遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第十一章 『特殊な部隊』の『特殊部隊』的性格

第30話 かなめの戦場の顔

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 車の中では押さえつけられたまま、誠はじっと耐えていた。車の頻繁な加減速と聞こえてくる車の頻繁な加減速と、車のカーナビのアナウンスが告げる音声から『東関道』『千要道』そして『首都高』を経て誠は誠の乗せられた車が豊川の田舎町から東都の都心部を超えて開発から見捨てられた地と誠も聞いている東都湾岸部に連れてこられたのかと考えていた。

「着いたぞ。とりあえずしっかりと目隠しをさせてもらうぞ」

 先ほどの男はそういう誠の顔にさらに布の袋をかぶせた。誠が連れてこられた廃墟ビルの空気は重く、昼とは思えないほど静けさを孕んでいた。埃の粒子は光を受けて漂い、床に落ちた紙屑が微かな影を作る。さっきまでの車内の時間が、今になってゆっくり巻き戻されるように感じられた。冷たい手錠の感触が、ようやく現実に自分を繋ぎとめる。

 相変わらず嵯峨の手渡した『補聴器』からは何の言葉も聞こえてこない。不安と恐怖が誠を支配している。

『このまま見殺しかよ。あの親しみと狂気に満ちた『特殊な部隊』からぼくは解放されることになるのか……『死体』として』

 そんな言葉が脳裏に浮かんでは消えた。

 工場で拉致された時と同様の乱暴な扱いで誠は空調の効いた車内から引きずり出されると頭に袋をかぶせられたまま誠は降ろされた。

 生ぬるい空気と耳に響く喧噪けんそうがまるでい世界に迷い込んだような幻想を誠に与える。

 空気の濁った香りがここが東都の都心部のどこかだと推測できた。

 地表を覆うアスファルトの跳ね返りの熱で全身から汗が噴出す。

 そんな誠に声をかける人はいない。

 誠は初めて、恐怖というものを心の奥から感じた。

 彼等は自分を殺すのだろうか?

 さっきの口振りでは、すぐに殺すということはないはずだ。

 そう思う誠はとりあえず状況を確認しようとするが、布でさえぎられた視野のため、足元の崩れかけた階段以外誠の目に入ってくるものはない。

 男達は両脇で挟みつけたまま、時折小声でやり取りをしながら誠を小突きつつ階段を登った。

 男達の誠を前へ進めるために小突く動作が止まった。

 袋をかぶされて見えないが、建物のドアを開けようとしているらしい。

 開いたドアから冷気が漏れる。空調は効いているので冷気が誠を包んだ。

 誠が後ろで扉が閉まるのを感じたところで袋が頭からはずされた。

 誠のようやく開いた視界に入って来たのはまさに廃墟のようなビルだった。

 埃だらけのフロアが目に入る。奇麗好きな誠には耐えられない光景だった。

 階段の隣に割れたスナックの看板が残っているところから見て、かつては雑居ビルだった廃墟に連れ込まれたことはわかった。

「お客さんだ。頼むぜ」

 背広の男が奥に向かって怒鳴ると、腰に拳銃をつるした若いポロシャツの男と紫のワイシャツに紺色のスラックスをはいた中年の男が、手錠を持って部屋から現れた。

「しばらくここでじっとしていてくれよ」

 初めに誠に拳銃を突きつけた男が、銃口を誠に向けたまま二人に誠を押さえさせる。

 男達はにやけた笑いを浮かべながら誠の両腕を後ろに回して手錠をかけて、階段に向けて誠を突き飛ばした。

「そのまま上がれ」

 そう言われて誠はアロハの若い男に続いて階段を登った。

「なんで俺がこんな野郎の世話しなきゃならないんすか?こんな面倒で割に合わない仕事なんて金で雇って何にも知らねえ素人にでもやらせりゃいいじゃないですか?コイツはなんだか知らねえけどクライアントが凄い手数料をくれるっていう話ですからきっとコイツには何かヤバい話があるんですよ。俺達が直接手を下すのはヤバいんじゃないですか?ネットで素人に拉致らせて、そのままクライアントに手渡せば俺達も安全、クライアントも満足。何にも悪いことはねえ。それくらいの出費はケチらなくてもいいんじゃないですか……」

 ポロシャツの男は明らかに不服そうに愚痴りながら二階に上がったところで不満の当たり所を見つけたというように衝動的に誠のふくらはぎを蹴飛ばした。

 誠はそのままバランスを崩すが、今度は髪の毛を紫のワイシャツの男に引っ張られて直立させられる。その男も誠を連れて行くという仕事には興味がないというようにただ一言も口をきかずに乱暴に誠を引っ張っていく。

 誠が二人の隙をついて横を見てみると古びた全面ガラスのかつてのスナックのドアの中に談笑する男達がたむろしているのが見えた。男達がテーブルの上に酒瓶を並べて談笑している。男達の足下には一人に一丁銃が置かれており、男達の無邪気な笑顔とは対照的に死の雰囲気が漂っているのが誠の恐怖をさらに加速させた。

「何見てんだよ!ちょろちょろよそ見するんじゃねえ!商品は商品らしくまっすぐ前だけ向いて歩け!」

 再びポロシャツの男が誠の襟元をつかむと三階に向かう階段に誠を引き立てていく。

 急に冷気が薄くなり、コンクリートの熱せられた香りが誠の鼻をついた。

 人気の無い三階のフロアーを素通りして四階に向かう階段に誠は引き立てられた。

 むせるような熱気とうなりを上げる冷房の室外機の音ばかりが誠の鼓膜の中に刻み込まれた。

 四階は事務所の跡のようで廊下に連れ込まれた誠の前に3つの扉が目に入った。

 銃を突きつけている背広の男はそのまま一番奥のドアを開けて、中に誠を蹴りこんだ。

 誠は転がされたまま静かに周りを見回した。

 小さな小窓から日差しが入っているところから見て、かなりのスピードで千要の片田舎の豊川からここまで連れてこられたらしくそれほど時間たっているわけではないようだった。

 遠くで車の走る音がすることが、ここが、危険地帯として知られる、遼南共和国からの亡命者が住む無法地帯……いわゆる『租界』の内部ではない、ということだけが、ほんの少しだけ誠を落ち着かせた。『租界』の中なら、東和の法律は一切通用しない。そんな場所に連れて来られていたなら、命がなくなるのは当たり前だ……彼もそれくらいは知っていた。ここが東和の警察の管轄下である限り、以上に気付く警察官がいてくれることを願うことができた。

 最悪ではないが十分に悪い状況にいる自分の境遇に考えをめぐらしながら誠はすることもなくじっと室内を見る。

 ただひび割れたコンクリートの壁があるだけの部屋である。飾りも生活感を感じさせるような痕跡もどこにも見ることができない。

「どうなるんだろうなあ?」

 誠は不安を紛らわすために、自分で声を出してそう言った。

 司法局実働部隊の隊員の誘拐略取。これはそれなりの大事件だと『特殊な部隊』の新入りの誠にも分かる。

 それなりの武装をしている彼等は、自分達で今すぐ誠をどうこうするつもりは無いようだった。

 誠の誘拐を依頼した『クライアント』に誠の身を引き渡すまでは、彼等は誠の身の安全は保障してくれるだろう。

 それまでは自分の命がなくなることない。

 それから先は……、誠は考えるのをやめた。

 その方が賢明だろうというくらいの理性はまだ彼に残っていた。

 手錠が手首に食い込んで痛かった。

 そんな彼を無視するかのように、誠を監視している男の鼻歌が誠の耳にも届いていた。

 部屋に転がっている体を起こした。

 そして自分が誘拐される理由を考えてみた。

 司法局への意趣返しの線はなかった。

 それならそのまま車を山沿いにでも向けて林道で誠を殺していることだろう。その方が証拠が残らずに済む。

 『クライアント』が遼州同盟圏内の反政府テロ組織ならば、その彼等が敵視している同盟加盟国……テロが頻発しているテロ組織の政治犯を多く抱えている国と言えば誠が思いつくのはベルルカンの失敗国家か共産圏で隣国の西モスレムとの抗争が絶えない遼北人民共和国ぐらいが考えられる。その組織が身柄を拘束された同志の解放を求める為という線も無いではないが、同盟直属のまだ実績の無い司法機関の隊員が国家の体面と引き換えに出来るとその組織が考えるほど甘くはないことはランから時々行われる社会常識講座で知っていた。

 誠はそこまで考えたが、なんで自分が拉致されたのかの結論は出なかった。

 そのまま高い格子戸からさしてくる光を見ながら誠はとりあえず体を休めようと横になろうとした。

 誠の理性を保つ今のところ唯一の命綱と言える『嵯峨の手渡した補聴器』からは、いまだに何1つ指示が聞こえてこなかった。

 誠はただ両手を手錠で拘束されたまま、ぼろぼろの雑居ビルの一室に寝転がり天井を見上げていた。

「腹減ったな……結局、昼の注文はしたけど僕は何も食べてないんだからな……西園寺さん達ちゃんと食べてるかな……注文は通ったはずだけど……」

 そんなことを考えているとドアの前で大きな物音と、男のうめき声がした。

 そしてその直後に銃声が二発響く。誠は身を起こしてじっとドアを見つめた。

 ドアを撃つ銃声がして、扉が蹴破られると、そこには光学迷彩式戦闘服姿のかなめが拳銃を構えて立っていた。

「はーい、囚われの王子様。『円卓えんたく騎士きし』がお迎えにあがりましたぜ!」

 笑顔を向けるかなめだが、誠には彼女の顔よりもその足元に頭を吹き飛ばされた死体が転がっている方に目が行った。白目をむいて天井を見つめている死体の視線が実物の射殺体を初めて見る誠の脳裏に深く刻み込まれた。胃の奥がひっくり返るような感覚に、吐き気を必死で飲み込む。

 そんなまるで救出に来た自分より死体に関心があるような誠の態度が気に入らないというようにかなめは誠の襟首をつかんで引きずり上げた。

「なんだ?アタシが助けたんだぜ、見るならアタシの顔でも見ろよ!そんなにオメエは死体が好きなのか?助けてくれる人がいたら礼を言う!そんな当たり前のことも分からねえのか?こののろま!」

 誠はかなめの言うことは理解できたがあたりに漂う『人間の血液』の匂いに酔っていて言葉を発することもできなかった。

「ありがとう……ございます。西園寺さん……それにしてもどうして僕のいる場所が?ここはたぶん東都ですよ……しかも治安的にヤバいことで有名な湾岸部の。何かあったら東都警察の方が早く着くと思うんですけど……」

 血の匂いに慣れ始めた誠は言葉を絞り出すようにそう言った。初めての『拉致監禁』事件の当事者となった誠には、そんな気の利かない言葉を口にするのが精一杯だった。

「発信機兼盗聴器を叔父貴からもらったろ?当然、サイボーグであるアタシの『電子の脳』にはこのアジトの場所なんてバレバレなわけ。オメエが、工場の生協で襲撃者に背後を取られて間抜けな会話をしている時からアタシ等は動き出していたんだ。もう下にはランの姐御やカウラと整備班から選抜した武装した連中が到着済みだ。パーティーが始まるぞ」

 そう言うとかなめは誠の顎をつかんで顔を近づけた。

 ようやくここで誠は嵯峨がくれた『補聴器』が役に立っていることに気付いた。実は誠の乗せられた車の後ろをかなめ達は完全武装した状態でついてきていたらしい。誠は見捨てられてはいなかった事実を知って安堵の笑みを浮かべてなんとか握手でもしたいと思って手を前に出そうとしたが、後ろ手にはめられた手錠がそれを邪魔していた。

「なんだ手錠か。あんな間抜けな拉致作戦をアタシ等の目の前でやって見せるような出来損ないの割に連中も少しは頭を使ってるんだな。ちょっと待てよ」

 そう言うとかなめは素手で手錠の鎖をねじ切った。誠はかなめの常人離れした怪力に感心しながら自由になった手でかなめの拳銃を持っていない方の手を握った。かなめは照れたように誠から目をそらして切れかけた蛍光灯が点滅する天井を見上げる。

「ああ、このくらい簡単だ。アタシは『生身』じゃねえからな。この体はすでに『機械化』済みだ……まあ、よく我慢したな。コイツ等の間抜けぶりから見て素人だな。プロならアタシ等に喧嘩を売るならこんな『私は隠れました』と言うような小学生のかくれんぼに選びそうな場所なんかにオメエを連れてきたりしねえ。それなりの監禁施設を用意して出入り口にも腕の立つ護衛を立てる……こういうことには慣れてるアタシが言うんだから間違いねえ」

 誠は笑顔でそう言うかなめを見た。

 そこには、あまりに美しくて、うつろなかなめのたれ目があった。

 そんな中、下の階でアサルトライフルの一斉射と思われる射撃音と、それに反撃するような銃声が響いてきた。かなめの言う通り『特殊な部隊』の仲間達はもう動き出している。その銃声が誠の心を安心させているのが誠には少し不思議で自然と苦笑いが浮かんできた。

「この銃声……カウラのHK53だな。ランの姐御はFNーP90しかちっちゃくて使えねえからな。しかも姐御はあんまり銃は撃つのは好きじゃねえみたいだからな。あの独特の発射音は……聞こえねえな、当然か。整備班の野郎共のスタンダードタイプのHK33なら銃声はもっとこもった音になる。あ、今セミオートで三発響いたのがそれだ。島田の部下の兵隊、カウラに仕事をさせて自分はサボるつもりだ。後でお仕置きしてやる。しかし、いいタイミングで始めてくれたな。あんまり長いこと馬鹿の相手はしたくねえからな。それと……ちょっと待て」

 かなめはそう言うとポロシャツを着た死体のホルスターから拳銃を奪い取った。

「神前、これを持て。酷い銃だが無いよりましだ。お前も軍人なら、自分の身くらい自分で守れ。とりあえずアタシについて来い、カウラの奴と合流する。馬鹿に付き合ってくたばるなんてオメエも嫌だろ?」

 かなめはそう言い残して廊下に飛び出した。

 誠が監禁されていた部屋で響いた銃声に気付いて階段を駆け上がって来た敵の顔に、かなめの銃弾が正確に突き刺さる。誠はその度にあがる血飛沫に次第に心が冷えていくことを感じていた。

「……僕、僕、僕……」

 階段手前でサブマシンガンを持った相手の掃射が誠達の行く手を阻んだ。誠は恐怖のあまり自然にそうつぶやいていたが、振り向いたかなめの顔には先ほどの笑顔は消えて感情を殺した見下すような視線だけがあった。

「こんなの恐怖に駆られて狙いもつけない掃射しかできねえ素人が鉄砲持って暴れてるだけだぞ。そんなアタシにとってはお散歩同然のこのビルがそんなに怖えか?ならウチみたいな『あぶない仕事』は辞めちまえ!オメエは軍には向いてねえ!こんなのは『ピクニック』と笑って割り切れる度胸が無きゃあの席に座る資格はねえ!」

 拳銃のマガジンを換えながら、吐き捨てるようにかなめはつぶやいた。

 我を取り戻して誠がかなめを見つめると、そこにはこれまでと違う、どこか寂しげな表情を浮かべたかなめの姿があった。

 だが銃のマガジンを交換して銃のスライドが発射態勢に入ると、そんなかなめの表情も一瞬で変わる。

 それはまるで鉛のように感情を押し殺した瞳だと誠は思った。

 そしてこんな瞳にならなければこの部隊では生きていけないという事実が誠の胸に突き刺さった。そして、自分もいずれは、あの目を手に入れなければならないのだと……ぼんやり理解してしまった。

「おい、神前!しっかりついて来いよ!敵は所詮、相手は生身の銃の扱い方を知ってるだけのチンピラだ。戦闘を知り尽くして戦うことが前提のアタシの身体とは格が違うんだよ!確かに銃の扱いは知ってるらしいがそんなの民間人だってサバゲマニアならわかる話だ。出る弾がBB弾か実弾かの差だろ?意味ねえよ」

 かなめはじっと自分を見つめている誠を見た。

 口元には笑みが浮かんでいる。階段下からのサブマシンガンの掃射が止まった瞬間に飛び出したかなめが階下に二発発砲すると恐らく銃を撃っていたらしい男の悲鳴が二人分響いてきた。かなめは階下を一瞥して戦果を確認するとそのまま自分に続いて階段を降りるように誠に向けて振り向いた。

 かなめに続いて階段を降りるとサブマシンガンを手にした額を撃ち抜かれた死体が二つ転がっていた。死体を見るたびに誠の心は冷える。一方の誠の顔には相変わらず笑みが浮かんでいた。

『また死体だ……そんな中でも西園寺さんは笑っていられる。この人は……この状況を楽しんでいる?』

 誠の心の中でこれまで生きてきた価値観が音を立てて崩れていくのを感じていた。

 だが、かなめはそんな目で自分を見つめる誠に何かを言うわけでもなく、素早く現状を頭の中に叩き込んだように視線を階段の下で待ち構えているチンピラ達へと向けた。かなめの姿を見たチンピラ達はそのまま壁の後ろに引っ込んで銃口と顔だけ出して誠達の様子をうかがっていた。

「バーカ。まさに素人に鉄砲だな。銃は狙いをつけて撃つ。そんな当たり前のことすらできねえんだ。笑っちまうよ。それより、神前。向こうに伸びてる、トイレの前までの廊下が見えるだろ? 連中は馬鹿だから、アタシらが拳銃しか持ってねえと分かった瞬間、あの角から飛び出してフルオートで撃ってくるはずだ。その後先考えてねえ掃射でアチラさんのマガジンは空になるから背中を叩いたら飛び出して向こうまで行け。そこで勘違いをしてマガジンを交換して一斉射してくる馬鹿をアタシが喰う!所詮相手はただの糞袋だ!アタシのような『戦機』とは所詮生まれが違うんだ!」

 誠の前には、この状況を楽しそうに見つめるかなめの姿があった。

 かなめは誠には理解できない別の世界を生きてきた人間だということがかなめの表情を見ればわかった。

 死線を抜けてきた計算高い殺し屋の目と言うものはこう言うものかもしれない。

 誠はそう思った。

 そしてそんな瞳のかなめの言葉に、逆らう勇気は彼にはなかった。

 階下でのカウラ達の撃つアサルトライフルの射撃音が近づいてくる。壁を盾にして誠達から隠れたつもりのチンピラ達は焦ったように銃口を揺らして飛び出すタイミングをうかがっていた。

 カウラ達の撃つ銃声は確実に一つの階ごとに制圧しては上がってくるという行動を続けているようで銃声はもうすでに真下の階まで近づいてきていた。

 階下のチンピラは階下からの大規模な襲撃と上からのかなめの優秀で混乱に陥っていた。カウラ達は既に階下に到着したらしく、その精密射撃で弾丸を浴びたチンピラの断末魔の叫び声が混じり始めた。

 仲間が次々と射殺される光景に焦っているのか、顔を出すこともせずにチンピラは見えもしない誠達にセミオートに切り替えてけん制するように誰もいない壁に向かい発砲する。

「へっ!フルオートは弾の無駄だって今頃気付くとは……戦場じゃそんなことに気付いた時にはもう手遅れなんだ……まるでアマチュアだな。生身の素人に出来ることはその程度なんだな……」

 そう言うとかなめの口元に再び笑顔が戻る。残酷なその笑顔を誠は正視できなくなって、誠はひたすら背中をかなめが叩くのを待った。

 階下のチンピラ達の悲鳴が止んだ。

 変わりに拳銃の発射音が十秒ごとに繰り返される。ようやく発砲が弾の無駄と気付いた下のチンピラが相談を始めた。カウラ達も階下のチンピラへの発砲はしていない。どうやら彼等はかなめの獲物とカウラ達も認識した様だった。

「弾は?」

「あと……」

 誠もチンピラが二人で残弾を数えている声を聞き逃さなかった。

 その時、かなめが誠の背中を叩いた。

 はじかれるようにして誠は走った。

 すぐに気づいた階下の二人は慌てたようにフルオートで掃射を始める。

 弾は正面の故障しているらしいエレベータの壁にめり込んだ。

 そのまま誠はトイレのドアの前に張り付き、やり遂げた顔でかなめの方を振り向こうとした。

「はい、終了。間抜けには地獄がお似合いだ」

 かなめはそう言って低い声で笑った。

 誠の視線はその表情に釘付けになった。

 血と埃の匂いが混じる廃墟の空気の中で、彼はいつの間にか強張った自分の手の甲を見つめていた。

 胸の鼓動はまだ速く、だがその速さは先ほどの『恐怖』の質とは違った。何かが切り替わったのだ。

 ゆっくりと階段を降りるかなめに続いて誠は転がる二人の死体を避けるようにして歩いた。先ほどの死体に感じた恐怖は今の誠には無かった。

 生き延びた安心、そしてこれから自分が置かれる立場への静かな自覚……それらが重なって、誠は小さく息を吐いた。
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