遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第二十一章 『特殊な部隊』の戦場

第48話 降下作戦まで、あと一歩

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 P23輸送機は東和の領空を抜け、バルキスタン上空に差しかかろうとしていた。

 居住性を切り捨て、防空能力に特化したこの最新鋭機には、唯一、作戦指揮のための司令室だけは完備されている。

 その狭いキャビンで、アメリア・クラウゼ中佐は無言でモニターを見つめていた。紺色の長い髪が、薄暗い照明に揺れている。

「……どうしたの、誠ちゃん。もしかして、私に惚れた?」

 軽口を叩いたアメリアの後頭部に、鋭い手刀が叩き込まれる。

「アメリア!任務中にくだらないこと言ってんじゃねえ。モニターに集中しろ!」

 自動ドアから現れた西園寺かなめの声は、いつもより低く、そしてタバコの匂いを纏っていた。

「またトイレでタバコを吸ったでしょ?あそこ詰まるのよ。それに、そのタバコ、臭いって何度も言ってるじゃないの!かなめちゃんだけよ、香りがいいと思ってるのよ」

 アメリアは少し怒気を孕んだ口調でかなめに向けてそう言った。

「うるせーな。携帯灰皿は持ってるっての。それにこいつの香りが分からねえとは不幸の極みだね。アタシはこの香りが好きでこのタバコを吸ってるんだ。アタシはタバコはキューバ産しか吸わねえの。土が違うんだ、土が!」

 そう言いながら、かなめは誠の隣の席に体を沈める。サイボーグの体の重さに、椅子が軋んだ。

「アメリア、作戦開始が遅れている理由は?クバルカ中佐の話じゃ、これは時間との勝負のはずだろ」

 その声に答えたのは、後部格納庫から姿を現したカウラだった。

「状況が変わってるのよ。ちょっとこのデータを……誠ちゃん、カウラちゃん、こっち来て。あ、かなめちゃんは後部ハッチからそのまま飛び降りていいわよ。臭いから」

 アメリアの挑発にかなめが右手を振り上げそうになるのを、カウラが制止。彼女は仮眠中のパーラの席に腰かけ、アメリアの前に展開されたモニターを覗き込んだ。

 そこには、大気圏外に展開する甲武の艦隊……重巡洋艦『妙高』を旗艦とする編成が映っていた。

「……甲武海軍、宇宙にまで艦隊を出してきたか。ゲリラと二線級の軍相手に、ずいぶん大袈裟な話だな」

 かなめは、まるでアメリアと同じ映像を脳内で見ているかのようだった。

「現在バルキスタンへの超高度降下作戦を展開可能な宙域に甲武の重巡洋艦『妙高』を旗艦とした艦隊が所定位置に移動中ってことらしいわね。大気圏外からの降下作戦。費用対効果の低い作戦をわざわざするとはかなめちゃんの指摘も合ってるかもね。甲武は地球圏内の資産を凍結されてるから。それの解除でもチラつかされたんでしょ。所詮世の中お金ってことよ」

 皮肉交じりの笑みを浮かべて甲武の四大公家筆頭の地位にありながら、最高意思決定機関である『殿上会』をサボったかなめを冷やかすようにアメリアはそう言った。
 
「『妙高』……甲武海軍第三艦隊か。『鬼播磨』って呼ばれてる赤松のオヤジの手のものだな。甲武海軍第三艦隊は甲武海軍の精鋭部隊だ。甲武は本気でアタシ等が失敗したら降下作戦を実施するつもりだ。これはかなりヤバい状況だな。神前、失敗は出来ねえぞ」 

 空いた席に足を伸ばしていたかなめがつぶやいた。

 カウラも緊張した面持ちで意外なギャラリーの登場に不安を感じたように指揮を執るアメリアの顔を見つめた。

 赤松忠満中将。嵯峨の無二の親友である第三艦隊提督である。その人柄は『駄目人間』の隊長、嵯峨惟基曰く臨機応変、常に先を見て動く人物だった。

「この作戦。失敗は許されないわね。甲武の乱入なんてことになったら元々遼州主要国の顔色を伺って形ばかり同盟に加盟しているだけの西モスレムはこれ幸いと遼州同盟を離脱して遼州同盟はお終いよ。頼むわよ、誠ちゃん」

 三人を見ながら誠はより重くなっていく自分に与えられた責務に耐えられなくなって吐きそうになる胃をなんとか抑え込むのに必死だった。

 誠は食道まで上がってきた胃液をなんとか飲み込むと、指揮を執るアメリアの顔を見つめた。

「僕達が失敗すれば甲武海軍第三艦隊の降下作戦が行われると言うことですよね。それだけで済むんですか?カント将軍はアメリカに手配されてますが、彼が指揮しているキリスト教民兵組織を母体とした政府軍を支えているのはアメリカの支援です。アメリカが黙ってこの状況を見ているとは思えないんですが」 

 誠の言葉にアメリアは1回大きく深呼吸をすると諭すようにゆっくりと言葉を継いだ。

「そうね、簡単に言うとそうだけど、隊長も甲武の正規軍の介入は最後の手段と考えているはずよ。まず私達が現在にらみ合っているバルキスタンの政府軍とイスラム反政府勢力の衝突を止めるのが1番目の策。それが駄目なら『ふさ』による直接介入と反政府勢力の決起で仕事がなくなった東和の特殊部隊による首都制圧作戦を展開する。これが2番目の作戦」 

 『ふさ』による降下作戦すら実際は避けたい。誠はそう思ってアメリアの話を聞いていた。

「だが、2番目の作戦は同盟にとっては大きな失点になるな。現在反政府勢力の浸透作戦が展開中で派遣されている同盟軍は孤立している部隊も出ているそうだ。政府軍寄りといわれている派遣部隊が総攻撃を喰らえばかなりの死傷者が出るだろう。当然そうなれば今度のバルキスタンの選挙は良くて無期延期。悪ければ地球の非難を覚悟してカント将軍に代わる政権の担い手を無理やり擁立しなければならない。当然そうなればすべての和平合意は白紙に戻される」 

 エメラルドグリーンの前髪を払いながらカウラは厳しい視線を誠に向ける。

「そして最悪の展開はそれも失敗に終わった時。『妙高』から降下した甲武自慢の最新鋭シュツルム・パンツァー『飛燕』で構成された降下部隊による両勢力の完全制圧作戦の発動すると。間違いなく地球諸国は遼州同盟への非難決議や制裁措置の発動にまで発展するわね。遼州でただ一国、甲武だけが自分達の意に沿う行動を取った。それ以外の国はすべてテロリストの擁護者に過ぎなかった。そう言って甲武の地球圏の資産凍結は解禁され、他の遼州同盟加盟国の資産が凍結される。得をするのは甲武だけ……まあ、甲武の荘園領主で資産家のかなめちゃんには都合がいいかもしれないけど」

 甲武と同盟加盟国の首脳であるカント将軍との衝突。それは遼州同盟にとってはかなりの痛手になることは誠にも分かった。

「それにやけを起こしたバルキスタンの反政府武装勢力が以前の東モスレム紛争の時と同じく包囲された同盟諸国の兵士の公開処刑とか……まああんまり見たくもない状況を見る羽目に陥りそうね。それを理由に遼州同盟は無力と言うことで米帝が押っ取り刀で駆けつける。再び遼州は戦乱の時代に戻される訳。最悪ね」 

 淡々とそう言ったあとアメリアは座っている椅子の背もたれに体を預けて伸びをした。

「つまりアタシ等が失敗すれば大変なことになるってことだろ?じゃあ05式広域なんたらかんたらで、全部吹き飛ばして消しちまえば良い。簡単なことじゃねえか。おい! 神前!」 

 かなめの叫び声に誠が顔をあげた。

「成功したらいいものあげるからがんばれや」 

 そんな投げやりな言い方に誠は立ち上がってかなめを見つめた。言葉のわりにかなめの目は真剣だった。

「デート?それとも……わかったわ! 首にリボンだけの格好で現れて『プレゼントは私!』とか言うつもりでしょ?」 

 アメリアが含み笑いをするのを見てかなめがそっぽを向く。

「図星か……単純な奴だ」 

 呆れたようにカウラが誠を見つめる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら目が殺気を帯びているアメリアとカウラを見渡していた。

「神前もアタシみたいなナイスバディの美人と付き合う方がペッタン胸のパチンコ依存症患者や寒いネタが売りの深夜ラジオヘビーリスナーとデートするよりよっぽど建設的だろ?それに、アタシがプレゼントなんて今時流行らねえよ。それにアタシはアタシなりの方法で神前を調教してやる。一流の『女王様』の縄と鞭による調教を味わえるんだ。感謝しろよ」

 かなめは東都戦争と呼ばれたマフィアと各国政府の特務機関が東都の闇資金を奪い合う混乱状況の中で特務工作員としてその地域『東都租界』に派遣されていた過去を持っていた。その際、身分を偽るため、ある時は娼婦、ある時はSM嬢をしていたと言う過去があった。 

「かなめちゃん……その口でそんなこと言える身分だと思ってるの?いつも銃が無いと精神が安定しないような暴力馬鹿と一緒に町を歩いていたらそれこそ警察のご厄介になるのが落ちよ。それとも得意の寝技でも繰り出すとか?あと、誠ちゃんを調教するのはやめてよね。痛めつけられることの快感に目覚めちゃった誠ちゃんを想像したくないから。そんなの私が作ってるエロゲの世界だけで十分よ」 

 かなめの売り言葉にアメリアの買い言葉。いつもの展開にカウラはただくたびれたと言うようにパーラの席で伸びをしている。

 その時、誠は突然背後に気配を感じて振り返った。

「ごめん!遅くなった!アメリア。状況は!」 

 そう叫んでコックピット下の仮眠室から出てきたパーラに誠は思わず顔を赤らめた。ラフに勤務服のライトグリーンのワイシャツを引っ掛けて作業ズボン、水色の髪の隙間からむき出しの肩の肌が透けて見える。

「パーラ。こいつがいること忘れてるだろ?」 

 アメリアとにらみ合うのをやめたかなめに言われてパーラは自分の姿を見た。胸の辺りまでしかボタンをしていないために誠からもその谷間がくっきりと見えた。そしてパーラの悲鳴。思わず視線を床に落して誠は言い訳を考える。

「なるほど、誠ちゃんはどじっ娘属性があるのね」 

 真顔でそう言うアメリアを見てカウラは何もいえずに急いでボタンをはめるパーラを見た。

「パーラ。ボタン1つずつずれてないか?」 

 そんな中、冷静にパーラを観察していたカウラが一言そう言った。

「えっ……ホントだ」 

 そう言うとパーラはそのまま仮眠室の扉の向こうへと消えた。

「何がしたかったんだ?あいつ」 

 かなめはそう言うとゆっくりと体を起こす。誠がそちらに目をやると、かなめの顔には先ほど誠を励ました時のような笑顔は無かった。

 かなめが真顔で呟いた。

「……北から二機、こっちを追ってきてるな。識別信号は……味方か」

 その一言に、キャビン内の空気が一瞬で張り詰めた。

『よう!守護天使の到着!……って、アタシはまだ基地だけどな』

 モニターに映ったのは、ヘルメット越しにウィンクするランの姿だった。 

 明るいランの声が響いた。その声を聞きながらようやく制服をきちんと着ることができたパーラがカウラが立ち上がるのにあわせて自分の席についた。

「ランちゃんありがとうね!……って、その様子だとランちゃんはまだ基地に居るみたいね?基地からどうやってここまで来るんですか?」 

 アメリアは支援に感謝しつつも、なぜランの出動だけ遅れているのか疑問に思っていた。

『おい、クラウゼ。鈍足って言うんなら機動性ゼロの05式もそーじゃねーか。法術師に『距離』の概念はねーんだよ。今支援に向かわせた89式だが、旧式だが空中戦を前提として開発されたシュツルム・パンツァーだから輸送機の護衛には最適なんだぜ。アタシの部下二人が今後出て来るであろう敵さんと遭遇して戦闘状態に入って戦闘位置の特定が出来たらアタシは基地からそこまで跳ぶから。『人類最強』で『法術師』のアタシにはそれくらい出来て当然の事なんだよ!それに一応アタシは副隊長なんだ。ちゃん付けは止めろ。しめしがつかねーだろ?』 

 愚痴るようにそう言うランの顔を見てアメリアはにやにや笑っている。さらに音声でランの部下の89式のパイロットが低い声で笑いをこらえているのが分かる。

『これがアタシの東和陸軍教導部隊最後の仕事になりそーだわ。とりあえずアタシが先導するから作戦時間の管理はテメーがやれ』

 ヘルメットの中で頬を膨らませるランを笑いながらアメリアはうなずいた。

「時計合わせは一時間後で。進入経路は……予定通りカルデラ山脈の始まるベルギ共和国の北端のキーラク湾から」 

 なんとか着替えを済ませて慌ただしくキーボードを叩くパーラが慌ただしくキーボードを叩く。カウラはその姿を確認した後、誠とかなめに向かって歩いてくる。

「出撃準備!」 

 凛としたカウラの一言にはじかれるようにして誠とかなめはパーラの居た仮眠室の隣の部屋にあるパイロットスーツの装備をするべく立ち上がった。
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