遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第三十章 『特殊な部隊』の勝利

第62話 銀河を揺らした午後と、格納庫の酒盛り

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 司法局実働部隊の運用艦であり、他国の追随を許さぬ巡航性能を誇る重巡洋艦『ふさ』は、バルキスタン内陸部の荒涼とした山岳地帯上空を静かに北上していた。眼下では、誠の放った非殺傷兵器の影響で意識を失うか、全身麻痺となった政府軍や反政府軍、難民たちが、まるで時が止まったかのように動かずに横たわっている。その周囲を、救援のために派遣された各国の軍や警察、医療スタッフの車両がせわしなく走り回っていた。

 格納庫の小窓からその光景を見下ろしていた誠は、自身が放った一撃の威力に戦慄しつつも、戦闘の拡大を未然に防いだという手応えに、確かな誇りを感じていた。

 整備班員たちはすでに作業を終え、酒を酌み交わして勝利を祝っていたが、誠はその輪に加わることができずにいた。

「おい、『ヒーロー』さんよ。ビールくらい飲むだろ?」

 かなめがパイロットスーツの上着をはだけ、アンダースーツを覗かせた姿で、ビールの缶を手渡してくる。誠は受け取りながら、作業服の襟を整えた。

「一人で……これだけの地域を制圧したんですよね、僕。自分でもちょっと怖いくらいです。でも、誰も死ななかった。止められた。それが、一番大事なことだと思います」

 その言葉には、単なる達成感以上の感情が滲んでいた。近藤事件のときに感じた、意識が途切れる直前の空虚な感覚とは違う。今回は、確かな実績がそこにあった。

「オメエがやったんだ。すべてはオメエの手柄だ。……何か褒美でもやりたいが、今この場にあるのはアタシが食わなかった生八つ橋くらいだな。ま、よくやったよ」

「もう生八つ橋は勘弁してください。皆が『ヒーローだ』とか言って持ってくるんです。今の僕、甘さで倒れそうです……普段は食べるの得意なんですけど」

 誠は苦笑しながら、もらった八つ橋を律儀に食べ続けていたことを明かした。50個近い甘味は、さすがに大食漢の誠の胃袋でも手に余った。

「人の好意を無駄にするのはよくねえな。でもまあ……アタシも甘いのは苦手だから、気持ちは分かる。断りたいときは断れ。そういうのが『大人』ってもんだ」

 自分一人生八つ橋を口にしなかったかなめは誠に向けてそう言った。

「でも、この国はこれからどうなるんでしょう?大規模な反政府軍の進撃は止めましたけど……カント将軍の政府は停戦協定の違反を理由に選挙そのものを延期すると決めたそうですね」

「そんなもんは、この国の国民が決めることだ。アタシらがどうこう言う話じゃねえよ。……それに、肝心のカント将軍がまだ生きてるかも怪しいぜ。アタシが聞いた話じゃ、公安機動隊が寝首を掻いたらしい。まったく、仕事が早えわ。うちとは大違い。安城の姐さんは叔父貴と違って一点突破が主義の御仁だからな。やると決めたらすぐにやる……そしてそこには屍しか残らねえ。叔父貴もおっかねえオバさんに惚れたもんだぜ」

 かなめは公安機動隊の隊長の安城秀美少佐に執着しては振られ続けている叔父である嵯峨をあざ笑うようにそう言った。

「そんな無責任な……!たとえ将軍が死んでも、キリスト教系の民兵組織は残ってるんでしょ?また彼等が宗教的な心情を盾に戦争が始めたら……」

 誠はかなめの口調に違和感を感じてそう叫んでいた。

「いいか?正義だ平和だいろいろ言って他国に口出しするのは大概『偽善者』のすることだ。実際、ここに利権を持ってるイスラム教を国教とする西モスレムが早速停戦協議会の設置と軍の増派を提案してきた。連中の狙いはこの国の安定でもなんでもねえ。この国のイスラム化と地下に眠るレアメタルだ。世の中そんなもんだ。オメエは自分に与えられた任務をこなし、その能力の範囲で出来ることをやった。それ以上の事は考えるんじゃねえ。時間の無駄と職務権限の逸脱だ」

 非情にも聞こえるかなめの言葉に誠は返す言葉を持たなかった。

 艦船の他国上空での運行にかかわる条約の遵守の為に低速で飛行している『ふさ』だが、すでに07式を回収した地点からは30分も同じような光景が眼下に繰り広げられている。上空を行く『ふさ』に手を振る兵士の姿が見えた。

「この国がこれからどうなるかは別の話よ。誠ちゃんは一国を動かすような大それたことをやってのけたってことよ。それ以上の責任まで背負う必要なんて誠ちゃんには無いのよ」 

 アメリアの声が聞こえて誠は振り返った。そこにはパーラと二人でよたよたとクーラーボックスを運んでくる紺色の長い髪の女性、アメリアの姿が見えた。

「おっ、気が利くじゃねえか。ビールか?それちょうどいいところに来た。神前、ビールだぞ。飲むだろ?」 

 かなめの手にはすでに愛飲するラム『レモンハート』の瓶が握られている。アメリアはかなめを見つめながらにやりと笑うと格納庫の床に置いたそのクーラーボックスを開く。中には氷と缶ビールが並んでいる。

「どうぞ、どんどん取ってよ。あちらもかなり気分良くなっているみたいだしね」 

 アメリアが振り向いたので、かなめと誠はそちらに視線を走らせる。そこではほとんど飲み比べという勢いで酒を消費している白いつなぎ姿の整備班員が見えた。

「じゃあ私も飲もうかな。疲れたしな」 

 カウラはそう言うとクーラーボックスから缶ビールを取り出した。

「え!」

 突然のカウラの言葉に誠は声を上げていた。

「そんなに驚かなくても良いじゃないか。『近藤事件』の時も私はビールを飲んだぞ」 

 そう言うと珍しくカウラが自分から缶ビールに手を伸ばす姿に周りにいた整備班員も運航部の女子隊員も動揺している様子が見えた。

「オメエはできれば飲まない方向でいてくれると助かるんだけどな。『近藤事件』の時もそうだったじゃねえか。オメエが飲みだすとろくなことにならねえ。できれば止めてくれ。特に月島屋の帰りとか、オメエの『スカイラインGTR』が無いとあそこから寮までの帰りのバスが無くって不便なんだ。頼むわ」 

 ラムをラッパ飲みしながらかなめがいつも飲み会で月島屋から寮までカウラに送ってもらっているのでそう言った。それに同情している誠とアメリアは同意するようにうなずいた。

「そんなもの運転代行を頼めばいいだけだろ?ああ、あの車は四人乗りか。なら、西園寺。貴様は走ればいい。サイボーグの身体は便利だな。疲れと言うものを知らない」 

 カウラはそう言うと缶を開ける。先ほどのアメリアとパーラが運んできた時の振動で震えていたのかビールの泡が吹き出し格納庫の床に広がった。

「おいおい、慣れねえことするから、神前!雑巾取って来い!」 

 酔ったかなめの言葉に、誠はため息をついて立ち上がった。

「いいわよ、神前君。私が持ってくるから。アメリアも一緒に飲んでて」 

 そう言うといつもトラブルが起きた時には後始末を頼まれることばかりに慣れたパーラが居住ブロックに駆け出していく。

「全く、今回は潰れたふりなんてしないわよね?どさくさ紛れに誠ちゃんに近づこうなんて私が許さないから」

 アメリアはそう言ってビールを飲むカウラを威嚇した。

「そんなものはするつもりは無い。あの時はただの気まぐれだ。それより貴様こそ潰れるなよ。あの時本気で潰れたのは貴様の方だからな」

 カウラはそう言ってあの時は島田に追い詰められて一気を強制されて潰れたアメリアの話を蒸し返した。

「あれはかなめちゃんや島田君達が悪乗りして無理やり酒を勧めたのが悪いのよ。私はちっとも悪くないわ。私は単純に被害者。それだけよ」

 まだこの場に居ない島田にアメリアは責任のすべてを擦り付けた。

「その一気の提案を受けたのは貴様だ。全部貴様の責任だ。大人ならそんな酒断ればいい。雰囲気に流されやすいのが貴様の欠点だ」

 カウラは冷たくそう言うと缶ビールの半分ほどを飲み干した。

 そんな会話が続いている間も、パーラはカウラがこぼしたビールを雑巾で拭いたり、雑談する整備班員が欲しがる乾き物を取りに行ったりと一生懸命働いていた。

「いい奴だよな、あいつ。パーラの奴が真面目にやってないところ見た事ねえぞ」 

 そんなパーラを見ながらかなめはそう言った。ただ、かなめはこういう時言うだけで決して手は貸さないのはいつものお約束だった。

「そうね。本当にいい娘よ。運航部長としてはこの艦の副長で何でもやってくれるパーラに居てもらわないとこの艦は動かないのよ。貴重な戦力だわ」

 そのパーラに一番迷惑をかけている張本人であるアメリアはそう言いながらこまごまとした雑用を片付けていくパーラを遠くから眺めていた。その時、整備班の若い隊員が『いつもありがとう』と言ってスナック菓子をそっとパーラに手渡した。彼女は少し驚いた顔をして、それから笑った。

「それにしちゃあお前さんは色々押し付けるんだな、面倒ごとを。アイツそのうちストレスで倒れるぞ。そうなったらオメエのせいだかんな」

 ラムを飲みながらかなめはアメリアを冷やかした。

「世話好きなパーラだもの……そんな可愛い部下に生きがいを与えてあげてるのよ。これも上司の務めって奴よ。あの子が倒れることなんて無いから安心して良いわよ。ちゃんと考えて面倒ごとは押し付けているんだから。そこは出来た部長としてしっかり管理してるの。立派な管理職でしょ」 

 かなめとアメリアのやりあいを聞きながら不幸なパーラに同情しながら誠は味わうようにして瓶ビールを飲み干した。

「そこの三人!来い!」 

 叫び声に振り向いたかなめと誠に赤いパイロットスーツ姿のどう見ても8歳児にしか見えないランが手を振る。

「そうだな、ヒーロー!」 

 かなめは誠の肩に手を回そうとするが、その手をアメリアが払いのける。

「何をしようとしていたのかしら?もしかしたら誠ちゃんと肩を組んで……」 

「な、な、何言ってんだ!誰がこんなへたれと肩を組んでキスをしたりするもんか!」 

 そこまで言ったところでかなめに視線が集まる。技術部の酒盛りを目の前に仕事を続けている隊員達の視線がかなめに集中する。

「何赤くなってるのよ、かなめちゃん?もしかして本当にしたかったんじゃ……」

 アメリアがいつものからかうと面白い対象としてかなめをロックオンした時の表情で見つめた。
 
「なっ……だ、誰がするかっ!」

 周囲がどっと湧き上がる。アメリアの糸目のもたらす妙な安心感が一同を変なボルテージへと導いた。
 
「……はいはい、もう一本開けるとするか」

 カウラの声が場を和ませた。突然、場を読まずにカウラがそう言った。かなめは誠から離れてカウラの肩に手をやる。

「うまいだろ?仕事のあとの酒は。オメエは飲まないだけで飲もうと思えばパーラぐらいは飲めるはずなんだから。さあぐっとやれ!」 

 かなめは明らかに焦った表情を浮かべてカウラに向ってそう言った。

「あからさまに話をそらそうとしているわけね……じゃあ」 

 そう言うとアメリアが誠の肩にしなだれかかる。その光景に、口笛を吹いたり手を叩いたりして、技術部の酔っ払い達が盛り上がった。振り向いたかなめが明らかに怒っている時の表情になるのを誠は見ていた。

 誠はアメリアの体温を肩に感じながら空を見上げた。自分の力が、またひとつ新しい扉を開いてしまった気がして、ほんの少しだけ……怖かった。

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