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第二十八章 『特殊な部隊』を覆う謎
第59話 生八ツ橋と『駄目人間』
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「あとの詳しい調査は技術部と、ひよこちゃんの担当ね……見て」
アメリアが肩に狙撃銃H&K・MSG90を提げ、背後を振り返る。彼女の視線の先には、ゆっくりと降下してくる運用艦『ふさ』の姿があった。
「ルカ、全員無事か?」
破壊された07式の機体を見下ろせる少し離れた岩でできた小山に腰かけていたランが通信端末を開き、『ふさ』の舵を握る無口な操舵手、ルカ・ヘス中尉に問いかけた。
『ええ、大丈夫。うちは……出動時に転んで足首を捻挫した隊員が一名』
ルカは相変わらず淡々と答え、すぐに通信を切った。
「……ルカの無口ぶりは相変わらずだな。アイツ、あの『ハチロク』で峠を攻めることしか考えてねえんじゃないか?アメリア、そっちは?」
ランが振り返ると、崖下から駆け上がってくるカウラの姿が見えた。
「第一小隊、全員無事です」
報告するカウラに、ランはうなずくと、ふたたび降下中の『ふさ』を見上げる。
『ふさ』を見上げる誠達に向かって、『ふさ』から発艦した小型の揚陸艇が進んでくるのが見えた。
『あんまり動かさないでくださいよ。そいつは重要な資料なんですから』
珍しく仕事熱心なひよこのかわいらしい顔が通信端末に拡大された。そのいつもには無い緊張した面持ちは天然ポエム娘のひよこの印象をまるでマッドサイエンティストのそれに変えていた。
「おい、ひよこ。一言言わせろ」
にやにやと笑いながら、かなめが通信端末に怒鳴る。
『な、なんですか……?』
画面に映るひよこは、声を小さくしておびえた様子。
「少しは自信持てや!オメエがうちの法術関連の知恵袋なんだ。そのオメエが不安そうだと、アタシらまで法術を信じられなくなる。つまりは神前の力も信用できねえって話だ。第一小隊、全滅だぞ?」
そのやりとりに、周囲にいた隊員たちは思わず笑い声を漏らした。
『西園寺大尉……いいじゃないですか……自信がないのは事実なんですし……』
小さな声でそう返すひよこに、かなめは苦笑しながらタバコをくゆらせる。
「やっぱり天然ポエム娘はダメだな。久しぶりの戦場を見て緊張でガチガチ。まったく配属一年目の新兵は神前と言いどいつも使い物になんねえな……それより島田の馬鹿はどうした?」
そう言ってかなめは通信機の画面を切り替えた。
「島田先輩ですか。もうあの人が出かけて一週間ですね。久しぶりだな……元気……じゃないですよね。僕の新兵器の一撃を生身で食らったんですから」
誠はヒキガエルのようにひっくり返っていた島田を思い出して吹き出しそうになるのを堪えていた。
「それより、この遺体。たぶん調べても何も分からねえぞ。結局すべては闇の中だ。この前の喫茶店の前で襲ってきたときの法術師の件だってそうじゃねえか。あれから茜が何か言ってきたか?アイツは隠し事はするが重要なことはしゃべる女だ。そいつがだんまりを決め込んでるってことはアイツも何もつかめていねえってことだ。今回も同じだろうな」
かなめは相変わらず07式のパイロットの遺体を見つめながらそうつぶやいていた。そしてそのまま通信端末のチャンネルを『ふさ』のブリッジに切り替えた。
誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『ふさ』のブリッジが映し出されるがそこには運航部の女子隊員の姿が無かった。
「あれ何も映らないや」
ただすでに仏様になった07式のパイロットの隣で誰も居ない『ふさ』のブリッジの画面を誠はむなしい表情で眺めていた。
『……八ツ橋、おいしい……。隊長、ああ見えて甘いものもいけるんですね』
画面は無人だが、そんなつぶやきが通信端末から漏れてきたのを聞くとかなめは画面を操舵手のルカ・ヘス中尉の画面へと切り替えた。
そこではすっかり休憩モードで日本茶をすする運用艦『ふさ』総舵手のルカ・ヘス中尉をはじめとするブリッジクルーの面々にかなめのタレ目がさらにタレて見つめていた。
「オメエ等、露骨に休憩するなよ!一応ここは戦闘区域なんだぞ!」
こちらは死体と一緒に戦場にいる臨戦態勢のかなめ達を無視してのんびりとお茶を飲むルカ達にかなめは怒りを爆発させた。それでも自称『走り屋』でマイペースで知られるルカは別に気にする様子もなく生八つ橋を口に運んでいた。
『ごめん……。甲武名産生八ツ橋が届いたから。それに……』
誠は届いた土産のセンスがなぜ生八つ橋なのかが気になって仕方が無かった。確かに公家の国である甲武の名産である生八つ橋は東和でも有名だったが、酒飲みの嵯峨のチョイスとしては少し信じがたいものだった。
「帰ってたのか、叔父貴。あの『脳ピンク』が遊郭に寄らず直帰とは……たぶんお袋に説教されたんだな。いや、むしろ保護者の茜が先回りして、あの色情狂に遊郭へ行く小遣いを渡さないよう手を打ったのか。完全に娘に支配されてるな。叔父貴も厄介な娘をも持ったもんだぜ」
嵯峨の話題が出るとかなめは嵯峨がただ一人世界で頭が上がらないかなめの母、康子に叱責されている様を想像して誠は苦笑いを浮かべた。それと同時に嵯峨が帰ってきてからまた法術特捜主席捜査官である娘の嵯峨茜警部に説教されている状況まで脳裏に浮かんできた。
『隊長はまだ到着してない。出発前に先にお土産を送るって連絡が着て多賀港に直接届いた。生八ツ橋は早く食べないと駄目になる。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』
口下手なルカはそう言って画面に山のように積み上げられた生八つ橋の入った箱を示して見せた。その圧倒的な量に誠は『駄目人間』のセンスの無さを改めて感じた。
「あの『駄目人間』……一人一箱も生八ツ橋食うかってえの!アタシはいらねえぞ、アタシは甘いものは苦手だからな!アタシは酒飲みなんだ。神前、オメエに一箱やる。食うだろ?」
かなめは医療用マスクをしたまま朴訥と話すルカの言葉にあきれ果てたような表情を浮かべた。その後ろに続いて降りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八ツ橋の入ったダンボールが置いてあった。アメリアはうれしそうな表情で狙撃銃H&K・MSG90を背負いながら走ってきた下士官から八ツ橋の箱を受け取った。
「かなめちゃん、いいこと言うわね。一人一箱なんてノルマ、食べきれるわけないじゃない。1つ2つ、お茶請けにするからこそ美味しいのよ。しかもこれ、結構なお値段するのよ? たまに食べるからこそ贅沢って感じ。誠ちゃんも好きでしょ?」
アメリアは手にした箱を脇に抱える。それをかなめと同じく酒飲みのランが珍しい生き物を見るような顔をしながら見つめていた。
「生八ツ橋か……久しく食ってねーな。と言うかあの『駄目人間』が土産を買って来るなんて珍しいことだ。やっぱ、今回の作戦。それなりに難しいものだったと言うことか……あのケチが大盤振る舞いするとはそーゆーこった」
ランはそう言って生八つ橋の箱を隊員から受け取った。
「生八ツ橋は知ってはいるんですけど食べたこと無いんです。おいしいんですか?」
誠は今にもよだれを垂らしそうなランを見ながら首をひねった。
「ああ、神前は乗り物に弱いから旅行とかしないからは知らないかもしれないな。日本の京都の名産らしいが、甲武の生八ツ橋も有名なんだ。あの国は公家文化の国だから」
カウラはそう言うとダンボールから大量の生八ツ橋の箱を取り出す整備兵を渋い顔で見つめている。
「ああ、西園寺に一箱押し付けられているんだな、神前は。私も手伝おう。こう見えても甘いものは好きなんだ」
そう言って、隊員が嫌がるかなめに手渡そうとした生八ツ橋の箱を代わりにカウラ受け取った。
「そうね、私も食べてあげるわ」
アメリアがそう言うとカウラの手にあるかなめの分の生八ツ橋の包み紙を受け取った。
「おいしいらしいですね。いくら甘いものが苦手だからって……もったいないなあ」
誠は甘いものは好きな方なので、酒飲みだからと言う理由で断るかなめの事が理解できなかった。
「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」
誠の手を取りアメリアは胸を張る。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアメリアの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。
「そう言えば西とかの姿が見えねえな!」
整備班の兵長から生八つ橋に合わせるためにアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながらかなめがそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたパーラに視線を向けた。
「ああ、西君?輸送機で島田君とサラ達が派遣されていた基地に向かったわよ。どうせ島田君の事だもの。もう復活して退屈してタバコでも吸ってるでしょ『俺は不死身だ!こんなことくらい屁でもねえ!』とか言いながら」
そう言うとパーラは再び作業に戻った。パーラはどこまでも真面目だった。
「島田の馬鹿の世話か……相変わらず西は気が回るからな。ちゃんと生八つ橋は持って行っただろうな……島田の奴、ああ見えて自分だけ仲間外れにされるとしょげるからな。ヤンキーは仲間意識が強いから仲間外れにされると途端に弱くなるんだ。それにアイツ、酒飲みのくせに甘いものが好きだし……たぶんアイツは生八つ橋のこと知らねえぞ。アイツは馬鹿だからな。食べてどんな反応するか見たかったな」
かなめの言葉に、アメリアは腹を抱えて笑い転げる。
「おい、アタシが言ったことそんなにおかしい事か?」
突然のアメリアの爆笑にかなめは驚いたようにそう尋ねた。
「いやあ、島田君がサラと生八つ橋を使っていつもの『青春ごっこ』するところを想像したらおかしくなってきちゃって……純情硬派が生八つ橋って……お公家さんはそれこそ生々しい色恋の方がお好みなのに……たとえば、かえでちゃんみたいなタイプが好みでしょ、公家さんは」
「かえでの話はするな。アイツの話をすると茶が不味くなる」
抗議するかなめとアメリアを見てさらに誠とカウラは笑う。
「オメー等。くっちゃべってる暇があるなら撤収準備を手伝えや」
ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。
「クバルカ中佐!八ツ橋!」
3つの八ツ橋の箱を持ったひよこが走っていった。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながらかなめが視線をひよこに向けた。
「とりあえず何かできることあるか?」
生八つ橋は甘いものが嫌いということで茶を飲み終えたかなめは、早速07式の残骸にワイヤーをかける作業を指揮しているパーラに声をかけた。
「あ、かなめちゃん。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんだけど……あの東和宇宙軍から借りてる輸送機じゃねえ。これの情報があの機体の情報端末経由で東和宇宙軍に筒抜けになるから、上空の『ふさ』の格納庫までこの壊れた機体を引っ張りあげないと……」
八ツ橋を食べ始めたひよこを制したパーラはそう言うと緩んだネクタイを締めなおした。
「分かった。東和宇宙軍にはこの手柄は渡したくねえからな。コイツがどうしてこうなったかを調べるのは東和宇宙軍じゃなくて司法局の仕事だ。早速作業に移るか。神前、手伝え!」
かなめはまだ生八つ橋の箱を開けたばかりの誠にそう言ってきた。
「ちょっと待ってくださいよ。まだ僕食べて無いんですから」
「そんなことより仕事だ。さっさと搭乗しろ」
誠はもの惜しげに整備班員の一人に開けたばかりの生八つ橋の箱を手渡しながら渋々自分の05式乙型へと足を向けた。
「西園寺。なにもそんなに慌てなくても良いだろう。07式は逃げない。東和宇宙軍も現状が当方の優先状況にあることくらい承知しているはずだ。それに一応、私が第一小隊の隊長だ。そう言う指示は私を通して出すものだ」
カウラは生八つ橋を口に運びながら自分の機体のコックピットでそう言った。
「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」
そう言うとかなめは目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。
「仕方が無いだろ。神前は05式広域制圧砲を持ってそのまま『ふさ』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる。さあ、西園寺。準備にかかるぞ」
カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始めた。
誠はあきらめたようにコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲板が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『ふさ』に向かった。
「アルファー・スリーより。05式広域鎮圧砲を回収後、帰還します」
『お疲れ様です、誠さん!今回も誠さんのお手柄ですね!』
ひよこが八ツ橋を口にくわえながら明るく声をかけてくる。
「ありがとう。でも、実は僕、まだ食べてないんだ。……どんな味なんだろうな、これ」
コックピットに戻った誠は、未練がましく八ツ橋の箱を見つめながら呟いた。
「……それにしても、乗り物酔いしてないなんて。やっぱり不思議だ……」
空へ上昇する機体の中で、誠の頬に少しだけ微笑みが浮かんでいた。
アメリアが肩に狙撃銃H&K・MSG90を提げ、背後を振り返る。彼女の視線の先には、ゆっくりと降下してくる運用艦『ふさ』の姿があった。
「ルカ、全員無事か?」
破壊された07式の機体を見下ろせる少し離れた岩でできた小山に腰かけていたランが通信端末を開き、『ふさ』の舵を握る無口な操舵手、ルカ・ヘス中尉に問いかけた。
『ええ、大丈夫。うちは……出動時に転んで足首を捻挫した隊員が一名』
ルカは相変わらず淡々と答え、すぐに通信を切った。
「……ルカの無口ぶりは相変わらずだな。アイツ、あの『ハチロク』で峠を攻めることしか考えてねえんじゃないか?アメリア、そっちは?」
ランが振り返ると、崖下から駆け上がってくるカウラの姿が見えた。
「第一小隊、全員無事です」
報告するカウラに、ランはうなずくと、ふたたび降下中の『ふさ』を見上げる。
『ふさ』を見上げる誠達に向かって、『ふさ』から発艦した小型の揚陸艇が進んでくるのが見えた。
『あんまり動かさないでくださいよ。そいつは重要な資料なんですから』
珍しく仕事熱心なひよこのかわいらしい顔が通信端末に拡大された。そのいつもには無い緊張した面持ちは天然ポエム娘のひよこの印象をまるでマッドサイエンティストのそれに変えていた。
「おい、ひよこ。一言言わせろ」
にやにやと笑いながら、かなめが通信端末に怒鳴る。
『な、なんですか……?』
画面に映るひよこは、声を小さくしておびえた様子。
「少しは自信持てや!オメエがうちの法術関連の知恵袋なんだ。そのオメエが不安そうだと、アタシらまで法術を信じられなくなる。つまりは神前の力も信用できねえって話だ。第一小隊、全滅だぞ?」
そのやりとりに、周囲にいた隊員たちは思わず笑い声を漏らした。
『西園寺大尉……いいじゃないですか……自信がないのは事実なんですし……』
小さな声でそう返すひよこに、かなめは苦笑しながらタバコをくゆらせる。
「やっぱり天然ポエム娘はダメだな。久しぶりの戦場を見て緊張でガチガチ。まったく配属一年目の新兵は神前と言いどいつも使い物になんねえな……それより島田の馬鹿はどうした?」
そう言ってかなめは通信機の画面を切り替えた。
「島田先輩ですか。もうあの人が出かけて一週間ですね。久しぶりだな……元気……じゃないですよね。僕の新兵器の一撃を生身で食らったんですから」
誠はヒキガエルのようにひっくり返っていた島田を思い出して吹き出しそうになるのを堪えていた。
「それより、この遺体。たぶん調べても何も分からねえぞ。結局すべては闇の中だ。この前の喫茶店の前で襲ってきたときの法術師の件だってそうじゃねえか。あれから茜が何か言ってきたか?アイツは隠し事はするが重要なことはしゃべる女だ。そいつがだんまりを決め込んでるってことはアイツも何もつかめていねえってことだ。今回も同じだろうな」
かなめは相変わらず07式のパイロットの遺体を見つめながらそうつぶやいていた。そしてそのまま通信端末のチャンネルを『ふさ』のブリッジに切り替えた。
誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『ふさ』のブリッジが映し出されるがそこには運航部の女子隊員の姿が無かった。
「あれ何も映らないや」
ただすでに仏様になった07式のパイロットの隣で誰も居ない『ふさ』のブリッジの画面を誠はむなしい表情で眺めていた。
『……八ツ橋、おいしい……。隊長、ああ見えて甘いものもいけるんですね』
画面は無人だが、そんなつぶやきが通信端末から漏れてきたのを聞くとかなめは画面を操舵手のルカ・ヘス中尉の画面へと切り替えた。
そこではすっかり休憩モードで日本茶をすする運用艦『ふさ』総舵手のルカ・ヘス中尉をはじめとするブリッジクルーの面々にかなめのタレ目がさらにタレて見つめていた。
「オメエ等、露骨に休憩するなよ!一応ここは戦闘区域なんだぞ!」
こちらは死体と一緒に戦場にいる臨戦態勢のかなめ達を無視してのんびりとお茶を飲むルカ達にかなめは怒りを爆発させた。それでも自称『走り屋』でマイペースで知られるルカは別に気にする様子もなく生八つ橋を口に運んでいた。
『ごめん……。甲武名産生八ツ橋が届いたから。それに……』
誠は届いた土産のセンスがなぜ生八つ橋なのかが気になって仕方が無かった。確かに公家の国である甲武の名産である生八つ橋は東和でも有名だったが、酒飲みの嵯峨のチョイスとしては少し信じがたいものだった。
「帰ってたのか、叔父貴。あの『脳ピンク』が遊郭に寄らず直帰とは……たぶんお袋に説教されたんだな。いや、むしろ保護者の茜が先回りして、あの色情狂に遊郭へ行く小遣いを渡さないよう手を打ったのか。完全に娘に支配されてるな。叔父貴も厄介な娘をも持ったもんだぜ」
嵯峨の話題が出るとかなめは嵯峨がただ一人世界で頭が上がらないかなめの母、康子に叱責されている様を想像して誠は苦笑いを浮かべた。それと同時に嵯峨が帰ってきてからまた法術特捜主席捜査官である娘の嵯峨茜警部に説教されている状況まで脳裏に浮かんできた。
『隊長はまだ到着してない。出発前に先にお土産を送るって連絡が着て多賀港に直接届いた。生八ツ橋は早く食べないと駄目になる。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』
口下手なルカはそう言って画面に山のように積み上げられた生八つ橋の入った箱を示して見せた。その圧倒的な量に誠は『駄目人間』のセンスの無さを改めて感じた。
「あの『駄目人間』……一人一箱も生八ツ橋食うかってえの!アタシはいらねえぞ、アタシは甘いものは苦手だからな!アタシは酒飲みなんだ。神前、オメエに一箱やる。食うだろ?」
かなめは医療用マスクをしたまま朴訥と話すルカの言葉にあきれ果てたような表情を浮かべた。その後ろに続いて降りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八ツ橋の入ったダンボールが置いてあった。アメリアはうれしそうな表情で狙撃銃H&K・MSG90を背負いながら走ってきた下士官から八ツ橋の箱を受け取った。
「かなめちゃん、いいこと言うわね。一人一箱なんてノルマ、食べきれるわけないじゃない。1つ2つ、お茶請けにするからこそ美味しいのよ。しかもこれ、結構なお値段するのよ? たまに食べるからこそ贅沢って感じ。誠ちゃんも好きでしょ?」
アメリアは手にした箱を脇に抱える。それをかなめと同じく酒飲みのランが珍しい生き物を見るような顔をしながら見つめていた。
「生八ツ橋か……久しく食ってねーな。と言うかあの『駄目人間』が土産を買って来るなんて珍しいことだ。やっぱ、今回の作戦。それなりに難しいものだったと言うことか……あのケチが大盤振る舞いするとはそーゆーこった」
ランはそう言って生八つ橋の箱を隊員から受け取った。
「生八ツ橋は知ってはいるんですけど食べたこと無いんです。おいしいんですか?」
誠は今にもよだれを垂らしそうなランを見ながら首をひねった。
「ああ、神前は乗り物に弱いから旅行とかしないからは知らないかもしれないな。日本の京都の名産らしいが、甲武の生八ツ橋も有名なんだ。あの国は公家文化の国だから」
カウラはそう言うとダンボールから大量の生八ツ橋の箱を取り出す整備兵を渋い顔で見つめている。
「ああ、西園寺に一箱押し付けられているんだな、神前は。私も手伝おう。こう見えても甘いものは好きなんだ」
そう言って、隊員が嫌がるかなめに手渡そうとした生八ツ橋の箱を代わりにカウラ受け取った。
「そうね、私も食べてあげるわ」
アメリアがそう言うとカウラの手にあるかなめの分の生八ツ橋の包み紙を受け取った。
「おいしいらしいですね。いくら甘いものが苦手だからって……もったいないなあ」
誠は甘いものは好きな方なので、酒飲みだからと言う理由で断るかなめの事が理解できなかった。
「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」
誠の手を取りアメリアは胸を張る。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアメリアの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。
「そう言えば西とかの姿が見えねえな!」
整備班の兵長から生八つ橋に合わせるためにアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながらかなめがそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたパーラに視線を向けた。
「ああ、西君?輸送機で島田君とサラ達が派遣されていた基地に向かったわよ。どうせ島田君の事だもの。もう復活して退屈してタバコでも吸ってるでしょ『俺は不死身だ!こんなことくらい屁でもねえ!』とか言いながら」
そう言うとパーラは再び作業に戻った。パーラはどこまでも真面目だった。
「島田の馬鹿の世話か……相変わらず西は気が回るからな。ちゃんと生八つ橋は持って行っただろうな……島田の奴、ああ見えて自分だけ仲間外れにされるとしょげるからな。ヤンキーは仲間意識が強いから仲間外れにされると途端に弱くなるんだ。それにアイツ、酒飲みのくせに甘いものが好きだし……たぶんアイツは生八つ橋のこと知らねえぞ。アイツは馬鹿だからな。食べてどんな反応するか見たかったな」
かなめの言葉に、アメリアは腹を抱えて笑い転げる。
「おい、アタシが言ったことそんなにおかしい事か?」
突然のアメリアの爆笑にかなめは驚いたようにそう尋ねた。
「いやあ、島田君がサラと生八つ橋を使っていつもの『青春ごっこ』するところを想像したらおかしくなってきちゃって……純情硬派が生八つ橋って……お公家さんはそれこそ生々しい色恋の方がお好みなのに……たとえば、かえでちゃんみたいなタイプが好みでしょ、公家さんは」
「かえでの話はするな。アイツの話をすると茶が不味くなる」
抗議するかなめとアメリアを見てさらに誠とカウラは笑う。
「オメー等。くっちゃべってる暇があるなら撤収準備を手伝えや」
ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。
「クバルカ中佐!八ツ橋!」
3つの八ツ橋の箱を持ったひよこが走っていった。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながらかなめが視線をひよこに向けた。
「とりあえず何かできることあるか?」
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「あ、かなめちゃん。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんだけど……あの東和宇宙軍から借りてる輸送機じゃねえ。これの情報があの機体の情報端末経由で東和宇宙軍に筒抜けになるから、上空の『ふさ』の格納庫までこの壊れた機体を引っ張りあげないと……」
八ツ橋を食べ始めたひよこを制したパーラはそう言うと緩んだネクタイを締めなおした。
「分かった。東和宇宙軍にはこの手柄は渡したくねえからな。コイツがどうしてこうなったかを調べるのは東和宇宙軍じゃなくて司法局の仕事だ。早速作業に移るか。神前、手伝え!」
かなめはまだ生八つ橋の箱を開けたばかりの誠にそう言ってきた。
「ちょっと待ってくださいよ。まだ僕食べて無いんですから」
「そんなことより仕事だ。さっさと搭乗しろ」
誠はもの惜しげに整備班員の一人に開けたばかりの生八つ橋の箱を手渡しながら渋々自分の05式乙型へと足を向けた。
「西園寺。なにもそんなに慌てなくても良いだろう。07式は逃げない。東和宇宙軍も現状が当方の優先状況にあることくらい承知しているはずだ。それに一応、私が第一小隊の隊長だ。そう言う指示は私を通して出すものだ」
カウラは生八つ橋を口に運びながら自分の機体のコックピットでそう言った。
「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」
そう言うとかなめは目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。
「仕方が無いだろ。神前は05式広域制圧砲を持ってそのまま『ふさ』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる。さあ、西園寺。準備にかかるぞ」
カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始めた。
誠はあきらめたようにコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲板が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『ふさ』に向かった。
「アルファー・スリーより。05式広域鎮圧砲を回収後、帰還します」
『お疲れ様です、誠さん!今回も誠さんのお手柄ですね!』
ひよこが八ツ橋を口にくわえながら明るく声をかけてくる。
「ありがとう。でも、実は僕、まだ食べてないんだ。……どんな味なんだろうな、これ」
コックピットに戻った誠は、未練がましく八ツ橋の箱を見つめながら呟いた。
「……それにしても、乗り物酔いしてないなんて。やっぱり不思議だ……」
空へ上昇する機体の中で、誠の頬に少しだけ微笑みが浮かんでいた。
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