遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第十一章 『特殊な部隊』の『特殊部隊』的性格

第32話 安全地帯の終わり

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「僕は……全然、西園寺さんのことをわかってなかったんですね……僕はこれまでずっと安全地帯で生きてきて……こんな世界がこんなに身近にあったなんて……」

 立ち上がりながら誠はかなめに笑いかけた。それでも、今さら元いた場所には戻れないとも、同時に分かっていた。

 階下の銃声が止み、どうやらカウラ達の制圧作戦も終了した様だった。

 廃墟の空気は、まだ戦いの熱を引きずっていた。埃と血の匂いが混じり、窓から差し込む光は不均一な斑点模様を床に落としている。誠の胸はまだ高鳴り、掌は冷たく汗ばんでいた。

 初めての戦闘……誠の内部で何かが静かに変わりつつあるのを、誠自身がかすかに感じていた。

 かなめは立ち尽くす誠に近づいて行くと長身の誠の左肩を軽くたたいて皮肉に満ちた笑みを浮かべた。

「神前、オメエはずいぶんと自分を賢い人間だと思い込んでるみてえだな。いつからオメーはシャーロック・ホームズになったんだ?人をこの数日で理解できる?そんな名探偵並みに賢いらしいオメエはアタシを何だと思ってたんだ?ただのガサツな機械の身体の姉ちゃんとか思ってたんだろ?違うか?うちは『特殊部隊』だぞ。その隊員ならこれくらいのことは出来て当たり前だ。オメエはパイロットだが同時にこうした白兵戦の技量も求められることになる……この前の射撃訓練で見てたがオメエの射撃の腕は絶望的だからな。早死にしたくなかったら……まあ、こっから先は自分で考えろ。オメエのその様子じゃあ良い頭を持っていると自分では思っているらしいからな」

 挑発的な笑みを浮かべて、かなめはそのたれ目を誠に向けた。

 この『戦い』の中で、かなめが初めて見せた心からの笑いがそこにあった。

「いえ、そんな……あの射撃訓練がそんなに重い意味を持ってるだなんて……ただ単に西園寺さんの趣味に仲間をつき合わせただけだと思ってました」

 正直、誠はこれまでそう思っていた。

 銃は人を殺すモノ。

 その銃のスペシャリストが殺しのスペシャリストであっても別に不思議はない。

「まあ、どうでもいいか。事実、アタシが教えなかったからな。知らずに済めばいいことなんてこの世に山ほどある。雑魚相手に銃撃戦?コイツ等の射撃の酷さはオメエと五十歩百歩だ。そんなの相手にウロチョロするなんてアタシにとってはこんなのは遊園地のお散歩みたいなもんだ……そう言う女が普通に世の中には居る……知らなくてもいいことだが、オメエはさっきそれを知った。ただそれだけの話だ」

 かなめの表情から再び本心を話す心の火が消えた。

 それが誠には恐ろしく感じられた。

「まあ、アタシと叔父貴はこんな日常を生きて来たんだ。アタシはオメエに言わせれば隊長のオメエをめた嵯峨と言う名のあの『駄目人間』を叔父貴と呼んでる。恥ずかしい話だが、アレはアタシの『叔父』だから……親父の義理の弟なんだ。アタシの家……甲武四大公家筆頭で甲武建国の英雄、田安高家の娘婿として甲武を『幕藩体制』の国から『平安荘園制』の身分制国家に変えてしまった家なんだが……アタシはその西園寺家の当主をしている……叔父貴はいつの間にかその養子としてうちで暮らしてた。ああ、名字が違う理由か?西園寺家から別れた甲武四大公家末席に嵯峨家ってのがあってね。アタシの爺さんが軍部への嫌味のつもりで絶家になっていたその嵯峨家を叔父貴に継がせたから名字が嵯峨なんだ。西園寺家は甲武の公家の家格のすべてを管理する家だからな。そんな事も可能なわけ。軍部が嫌いで貴族制なんて辞めちまえって言うのが家訓の家の娘とその叔父が貴族制国家でその頂点にいて軍人をやってる……世の中随分と皮肉が効いてるもんだな」

 かなめは安心したように、胸のポケットからタバコを取り出して一本くわえた。

 そして、『仲間』として認めた人間を見るような目で誠を見つめた。そしてかなめが語る自分の出自に誠はこれまでのかなめの粗暴な暴力馬鹿のイメージとどう見ても貧相で人を陥れる事しか能の無いような金のない嵯峨への思い込みが音を立てて崩れていくのを感じていた。

「オジキ?叔父おじさん?隊長が?あの『駄目人間』が?そして貴族制国家、甲武国の最上位の貴族の四大公家の筆頭の当主が西園寺さんで、隊長がその末席の当主?何かの冗談でしょ?なんでそんな人間がこんなに危ない仕事を……」

 次から次へと訪れるかなめの隠された過去に誠は驚き続ける。

 そして、耳には近づく銃撃戦の銃声が響いてきた。

「残念ながらそれは本当の話。アタシは認めたくねえがな。叔父貴は7年続いた第二次遼州大戦の敗戦後3年して遅れて復員したんだが、その時6歳のアタシが修学院女子幼年部の友達二人を連れて外から帰ると、大概あの『駄目人間』が当時4歳の金髪の娘と一緒にうちに上がり込んでちゃぶ台で冷や飯にお茶をかけてを食ってた。嵯峨家も甲武四大公家で公爵の爵位があって叔父貴の官位は内大臣だから甲武の公家貴族でもちょっとは知られたデカい屋敷を持ってるんだが、あそこには嫌な思い出があるから帰りたくねえとか言ってアタシの家にほとんど居候同様で父と娘で暮らしてた。まあ、アタシの実家がある『西園寺御所』と呼ばれる家には13歳の時にお袋に連れてこられて養子になったわけだから、親父の戸籍上の弟ってことになるな。血縁的には『お袋』の姉の息子だから……血も繋がってる完全な親戚なんだよ、あの『脳ピンク』とはな。つまり戸籍上は叔父、血縁上は従兄、ってややこしい立場なわけだ。……叔父貴が軍人になった理由は知ってる。アタシも叔父貴がその背中を見て軍人を目指すことを決めた人物に憧れて軍人になったわけだが……西園寺家は軍では嫌われててね。軍じゃ、西園寺家の人間には汚れ仕事を押し付けてもいいっていう伝統があるらしいや。そうして叔父貴もアタシも表にできねえような酷い仕事ばかり押し付けられて同じように殺しの世界に足を突っ込んで抜けられなくなった……血の因縁かね」

 かなめは胸のポケットからタバコにジッポで火をつける。その語る言葉には誠の思うよな貴族の誇りに満ちた高貴さよりも自分の血の宿縁への恨み言とも愚痴ともいえるような自嘲の響きが満ちていた。誠には、その『因縁』という言葉が、ただの冗談に聞こえなかった。

 そして自分の身の上話を終えるとかなめは誠を見上げて、少し恥ずかしそうに笑った。

 その恥じらいにはサイボーグだというかなめの現状を感じさせる雰囲気は無かった。

 そんなかなめの笑顔が、すぐ近くでした銃声でまた戦場のそれに切り替わる。
 
 誠は、かなめと嵯峨の過去の重さと、いまだに自分が戦闘地域にいるという事実の両方に押しつぶされかけて、銃を握った手を震わせていた。
 
「つまんねえ話を聞かせて済まなかったな。行くぞ、神前。こういう場面では銃撃戦が一段落して油断している制圧部隊に襲い掛かってくる多少頭の回る慎重な連中の方が厄介なんだ。そいつ等はアタシ等の襲撃を受けた時点で自分達に勝ち目がないと理解できるだけの判断力があるし、それが分かるってことはそれなりに危ないところに出入りした経験もあるってことだ。勝ち目がないと分かった段階でとりあえずアタシ等が完全に制圧に成功したと安心しているところに飛び出してきて脱出のためにどんな手段をとってくるか分かったもんじゃねえ。アタシが『鉄火場の後始末』の方法を教育してやる!」

 そう言うとかなめは銃をもう一度、確実に握りなおした。

 かなめは再び戦闘マシーンのかなめに戻っていた。

『やっぱりこの人は楽しんでる……人殺しを楽しむ目……こんな目の西園寺さんは見たくない……』

 相変わらず残忍な笑いを浮かべているかなめを見て誠はそう思った。

 誠はかなめに視線をやりながらも、下での話し声に耳をすませていた。

 先ほどからもめている若いチンピラの声に混じって下から駆けつけたらしい低い男の声が聞こえる。

「どうするんですか?西園寺さん。三人はいますよ……後ろはカウラさん達に抑えられているのにまだ抵抗して来るなんて……相手も必死です。どうします?」

 誠は銃を拾い上げながら、通路越しにかなめに話しかけた。

 かなめは一瞬下を向いた後、誠に向き直った。

「これはカウラ達だけじゃなくてランの姐御が下の制圧部隊の指揮をしてるな……あのちび中佐はアタシとオメエに試練としてわざとカウラ達にこの生き残りを殺さずにおいてアタシ等に始末させるつもりだ。まったく性格の悪い教官殿だぜ。神前、お前、おとりになれ。そんなランの姐御の与えた課題をクリアーすると同時に偉大なる先輩様であるアタシにそれにふさわしい活躍をして忠誠を示して見せろ。オメエの銃の下手さは知ってる。でも身体能力だけは一流だと聞いてるぞ。つまり囮にはこれ以上ない才能の持主ってことだ。そんくらいの役には立って見せろ」

 そう言うとかなめは飛び切り嬉しそうな顔をする。

 まるで何事も無いようにその言葉は誠の耳に響いた。

「そんなあ……」

 誠はかなめに渡されたチンピラの銃を手に握って泣きそうな顔でかなめを見つめる。

「連中はもうこの戦は負けと踏んで逃げる気満々の連中だ。階下のカウラ達はフル装備で数も多い。となると上に上がってアタシ等を始末してからビルの屋上を伝って隣のビル経由で逃げようと考える……そのくらいのことは思いついて当然の話だぞ。そんなことくらい場末のチンピラにだってわかる話だ。そんな連中に簡単に撃たれるようじゃあ先が知れてらあ。これがアタシ等の日常だ。嫌ならさっさとおっ死んだ方が楽だぜ?」

 かなめは階下を覗き見てそう言い放った。

 下のチンピラ達はとりあえず弾を込め直したようですぐにサブマシンガンの掃射が降り注いでくる。

「どうしてもですか?走るのには自信はありますけど……相手は銃を持ってるんですよ?」

 誠の浮かない表情を見て、かなめは正面から彼を見つめた。

「根性見せろよ!男の子だろ?それにこれは上官命令だ。アタシに逆らうのか?なんなら、連中の弾でなくアタシの銃で殺してやろうか?神前が命令違反をしたと言い訳をすれば、ランの姐御も許してくれるだろ」

 かなめはそう言うと左手で誠にハンドサインを送る。

 突入指示だった。

「うわーっ」

 そう叫んで誠はそのまま踊り場に飛び出すと、拳銃を乱射しながら階段を駆け下りた。

「馬鹿野郎!それじゃあ自殺だ!」

 かなめは慌ててそう叫ぶと、すぐさま後に続いて立ち上がり、次々と棒立ちの三人の男の額を撃ち抜いた。

「うわあ、ううぇぃ……」

 瞬時に出来上がった三人の死体の間に誠はそのまま力なく崩れ落ちた。

「まったく、『上官命令ったって無茶がありますよ!』とか反論して来る度胸もねえのかよ。素直なのは戦場では自慢にはならねえぞ。まったく冗談もわからねえとは……所詮、オメエも弾の飛び交う場所でのジョークが通じねえ正規教育の兵隊さんだってことか?ったく。それにしても……下手な射撃だなあ」

 誠の撃った弾丸が全て天井に当たっているのを確認すると、かなめは静かにタバコの吸い殻を廊下に投げた。

 肩で息をしていた誠の耳に思いもかけない足音が響いて誠は銃を向けた。

 誠の拳銃はすでに全弾撃ち尽くしてスライドが開いていた。震える銃口の先にはアサルトライフルHK53を構えているカウラとその背後には手に見慣れないそのちっちゃな手にあつらえたようなあまりに小型に過ぎるような拳銃を持ったちっちゃなランの姿があった。

「神前、貴様は無事なようだな、西園寺!」

 銃口を下げて中腰で進んでくるカウラが叫んだ。その表情は死体を見ながら薄ら笑いを浮かべているかなめを咎めているように見えた。

 その後ろランが戦闘は終わったというように悠然とカウラを追い抜いて誠達の前に立ち誠とかなめを見比べる。

「へー……神前、生きてたんだ。西園寺の事だから間抜けな神前を見つけたらすぐに邪魔だから殺すんじゃねーかと思ったけどな」

 ランはそんな冗談を言いながら、ちっちゃい拳銃を腰のホルスターにしまった。悠然と誠に向って歩いて来たランはその幼女にしか見えない体からは想像のできないような迫力で責任者らしい貫禄のある笑みを浮かべて誠の肩を叩いた。

 誠はしゃがみこんで改造拳銃を構えたまま固まっていた。

「ヒデエな姐御。アタシは戦場の流儀って奴を懇切・丁寧に教えてやったんだよ!なあ!神前!」

 かなめの言葉を聞きながらランとカウラが手を伸ばすが誠は足がすくんで立ち上がれない。

 誠には周りの言葉が他人事のように感じられていた。

 緊張の糸が切れてただ視界の中で動き回るフル武装の『特殊な部隊』の隊員達を呆然と見つめていた。

「まー、神前が無事だったのが一番だ。しかし、初めての撃ち合いでこんなに青い顔になるとはアタシも思ってなかったわ。それに西園寺、どんな脅しで神前をいたぶったんだ?どう見ても肩を貸すのが必要な程度には、消耗しているように見えっけどな……戦場の流儀を教えるのと部下を虐めて楽しむのは訳が違うんだよ。いい加減その『女王様』気質は何とか直せ。オメエの前の仕事で潜入するために本当に『女王様』として縄や鞭や蠟燭でお客を接待することはうちの業務にはねーんだから」

 黒い戦闘服に身を包んだ普段は白つなぎを着て機体を弄っている整備班員だとかなめが言っていた隊員たちに指示を出していたランが誠に手を伸ばす。

 その声で、誠はようやく意識を取り戻した。顔の周りの筋肉が硬直して口元が不自然に曲がっていることが気になった。

 誠の手にはまだ粗末な改造拳銃が握られている。

 その手をランの1回り小さな手がつかんで指の力を抜かせて拳銃を引き剥がした。

「大丈夫か?コイツ。こんなんじゃ次もまたアタシは酷い苦労をさせられることになりそうだぞ」

 誠の背後でかなめの声が聞こえる。

 次第にはっきりとしていく意識の中、誠はようやくランの伸ばした手を握って立ち上がろうと震える足に力を込めた。

「それにしても、ランの姐御。ずいぶんと早ええんじゃねえのか?この役立たずの『素質』がばれるには、少しくらい時間がかかると叔父貴からは聞いてたんだが」

 かなめは箱から出したタバコに手をかけながらそう言って見せた。

 誠は何のことだか分からず、ただ呆然と渡されたジッポでかなめのタバコに火を点す。

「どうせ、あの『駄目人間』があんまり誰も神前がうちに来てから誰も動きを見せる様子が無いから自分の方からリークしたんだろ?神前の『法術師』としての『素質』を知ってる連中も『法術』に詳しい連中ならそう簡単に手を出してこねえから『法術』に関していい加減な知識しか持ってねー連中ならすぐ飛びついてくるって。そして、早速飛びついて来たのがこの様だ」

 あっさりとランは可愛らしい声でそう言った。

「叔父貴の奴……『法術』の怖さをしねえ密入国した地球圏の『マフィア』がその情報を知ったら金に目をくらんで東和のヤクザに声をかけてすぐに襲撃してくると見込んでたな。それで実行犯はこうしてアタシ等に始末させて自分は連中を狩りだす……神前を『餌』かなんかだと思ってるんだろ。普通そんなことするか?自分の部下を『密入国したマフィアの幹部を釣り上げる餌』に」

 かなめは吐き捨てるようにそう言うとタバコの煙をわざと誠に向けて吐き出した。誠はその煙を吸い込んで咳き込む。

「あのー、僕の『素質』って?それと『法術』って何ですか?」

 誠はたまらず上層部の意向を一番知っていそうなランにそう尋ねた。

「ノーコメント。これまでそれっぽい『ヒント』は言ったぞアタシは。テメーの『脳味噌』で考えろ!それなりの大学出てるんだろ?じゃあ、島田みたいに、一から教えないと何もわからねー馬鹿とは違うわけだ。そいう言うのは自分で考えてこそ初めて意味があるんだ」

 ランは生存者が見当たらない散らかった雑居ビルの壁の割れ目などをのぞきながら、わざと誠から眼を逸らすようにしてそう答えた。

「アタシもノーコメント。叔父貴に口止めされててね」

 そう言うとかなめはタバコを口にくわえて誠から目を反らした。

「私も言う事は無い。今は言うべきではないからな」

 カウラは自動小銃を手に、乱雑に置かれたテーブルやゴミの後ろを探りながら、そう言った。

「まあ、お前さんの知らないお前さんの『素質』はそのうち嫌でも分かるわな。『時』が来れば。それより、肝心の叔父貴はどうしてるんだ?姐御」

 かなめはそう言いながら苦笑いをした。

 その視線は担架に乗せて運ばれる、瀕死の組織構成員に注がれた。

 一方、ランはかわいらしい姿には似合わない冷静沈着な態度でかなめを見上げた。

「あー、隊長ならアメリアと運航部の変な髪の色の女芸人連中を連れて、こいつ等のクライアントのところにご挨拶に行ってわ。まあ『国綱くにつな』抱えて出かけてったからな。もしかしたら今ぐれーの時間には、そいつの首でも挙げてるんじゃねえのか?」

 ランは無関心を装うようにかなめにそう言うと階段を昇ってきた東都警察の幹部警察官の挨拶を受けていた。

「『粟田口国綱あわたぐちくにつな』か……あんな『美術品』でなにする気だよ……叔父貴。まあ機能としては『人切り包丁』だから、斬るんだろうな、誰かを」

 誠はその日本刀『粟田口国綱』の名を知っていた。

 誠の実家の道場主である母の前で、嵯峨はその『粟田口国綱』を誠の母、薫に見せていたのを思い出した。重そうな刀身とキラリと光る刃に幼い誠は肝を冷やしたことが思い出される。薫はそんな誠を見てただ笑っていたことだけがその時の誠の記憶のすべてだった。

「まあ、『マフィア連中』も多分、馬鹿じゃないだろうな。『国綱』を持っている隊長に、『無駄な喧嘩』を売るような酔狂な人間なら組織に抹殺されているはずだ。遼州圏に来る前にな」

 自動小銃のマガジンを抜きながらカウラはそう言った。

 『粟田口国綱』の剣先の鋭さを見たとき、誠はまだ小学生にすらなっていない子供だった。

 社会や歴史に興味はない誠だったが、名刀の誉れ高いその名を聞くその剣の重たい刀身を見て、それが『人を叩き斬る』ための刀であることはすぐに直感した。

 その時の刀を手にした嵯峨の殺気のこもった目を思い出して誠の体が自然とこわばる。

 誠はその恐怖から自分の手の中の改造拳銃を見た。

 そして周りの遅れて到着した東都警察の鑑識職員に囲まれたチンピラの死体を見て思わず意識が薄くなっていく。誠は思わず銃を取り落とした。

「神前。そう簡単に銃は落とすな、安物の改造拳銃だからな。暴発の危険がある」

 カウラが優しい調子で落ちた拳銃を拾い上げて誠に渡す。

「申し訳ありません」

 ようやく体が動くようになった誠は立ち上がった。

「とりあえず下に降りるか」

 カウラの言葉にかなめもランも納得したように狭い雑居ビルの階段を降り始めた。

 誠もその後に続いて階段を下りる。

 先ほどまで恐怖と混乱で動かなかった体が、思いのほか自由に動くのを感じて、誠はほっとした。

「なんだ、泣いたカラスがもう笑ってやがる……その回復力の早さだけは認めてやってもいいかな」

 タバコを投げ捨ててもみ消したかなめがそう言って笑った。

「西園寺、口が過ぎるぞ。神前にとってはこれがはじめての命のやり取りだ。そのような状況にいきなり送り込まれて正気でいられるのは私のように『そのために作られた人間』くらいだ」

 カウラはそう言うと踊り場に倒れている死体をよけながら一階に向かう階段を降りる。

 そんなカウラの態度が気に入らないと言うようにかなめは目を反らした。

「僕は……助かったんですね……。」

 誠は自分に言い聞かせるようにそう呟いたが、胸の奥に渦巻く感情が何なのか、自分でもわからなかった。

 安堵?恐怖?それとも、ただの疲労感?

 目の前の血まみれの床を見つめながら、誠は自分の感情を言葉にすることができなかった。

「そうだな。礼が欲しいな……さっき言ったようにアタシは金持ちの貴族だからモノや金は要らねえぞ」

 かなめは再びタバコを取り出しながらそのタレ目で誠をにらんだ。

 真正面から誠がかなめを見つめると、自分の行ったことを恥じたようにかなめは目を逸らした。

「何が……」

 誠はかなめの言葉に戸惑ったようにそうつぶやくのがやっとだった。

「オメエにゃ期待してねえよ。まあ、さっきのビルの屋上みたいに、盛大にやらかさなかったのは褒めてやるがな。さすがアタシの後輩ってところかな」

 かなめは、怯えて座り込む誠からわざと目を逸らし、天井を見上げながら皮肉を込めた調子でそう言った。

 かなめの言葉に誠はただ黙り込むばかりだった。

 立ち込める『死』のもたらす臭いに誠は恐怖から『吐く』ことすらできなかった。

 かなめはそんな誠を見下ろしながら、煙草の灰を丁寧に落とした。戦場での冷酷さと、身近な人間に向ける一瞬の優しさが彼女の表情を交互に支配している。

 かなめはそんな誠を見下ろしながら、煙草の灰を丁寧に落とした。その仕草が、さっきまで人を肉片に変えていた同じ手だとは思えなかった。
 誠はそこでようやく理解する。……この人は、ただの冷たい機械なんかじゃない。彼女のやり方は荒っぽい。だが結果として命を守るのなら、誠はその方法に謝意を抱かずにはいられなかった。

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