えずデータはアイシャが出しとるからな。それにしても嵯峨の大将相手とはいえ……まるでわややんか。ほんまになんか連携とか、うまく行く方法、考えなあかんで」 

 そう言って出て行く明石にカウラと誠が敬礼する。かなめはタレ目をカウラに向けて笑顔を浮かべている。

「ここで暴れるんじゃねえぞー」 

 吉田はそれを一瞥した後、再び端末のキーボードを叩き始めた。

「そう言えば……今日は?」 

 突然アイシャが思い出したように言う様を、明らかに仕上げの作業で煮詰まっているサラがうんざりしたと言う目で見つめる。

「呆けたの?今日は12月4日!吉田さんのところに今シャムちゃんの描いている原稿を今日中に仕上げないとって言いつけて出かけたのはアイシャじゃないの!」 

 サラはそう言うと赤い髪を掻きあげた後、机の上のドリンク剤に手を伸ばした。アイシャはサラの最後の力を振り絞っての叫びにただあいまいな笑みを浮かべるだけだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...