遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第二十三章 『特殊な部隊』を見守る女

第51話 義姉は笑って口を割る

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「それより……義姉さん。かえでがしでかした『マリア・テレジア計画』の件ですが……吹き込んだの、あなただと見て間違いないですね?」

 嵯峨惟基は、ようやく治りかけた体を起こしながら、正面に立つ西園寺康子を見上げた。

 彼の言葉に応えるように、康子がゆるゆると薙刀を持って歩み寄る。

「はて。何の話かしら?」

 とぼける康子に、かえでは空気を読んで薙刀を受け取り、脇へと下がる。嵯峨は続けた。

「『既婚の貴族女性を誘惑してクローンを孕ませる』なんて計画、幼いかえで一人で思いつくはずがない。そもそもあの子は、恋愛にかけては猪突猛進タイプですから。そういう『政治的に意味のある』発想は……あなたの専売特許でしょう?」

 康子はゆるやかに微笑んだ。

「半分は当たり、半分は外れかしらね。だって、人妻に手を出したのは、かえでちゃん自身の判断ですもの。私はちょっと助言しただけ」

 康子の言葉にかえでは照れながら頭を搔いた。同時にここで話題に出た西園寺義基についてその強引なやり口について康子なりに含むところがあることが嵯峨にも分かった。

「かえでよう。お前なあ……俺のかみさんだったエリーゼじゃないんだぞ。夫が居る妻に手を出した男はこの国では『姦通罪かんつうざい』で罰せられる。でも、それが女だったら……その法の盲点を突いたつもりだろうが、問題行動は問題行動だ。義姉さんも義姉さんだ。それを政治的に利用できると変な計画を吹き込んで。義兄さんのやり方に文句があるなら堂々と正面から言ったら良いじゃないですか。俺を通じて言わせるなんて、罪なことですよ」

 それ以上の言葉を嵯峨は口にすることが出来なかった。目の前の康子の表情は相変わらずの笑顔だが、それがいつ怒りの表情に変わるかと思うとさすがの嵯峨も口をつぐまざるを得なかった。

「でもおかげで孫の顔が早く見られたんですもの。かなめちゃんはあんなだから結婚がいつになるか分かったものでは無いし、その点この計画ならかえでちゃんの娘が沢山見られる。我ながら良いアイデアだと思ったのよ」

 康子の屈託のない笑顔に嵯峨は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「しかし、ことがおおやけになった以上は……かえでの身の上。俺の『特殊な部隊』で預かります。これ以上この国に迷惑をかけるわけにはいかない。義父ちちとしての責任と言うものがある」

 珍しく深刻な表情を浮かべて嵯峨はそう言った。

「よろしくお願いね。できればお婿さんの方も探してくれると嬉しいんだけど。でも、私としてはもう目星がついているんだけどね。もう、相手のお母様からは許可をいただいているし」

 相変わらず本心を見せない笑顔を浮かべて康子はそう言った。

「そう言えばかえで。転属の件は片付いたのか?」 

 嵯峨は肩を回して先ほど康子に砕かれた右肩が直ってきているのを確認していた。これ以上康子に付き合って自分のペースを乱されるほど嵯峨はお人好しでは無かった。

「ええ、すべて書類上の手続きは終わりましたから。これで甲武でする事は無くなりました。先ほどの『許婚いいなずけ』の件ですが、義父様は知りたくないのでは?」

 かえではどこか得意げな笑みを浮かべて嵯峨に向けてそう言った。

「見当はついてる。アイツか……年齢的にはかえでが1つ上か……ちょうど釣り合うのは確かだし、同じ法術師だし、まあ、悪い奴でも無いんだが……。また、変なのを選んだもんだ、義姉さんも。アイツも色々問題抱えてるよ……良いの?本当にあんな奴で。アイツはまさに庶民そのもの。義姉さん好みの優雅な立ち振る舞いなんてアイツに要求できませんよ」

 嵯峨はかえでの許婚の顔を思い描いて苦笑いを浮かべた。 

 かえでの『マリア・テレジア計画』が発覚して以来、かえでは『転属先の下見』の名目で東和共和国の豊川に購入した豪邸に身を潜めていた。今こうして甲武に居るのは嵯峨家の家督相続と甲武海軍での転属手続きの最終的な書類を提出する為だった。

「そうか。まあ、お前さんは気楽でいいよな……これまで孕ませた自分に惚れた女からまんまと逃げおおせることが出来るんだ。うらやましい限りだよ」 

 嵯峨は学生時代の火遊びでひどい目にあったことがあるので、今回の転属により火遊びから逃げることが出来るかえでの事をうらやましがった。

「いえいえ、逃げたつもりは無いですよ。僕がかわいがってあげた24人ともみんな仲良くしてくれていますよ。僕の子供をどう育てるか、誰が一番優秀に育てるか。そんな話題で持ちきりだそうです。今でも連絡は取っていますよ」

 全く懲りていないかえでは自分のハーレムの現状を義父である嵯峨にそう報告した。嵯峨にはもはや言葉にするべきものが見つからなかった。

 嵯峨は湯飲みを置いて立ち上がる。そのまま手にしていた木刀を正眼に構えすり足で獅子脅しのある鑓水の方へと歩み寄っていく。

「ああ、そうね。そう言えばかなめちゃん。元気かしら?この前連絡してもさっぱり音沙汰無し。私ってあの子に嫌われているのかしら」 

 あっけらかんと康子が娘の名を呼んだ瞬間、嵯峨親子は微妙に違う反応を見せた。

「お姉さま……」

 明らかに困ったことを言われたなというように木刀を納めて、照れ笑いを浮かべながら嵯峨は義姉を見つめた。一方かえでは頬を赤らめて遠くを見つめるような浮ついた視線をさまよわせた。

「私もね、さっきの『許婚』の話が破談になるようなら、かえでちゃんとかなめちゃんが結婚するのが一番いいように思えてきたのよ。確かに姉妹同士だけど前例はあるって新ちゃんも言うし……『マリア・テレジア計画』をこれで完結させると言うのもアリなんじゃないかと。東和の『許婚』がどうしてもかえでじゃ嫌だと言ってきたらそちらの方向で話を持っていきましょう」

 屈託のない笑顔を浮かべて康子は嵯峨にそう言ってきた。 

「それはそうなんですがねえ……」 

 口答えをしようとした嵯峨だが、康子に見つめられるとただ口を閉じて押し黙るしかなかった。

「かえでちゃんなら安心よね。新ちゃんとは違ってきっちりしてるし……あの人にもあまり似ていないみたいだし」 

 かえでの後ろに白い幅のある髪留めでまとめられた黒く長い髪を撫でながら康子は再び義弟おとうとに視線を送る。ごまかすようにして廊下を小走りに走る人影に嵯峨は目を向けた。そこには西園寺家の被官でベルルカン上空に待機している甲武海軍第三艦隊所属の別所晋一がいつもの寡黙な表情のままかえでの座っているところまで来ると片膝をついて控えた。

「大公殿」 

 嵯峨の竹馬の友で甲武の海軍随一の猛将として知られる赤松忠満中将の懐刀として知られる別所晋一大佐の言葉に嵯峨は元の『駄目人間』の表情に戻っていた。

「大公殿は二人居るよ。どっちだい。ちゃんと名前を言いな」 

 嵯峨の投げやりな言葉に別所は視線を嵯峨の方に向けた。

「では内府殿。クバルカ中佐から連絡で作戦開始時間になったそうです。すべては予定通りに事は進んでいます」

 何も知らされていなかった醍醐陸軍大臣とは違い、竹馬の友の赤松には嵯峨は隠し事が出来なかった。そして、甲武での嵯峨とランとの連絡係として信頼のおける別所を選んでこの鏡都に連絡係として配置しておき、自らは現場へと向かっていた。 

「そうか。それは重畳ちょうじょう……いつもこう行くと良いんだが……ってこれからが本番か」 

 嵯峨はそれだけ言うと再び木刀を手にして立ち上がり素振りを始めた。

「義父上、心配ではないのですか?彼の活躍次第では遼州圏は一気に戦乱のるつぼに落とされることになるんですよ」 

 別所の言葉を聞いてかえでは静かに問いかける。だが、嵯峨はまるで表情を変えずに体の回復具合を確かめているかのように素振りを続けるだけだった。

「大丈夫よかえでちゃん。かなめちゃんもついているんだから。それに新ちゃんの話では今度の作戦の鍵になる誠君ていう人は結構頼りになるみたいだし。ねえ、晋一君」 

 その勇名で知られる康子に見つめられ、ただ別所は頭を垂れるだけだった。

「ああ、別所。オメエが長男で無けりゃあこいつを……ああ、お前さんは結婚してたな。さすがに今更主君だからと言って離縁しろとはとても言えないし。それに……」 

 そう言って嵯峨は不機嫌そうな顔をしているかえでに目をやった。

「僕は嫌です!別所大佐は身長が低すぎます」 

 嵯峨の与太話をかえでは思い切りよく否定する。かえでの言う通り別所は決して長身とは言えない平均的な身長の男だった。かえでは女にはある程度妥協はしても男には一切の妥協はしないバイセクシャルだった。そしてただ頭を下げる別所に嵯峨は諦めたような笑いを浮かべるしかなかった。

「まったくかえで、どんな男だったら……って男の好みは康子姉さん、聞いてるだろ?かえでの男の好み。ああ、アイツは身長だけは高かったな。その点はかえでの眼鏡にかなったわけだ」

 嵯峨は下世話な雑誌を読む時の表情で義姉、康子を見つめた。

「知ってるわよ……だから私にはかえでの婿の候補はすでに居るって言ってるんだもの」

 相変わらず康子の本心は人の心を読むことが得意な嵯峨にすら読めなかった。

「別所よ。身内の馬鹿話を聞かせてすまなかったな。でも、俺はどうもねえ、こんなふうに現場に立てねえってのは……辛いもんだねえ。こうして馬鹿話でもして気を紛らわせないと帳尻が合わないや」 

 そう言って木刀を納めて縁側に戻る嵯峨を康子はいつにない鋭い視線で見つめていた。

「大丈夫よ。かなめちゃんがうまく動いてくれるわよ。なんといっても私の娘でかえでちゃんのお姉ちゃんなんですから。それに……ああ、これから先の話は私の胸に納めておくわ。そうしないと彼の活躍の機会が減っちゃうもの」 

 嵯峨は義姉の言葉を聞いて康子の言う婿のあてについて見当がついたがこの場は黙っておこうと話題を元に戻そうとした。

「かなめの奴は暴れるだけ暴れられればそれで良いわけだから良いんですが……まあ、なるようになるでしょ」

 あっけらかんと嵯峨はそう言うと縁側であおむけに倒れこむ。

「義父上……」

 話題についていけずに取り残されていたかえでが嵯峨の傷がまだ癒えていないのかと言うように心配そうにそう語りかけようとした。

「大丈夫だよ。ちょっと力を使って疲れただけだ」

 嵯峨はかえでが母親の意図をまだ理解していないらしいことに気付いて笑いそうになるのを堪えながら答えた。

「そうですか……」

 かえでの気遣いに嵯峨はニヤリと笑って金色に輝く硫酸の雲が広がる甲武の空を眺めた。
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