遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第一章 『特殊な部隊』の開幕戦

第2話 走れ、眠れ、忘れろ

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 誠の背後に、ふと人の気配が立った。

 誰かが慰めに来てくれたのだろう……そう思って待ったが、相手は何も言わず、ただそこに立ち続けていた。

 誠は高校時代から使っているグラブを布のケースにしまい、黙って深いため息をついた。振り返ることはなかった。

 しばらくして誠は感じた気配からしてその人物がやけに小柄な人物であることに気づいた。その人物はしばらく黙り込んで落ち込む誠を見つめていたあと、ようやっと口を開いた。

「おい、落ち込んでるところ悪いが、出かけるぞ。仕事だ」

 その人物、司法局実働部隊副隊長兼機動部隊長のクバルカ・ラン中佐は感情を押し殺したような口調でそう言った。
 
「オメーはプロ野球選手じゃねー。野球部は西園寺の道楽に付き合ってるだけだ。何より、うちは社会人部隊だ。趣味で落ち込んで本職に穴あけるなよ」

 振り返ると、そこにいたのは見慣れた『八歳児』にしか見えない少女の姿がそこにあった。

 だが、その小柄な体に『特殊な部隊』の制服をまとった彼女こそ間違いなく誠の上司であるランで自称34歳の立派な大人だという。 

「えっ、実験って明日じゃなかったんですか? 今から出る必要があるんですか?」

 誠はランの言う早すぎる出発に少し違和感を感じた。そしてそれが社会人としては甘えなのかもしれないと気分を改めた。

「それに、僕だって仕事と私事の区別くらいついてます。中佐に注意されるようなことは……」

 誠は仕事の予定を自分が勘違いしていたのかと錯覚してそう言った。

「実験は明日だ。でもオメーは車酔いが酷ぇから、前乗りすんだよ」

 ランは物わかりの悪い子供を説教するような口調でそう言った。
 
「法術兵器の実験は被験者の体調次第。早く着替えろ。ツキが悪い時は何やっても裏目に出る。悪い流れは早く断ち切るに限る。百戦錬磨の副隊長様のアドバイスだ、聞いとけ」

 そう言って、ランは車のキーを指でくるくると回していた。そして誠の表情がそれでも硬いままなのを見るとランはため息をついて話を続けた。

「悪い流れを引きずったまま実験で失敗されたらアタシとしても目も当てられねー。今回だけは確実に成功させて見せろ。まあ、オメーはこれまでのすべての法術兵器の実験を成功させている。わざわざアタシが言うまでも無いか」

 誠は彼女の言葉を聞くと頷いて静かにロッカールームに向かった。その後ろをかわいらしい三つ編みが特徴のランがちまちまと付いてくる。

「まあ、なんだ。アタシは野球は分からないからなんとも言えねーけど……さっきのは打球の飛んだところが悪かっただけだと思うぞ……ミスは誰にでもあるもんだ……アタシだってミスる時くらいある。気にするんじゃねーぞ。仕事に差し支えるといけねー」

 ランは誠をなだめすかすような口調でそう言った。見た目は8歳女児でも彼女は10年前まで20年続いた『遼南内戦』で400機を超える機動兵器を破壊したエースオブエースなのである。その言葉には重さも、深みも有るのは社会人なり立ての誠も感じていた。

「オメーもミスする。アタシだって完璧じゃねー。ミスをいかにして引きずらないか。それが今のオメーには求められているんだ。オメーはうちのパイロットではアタシと並ぶ二枚看板の『法術師』なんだ。オメーに自信を無くされるとアタシの負荷が増える。上司に負荷を与えるのはオメーにも心苦しいだろ?だったらとっとと忘れろ。悪い事は忘れて良いことだけは何時までも忘れない。それが世の中を上手く渡っていくコツだ。アタシはオメーよりはるかに長く生きてる。その結果得た結論だ。オメーにその気があるなら覚えといてくれ」 

 そう言いながらランは指で車のキーを回している。

「そうなんですけどね。野球ってそう言うゲームですから。それにあれは完全に僕の配球ミスです。あんなところに投げたらどんなバッターでも良い球が来たって思って思い切り振り切ってヒットを打ちますよ。僕がバッターでもそうします。そのくらいの経験は僕にも有ります。ただ……」

 誠は自分を真正面から見つめて表情を変えない上司であるランに言い訳している自分を情けなく感じながら言い訳を辞めることが出来なかった。

「また自分のせいじゃないことで負けて、そのことを自分のせいにしている自分が情けないだけです。今回も僕が悪いんです。すべて三振に取ればエラーなんて気にする必要は無いですから。ストレートと内外への配球だけでどうにかする。キャッチャーが変化球を捕れないならその辺の工夫で何とかするのがピッチャーでしょ?実際、カウラさんはそれが出来てるそうじゃないですか。僕が悪いんです……今回は」 

 誠は落ち込んだ口調でそう言うとロッカールームに入った。

『また……自分のせいじゃないのに、勝手に背負ってる……結局、あの時から僕は何も変われていないんだ……』

 あの日と同じだ。高校の夏、坂東一高との試合。

 何も変わっていない自分に、誠は思わず目をそらした。そう気づく自分自身が、誠には何より情けなかった。ロッカールーム。ユニフォームのボタンを1つずつ外すたびに、悔しさも1つずつ脱ぎ捨てるような気がした。けれど、胸の奥のもやもやはなかなか脱げてはくれなかった。汗に濡れた下着も用意したものと替えて誠は淡い青色が基調の司法局の勤務服に着替えた。見るからに落ち込んでいる誠にそれ以上はランも何も言えなかった。誠はそのまま着替えを済ませるとベンチから様子を見に来た西に荷物を渡した。

「神前曹長、大丈夫ですか? 負けたのはあなたのせいじゃありません。むしろ、神前曹長は『勝ってた』んです」

 再びそう言って励ますスコアラーの西の言葉がさらに誠の心を暗くした。
 
「敗因は采配です。セカンドにグリファン中尉を置いた西園寺さん、そしてキャッチャーを拒否したクラウゼ中佐もいい加減、他にキャッチャーが出来る人が居ないことくらい運航部の部長をやってるんだったらチーム事情を見れば分かるでしょうに。あの人のわがままにも困ったものです!神前さん。そんなに自分を責めないでください!見ていてこちらが辛くなります」 

 気配りの人と呼ばれる西の手で荷物が運ばれてくる。まるで去るのを強制するかのような西の気遣いが逆に誠を傷つけた。

「じゃ、出発すっぞ。どうせ車酔いするんだ。ゆっくり行く」

 ランはいつもの熱血鬼教官の口調を隠すような穏やかな口調でそう言った。

「中央道の渋滞もいつものことだしな。吐いたらぶっ殺すからな」

 腫れ物にでも触れるようなランの態度に誠は少しばかり傷ついていた。なんとも複雑な表情のまま誠は球場の通路に出る。先を急ぐランに誠は付いていくだけ。外に出ればまだ秋のねっとりとしたまぶしい日差しは燦燦と照りつけてきた。歓声が上がる豊川市スポーツセンターを後に誠はランの車が止めてある駐車場に向かった。

「今回の仕事も遼州同盟司法局が開発している法術兵器の実験っていうことで良いんですよね?これまでの実験の延長みたいなものですか?機体を法術で加速させたり、僕の使える『干渉空間』がどれほどの攻撃に耐えられるか重火器で撃たれたり……嫌ですよまた『干渉空間』の強度実験とか言って重火器の集中砲火に遭うのは。いつもひよこちゃんが居るから多少の怪我なら大丈夫って言いますけど、クバルカ中佐と違って僕は不老不死じゃ無いんですから。致命傷を食らえば即死します」 

 気持ちを切り替えようと仕事の話を持ちかける誠だが、ランの目には余りに落ち込んでいるように見えるらしく目を合わせてくれない。黙ってドアの鍵を開く。沈黙の中、二人はランのセダンに乗り込んだ。

「そんな無茶な実験じゃねーよ。これまでの実験は東和陸軍の要請で法術について何も知らねえ連中に法術とは何たるかを教える為の予行演習みたいなもんだ。でも今回の実験の依頼主は同盟司法局。つまりアタシ等の上からの正式な命令だ。でもだからと言って無理はすんなよ。なんなら眠ったほうがいいかもしれねーな。とりあえずオメーの健康が今回の実験のカギだ。そのためにこうして実験に先立って東和陸軍射爆場に前乗りするんだから。ほら、いつもの薬局でも扱っていねー酔い止めだ。吐くんじゃねーぞ。吐いたらマジでぶっ殺すからな」 

 ランは誠に錠剤を渡した後、空気を変えようと少し窓を開ける。秋の風が車の中を吹き抜けた。

「どうせ裾野の東和陸軍射爆場に着くには時間がある。中央高速はこの時間から言っても大仏インター付近で大渋滞してるだろ……十分休んでろ。目覚めた時にはもう射爆場だ。オメーは自分の健康の事だけを考えて安心して眠っていりゃーいー。過ぎたことをくよくよしても始まらねー。人生の先輩としてアタシが言えることはそれだけだ」

 そう言うとどう見ても8歳児にしか見えないランは自分の身体の大きさに合わせてカスタムされた運転席に腰かけた。ランは誠の隣でそっと助手席のリクライニングを倒していた。何も言わずに、ただ自然に。そしていつもの誠を厳しくしかる時の表情を取り戻すと持つ車を後退させて駐車場を出た。

 豊川の町は相変わらずの喧騒に包まれていた。誠がこの『特殊な部隊』と人から呼ばれる司法局実働部隊に配属されてもう3か月が過ぎようとしていた。

 初めて『特殊な部隊』の隊員で出会ったのがランだった。その時にこの部隊の異常性に気付いてはいたが、3か月も経つとそれが普通の日常となっていた。いつものように非常識な女上司達にこき使われ、ランの虐めに近いランニングメニューをこなし、寮でまたもやいつもの女上司達の無理難題に付き合う。そんな暮らしに誠は慣れ切っていた。

 今日も整備班の人型機動兵器『シュツルム・パンツァー』の定期メンテナンスの為に抜けられない整備班の野球部員以外は全員が有給か代休を取ってこの試合に参加していた。こんなことは普通の公務員ならあまり褒められたものでは無いのだが、ここは『特殊な部隊』なので、他の部隊の隊員に出会ったときに白い目で見られるくらいで、それが当たり前の日常だった。

「どんな実験だか聞いてませんけど。実験、上手くいきますかね……まあ、これまでは僕は僕なりに結果を残していると思うんですが……まあ、司法局の法術師って実際、僕とクバルカ中佐と隊長と茜さんしかいないですからね……ああ、ひよこちゃんも法術師でしたね。あの人の『ヒーリング能力』のおかげでこれまでの実験でも右腕が吹き飛んだ時も治りましたし……まあ、死ぬほど痛かったですけど」

 それとなく誠はいつものようにカーナビの代わりに付けているテレビで将棋中継を見ているランに訊ねた。

「それはオメー次第だ。だからこうして前乗りするんだ。アタシからはそれしか言えねー。それに今回は攻撃兵器の実験だ。絶対に怪我をすることはねー。その点だけは保証する。安心して寝てろ」

 相変わらず舌っ足らずの口調でランはそう言って運転を続けた。車はただ西に向かう高速道路に向かうロータリーを緩やかに加速しながら走っていた。

 誠は差し出された酔い止めを飲み、素直に目を閉じた。

 車は西へ、西へと、秋の光に向かって走っていく。

 そのまま、誠は眠りへと沈んでいった。 誠はランの好意に甘えるようにいつもの車酔い止めの錠剤を飲むと目をつぶった。

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