レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
1,225 / 1,557
第19章 縁側

甲武にて

しおりを挟む
「ブゴっ!!……」 

 嵯峨の右のあばらに痛みが走り、木製の薙刀で切り払われた体は土蔵に叩きつけられた。肺に肋骨が刺さったような感覚が支配し、口元からはだらだらと血が流れ落ちる。後頭部は土蔵に打ち付けた傷みでしびれていた。

「義父上!」 

 そう叫び声をあげて縁側から飛び降りて駆け寄ってきたのは彼の義娘となったばかりの日野かえでだった。

「ふー……」 

 嵯峨惟基は視線を目の前で木で作った薙刀を構える妙齢の女性を前に木刀を杖代わりにしてよろよろと立ち上がった。

「無理ですよ!そんな!」 

 悲鳴にも近い義娘の言葉に口元だけで笑いを返そうとするが、喉の奥から吐き出される大量の血にむせるとそのまま膝から崩れ落ちた。

「ここまでね」 

 紫の小紋の留袖にたすきがけしている女性、西園寺康子は静かに薙刀を下ろした。

 かつての遼帝国の栄光時代を築いた外戚カグラーヌバ・カバラの三女であり、嵯峨の母の妹、つまり嵯峨惟基にとっては叔母に当たる人物である。西園寺家に嫁いだ当時は秘匿されていた遼州系の中でも稀有なほどの法術の適正を見せ、『西園寺の鬼御前』と呼ばれることもある法術の使い手としても最近知られるようになっていた。

力の使い方、剣の使い方をすべて彼女に学んだ嵯峨にとっては天敵と言えるような存在だった。

 血まみれの義父を抱きかかえていたかえでが自分の体が黒い霧に覆われていくのを感じて思わず抱えている義父を突き飛ばしていた。

「なんだよ……縁側まで連れて行ってくれるんじゃないのか?いきなり放り出すなんてひでえじゃねえか……」 

 言葉を話すことすらつらいと言うように体勢を立て直そうとする義父からその不気味な霧、『瘴気』は発生していた。折れ込んだあばらが次第に元の姿に直り、額や右肩から流れている血も次第に止まっていく。

「義父上?」 

 その不思議な有様にかえでは義父に手を伸ばす。

「やっぱ久しく本気で剣を振っていなかったのがいけないんですかね、姉さん」 

 縁側に腰掛けて先ほどかえでが運んできた玉露をすする康子は黙ってうなづく。嵯峨は咳き込んで肺にたまっていた血をすべて吐き出すと何事も無かったかのように立ち上がった。

「義父上?」 

 かえではただ呆然と義父である嵯峨を見つめていた。法術師の中のごく一部に見られる強力な自己再生能力の発現。その能力を義父が持っていることは物心ついたころに何度か冗談で手に穴を開けてはその直る様を見せると言う少し考えてみれば異常ともいえる義父の芸を見て笑っていた時代から分かっていた。

「私も新ちゃんと稽古するのは久しぶりだから張り切っちゃった」 

 実母である康子の無邪気な言葉にかえでは肩をなでおろした。かえでが二人の勝負を見ていたときは思わず運んできた玉露を落しかねないものだった。

 義父の剣術の腕、そして干渉空間の時間軸をずらすことで発動する人間の限界を超えた動きですら康子の前には子供の遊びとでも言うべきものでしかなかった。一方的に薙刀の攻撃が嵯峨の急所を狙い放たれる。なんとかそれをかわそうと木刀を繰り出す嵯峨だが、着実にその一太刀一太刀ですぐには回復不能なダメージを受ける。

 そして立ち上がってかえでの運んできた湯飲みに手を伸ばす嵯峨だが、その稽古着は朝下ろしたばかりだというのにすでにぼろ雑巾のようになっている。

「それにしても新ちゃんの回復力は早いわよねえ」 

 嵯峨のことをいつも母が『新ちゃん』と呼ぶのは嵯峨が故国を追われ、西園寺家に引き取られた時に名乗った『西園寺新三郎』と言う幼名によるものだとは知っていたが、かえではこの抜け目の無い策士でもある義父を『新ちゃん』と呼ぶ母の態度にいま一つなじめなかった。

「まあ力が封じられていた時もこの力だけは何とか使えましたからね。意識に依存するもんで不安定なのが玉に瑕ですが」 

 そう言いながら照れ笑いを浮かべると嵯峨は湯飲みの玉露を飲み干した。

「そう言えばかえで。転属の件は片付いたのか?」 

 嵯峨は肩をまわして先ほど康子に砕かれた右肩が直ってきているのを確認していた。

「ええ、すべて書類上の手続きは終わりましたから」 

「そうか」 

 それだけ言うと嵯峨は湯飲みを置いて立ち上がる。そのまま手にしていた木刀を正眼に構えすり足で獅子脅しのある鑓水の方へと歩み寄っていく。

「ああ、そうね。そう言えばかなめちゃん。元気かしら」 

 あっけらかんと康子が娘の名を呼んだ瞬間、嵯峨親子は微妙に違う反応を見せた。

「お姉さま……」

 明らかに困ったことを言われたなというように木刀を納めて、照れ笑いを浮かべながら嵯峨は姉を見つめる。一方かえでは頬を赤らめて遠くを見つめるような浮ついた視線をさまよわせる。

「私もねかえでちゃんとかなめちゃんが結婚するのが一番いいように思えてきたのよ。確かに姉妹同士だけど前例はあるって新ちゃんも言うし……」 

「それはそうなんですがねえ……」 

 口答えをしようとした嵯峨だが、康子に見つめられるとただ口を閉じて押し黙るしかなかった。

「かえでちゃんなら安心よね。新ちゃんとは違ってきっちりしてるし……あの人にもあまり似ていないみたいだし」 

 かえでの後ろに白い幅のある髪留めでまとめられた黒く長い髪を撫でながら康子は再び義弟に視線を送る。ごまかすようにして廊下を小走りに走る人影に嵯峨は目を向けた。そこには西園寺家の被官である別所晋一がいつもの寡黙な表情のままかえでの座っているところまで来ると片膝をついて控えた。

「大公殿」 

「大公殿は二人居るよ。どっちだい」 

 嵯峨の投げやりな言葉に別所は視線を嵯峨の方に向けた。

「では内府殿。クバルカ中佐から連絡で作戦開始時間になったそうです」 

「そうか」 

 嵯峨はそれだけ言うと再び木刀を手にして立ち上がり素振りを始めた。

「義父上、心配ではないのですか?」 

 別所の言葉を聞いてかえでは静かに問いかける。だが、嵯峨はまるで表情を変えずに体の回復具合を確かめているかのように素振りを続けるだけだった。

「大丈夫よかえでちゃん。かなめちゃんもついているんだから。それに新ちゃんの話では今度の作戦の鍵になる誠君ていう人は結構頼りになるみたいだし。ねえ、晋一君」 

 その勇名で知られる康子に見つめられ、ただ別所は頭を垂れるだけだった。

「ああ、別所。オメエが長男で無けりゃあこいつと……」 

「僕は嫌です!」 

 嵯峨の与太話をかえでは思い切りよく否定する。そしてただ頭を下げる別所に嵯峨は諦めたような笑いを浮かべるしかなかった。

「どうもねえ、こんなふうに現場に立てねえってのは……つらいもんだねえ」 

 そう言って木刀を納めて縁側に戻る嵯峨を康子はいつにない鋭い視線で見つめていた。

「大丈夫よ。かなめちゃんがうまく動いてくれるわよ。なんといっても私の娘でかえでちゃんのお姉ちゃんなんですから」 

 嵯峨は姉のその迷いの無い言葉に複雑な笑みを浮かべることしかできなかった。

「姉さんにそう言われると……まあ、なるようになるでしょ」

 あっけらかんと嵯峨はそう言うと縁側であおむけに倒れこむ。

「義父上……」

「大丈夫だよ。ちょっと力を使って疲れただけだ」

「そうですか……」

 かえでの気遣いに嵯峨はニヤリと笑って真っ赤な甲武の空を眺めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...