遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第二十八章 『特殊な部隊』を覆う謎

第58話 異能の証明と、見えざる監視者

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 誠はHK53のカスタムモデルを右手に持ち、黒く焼け爛れた07式の残骸へと、ひと足ずつ踏みしめるように近づいていった。

 ……焦げ臭い。

 鼻を突く異臭に思わず手を口元にあてる。……人が焼けた匂いだった。

『法術特捜』の補助任務で、その法術特捜の主席捜査官である嵯峨の一人娘、嵯峨茜警部に同行した時の自己発火事件の現場に立ち会ったあの日が脳裏をよぎる。

 あれ以来、二度目。慣れるものじゃないし、慣れたくもなかった。

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。『死んだ敵兵に悪い敵兵はいない』って言うのは戦場の常識よ」

 背後からアメリアの軽い声が聞こえた。誠の緊張を面白がるように、『ラスト・バタリオン』の女子隊員たちの笑い声も混じった。

 そんな背後の平和な雰囲気と目の前の戦場を感じさせる惨状を目の前にして誠が全身を強張らせたその時だった。誠は、何かの影が動いたように見えて……。反射的にトリガーを引いていた。

 乾いた銃声が砂漠に響いた。

「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねぇ!」

 怒声と共に、両手を上げて顔を出したのは……かなめだった。

「す、すみません……!緊張してたんで!」

 誠は青ざめながら頭を下げる。しかし、かなめの怒りは収まりそうになかった。

「フレンドリーファイアの言い訳が『緊張してた』だと?緊張しない戦場があったら教えてくれよ。……まあ、それはいい。それより、これを見ろ」

 かなめが覗き込んだコックピットの中には、骨が露出した『何か』が転がっていた。

 ……まるで、焼きたての白骨死体。

 装甲に張り付くパイロットスーツの切れ端。水蒸気爆発の圧力が、機内を内側から破壊した証だった。

「典型的な人体発火現象ですね。この人自身がパイロキネシストで、あのタイミングで力が暴走したとか……いや、ありえません。明らかに、他の誰かがこの人を発火させた。やはり、僕を助けた法術師がどこかに居たんだ……」

 異臭に込み上げる吐き気を押さえながら、誠はつぶやいた。

 人体発火……それは、遼州の発見以降、さほど珍しい現象ではなくなっていた。

 法術の炎熱系能力が暴走した結果であることも、今では周知の事実だ。

 その認識が世間に定着したのは、『近藤事件』解決後に、遼州同盟・アメリカ・フランスなどが共同で法術研究の資料を公開してからのことだった。

 人体に含まれる水分中の水素を変性させ、酸素と急激に反応させて爆発を起こす。

 この技術は『近藤事件』以前も、東モスレム系のイスラム原理主義者による自爆テロに用いられてきた。

 安価で検問もすり抜ける『最も原始的で確実な』法術テロ。特に、西モスレムへの編入を主張する遼帝国・東モスレム地域で多用されている。

「でも、あのタイミングでこの人を法術で発火させるって……僕の目の前ですよ?完全に僕のテリトリー内なのに、気づかれずにそんなことが……可能なんですか?」

 誠の問いに、かなめはあきれ顔で返す。

「普通は無理だな。でも、こないだの喫茶店で『2つの能力を同時並行で使った』あの法術師を見たろ?あのクラスなら、お前に気付かれずに不可視の法術とパイロキネシスを同時に発動するのも理論上は可能だ」

 かなめは口元にタバコをくわえながら続けた。

「つまり、誰か『正義の味方』気取りの法術師が、お前の行動をすべて見てて手を貸したんだ。感謝しとけ。そんなレベルの法術師、そうそう居ねえ」

「……でも、その目的が『誠ちゃんを助ける』だけだとは思えないのよね」

 アメリアが低く言った。顔からはいつもの笑みが消えていた。

「たとえばこの07式。最新鋭機を少数で、しかも辺境の選挙監視なんて名目で派遣?できすぎてるわ。『誰かが仕組んだ』と考える方が自然よ。『ビッグブラザー』……彼も隊長と同じで、かなりの策士なのね」

 目の前の出来立ての白骨死体を見てもアメリアは表情一つ変えずにいつものアルカイックスマイルを浮かべたままでそう言った。

「東和の平和さえ守れれば、他の国なんてどうでもいい。むしろ、世界が荒れ果て、東和にすがるようになる状況こそが、彼の理想よ。……だから、ここを地獄に変えて、遼州同盟の無力を誇示する。それも『ビッグブラザー』のこれまでの行動を考えれば当たり前の話ね」

 余裕の表情のアメリアに対しそう言うカウラの顔は緊張にこわばっていた。

「……確かに、この最新型07式を辺境に送った遼帝国軍部の意図は、アタシにも読めねえ。甲武はどうやら今回は介入を諦めたみてえだ。アタシの脳に入って来た情報によれば、政府軍、反政府軍がさっきの神前の一撃で活動を停止した時点で第三艦隊も撤収を開始したそうだ。じゃあ、誰が得をするんだ?」

 かなめがしばし考え込み、静かに結論を出した。

「……悔しいけど、アメリアの言う通りかもしれねえな。『ビッグブラザー』にとっては神前が死んでこの地が『修羅の国』のままでそれを理由に東和が遼州同盟を離脱できればそれもよし、こうして神前がこの紛争に区切りをつけてしまっても何一つ損はしねえ。『ビッグブラザー』にはどんな状況もすべて想定の範囲ってことだ……クソ忌々しい!」

 誠たちは、焼け焦げた機体と『謎の死体』を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。

「ひでえな、こりゃ……完全に骨になってやがる。ここまでやった法術師に言ってやりたいよ……『やりすぎだ』ってな……『南無阿弥陀仏』……」

 つぶやく誠の横で、遠くに着地した機体から歩いて来た小さな上司……ランが静かに手を合わせた。

「クバルカ中佐。この07式は、法術防御能力もあるはずです。そんな機体の中の人間を外から発火させるなんて、可能なんですか?」

 誠が尋ねると、ランはねじ切れたハッチの破片を手で撫でながら答えた。

「理屈上は不可能じゃねぇ。けど、広範囲の干渉空間の中でさらに『対象を特定して起爆』させるなんざ、尋常な負荷じゃない。並の法術師ならいつも神前が法術発動の度に倒れてるが、神前と同レベルの法術師なら、その負荷に耐えられず即死だろうな……だが、やったんだ。こいつは化け物だよ……アタシは出来るが……この使い手はアタシの前に立って数分時間を稼げる程度の強さの法術師ってこった」

 そう言いながら、ランは軽やかに機体の上に登り、モニターから中を覗き込んだ。

「それにしても、なんで遼帝国がこんな高価な機体を、選挙監視なんて名目で派遣したんだろうな。あんな焼き畑農業から灌漑農業に発展したことを今更自慢げに発表するような発展途上国にそんな予算あるか?『ビッグブラザー』がその気になったとしか思えねー。なんせ奴は『地球経済を数時間で破綻させる』ような存在だ。発展途上国の貧弱な兵站機能を狂わせるくらいの事は奴にはお手のものだ」

 誠が抱える疑問に、ランは少し真顔になって答える。

「それな。どうも、命令書が改ざんされてたらしー。未だにあの国は命令書が銅線を使った電報で送られてくるような遅れた国だ。そこに偽情報を混ぜるなんてお手のもんと言うわけなんだろーな。本来は東和陸軍から中古で払い下げられた旧式の89式を送る予定だったのが、直前で皇帝直属部隊にしか配備されていないはずの最新鋭の07式に差し替えられたって話だ。……こんな芸当できるのは一人しかいねー。つまり……『ビッグブラザー』は隊長の計画を知った瞬間に、それを止める計画を動かしたってことだ」

 ランは静かに言った。

「神の領域の頭脳戦を、アタシ等は今、見せられてるのさ。『アナログ式量子コンピュータ』を自在に操り情報を操作する『ビッグブラザー』と互角に情報戦をやれる『駄目人間』の部下であることを光栄に思うんだな」

 皮肉めいた言葉を残すとランは誠達に背を向けて何もない平原に向けて去っていった。

「『ビッグブラザー』にとって、東和の平和がすべて。他国がどれだけ血を流そうが、構わないのよ。だから……ここで誠ちゃんに死んでもらって、世界の混乱と無力さを示す。それが奴の計算通りでも、おかしくはない」

 アメリアが誠を見つめてそう言った。

 誠は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

「僕は……誰か知らない人に操られているんですね……この『特殊な部隊』にいても……」

 生まれた時から監視されていた。部隊を辞めようとした時、アメリアは『監視は続く』と言った。

 そして今も、誰かが自分を見ている……そう、今まさに目の前の『白骨死体』が、それを物語っていた。

「なにをそんなに深刻な顔してるのよ。世の中って、だいたいそういうものよ。自分が思っていることが本当に自分の心の中から生まれたものなのか……それとも誰かが意図的に深層心理に植え付けたものなのか……そんなこと分かって生きてる人なんてこの世にいないんじゃないかしら?」

 アメリアは少しだけ微笑んで、誠の肩を軽く叩いた。

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