遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十章 『特殊な部隊』の旅

第23話 甲武への道、不本意にて

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 国鉄総部本線・豊川駅前からリムジンバスで成畑空港へ到着した嵯峨は、『またいい思い出ひとつないあの場所か』と、かつてと同じような面持ちで空港に足を踏み入れた。そして、貧相な身なりには不釣り合いな甲武行き定期便のファーストクラス個室へと乗り込んだ。

 身にまとうのは紺の着流し。持ち物は風呂敷包みがひとつと、腰に下げた愛刀『粟田口国綱』のみ。そんな嵯峨を前に、キャビンアテンダントはやや困惑した様子を見せながらも、個室へと案内した。

「慣れないねえ……俺はどこまで行っても月3万円の小遣い暮らしさ。茜よ、お前を恨んでるわけじゃない。こういう地味な生活が、どうやら性に合ってるらしい。たまに押しつけられる贅沢ってやつは、ありがたいより卑屈さが先にくるんだ。経済的には良くないらしいけどね」

 ふかふかの座席に腰を下ろしながら、嵯峨はぽつりと独りごちた。キャビンアテンダントが持ってきたコーヒーも、『トイレで水を飲んできたから』と断ってしまうほど、節約癖が染みついている。

 機内にはお決まりのアナウンスが響く。

『この度は甲武国営航空をご利用いただきありがとうございます。当機は成畑発、鏡都・四条畷港行き……』

 嵯峨はその声を聞くなり眉をひそめ、窓の外の殺風景な滑走路へと目を向けた。

「このフカフカのシートも、俺には座り心地が悪いな。四畳半のアパートでの暮らしが染みついてるんだよ。殿上貴族だ?四大公家末席だ?そんな地位なんて糞くらえさ。『特殊な部隊』のダメ隊長で十分だ。贅沢なんか、まるで嬉しくないね」

 この便を予約したのは、かなめの妹であるかえでだった。本来ならエコノミーに乗りたいと頑なに主張した嵯峨だったが、貴族の立場を重んじる母・康子の教育を受けたかえでに『叔父様には当主としての自覚が無いのですか?』と釘を刺されれば嵯峨には黙る事しか出来なかった。

 シャトルは滑走を始め、やがて宙に舞った。

「さすがファーストクラス。重力制御も部屋単位か……神前みたいな車酔い男でも耐えられそうだな。あいつが甲武に行く時は、こっそり手配してやるか。『悪内府』の威光ってやつを使えば、安くあげられるかもしれないしな」

 思いついた悪巧みに、嵯峨はくつくつと笑う。

『まもなく当機は通常空間から亜空間へと転移いたします。座席ベルトの着用をお願いいたします』

「はいはい、シートベルトね。まあ俺も警察官の端くれだから、規則は守りますよ」

 シートベルトを締めた嵯峨は、他の乗客もいない個室の孤独さに皮肉を噛み締めた。かえでの善意が、かえって身に沁みる。

「贅沢なんて要らない。貧乏人は寝るのが一番の娯楽ってね」

 そう言うなり、嵯峨は長年の戦場仕込みの早寝の技術で眠りについた。


 
 数時間のが経ちシャトルが亜空間を抜け、通常空間に戻ったとき、機内アナウンスの声で目を覚ました。

『これより通常飛行にて甲武・鏡都に着陸いたします』

 あくび交じりに伸びをした嵯峨は、あたりを見回した。空港の窓の外では、滑走路がゆっくりと近づいている。

 そんなとき、キャビンの扉が開いてキャビンアテンダントが現れた。

「内府殿、あと十分ほどで四条畷空港に到着いたします」

「すまないねえ。面倒な客を担当しちまって。刀が気になるんだろ?鞘に納めただけで持ち込む馬鹿が居るとは思わないよな」

 嵯峨が肩をすくめると、キャビンアテンダントは張り付いたような笑みを浮かべた。

「いえ、四大公家の方をお迎えできることは光栄です。陸軍の将官が丸腰で来るとは、誰も思いませんよ」

 明らかに表情は引きつっていた。嵯峨はそれを見て、内心苦笑する。

「本当はエコノミーで良かったんだ。タバコの臭いも気になるし、気を使っちまうよ。ああ、そうか。ここ、吸ってもいいんだったな。でも吸わなかった。清掃の人に迷惑だろ?」

 キャビンアテンダントは部屋を見回し、無言で頷いた。

「俺の生活費は月3万。甲武の物価換算だと月300円ってところか。あんたの月給は5,000円くらいだろ?それに1万円くらいのボーナスが夏と冬に出る。うらやましいね」

 その言葉に、彼女は気まずそうに目をそらした。

「ま、俺も法の番人だ。規則は守るさ。それにしても……やっぱり侯爵以上の帯刀はノーチェックなのな」

 嵯峨は足元の刀を手に取った。朱塗りの鞘に、金色の鍔が目を引く。

 やがてキャビンアテンダントが退出すると、嵯峨は呆れたように笑い、つぶやいた。

「向いてねえな、あの子……客商売には。中流士族の生活が苦しいのは分かるが……あの笑顔じゃ客商売は出来ねえよ。東和のコンビニのバイトの方がよっぽどいい笑顔してるぜ」

 静かに刀を握りしめる嵯峨の目が、ほんの一瞬だけ光を帯びる。

「さて……今回は、どんな相手を斬ることになるのかね。できれば抜かずに済ませたいが……あの『殿上会』だ、そう甘くはないか。俺がすべて引き受ける。無益な犠牲だけは出したくない」

 『近藤事件』によって甲武貴族社会に衝撃を与えた嵯峨は、再び『処理人』として注目を浴びる場に向かう。

 やがてシャトルが四条畷空港に着陸した。減速する振動の中、嵯峨は再び考える。

「どうせ狙うなら、俺だけにしとけよ。俺の手はもう真っ黒だ。今さら一滴や二滴、増えたところでどうってことはないさ」

 そうつぶやく嵯峨の手が、愛刀『粟田口国綱』の柄を強く握る。

『ご利用ありがとうございました。まもなく降機のご案内申し上げます』

 無機質なアナウンスが、嵯峨の物騒な言葉をかき消すように流れていた。

 嵯峨は風呂敷包みに手を伸ばし、最後のガムを口に放り込む。

「……抜かずに済むのが一番だ。でも、今回は無理そうだな……」

 そう呟いて苦笑した嵯峨の目に、再び静かな闘志が宿っていた。 
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