レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
694 / 1,557
第2章 自宅捜索

上流の街

しおりを挟む
 カウラのスポーツカーは地元の豊川では目立つ車だが、北上川の高級住宅街の中ではどちらかと言うと地味な存在に変わる。

「……着いたのか?」

 誠はようやく目覚めたかなめが不機嫌そうな顔で振り向くのを見ながら苦笑いを浮かべた。

 高速ではかなめとアイシャはすっかり熟睡していて、まるで話を切り出すこともできなかった。運転するカウラが時折バックミラー越しに何かを語りかけようとするのは分かっていたが、アイシャが狸寝入りでないという保証は無い。二人ともただ何も言わずに風景が次第に都会的になっていくのを眺めているだけ。ただ無駄な時間を過ごしたというようにつまらなそうにカウラはハンドルを操作している。

「なんだよ……ったくいつ見ても気取った街だな 」 

 寝ぼけた頭を左右に振りながら眺めているかなめの一言。その一言がきっかけだったように突然ぱちりとアイシャが目を開いた。

「アイシャさん起きたんですか?」 

 誠の言葉にアイシャが目覚めたことを知ったかなめがめんどくさそうな表情で振り返る。アイシャはそのままむっくりと起き上がると大きくため息をついた。

「ここどこ?」 

「北上川だ。もうすぐ目的地だろ?」

 カウラの言葉にアイシャはようやく気がついたというように目を見開いた。 

「まあな、このままこの通りをまっすぐ行くと白壁の屋敷にぶち当たるからそこを右だ」 

 淡々とそう言うとかなめは口をつぐむ。その行為が少し意識的なものに感じられたようでアイシャがにやにや笑みを浮かべながら自分のジャンバーのポケットから携帯端末を取り出す。

「北上川……現在位置。中央白壁通り……突き当たるのは『摂州公東和別邸』。つまりかなめちゃんの家の別荘?」 

 予想通りの質問が来た。そんな感じでかなめは苦笑いを浮かべる。誠も重箱の隅を突くようなアイシャの態度にはさすがにかなめに同情したくなってきていた。

「悪かったな。うちのオヤジは外交官上がりだからな。それに東和は胡州とは因縁のある土地だ。時にはここに居を構えて交渉に集中する必要があるわけだ。その為の連絡事務所みたいなもんだな」 

「それなら大使館に一室設ければ良いじゃないの……っていうかさすが胡州貴族四大公家筆頭は考えることが違うわね」 

「別にアタシが考えたわけじゃねえよ。昔からそうなってるって話なだけだ」 

 相変わらずふくれっ面のかなめを見ながら誠はただ呆然と周りの高級住宅街を眺めていた。下町育ちの誠には本当に無縁に見える門構えが並んでいる。家の屋根が見えるのは希で、ほとんどが大きな塀しか道路からは見えない。その道路も豊川の建て売り住宅なら二軒分はあるような広さの歩道を持っていてさらに中央のこれも広すぎる路側帯にケヤキの巨木が寒空に梢を揺らしていた。

「本当にお金って言うのはあるところにはあるのね」 

 感心しながら周りを眺めるアイシャ。誠も通り過ぎる車が高級車ばかりなのに圧倒されながら目をちかちかさせつつ見物を続ける。

「あれで良いんだな?」 

 カウラの声で誠は正面を見た。目の前には本当に誠達の部隊の防壁よりもさらに高い白壁とその上には銀色に光る瓦屋根を載せた塀が延々と続いているのが見えた。

「本当に……お金持ちはいるものね……」 

 冷やかすのも忘れたアイシャがあんぐりと口を開けたまま左右に長々と続くかなめの実家の別邸の壁を眺めていた。

 右折して続く真っ直ぐな道。左手には延々とかなめの実家の所有物の屋敷の白壁が続いているのが見える。

「本当に……お金貸してよ」 

「なんでその話が出てくるんだ?」 

 かなめは苦笑いを浮かべるしかない。確かにこのただでさえ豪邸の並ぶ街にこのような巨大な施設を所持できること自体かなりの驚きでしかない。誠もただ呆然するしかなかった。

 そして数分の驚愕の後、ようやく視界の果てに白壁が終わりを告げるのを見てかなめ以外の一同はほっとため息をつくしかなかった。

 道は相変わらず豊川のとってつけた移動手段以外の意味を持たないそれとはまるで違うものだった。豪邸達がその存在を通るものに見せつけるために存在する花道。そんなもののように見えてきた。

「でも駅から遠いみたいだけど……ああ、みんな車を持ってるから平気なのね」 

 自分を納得させるようにアイシャがつぶやく。かなめはうんざりしたというように視界を車窓に飛ばす。

「次は警察署の角を右で……二番目の信号を左か」 

 カウラもかなめの立場を再認識したように瞬きをしながら意味もなく道順を口の中でもごもごとつぶやく。

 両側の豪邸が途切れてしゃれた雰囲気の商店が両脇に並び始める。アイシャは明らかに珍しそうにその店を眺めている。誠もまたこのような上品な店とは無縁だったことを思い出させられる。そう言えば大学時代にはこの近辺の出身の同級生とはどうも話が合わずに気まずい雰囲気の中で酒を飲んだことを思い出す。特に芸術家気取りが多い工学部の建築学科の連中とはそりが合わなかったのを思い出した。

「そこだよ」 

「分かってる」 

 かなめの言葉にカウラは不機嫌そうに交差点を右折する。すれ違う車は相変わらず高級車ばかり。そのまま同じようにしゃれた感じの先ほどよりは少し閑静な感じの並木道をカウラの車は進み、そのまま二番目の信号を左に入る。先ほどまでのとてつもない金持ち達の領分から抜け出たような少しランクの下がったような街並みにアイシャと誠は大きくため息をついた。

「ああいうところは私は駄目だわ。息が詰まるというか……洒落が効かないような感じがして」 

「そうだろうな。テメエの貧乏面には似合わねえや」 

 鼻で笑うかなめを睨み付けるアイシャだが、先ほどのかなめの別邸の巨大さを思い知っているので反論もできずにただ黙り込んで左右の明らかに特別注文されたと分かるそれなりに立派な家々に目をやってまたため息をついた。

 誠もアイシャと同感だった。豊川付近の大手の住宅会社の量産型建て売り住宅とはまるで違う趣のある家々。それぞれに設計事務所の技師が丹精込めてデザインに工夫を凝らし尽くしたのが分かるような家々を見て、ただただため息をつくだけだった。

「もうすぐだな」 

「こんな家が並んでるなら間違えようが無いわね。本当にお金のあるところにはあるものね」 

 アイシャはまた同じような台詞を口にしてため息をつく。ともかく公務員であるカウラ、アイシャ、誠にはとても住めるような世界でないことだけは車が進む度に思い知らされることになった。

「本当にお金持ちの街なのね」 

 感心したようにアイシャがつぶやいたとき車は急に路肩のコンクリートに右タイヤを乗り上げた。

「着いたぞ」 

 かなめの言葉に誠はまだぴんと来ずにただ呆然と周りを見渡した。目の前の打ちっ放しのコンクリートの表面を晒した奇妙な家屋が目を引く。立方体をいくつも組み合わせたようなその姿。ある部分は出っ張り、ある部分は引っ込み。明らかにバランスが悪そうに目の前の空間を占拠している。

「もしかしてあの家ですか?」 

「らしいだろ?吉田の旦那らしいや」 

 助手席の扉を開けながらにんまりと笑ってかなめは下りていった。アイシャが助手席を倒してそのまま這い出る。誠もまた狭い車内から解放されようと急いで道に飛び出した。

 閑静な住宅街。大通りからは遠く離れていて車の音もほとんどしなかった。

「じゃあ行くぞ」 

 かなめの言葉に誠達は目の前の奇妙な建物の玄関に向けて歩き出した。その建物の奇妙さに比べると玄関はそれなりに先進的な作りだがセキュリティーのしっかりした上流階級の家庭ならどこでも見かけるような普通のたたずまいをしていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

戦国鍛冶屋のスローライフ!?

山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。 神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。 生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。 直道、6歳。 近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。 その後、小田原へ。 北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、 たくさんのものを作った。 仕事? したくない。 でも、趣味と食欲のためなら、 人生、悪くない。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...