遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十二章 『特殊な部隊』の思い出

第25話 着流しと煙と、また一騒動

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 四条畷港の超空間転移式・港湾警備本部。その清掃の行き届いた真新しい廊下を、甲武海軍少佐の階級章をつけた細身の将校が足早に進んでいた。そのつややかな甲武の軍人ではあまり目にしない短髪の金の髪はこの人物の中性的な表情をより美しく飾り立てた。

 甲武海軍の女性将校の制服はタイトスカートが基本であるところから考えれば、甲武海軍少佐、日野かえでの男性将校向けのスラックスの制服は珍しさを感じさせた。女性将校には珍しいその姿だったが、引き締まった体躯と制服の胸元が彼女の性をはっきりと示していた。

 彼女、『斬弾正』の異名で甲武海軍でも一目置かれる切れ者、日野かえで少佐の機嫌は最悪だった。

 検疫か分析班の白衣の職員たちが、かえでの整った横顔に熱い視線を送る。

 いつもなら軽く微笑んで応える彼女だったが、今日はそれどころではなかった。

 彼女が立ち止まったのは『機動特務隊』と書かれた部屋の前だった。そうするのが当然のようにノックもせずにかえでは踏み込んだ。

 防弾ベストに実弾マガジンを抱えた機動特務隊の面々が、かえでの姿に一斉に視線を向ける。

 武装した歴戦の兵たちでさえ、かえでの目に睨まれると直立不動になった。

 百戦錬磨の室内戦闘のプロににらまれている状況は、普通の軍人でもかなり威圧感を感じるところだ。しかし、かえでは怯むことなくただ彼等をすごむような調子でにらみ返す。湾警備本部の若い隊員たちは、かえでが現れると途端に姿勢を正す。かの『甲武の鬼姫』西園寺康子の娘である彼女の目ににらまれるのは、若手にとって一番の恐怖だった。

 その畏怖の目に満足げな笑みを返すと、かえではついたてで仕切られた部屋の隅の休憩所のようなところへと足を向けた。

「おう、かえで。来るのが遅いぞ。お前さんが手配してくれたシャトル、乗り心地は抜群だったが……俺には場違いすぎて逆に疲れた。やっぱりエコノミーで頼む。貧乏人の俺には合わねぇよ。月3万円で暮らしてるから。ああ、四畳半のアパートの家賃と管理費は茜から出してもらってるから、月5万円で暮らしてる男か」 

 そこに居たのは着流し姿の叔父、嵯峨惟基だった。いつもと同じように、食事中だというのに隣におかれたガラス製の大きな灰皿には吸いかけのタバコが煙を上げていた。

「叔父上……また、やらかしましたね?今度という今度は、本当に呆れましたよ」

 姪を一瞥した後そのまま天丼に箸を伸ばす叔父を見ながら、かえでは疲れが出たように真向かいのパイプ椅子に腰を下ろした。

「やっぱり米は東和の方が旨いんだな。宇宙の米は大地の栄養を吸ってないからどうにも味気なくていけないね。……で、今の時間は勤務中じゃないのか?お前さんは」 

 そう言いながら嵯峨は口元に付いた米粒を指でつまんで口に放り込む。その動作がさらにかえでの怒りを駆り立てた。

「その勤務中の僕に身元引受人を頼んだのは誰ですか!子供じゃないんですから来るたびにここに迎えに来させる必要は無いと思いますよ!それに法術を使用して空間転移を行った上に容疑者を斬ったそうじゃないですか!やりすぎです!過剰防衛も良いところですよ!」

 かえでの頬は自分のした越権行為にまるで反省の色の無い叔父、嵯峨惟基に対する怒りで紅潮していた。

「かかる火の粉は払わにゃならぬ……って昔から言うじゃん。そんなところだよ」

『どうせ、どこに行ったって俺の帰還は事件を呼ぶ。それが嫌で、俺は甲武を捨てた……のにな』

 嵯峨はかえでに向けた言葉とは裏腹にそんなことを考えていた。しかしポーカーフェイスが売りの嵯峨の表情には今回『粟田口国綱』を抜いたことに一切の反省は無いことがうかがえた。

「東和だけではなく、甲武でも違法法術使用は厳罰に処されるところですし、士族を斬るとあとで父上に色々と面倒をかけることになります!少しはご自分のお立場をわきまえてくれても良いんじゃないですか?今は憲法改正をめぐり『官派』と『民派』が対立を深めている難しい時期です。その時期にこんな事件を起こすとは!」 

 そうまくし立てたかえでは力任せに机を叩く。ついたての外にいた隊員たちは、もはや嵯峨が帰国するたびの恒例行事と理解しているらしく、姪の怒号にも一切動じず、淡々と拳銃の手入れを続けていた。

「前のお盆の墓参りの時はここには来てないのにな……あの時は誰も俺を襲撃しなかった。やっぱり兄貴は人望無いんだわ。政治家なんか早くやめた方が良いよ、うん。政治家なんかやってると人間性格が悪くなって人に嫌われる。損なだけだよ」 

 もぞもぞとそう言う嵯峨だが、かえでの一睨みでおずおずと下を向き、重箱の中に残った飯粒をかき集め始めた。

「例外の話はいいんです!この3年で4回ですよ!叔父上がここに世話になるのは。この前は爆発物を仕掛けたテロリストを袋叩きにするし、その前は……」 

 かえでの怒りは事件について話せば話すほど激しいものになった。先ほどまでの美貌はどこへやら、そこにはまるで『鬼女』と呼ばれる彼女の母、康子の面影を見るものに思い出させるほどのすごみを与えるほどだった。

「そんなに怒らなくても良いじゃないの。その4回とも死人は出て無い……まあその4回の襲撃者とそれを支援した連中は全員切腹を命じられて今はこの世には存在しないから……死人が出ていると言えば出ている。でもそれは俺が殺したんじゃなくって士族だから自ら命を絶った訳だよね。俺は悪くない」 

 嵯峨は口答えをするが、再びかえでの射るような視線におびえたように黙り込む。

「大体、今回もあそこにスナイパーがいるのはわかってたんじゃないですか?どうせもう上層部には今回の事件に関係する組織の名前を送付済みで、今頃国家憲兵隊が協力者のアジトの摘発に動いてたりとか……」 

 かえでは嵯峨がすべてをお見通しでわざと襲撃されるのを楽しんでいるようなので思わず強い調子でそう言った。

「そこまでお見通しか……全部知ってた。連中の連絡系統には穴が多すぎる。元諜報担当将校としてはちゃんと指導してやらなきゃいけなかったかな……ああ、これから全員逮捕されて切腹して墓の下に行くわけか。それは失敬」 

 明らかに呆れ果てたようなかえでの視線が嵯峨を射抜いた、彼を黙らせた。

「特に今回は叔父上にはちゃんと『殿上会でんじょうえ』での勤めを果たしていただかねばならないのですから!大事な体なんですから無茶はしないでくださいよ」 

 そう言うとかえでは彼女を無視してきょろきょろと周りを見回す叔父を見ていた。

「なんですか、叔父上」 

 かえではどうせろくなことを言わないのだろうと軽蔑を込めた調子で叔父に向けてそう言った。

「ああ、お茶をお願いしたいと思って……飯食ったらお茶が飲みたくなる。それは当然の事だよね」 

 そう言った叔父の前の机をかえでは思い切り叩いた。嵯峨の表情が一変して泣き顔に変わる。

「そんな怒るかねぇ……俺、普通に『お茶がほしい』って言っただけじゃん?それを怒るなんてひどい話じゃないか?」 

 再び睨みつけられた嵯峨は仕方なく空の湯飲みをテーブルに置くと、席を立った姪の後ろに続いた。

「また来ますねー」 

 拳銃の手入れをしているかえでと同じぐらいの年の女性隊員に嵯峨は手を振った。当然のようにかえでの鋭い視線が飛んで来た。女性隊員はと言えば嵯峨ではなく怒りに震えるかえでに目をやって恍惚の表情を浮かべていた。

「本当に……かなめお姉さまもご苦労されるはずだ。まあ、東和は平和だけが取り柄の国ですから。確かに叔父上が甲武を捨ててあの国に移られたのは正解かもしれませんが。叔父上が甲武に居る限り何人死人が出るか……今回は自重してくださいね」 

 部屋を出て颯爽と廊下を歩くかえでの後ろで、間抜けな下駄の音が響いた。ちゃらんぽらん、そう言う風にかえでに聞こえてきたので思わずかえでは振り向いてみせた。懐手でちゃんとかえでの後ろに叔父は立っていた。

「その下駄、何とかしてください。廊下に響いてうるさいんです。……恥ずかしい」

 男女問わず狙った獲物は必ず落とすことを主義としている恋愛のプロフェッショナルであるかえでのドレスコードには今のいい加減な嵯峨の格好は引っかかる以前の問題だった。 

「ああ、ここの床の話ね。もう少し人の足に優しい素材を使うべきだな。さっきから足の親指が痛くって仕方がない」 

 そんなかえでの美学など嵯峨の前では通用するはずもなかった。嵯峨は相変わらずマイペースで音の原因を床のせいにした。

「違います!下駄の音……うるさいですよ!」

 怒りを抑えながらかえでは叔父に向けてそう注意した。

「そんなに怒鳴るなよ……地元の古道具屋で二十円で売ってた奴だから仕方ないけど……そんなこと言うなら俺の小遣いを3万円に決めている茜に文句言ってくれよ。俺に金を持たせるとろくな使い方しないって言って小遣い上げてくれないんだ。この5年ほど続く東和の物価高の中、生きていくので精いっぱいだよ」

 そんな嵯峨の言葉にかえでは頭を抱えながらエレベータへ向かった。

「そういえば『殿上会』の前に父上……いや、西園寺首相には会われるつもりは無いのですか?」 

 自分のいら立ちを嵯峨を責めることでこれ以上強めては周りに迷惑になると察して、かえでは嵯峨にそう言ってみた。

 表面上、嵯峨と義理の兄西園寺義基との関係は悪いものでは無かった。ただ、どこまでも現実主義の嵯峨と理想を生きがいとしている西園寺義基ではそもそもの考え方の出発点が違った。ただ、お互いにそのことは承知しているので二人であっても喧嘩になるようなことはほとんど無かった。

「無いな。どうせ『殿上会』で嫌でも会うんだ。義兄貴あにきの言うことは正しいが俺にとっては……なんて反論するとまた長々と説教になるに決まってるんだ。会うだけ時間の無駄だ」 

 そう言う嵯峨の言葉に力が無いのをかえでは聞き漏らさなかった。

「お父様と会いたくないんじゃなくて、本当は同じ敷地に住んでる母上が怖いんじゃないですか?正直に行ったらどうです?」 

 かえでは自分の母、西園寺康子のことを口にした。

義姉ねえさんに会うくらいなら、死体安置所に間違って搬送された方がまだマシだ……あれは人の顔をした鬼だよ」

 西園寺康子……甲武国のファーストレディーにして、『鬼姫』の異名を持つ剣士。

 13歳の時に遼帝国からこの甲武にやって来たばかりの頃、痩せ細り歩くのもままならなかった少年時代の嵯峨に、剣の道を叩き込んだのが彼女だった。

 今や時間差干渉を使い、光速に迫る速さで空間を裂くという『空間乖離術』の使い手。その力は、伝説の域を超え、現実の脅威として語られている。

「おい、置いていくぞ」 

 そんなことを考えて立ち止まっていたかえでを置いて、いつの間にか開いていたエレベータのドアの中にはすでに嵯峨がいた。あきれ果て頭を抱えながらかえではそれに続いた。

「どうせまた、運転手付きの車で移動なんだろ?こっちは自転車通勤だってのに。東和じゃ自動車の普及率だって高いんだぜ。まったく、不公平だよなあ」

 嵯峨の言葉にかえではただ金を持たせるとろくなことに使わない嵯峨の所業を知っているので自業自得だと呆れるほかなかった。

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