遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第二十四章 『特殊な部隊』の激闘

第52話 混沌への射出

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『むー……こりゃなんだ……鼻が痒い』

 サイボーグ仕様のヘルメットの内側に手を突っ込み、かなめがゴソゴソと鼻をかいていた。戦場直前とは思えぬ気の抜けた映像が、誠のモニターに映っている。

『どうした、西園寺。くしゃみでも出そうか?』

 カウラが静かに言う。だが、その声の端には、これから始まる作戦への緊張が隠しきれていなかった。

『誰かアタシの噂でもしてんのかねえ……ったく、どこの馬鹿だ。帰ったら張り倒してやる』

 ゴーグル付きの無骨なヘルメットの下、かなめはニヤリと口を歪めた。その薄ら笑いは、死地に向かう者の仮面だった。

 すべての05式はすべての射出準備を終え、モニターで先発を切るカウラと後詰のかなめの二人の顔がモニターに浮かんでいる状態だった。

『投下予定ポイントまで一分!皆さん、準備は良いですか?』 

 管制を担当するパーラの叫び声と共に輸送機は大きく傾いた。このまま輸送を担当しているP23は菰田の操縦で進行を続け、到着地点で05式を射出してそのまま上昇して敵の対空砲火の射程圏外に逃れる。それが最初から決められた予定だった。

『本当にこの下に機動兵器は居ねえんだろうな……このまま対空射撃でどかんは勘弁してくれよ。この鈍重な輸送機はどんな馬鹿でも外さねえでっかい的だ。旧時代の対空砲でも墜とせるぞ』 

 ようやく落ち着いたかなめの口元には、戦線に立つ時の彼女特有の薄ら笑いが浮かんでいた。誠は緊張を押しとどめるために何度も操縦棹を握りなおした。手袋の中は汗で蒸れているのが分かった。それが気になると、誠は気が変わり右手で腰の拳銃に手をやった。

『神前、落ち着けよ少しは。今回の作戦の肝はオメエなんだぞ。オメエが落ち着いてなくてどうするんだ。重要な作戦こそ落ち着きが何より大切だ。たとえ自分の心臓にナイフが刺さっても笑っていられるくらい落ち着いていないと作戦なんて上手く行かねえもんだ』 

 そう言って緊張にいつもと違う行動を取る誠を笑うかなめに誠はただ苦笑するばかりだった。

『レーダーに反応!9時の方向より飛行物体2!信号は東和陸軍です!……いいえ!一機増えました!干渉空間を利用して跳躍してきたようです!』 

 パーラの鋭い声。誠のモニターに今度はパイロットのヘルメット姿のランが映った。二機は飛行して誠達に追いつこうとして来ていた護衛の89式で、増えたのは跳んできたランの『紅兎こうと×弱54』と彼女が呼んでいる紅い05式先行試作型だった。

「跳んだのか……凄い……東和からここまでなんて、そんな距離を正確な位置に跳ぶなんて」

 誠はランが日頃、自分を『人類最強』と呼ぶのが言葉だけではないのをこの事実を目の前にして思い知らされた。

『待たせたな!どこの機体だろうがオメー等は落させねえよ!そのまま予定通り侵攻しろ!何にもまして今回の作戦は時間との戦いだ!すべてはスピードを優先しろ!敵の撃破なんて後回しだ!そんなの必要はねえ!』 

 ランの言葉に合わせるようにして輸送機が降下を始めた。

「クバルカ中佐……『人類最強』の意地を見せてくださいよ。ここでこの輸送機が墜とされたらそれこそ元も子もないんだから」

 ランの深紅の機体がモニターにアップされるのを見ながら誠はそうつぶやいた。

『法術様々なんだよ……姐御の機体に『法術増幅システム』を付けた結果だ……なんでも身体強化の延長とかで機体性能も上がるんだそうな……便利なもんだなあ。アタシも血統的には法術師になれても良さそうなもんだが……やっぱりこの身体じゃ無理なのかな』

 そう言って来るかなめは少し残念そうな顔に見えた。誠もここでもう一人くらい誠をカバーしてくれる法術師が居れば自分に全責任が負わされることは無かったのにと、少しばかり自分でも狡い考えを巡らせていた。

『おう、神前……オメーにいつまでも頼ってらんねーかんな……距離の概念のねー遼州人の必殺技だ。いずれ、オメーも鍛えれば跳べる精度と距離が延びる。自分を信じろ!』

 得意げにランはそう言った。遼南内戦で何度となくこの跳躍で嵯峨の指揮する敵対する遼南人民軍を翻弄したのだろう。ランの言葉は自信に裏打ちされていると誠には思えた。

「僕はまだまだってことですね。僕に同じことが出来たら西園寺さんやカウラさんをこんな危険なところに連れて来る必要が無かった」

 誠は得意げなランとは対照的に自信なさげにそう答えた。

『テメエの『つるぎ』で戦艦のブリッジ潰しときながらよく言うわ……それに姐御は他にも色々できるんだわ……でしょ?ランの姐御』

 笑いかけるかなめにランは得意げに頷く。

『おう、色々出来るぞ。だが、法術師の戦いではどんな能力を持っているかがバレれば命とりだ。だから教えねー』

 誠には相変わらずこういう時はランは意地悪に見えた。

『雑談はそれくらいにしてハッチ開きます!』 

 誠は操縦桿を握りなおす。掌に汗が滲み、手袋が張りつく。

「僕が……僕が、この作戦の要だ」

 その言葉の重みに、胸が圧し潰されそうになる。ランのように、カウラのように、誰かの背を追っていたはずの自分が、今や前に立っている。

『逃げられない。僕が失敗すれば……全部が、終わる』

 そんなことを考えながらモニターを見つめていた誠の前から、それまで三体のシュツルム・パンツァーを眺めていた技術部員達が隣の加圧区画に消えていく。

『カウント!テン!ナイン!エイト!……』 

 パーラのカウントが始まるとカウラのヘルメットの中の顔が緊張して引き締まって見える。誠はその姿に目を奪われた。

『射出!』 

 そう叫ぶとパーラの言葉に誠はつばを飲み込んだ。

『アルファー・ワン!カウラ・ベルガー、出る!』 

 誠の機体がカウラの一号機のロックが外れた反動で大きく揺れる。そして一号機をロックしていた機器が移動して誠の機体が射出ブロックに押し込まれる。誠は自分の05式乙型が装備している長い05式広域鎮圧砲を眺めた。

『大丈夫だって。そいつを入れての飛行制御システムは完璧なんだ。そんな長いものを持っても大丈夫なように05式は出来てるんだ。自信を持てよ』 

 そんなかなめの言葉を背に受けた誠は黙って操縦棹を握りなおした。

 パーラの声が響く。

『カウント!テン!ナイン!エイト――』

 機内が、沈黙に包まれる。

 ゴゴゴ……。

 機体がレールへと押し出される音が、誠の鼓膜を震わせた。

『ツー!ワン!ゼロ!』

 バシュッ!という空気の断裂音とともに、誠の05式乙型が宙へと解き放たれる。

 重力が一瞬だけ全身を掴み、次の瞬間、無重力感が襲い――そして、機体が正気を取り戻すように推進を始めた。

「神前誠!アルファー・スリー!出ます!」 

 パーラのカウントに合わせて誠が叫んだ。

 フックが外れた次の瞬間に、再びがくんと何かが外れるような音がした後、レールをすべるようにして05式乙型は輸送機から空中へと放り出された。

「今回の作戦はすべてを僕が決めるんだ。『近藤事件』の時だってできたじゃないか……今回もやれる……やれるんだ!」

 誠は自分自身に言い聞かせるようにそう言いながら機体を輸送機から遠ざけるべく降下する速度を一気に速めた。

 シートに固定されていた体に浮遊感のような感覚が走った後、すぐさま重力がのしかかるがそれも一瞬のことで、すぐに重力制御の利いたいつものコックピットの状態になりゆっくりと全身の血流が日常の値へと戻っていくのが体感できた。誠はそのまま機体の平衡を保ちつつ、予定ルートへと機体を安定させるために反重力エンジンを吹かした。

 かなめの言ったとおり、長くて重い法術兵器を抱えていると言うのに誠の乙式はいつもと同じようなバランスで降下していくカウラ機のルートをなぞって誠の機体は高度を落して行くことができた。

 誠の機体の高度は予定通りの軌道を描いて降下を続けていた。そこに定期巡回中と思われる西モスレム首長国連邦の国籍信号を発する飛行戦車から通信が入る。

『侵攻中の東和陸軍機及び降下中のシュツルム・パンツァーパイロットに告げる!貴君等の行動は央都条約及び東和航空安全協定に違反した空域を飛行している。速やかに本機の誘導に……何をする!』 

 イントネーションの不自然な日本語での通信が入る。誠は目の前を掠めて飛ぶ機体に驚いて崩したバランスを立て直す。フランスの輸出用飛行戦車『ジェローニモ』。西モスレムの主力飛行戦車で特に空戦を得意とする車体である。西モスレムの国籍章を付けた隊長車らしい車体が輸送機に取り付こうとしてランの赤い機体に振り払われた。

『邪魔はさせねーよ!菰田、そのまま作戦継続だ!早く西園寺の機体を射出したら対空砲火の圏外まで一気に上昇して脱出しろ!』 

 ランの叫び声にモニターの中のパーラが指揮を取るアメリアを見上げていた。

『作戦継続!かなめ、アンタのタイミングでロックを外すわよ!』 

 指揮を執るアメリアは緊張した面持ちでかなめに向けて叫んだ。

『誰に向って言ってんだよ!任せとけって……3、2、1、行け!』 

 かなめの叫び声が響くが、誠にはそれどころではなかった。一機のジェロニーモが誠の進行方向に立ちはだかっていた。手にした法術兵器が作戦の鍵を握っている以上、誠は反撃ができない。それ以前に相手はバルキスタン紛争に関心と利権を深く持っている同盟加盟国の西モスレム正規軍である。

『空は任せろよ!レッドヘッド・ツー、スリー、各機はアルファー・スリーの護衛に回れ!あれが墜ちればすべてはおじゃんだ!』 

 誠はひたすらロックオンを狙うジェロニーモから逃げ惑う。手にしている長大な砲を投げ捨てて格闘戦を挑めば万が一にも負けることの無いほどのパワーの差があるのが分かっているだけに、誠はいらだちながら05式の運動性を生かして機体を上下左右に振り回して逃げ回った。

 そこに敵にロックオンされたと言う警告音が響く。誠が目を閉じた。

「やられる……いや、やられてない」

 誠は跳んでくるはずのレールガンの弾丸が無いことに安堵しながらつぶやいた。

 ランの部下の大気圏内での機動性が売りで採用から30年が過ぎても運用が続いている傑作シュツルム・パンツァー89式が目の前のジェローニモに体当たりをしていた。バランスを崩して落下するジェローニモが誠の目に映った。

「ありがとうございます!」 

 誠は危機を救ってくれた東和陸軍の89式のパイロットに礼をした。

『それが奴の仕事だ、気にすんな。アタシのレーダーでは他にあと四機迎撃機があがりやがった。しかも東和陸軍のコードをつかってやがる……東和陸軍は公式には機動兵器をバルキスタンのこの地域に派遣していないことになってるから国籍詐称のテロリスト扱いってことでこっちは落とせるな。これからは輸送機の護衛任務に専念するからあとはカウラ、後は現場の判断で何とかしろ』 

 その通信が切れると誠の機体のレーダーには取り付いていた三機のジェローニモがランの部隊の威嚇で誠達から距離を置いたと言う映像が浮かんでいた。

『そう言うわけだ。これからは我々だけで進むことになる。覚悟するんだな』

 いつもと同じ無表情を浮かべているカウラの言葉だが、精神的に追い詰められている誠には非情な宣告のように聞こえた。


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