レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第9章 護衛について

策士の焦燥

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「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」 

 司法局実働部隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地が続いている。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトレーラーに続いて動き出したカウラの『ハコスカ』の後部座席でかなめは不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながらつぶやいた。

「そうは見えませんでしたけど」 

 助手席の誠がそう言うと、かなめが大きなため息をついた。

「わかってねえなあ」 

「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの」 

 そう言って自分で買ってきたマックスコーヒーをアメリアが口にする。

「どうしてわかるんですか?」 

「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ……過去の未確定情報を私達に話しても不安をあおるだけだということくらい分かっているはずだ」 

 ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。

「法術武装隊に知り合いがいねえだ?ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた前の大戦時の部下達の身元洗って突きつけてやろうか?」 

 かなめはそう言うとこぶしを握り締めた。

「たぶん隊長にしらを切りとおされて終わりよ……いつも公安の安城中佐が食らってるじゃないのそんな態度」 

 そのアメリアの言葉にかなめは右手のこぶしを左手に叩きつける。

「暴れるのは止めてくれ」 

 いつもどおりカウラは淡々とハンドルを操っていた。

「安城中佐って……」

 誠はこの中では一番まともな答えを返してくれそうなカウラに声をかけた。

「司法局公安機動隊の隊長だ……うちと違って正式な『特殊部隊』の隊長って訳だ……近藤事件の後始末でお世話になってるから今度会ったらちゃんと挨拶をした方がいい」

「なるほど」

 社会知識のない誠にもここが『特殊な部隊』で、他に正式な『特殊部隊』が存在することくらいのことは理解できた。

「でも、西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」 

「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。さすがに茜お嬢さんを司法局に引き込むなんて私はかなり驚いたけど」 

 飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアメリアの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。

「どう読むよ、第一小隊隊長さん」 

 かなめの声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。

「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない……そこが今回の刺客と何かのつながりがあると考えるのが自然だ」

 その言葉に頷きながらかなめが言葉を引き継ぐ。 

「遼帝国禁軍近衛師団」 

 カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。

「そんな!遼帝国って焼き畑農業しかできない発展途上国ですよ!そんな法術とか地球の科学でさえ解明できないような高度な技術を持ってる訳ないじゃないですか!」 

 誠が声を張り上げるのを見て、かなめが宥めるようにその肩を押さえた。

 車内は重苦しい雰囲気に包まれる。

「神前。確かにあそこは発展途上国だが……法術に関しては先進国なんだ。法術の存在が無かった時代ならまだしも、今はその存在は公になった。法術の存在が公然の秘密だった時代から禁軍近衛師団が『剣と魔法の世界の特殊部隊』として注目されてたのは事実なんだぜ……まあ五年前の選挙でを南都軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュが政権を担うようになってからは経済も好調だ……どうなることやら」 

 そう言うとかなめはタバコを取り出してくわえる。

「西園寺。この車は禁煙だ」 

「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」 

 カウラの言葉に口元をゆがめるかなめ。そのままくわえたタバコを箱に戻す。

「私のところにも結構流れてくるわよ。禁軍近衛師団ってブルゴーニュ政権になってからかなりのメンバーが入れ替わってるわね。内戦末期のトップエースのナンバルゲニア・シャムラード中尉くらいじゃないの?生え抜きは……ランちゃんのペンフレンドらしいわよ」

「ペンフレンド?」

 誠はアメリアの言葉が理解できずに繰り返した。

「時々ド下手な字のハガキが来るから……よく着いたわねって感動するほどの下手な字」

「はあ……でもその人エースなんですよね」

 誠はナンバルゲニア・シャムラードと言うエースの名にどこか聞き覚えがあった。

「ランの姐御が唯一負けた相手だ……当然法術師。その時は法術師用に開発された特殊なアサルト・モジュールに乗ってたらしい」

「そうなんですか……」

 ハンドルを握るカウラの言葉に誠は上の空でそう返した。 

 誠の隣のアメリアは工場の出口の守衛室を眺めている。信号が変わり再び車列が動き出した。

「あそこの皇帝は即位後しばらくは親政をしていたが、現在はすべてを選挙で選ばれた宰相アンリ・ブルゴーニュに一任しているからな。皇帝の重石が取れた今。その一部が暴走することは十分考えられるわな。ようやく平和が訪れたとはいえ、30年近く戦争状態が続いた遼南だ。地方間の格差や宗教問題で、いつ火が入ってもおかしいことはねえな」 

 バックミラー越しに見えるかなめの口元は笑っていた。

「西園寺は相変わらず趣味が悪いな。まるで火がついて欲しいみたいな顔をしているぞ」 

 そう言うとカウラは中央分離帯のある国道に車を乗り入れる。

「ちょうど退屈していたところだ。多少スリルがあった方が人生楽しめるもんだぜ?」 

「スリルで済めばね」 

 そう言うとアメリアは狭い後部座席で足を伸ばそうとした。

「テメエ!半分超えて足出すな!」 

「ごめんなさい。私、足が長いから」 

「そう言う足は切っとくか?」 

「冗談よ!冗談!」 

 後部座席でどたばたとじゃれあう二人を見て、誠は宵闇に沈む豊川の街を見ていた。東都のベッドタウンである豊川。ここでの暮らしも一月を越えていた。職場のぶっ飛んだ面々だけでなく、寮の近くに広がる商店街にも知り合いが出来てそれなりに楽しく過ごしている。

 遼州人、地球人。元をたどればどちらかにつながるであろう街の人々の顔を思い出して、今日、彼を襲った傲慢な法術師の言葉に許しがたい怒りの感情が生まれてきた。

 誠は遼州人であるが、地球人との違いを感じたことなど無かった。先月の自分の法術の発現が大々的にすべてのメディアを席巻した事件から、目には見えないが二つの人類に溝が出来ていたのかもしれない。

 そんなことを考えながら流れていく豊川の町の景色を眺めていた。
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