遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第二章 『特殊な部隊』の実験準備

第3話 力を持つ者の眠れぬ夜

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「神前!起きろってば!着いたぞ!」

 かわいらしい女の子の声が誠を眠りの世界から現実に引き戻そうとした。

「島田の馬鹿やオメーの飼い主気取りの西園寺から聞いてたけど、ホントに一度寝ると起きねーな。起きろ、着いたってば!」

 クバルカ・ラン中佐の乱暴でいてかわいらしい声で誠は目を覚ました。東和陸軍裾野基地。寝ぼけた目をこすりながらランの車から降りると、誠はのんびりと伸びをした。辺りは秋のつるべ落としの太陽のせいですっかり暗くなっていた。

 変だった。あのいつもの吐き気が……今日は感じない。気付けば、誠は自分が車に酔っていないことに驚いていた。昔の自分なら、ここまで来ることさえできなかった。少しずつ変わってきている……良くも悪くも。

 誠の乗り物酔いは『もんじゃ焼き製造マシン』との異名を持つほどの酷いものだった。誠の乗り物酔いは筋金入りだった。バス、車、電車……どれに乗っても即リバース。旅行の経験など皆無で、任務で乗るシュツルム・パンツァーのコックピットですら吐く始末だった。

 そんな誠が今、全く吐き気を感じていない。酔い止めの薬を飲んでいたとしても、それだけが原因とは考えられない。誠はその事実を喜ぶべきなのかどうか迷いながらランを見つめていた。

「さあ、行くぞ。ここが東和陸軍シュツルム・パンツァー教導隊も併設してあるアタシの古巣だ。それにしても……いつもはアタシの車を降りる時は吐きそうな顔しているはずなのに……今日は体調が良いのか?それとも野球で負けて自棄やけになってるのか?」 

 ランは機嫌が良さそうな調子で誠に尋ねてきた。

「ええ、まあ。あれだけシミュレータに乗ればさすがの僕の胃袋も慣れて来るってことですかね?そうだと嬉しいんですけど」

 いつにもない快調な胃腸に誠は思わずそう返していた。

「そーか。アタシもオメーをぶっ叩いて鍛えた甲斐が有るってもんだ。じゃあ、これからの訓練はもっとハードにしごくことにしよう。あと胃袋の方もこれからもその調子で頼むわ」

 そんなランの言葉にもう一度意識をはっきりとさせて周りを見渡す。周りに茂る木々のシルエット。停まっている車の数も少ない。そのまま東和陸軍射爆場本部の建物に誠とランは吸い込まれていった。

 建て付けの悪いガラス戸を開いて入った廊下には、夕方の訓練を終えて着替えを済ませたばかりというような東和陸軍の兵士達がたむろしていた。自動販売機の前で四、五人の兵士達の視線が二人を見つける。突然来訪したランと誠だが、東和陸軍とは色違いなものの作りの似た司法局実働部隊の制服を見て、彼等はすぐに関心を失って雑談を再開した。

「とりあえず今夜中に豊川の基地からオメーの05まるご式乙型が搬送されてくる。実験は明日の朝一番に行う予定だ。今日はとりあえず神前は仮眠室を使ってくれや。ここの仮眠室を使ったりする許可とかの事務関係の細かい打ち合わせは全部アタシがやっから。オメーは自分の体調の事だけを考えろ。それがオメーの仕事だ」 

 そう言うとランはそのまま雑談する陸軍の兵士達を横目に見ながら隣にあるエレベータに乗り込んだ。誠はそのまま周りを眺める。ここは何度か東和宇宙軍幹部候補生養成課程で来たことのあるこの建物だった。構造は分かっているのでそのままロビーを抜け狭い廊下に入った。

 東和陸軍裾野基地は東和でも最大級の『射爆場』を抱えていた。

『射爆場』とは爆撃や砲撃を行うための、一般銃器を扱う『射撃場』の規模をさらに拡大した規模の大型の施設だった。

 今回は誠の専用機持込での法術兵器の実験ということしか誠は知らされてはいなかった。司法局実働部隊隊長の嵯峨惟基特務大佐は元々諜報員上がりと言うこともあり、情報管理には非常に慎重を期すタイプの指揮官だと言われていた。これまでも何度か法術系のシステム調整の出張があったが、多くは実際に実験が始まるまで誠にはその内容が秘匿ひとくされることが普通になっていた。

 誠はそのまま仮眠施設のある別館へと向かう渡り廊下にたどり着いていた。正直、東和国防軍でもお荷物扱いされて金に厳しい東和陸軍らしくかなり老朽化した建物に足を踏み入れるのは気の進む話ではなかった。

 東和陸軍は東和軍部の中でも冷遇されていた。

 東和宇宙軍が東和が関わるあらゆるこの遼州星系圏内の他国の紛争地に出かけて東和共和国への干渉を防いだり、戦線の拡大を阻止するために電子戦専用機を飛ばして妨害する『花形』なら、東和陸軍はそもそも戦争に巻き込まれる可能性の少ない東和共和国を自分の土地で守るだけの軍にとって『お荷物』と呼ばれるような存在だった。

 当然、国防予算のうち東和陸軍に割かれるそれは微々たるもので、正面装備と人件費でそのほとんどが消えてしまう。こう言った管理施設の修繕などは後回しも後回し、優先順位最下位の部類に入るところだった。

 男子用仮眠施設は、壁のシミとカビの匂いが誠を迎えた。東和陸軍の予算事情がよく分かる作りだった。

 廊下の電灯も半分以上は壊れていて薄暗い中を歩いていって手前から3つ目の部屋が空いているのを誠は見つけた。どうせ今の時間なら管理の担当職員も帰った後だろう。そう思ったので誠は管理部門への直通端末にデータを打ち込むこともせずにその部屋のドアを開いた。そして、そのまま安物のベッドに体を横たえた。予想通りベッドはかび臭く、これまで経験したことのない不快感に包まれながら眠ることに誠は不安を感じた。

「明日の実験は何をさせられるんだろうな……それにしてもこの部屋。これ、大学時代に泊まった合宿所よりひどいぞ……。こんなベッドで寝るんだったら、寝袋でも用意してもらってテントを張ってその中で寝た方がマシなくらいだ」

 誠は染みだらけの施設の天井を見上げながらそんな独り言を言っていた。この明らかに人に優しくない宿泊施設に放り込まれた今の自分の境遇はまさに『実験動物』といった風情があった。

 誠は『近藤事件』で、その法術……『光のつるぎ』を初めて使った。誠の力により法術の長大な光の帯と化した05式の固定武装である格闘戦武装、通称『ダンビラ』の一振りで敵艦のブリッジを吹き飛ばし、多くの命を奪った。

 その出来事は、地球外知的生命体『遼州人』が持つ超常的能力『法術』の実在を、地球圏にまで知らしめた瞬間だった。 

 『法術』とは地球人がかつて侵略したこの星、遼州に住む遼州人にごく稀にに発生する珍しい能力だった。その能力は多岐に渡り、誠も自分が使える瞬間転移が可能ですべての攻撃を無効化する壁『干渉空間展開』とシュツルム・パンツァーの持つ軍刀『ダンビラ』を用いて超大型の光に包まれた剣を作り上げる『光のつるぎ』以外の能力については詳しいことは知らなかった。

 ただ、ランが8歳児程度の身体で誠をはじめとする部隊員の誰よりも力が強いと言う『身体強化』能力や、彼女がその姿のままなのは彼女が『不老不死』の法術師だからと言うことは知識としては知ってはいた。

 また、隊の看護師である神前しんぜんひよこ曹長にはどんな怪我でも瞬時に治療してしまう『ヒーリング能力』があることも野球部の夏合宿で知ることになった。

 だが、それが法術師のすべての能力ではないことは誠も薄々察していた。それだけが法術ならば遼州圏も地球圏もこんなに大騒ぎをするはずが無い。ただ、誠の専用機である05まるご式乙型に装備された『法術増幅システム』と法術兵器を組み合わせることで『光のつるぎ』以外の活用法も有ることはこれまでの法術兵器の実験で分かっていた。

 ただ、どれも05式の致命的弱点である機動性を上げるためのブースターや、思ったことを通信で伝えるのではなく、誠がターミナルになって法術で伝える装置といった補助的な法術兵器ばかりで、誠が驚くような『新兵器』と呼べるような兵器の実験には立ち会ったことが無かった。敢えて驚くことがあったと言えば誠が展開できる『干渉空間』の強度テストということで一度気化爆弾の直撃を受け止めると言う無茶な実験をした時は、さすがにすべての攻撃を無力化すると思われていた誠の展開する『干渉空間』もその威力に耐えきれず、コックピットが内部崩壊して右腕がちぎれる大けがを負ったが、その時もひよこの『ヒーリング能力』でちぎれた右腕は元通りになっていた。

「気付けば、自分の意志とは関係なく、兵器として扱われることが増えてきた。力を持つとは、こういうことなのか……?今回は何をさせられるのかな……射爆場を使うってことはかなり派手な兵器だろうな……これまでとはきっと性質が違うんだ。気合いを入れないと……また気化爆弾……いや、今度は核を使うかもしれないな……そうなったらどうなるんだろう?」

 誠は明日の実験について考え始めると、その想像の収拾がつかなくなってただ混乱するばかりで眠れないまま時間だけが過ぎて行った。

「実験か……どんな兵器なんだろう?さすがに核の標的にするってことは……あのクバルカ中佐だからな……あの『パワハラ幼女』なら有り得る話だ」

 誠は天井のシミを見ながらそうつぶやいた。誠は着替えずに横になったので腕時計を見てみる。すでに誠が床に就いてから二時間が過ぎようとしていた。

 自分の特技である『干渉空間』を敵めがけて剣状に展開する『つるぎ』のことを思い出した。そして、初めてそれを展開した『近藤事件』でのその威力を想像すると誠は少し憂鬱になった。

 死と初めて隣り合った恐怖。誠はこれまでも何度となくあの恐怖にうなされて夜中に目を覚ます事が有った。誠の上司であるカウラはそれが正常で、その恐怖に慣れてしまい人を殺すことを何とも思わなくなっているかなめやランのようにはなるなと誠に告げた。

 実際、誠も人を殺すことに慣れたくは無かった。あの『近藤事件』でも近藤を始めとするクーデターを首謀した巡洋艦の乗組員達が多数、誠の繰り出した『光のつるぎ』に呑み込まれて消えて行った。

「……もう誰も殺したくない」

 それでも、任務は待っている。逃げられない。
 
 元々軍人向きではないことは自分でも分かっている誠は、一人天井を見ながらそんな言葉を口にしていた。

「力なんて、本当は……欲しかったわけじゃないのに」

 いつの間にかそうつぶやいている自分を誠は少し嫌になっていた。遼州人の持つ力に関心を持っている勢力は多い。夏にはそんな勢力の手先である『革命家』を自称する男に自分の組織に来ないかと勧誘されたこともある。実際、瞬時に巡洋艦のブリッジを消し飛ばした威力の使い道などいくらでもあることは、軍人でありながら軍事にあまり詳しくない誠にも分かった。

 そして明日また新たな誠の力が目覚めるかもしれない。

「この力……壊すことばかりじゃなくて、少しは良いことに……生産的なことに使えればいいのに……」

 少し憂鬱になった誠は腕で顔を覆い、寝返りを打った。

 寝返りを打ったその拍子に、誠の意識は静かに沈んでいった。



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