遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十五章 『特殊な部隊』を急襲する者

第35話 黒焦げのメッセージ

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「あの海の法術師……北川公平容疑者程度なら良かったんですけれど……神前曹長、これをご覧ください」

 茜はそう言って、足元の床をコツンと指で示した。

 誠が視線を落とす。コンクリート製の屋上、防水処理された灰色の床の一部が、黒く焦げ付いていた。

「……焦げ跡?炎熱系の術か……?そいつはちょっと面倒な話になるな」

 ランが隣で腕を組み、眉をひそめた。

「だがアタシが感じたのは空間制御系だった。仮にパイロキネシスご自慢の自爆テロならビルごと吹っ飛んでるはずなのに、実際は何も起きてない。……説明がつかねぇな」

 炎熱系と空間系の同時展開。誠は以前、司法局の研究者から『相性の悪い術を併用するには相当な精神力と熟練が必要』と聞かされていた。

「異なる系統の術を操れるとなると、かなりの強敵ですわね。それに……まるで、自分の力を誇示するためだけに現れたようにも見えるのです。彼は一体、何を伝えたかったのかしら」

 茜は首をかしげる。誠も同様に、不可解な違和感を抱いていた。あれほどの力があるなら、まず真っ先にランを狙っていれば倒せた可能性すらある。それをしなかったのは……。

「……つまり、相手は『最初から勝てると分かっていた』ってことか?まったく忌々しい!」

 ランが苦々しく言い、ポーチから端末を取り出して現場の撮影を始めた。

「けどな、神前。どうして奴は仕掛けてこなかったんだ?勝てる自信があったから?それとも、勝つ必要すらなかったからか……?」

 ランはそう言って腕組みをして焦げた床を見つめていた。

「デモンストレーションでしょうか?『俺はこんなに強いんだぞ』って言う」

 とりあえず沈黙に耐えられず誠はそう言った。

「馬鹿かテメーは?そんなことする意味どこにあるよ……いや、あるかも知れねえな。これだけの強さ。アタシですら寒気がする」

 ランはそう言って厳しい表情を浮かべて誠を見つめた。

 これは敵対行為だ。しかも、それは誠を狙ってのこと。それを示し、その力を誇示するためだけにその存在はここに居た。

 誠にはこの黒い焦げ跡がそんなことの証明のように思えていた。

「……ところで本来、神前君とクラウゼ中佐は休暇中だったはずですよね。皆さんの気遣い、無駄になってしまいましたわ」

 茜は肩のあたりで切りそろえた髪を風に揺らしながら、屋下の警官たちの動きを見下ろしていた。誠はランの視線を感じて頭を掻く。

「……でも仕事が優先ですから」

 誠の答えに、茜はほんのわずかに微笑むと、端末を操作して所轄に報告を入れ始めた。

「なあ神前。この状況、どう思う?」

 焦げ跡の撮影を終えたランが問いかける。その小柄な姿はどう見ても幼女にしか見えないが、目には軍人の鋭さが宿っていた。

「おそらく、狙いは僕……。攻撃の意思はなく、自分の力を見せつけて存在を誇示した……そんな印象を受けました」

 誠が答えると、ランは首を横に振る。

「違ぇよ。それは模範的すぎる『士官学校の答え』だ。アタシが聞きたいのは、奴がどんな奴かってことだよ」

 射抜くような視線。しかし、それは叱責ではなく、彼女なりの『導き』だった。

「遼州同盟に敵対するテロリストなら、何もせず去るのは不自然ですし……国家規模の特殊部隊なら、こんなデモンストレーションは無意味です」

 誠が首をひねると、ランは明らかに苛立ちを見せた。

「……奴は、アタシがそこにいたのを想定してなかったんだろう。炎熱系の痕跡を残せば、『異なる術式を操れる』って情報が漏れる。それでも焦って力を見せたのは、アタシたち三人が揃っている状況に危機感を持ったから。つまり……あいつは強いが、三人がかりでは勝てない程度の奴ってこった」

 ランの言葉には、戦場で磨いた現場感覚があった。

「じゃあ話を進めるぞ。まず最近のテロ組織の傾向、言ってみろ」

 その口調は厳しくも、教官としての矜持に満ちていた。

「近年は自爆型の単独行動から、法術を活かした計画的・集団的な犯行へと移行しています。代表例は先月の遼南南都租借港爆破事件です。非法術系の作戦ながら、おそらく心読系法術師の関与が疑われています。法術を使った直接テロは、近藤事件以降、僕が襲撃された例くらいです」

「だよな。で、今回のこれは単独犯の非合法法術行使……でも、あれだけの力がある奴が『どこにも属してない』なんて、ありえねー話だろ?」

 そう言って、ランは頭をかいた。誠も次第に感情を抑えきれなくなる。

「……それなら、誰がここに立っていたんですか!」

 その問いに、茜が静かに誠の肩へ手を置いた。

「つまり、クバルカ中佐が言いたいのはこういうこと……『既存の枠組みに属さない、独立した命令系統を持つ法術師集団の存在』よ。そしてここに現れた人物は、単なる使い捨ての駒ではない。術の質から見て、かなりの高位者と見て間違いないわ」

 茜の穏やかな口調と、その中に見えるわずかな喜びの色。誠は、彼女が嵯峨惟基隊長の娘であることを改めて実感していた。

「あんまし甘やかさねーでくれよ。ズバリ答えを言っちまったら神前に『考える癖』って奴を付ける機会が無くなっちまうじゃねーか」 

 そう言いながらランは苦笑いを浮かべる。それを一瞥した茜は再び階下の様子を伺うべく屋上から下を覗き込む。その姿を見ながらランは頭を掻きつつ銃を肩から掛けるポーチに仕舞った。

「茜、お前ひとりで跳んだのか?ラーナは?」

 ランが尋ねる。

「大丈夫です。近くで買い物中でしたので、連絡して呼び出しました」

 ビル下の雑踏をかき分けて、元気そうなそばかすが目立つ若い女性……法術特捜のカルビナ・ラーナ巡査が現れる。

「うぃーっす!遅くなりましたっ」

 所轄の警察官たちを連れて駆け上がってくるラーナ。その後ろでは、アメリアが増援の機動隊に状況を説明している姿が見えた。

「中佐、こちらで現場を引き継ぎます」

 茜とラーナが敬礼し軽く応じた。ランもそれに応じて手を挙げると、誠にも合図しつつ階段へ向かって歩き出した。

「クバルカ中佐。今後は私達が引き継ぎますので」 

 そう言って茜とラーナは敬礼する。誠はそれにこたえて敬礼するランにあわせてぎこちない敬礼をするとそのまま階段に続く扉に向かった。

「悪ぃな。デート中だったのに引っ張り回してすまなかったな」

 ランが苦笑しながら言う。

「……『賊将の剣』、やっぱり持ち歩いた方がいいんでしょうか」

 誠がぽつりとつぶやくと、ランは満面の笑みを浮かべた。

「やめろ。アタシの始末書が増える。遼帝国の国宝を無断携行とかマジでやばいからな。銃刀法違反は西園寺だけで十分だ」

 そのランの冗談めかした一言で、誠は少し肩を落とした。

 ランは頭を掻きながら肩に僅かにかかる黒髪をなびかせて階段を下りていく。

「現場の指揮権は所轄と嵯峨主席捜査官に移譲しました」

 カウラが階段の途中で敬礼しながら報告してくる。

「じゃあ、私たちはもう『勤務外』だな。対応に失敗し、平常心を欠いてるってことでしばらく戦線離脱。つまり……」

 ランはにんまり笑うと、雑踏へと歩き出す。

「遊びの時間だ!せっかくここまで来たんだ。何もせず帰るなんて、『特殊な部隊』の名が泣くぜ」

「お仕事も終わったしねえ。賑やかにやりましょう」

 ランの陽気な言葉にアメリアも乗り気になり、カウラも誠の口を手で制して遮る。

「これからは彼女たちの仕事。私たちは英気を養う。それも任務のうちだ」

 誠は返す言葉を失い、静かにその後を追って歩き出す。

「待ってくださいよ……!」

 走っていく上司たちの背中を、誠は必死に追いかけた。
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