遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十一章 『特殊な部隊』の非情

第24話 不死身の国賊

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 甲武の首都・鏡都最大の宇宙港『四條畷港』。その入国ロビーを真正面から見下ろせるビルの屋上で、ひとりの青年が身を潜めていた。

 『彼』は自らを『憂国の志士』と名乗っている。

 ……狙撃手にとって最も重要なのは『待つ』技術だ。

 そう教えられた訓練時代の教官の言葉が、じわじわと脳裏によみがえる。

 『滅私奉公』と記された鉢巻の下、完璧な気温管理の地上コロニー内にもかかわらず、額にはじんわりと汗が滲んでいた。

 彼は静かに瓶入りの水を一口飲み、緊張からくる喉の渇きを癒した。

 丸刈りにした頭を撫で、手元のボルトアクションライフルに指をかける。指先に宿る重みと冷たさが、これから始まる『使命』を改めて実感させた。同志からの合図を、ただ黙って待つ。

 『彼』は典型的な下級士族の家に生まれ、軍人家庭の長男として育った。幼い彼の記憶に深く刻まれているのは、敗戦の日。

 軍服姿の大人たちが嗚咽し、士族たちの誇りが瓦解していく光景……それが、今の彼の原動力となっていた。

 幼い時の敗戦の屈辱が今でも思い出される。大人達が慟哭する有様が今の『彼』を支えていた。幼い彼が見たのは1つの時代の終わり。そして自分達、士族の屈辱の歴史の始まりの瞬間だった。

 多くの下級士族の没落の原因を作ったと『彼』が信じる西園寺兄弟の遼州圏国家に対する妥協政策は彼をしてここにスナイパーライフルを持ってこさせるほどの怒りを呼び起こすものだった。

 『サムライ』である士族がこの国を常に守ってきた。この国が独立を守り続けてきたのは他でもない自分達の存在があってこそだ。いついかなる時でもそれだけは変わらない価値だと信じていた。『彼』から見て身分の卑しい生きるに値しない平民達に権利を与えると言う愚行を行った売国奴であるあのふざけた兄弟のことを口汚くののしる同志達の面差しが頭をよぎった。

 四年前の遼州同盟結成時に締結された軍縮条約で僅かな恩給を渡されてようやく入営できた軍を追われた時、『彼』は陸軍の狙撃訓練校の生徒だった。そんな経歴が『彼』に同志達ての見込まれての今回の作戦だった。

 訓練場の沈黙と今目の前に広がる宇宙港の雑踏に違いなど無いと『彼』は思って手に力をこめた。

 ゆっくりとボルトアクションの狙撃銃のストックに頬を寄せ、静かに銃の真上に置かれたスコープをのぞき込んだ。予想した通りこの場所だけが甲武鏡都の玄関口、四条畷宇宙港の正面ゲートを見渡せる地点だった。ボルトエンドの突起が隆起していることで、すでに薬室に弾丸が装填されていることを示している。

 『彼』には大義を知らない宇宙港を笑顔で出入りする愚民を相手に安全装置などかけるつもりも無かった。

「私利に走る佞漢、嵯峨惟基……」 

 『彼』は一言、ぼそりとつぶやく。その言葉で自分に力がわいて来るような気がしていた。

 半年にわたる調査と工作活動が今、実ろうとしていた。同志の数名はすでに投獄されているが、彼等は死んでも今の自分の志を遂げる為に我慢して黙秘を続けてくれると信じていた。そしてこの今、引き金を引こうという指に彼等ばかりではなく甲武の志士達の誇りがかかっていると信じて再びスコープをのぞき込んだ。

 自分だけが今没落して死滅の危機に瀕している士族達を救える『救世主』足りえると『彼』は信じていた。

『嵯峨大佐は紺の着流しだ。あれだけ目立つ格好だ。出てくればすぐわかる……今ドアを開けた!』 

 ターゲットに張り付いている同志の声が耳に付けた軍からの流用品のイヤホンが響いた。その同志もまた金の為に平民の金持ちの養女に迎えて家格を明け渡し、その成り上がりの『サムライ』の平民から毎月貰っている金を生活の足しにしているのだ。それほど下級士族の生活は追い込まれていた。

 スコープの中に、紺の着流し姿が現れる。腰に下げた朱塗りの太刀。

 だが、それが抜かれることはないはずだ。そう……ここで仕留める。今、この瞬間に。『彼』は引き絞るように引き金を引こうとした。

 その時だった。

 国賊と彼の呼ぶ嵯峨惟基は明らかに青年の方に向き直った。そしてその瞳は明らかに『彼』の存在を理解しているように見えた。

 あまりのことに、青年は引き金を反射で引いてしまった。肩に強烈な火薬のエネルギーを受けて痛みが走った。銃声の直後、弾は『国賊』のほんの数メートル手前に突き刺さった……致命的な逸れ。

 練習では起きたことのない震えが、引き金を握る指先に残っていた。

 スコープの中の着流し姿の男が消えていた。扉の周りに立っていた常駐の警官隊が、突然響いた銃声にサブマシンガンを抱えて走り回っているのが見える。

 『彼』は暗殺が失敗したことを悟り、脱出すべく立ち上がった。

「運のいい奴だ……しかし、奴はどこに消えた」

 そんな独り言が『彼』の口から自然と漏れていた。

 スコープで空港の出入り口付近をいくら探しても国賊・嵯峨惟基の姿は見えなかった。それはまるで魔術か手品のような出来事で『彼』は目の前の光景を信じることが出来ないでいた。

 暗殺が失敗に終わったからには『彼』はすぐさま脱出のことを考えたが、振り向こうとする『彼』の頬に突きつけられた刃に体を凍らせた。

「腕はあるな。……惜しかったよ。ほんの少しズレてなけりゃ、俺も派手に血を流してたかもな。俺が狙撃に詳しくなければこんなところから撃ってくるとは予想できなかった。でも、あまり教官の言うことばかり聞いてると融通が利かなくなって敵に手筋を読まれるんだ。もっと勉強しな」

 嵯峨は冷たい視線を『彼』に向けた。その視線には一切の感情が籠っていなかった。ただ、皮肉めいた笑みを浮かべ、手にした剣をいつでも抜ける態勢をしているだけだった。

「あのゲートを誰にも見つからずに狙撃できる場所はここしかない。そんな事は俺みたいな実戦経験者で何度かこの空港を利用したことのある人間なら誰でも分かることだ。最初からいる場所が分かってる狙撃兵なんて戦場じゃ何の役にも立たないよ。そんな事も狙撃学校は教えてないのか。まあ、前の戦争も負けて当然か」 

 頬を伝うのは『彼』の血だった。『彼』にとっては敗北に等しい妥協と屈辱を遼州星系の甲武の士族に強いた憎むべき敵。その敵の声が確かに後ろから響いていた。

『この男を殺すことが出来れば……多くの士族の娘を女郎屋から救い出すことが出来るはずだったのに……』

 そんな希望は嵯峨の冷たい感情を殺した笑みの前では無意味だった。その突然の出来事に恐怖よりも怒りを感じつつ静かに『彼』は振り返った。

「国賊が……」 

 『彼』の言葉に背後の男は我慢することが精一杯とでも言うように笑いを漏らす。

「あんた等の言語のキャパシティーの無さには感服するよ。国賊、悪魔、殺人鬼、人斬り、卑怯者、破廉恥漢、奸物、化け物、売国奴。まあもう少しひねった言いかたをしてもらいたいものだねえ……まあ、俺も俺をどう呼ぶのが正解なのか良く分からないんだ。知ってたら教えてよ。ね?」 

 そう言って男は剣を引いたが、『彼』はその機会を待っていた。

 すぐさま落とした銃を手にしよう手を伸ばした。しかし、背後の気配はすばやく『彼』の意図を察して前へと踏み出す。そして『彼』が見たのは手首を切り落とされた自分の両腕だった。

「うっ!」

 痛みが失われた両腕に走る中、『彼』は気力だけで悲鳴を。

 目の前の着流し姿の男は『彼』の失われた両の手首をじっと見つめて、刀に付いた人肉の油を手ぬぐいでぬぐう。そこには『彼』が憎んだ下卑た笑いを浮かべる奸賊の姿があった。そしてその濁った目にたどり着いたとき、焼けるような痛みが両腕に走りそのまま『彼』は崩れるように倒れた。

「痛かったろう?血もよく出る……忠告しとくが、暴れるなよ。下手に動けば、それだけ死に近づくことになる。警備隊が来るまでどのぐらいかかるか……その傷じゃあ……たとえ動かなかったとしてもそれまで持つかどうか……微妙だね」 

 着流し姿の男、嵯峨惟基は残酷にそう言うと感情の死んだような瞳で『彼』を見つめた。『彼』の命を助けるつもりなど嵯峨にはさらさら無い。そう言うことを証明するかのように腰の鞘に『粟田口国綱』を鞘に戻すとすぐに帯からタバコを取り出して火をつけた。

「あんた、新聞を細かく全文は読んでないだろ?『近藤事件』の際、俺の部下のクバルカ・ラン中佐がした演説の全文。あれが甲武の新聞にもきっちり載ってたぜ。そこには、ちゃあんと書いてあるんだ。『嵯峨惟基は不死人』だって。俺はね。死にたくても死ねないの。そんな豆鉄砲がたとえ心臓にあたったとしても、五分も経てば復活しちゃうんだな、これが。あんたが見てきたニュース映画の切り取り映像には出てこなかった俺の真実。あんたの同志達に教えてやんな……もしあんたが警備の兵隊さん達が来るまで死ななかったらの話だがな。ああ、この国では要人暗殺に失敗した士族は切腹だったな。悪いことしたな、この世に未練なんて残すようなこと言って」

 嵯峨は憐れむような視線で腕の痛みに苦しむ『彼』にそう言った。今ここで出血多量で命を落とすか、病院で失血死するか、それとも刑場で切腹するか。どの道をたどるしかないのがこの国、甲武と言うものだった。

「痛みを感じるのはつらい。けどな……それすら感じられなくなった時が、一番つらいんだよ。痛いものは痛い。そう感じられることの幸せを実感してな」

 嵯峨は『彼』をあざ笑うかのようにそう吐き捨てた。その言葉は士族の特権維持を支持している貴族主義者である『彼』にとってはあまりに残酷なものに響いた。

「大公!」 

 空港の治安を管理している警備兵達が嵯峨に向かって走ってくる。だが、彼等の目の前には彼らの任務からすれば射殺すべきテロリストが両腕を失ってのた打ち回っている姿があるばかりだった。

「止血だ!急げ!ここで死なれたら事情聴取が出来なくなるぞ!」 

 『港湾警備隊』という腕章をつけた駆けつけた治安部隊の隊長らしき男が部下に指示を出すと、部下は両腕を切り落とされた凶弾の射手に哀れみを顔に浮かべながらベストから止血セットを取り出して処置を始めた。

「こりゃあ運がいいみたいだ。まあ命は粗末にするもんじゃねえよ。一分でも長く生きな。それがアンタの同志のためになる」

 そう言ってタバコをふかす嵯峨の姿を痛みに支配されていた『彼』は見ることができなかった。

 警備兵達は嵯峨の顔を見ると一様に深々と一礼し、その身分の違いを『彼』に見せつけて見せた。そしてその不愉快な現実を自分達の主張が肯定している事実を嫌でも思知らせた。

「申し訳ありませんが、大公。この状況を説明していただけますか?」

 ヘルメットを脱いだ治安部隊の部隊長が青ざめながら薄ら笑いを浮かべる着流し姿の男に声をかけていた。

 『彼』はその光景をおぼろに見つめながら意識を失っていった。
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