遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第三十章 『特殊な部隊』の勝利

第63話 飲んで、笑って、恋をして?

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「そこ!何してんだよ、神前にベタベタくっついて!見せつけてるつもりか、この色情女!」

 かなめの怒声が格納庫に響く。誠のすぐそばで、身体を密着させていたアメリアに向けられたものだった。

「あら?かなめちゃんはカウラちゃんに飲み方を教えるんでしょ?私はヒーローと喜びを分かち合ってるだけよ?何か問題でも?銃マニアさんは銃でも磨いてなさい」

 アメリアは糸目をさらに細めて鼻で笑い、あからさまに挑発する。

「問題しかねえよ!あたしへの当てつけか!?今回一番働いたのは神前、でも2番目はあたしだ!まずアタシを褒めるのが筋ってもんだろ!」

 怒りに燃えるかなめと涼しい顔のアメリア。誠は、アメリアの胸が背中に押しつけられているのを感じながら、どうにか冷静を装おうとしていた。

「うらやましいぜ、神前曹長!」

「色男~!」

「人生、あやかりたいもんだ!」

 技術部の野次が飛ぶ中、誠は視線のやり場に困っていた。

『楽しんでるとこ悪いけど、島田君達を回収したランチが着いたから移動してくれる?』

 操舵手・ルカの無感情な声が構内スピーカーから響く。技術部員たちは名残惜しげに酒瓶を手に、足元の銃を拾い上げて立ち上がった。

「じゃあ、そこのクーラーボックス運べ。上官命令。拒否ったら射殺な」

 かなめはそう言って、ビールの入ったクーラーボックスを足でずいと押し出す。

「ちょっと!私は中佐なの!上官命令はそっちが聞く側よ!」

 アメリアは不満を隠さず顔をしかめたが、酔い始めたカウラが勢いよく頷く。

「アメリアさん、すみません。僕ひとりじゃ無理なんで、お願いします」

 誠がそう言ってフタを閉めかけた途端、カウラが素早く中から缶ビールを一本取り出す。

「意地汚いねえ。酔うと人格変わるんだな、カウラは」

 かなめが鼻で笑いながらラムの瓶を傾け、一気に半分以上を飲み干した。

「さあ、武器を返したら飲むぞ!今日は吐くまでだ!アタシのご自慢の伏見の辛口、日本酒もあるからな!」

 日本酒党の酒豪で知られる『ちっちゃい副隊長』ことランの号令に、かなめはうなずきながら誠に笑いかける。

「吐くまで……もう勘弁してください。乗り物酔いがようやく治まったばかりなんですから……」

 かつてその乗り物酔いの酷さで『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれた男は、飲兵衛ばかりの空気に苦笑するしかなかった。

 ランが日本酒を取りに行く背中を見送りながら、誠はふとつぶやいた。

「これで、本当に終わりなんでしょうか……?」

 あたりに漂うあまりに『すべてが終わったんだ』と安心しきった雰囲気の中、誠は一抹の不安を感じていた。

「終わるわけねえだろ。カントが死んでも、キリスト教系、イスラム教系の宗教軍はまだ生きてる。形を変えて、な。キリスト教系民兵組織は期待していたアメリカの支援が得られないということで弱体化するかもしれねえが、調子に乗ったイスラム教系民兵組織は全面攻勢に出る機会を伺うことになるだろうな」

 かなめの返答に、アメリアが続ける。

「でも、西モスレムは同盟国よ。自分の影響力が誰から見ても明らかな武装組織の暴走は……止められるはず」

 信じるような口調のアメリア。誠はふと、この戦いの『主役』として注がれる視線を思い出していた。

 ……自分は、本当にヒーローなんだろうか?

 その実感が、くすぐったかった。

 缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアメリアは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。

 エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。居住区が同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。

 ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするが、アメリアを押しのけて飛び出していくかなめに思わず手を放しそうになって誠は思わず手を放しそうになった。

「ちんたらしてるんじゃねえよ!早くしろ!いつだって時間が大事なんだ。そのことをよく覚えておけ!」 

 かなめの言葉に苦笑しながら誠とアメリアはクーラーボックスを運び続ける。目の前には『ふさ』自慢の格段に広い食堂の入口が目に入ってきた。

「おい!先に行くからな」 

 そう言いながら新しいラムの瓶を手に入れるべくかなめは走り出した。

「神前!」 

 食堂の入口に立つと先ほどまで以前の部下と談笑していたクバルカ・ラン中佐が声をかけてきた。

「今回の作戦の最大の殊勲者はテメーだ。とりあえずこれを」 

 そう言うとランは誠に小さなグラスを渡す。そこにはきつい匂いを放つ芋焼酎がなみなみと注がれていた。

「なんで焼酎?クバルカ中佐の日本酒じゃないんですか?」

 誠は焼酎は父親との晩酌で飲みなれているものの、ラン秘蔵の伏見の辛口の方に興味があった。

「生意気な口を叩くじゃねーか!一人前にポン酒を飲みてーだ?これはまだオメーには早ーんだ。もっと強くなれ!そーしたらこのうまい本当の日本酒を飲ませてやる。この焼酎もいつも隊長が飲んでる甲種焼酎なんかじゃねー。本格焼酎の高級品だ。アタシも飲んだが、焼酎とは思えねー仕上がりだ。安心して飲め」

 一方ランはと言えば巨大な杯に一升瓶の日本酒を注いで飲んでいた。

「でかいですね、その杯。どのくらい入るんですか?と言うか、それ全部中佐が飲むつもりですか?しかも一人で。そのちっちゃな体のどこにそんな量の酒が入るんですか?」

 焼酎をちびちびやりながら誠はランに尋ねた。

「グダグダぬかすんじゃねー!この杯には酒が一升丸々入る。いわゆる『武蔵野むさしの』って奴だ。『野見尽のみつくさず』を『飲み尽くさず』に掛けて、こういう杯を『武蔵野』って言うんだ。アタシは一升くらいなんてことないからお代わりするけど……テメーは真似すんなよ。死ぬから」

 ランは平然とそう言うと一升の酒の入った杯を軽々と片手に持って笑った。

「誰が真似しますか!それにしてもクバルカ中佐の身体のどこにそんな量の酒が入るんですか!中佐の身体の中にはブラックホールでも入っているんですか?」

 ランの酒うんちくを聞きながら誠はランの酒豪ぶりにただひたすらにあきれるばかりだった。そして一口ランの勧める焼酎を飲んだ。

「この焼酎旨いですね。芋らしい癖もあまりないし」 

 あまりビールや酎ハイ以外を飲まない誠にとっては飾り気のない本格焼酎の独特の香りは刺激的だった。

「当たり前だ!アタシが選んだんだ。『駄目人間』の飲んでるトウモロコシの粕から作ったアルコールを水で薄めただけの甲種焼酎とはわけが違う。あんなのは酒じゃねー!あれは世間の憂さを忘れるためのアルコール摂取薬剤だ。ああ、もう半分空いたな。今日は最後まで付き合ってもらうからな。もっと飲め」 

 ランにそう言われ、技術部員とかつてのランの教え子の二人の初めて会う助っ人に来てくれた89式のパイロットに囲まれてビールを並べる作業に従事しているパーラに助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。

「姐御の酒だ!飲まなきゃな」 

 ラムをラッパ飲みしながらかなめが笑う。

 逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。

「良い飲みっぷりだ。カウラ、オメーからも酌をしてやれ」 

 そう言って一歩下がるランの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。

「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」 

「見せ付けてくれるねえ」 

 すでにテーブルに並んでいるつまみの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた技術部員の野次が飛ぶ。

「誠……いいのか、私の酒で」 

 覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままカウラがそろそろと近づいてくる。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には3つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。

 真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせカウラは不器用に焼酎を注ぐ。

「あっ!もったいない」 

 技術部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た酒のしずくに誠とカウラは口を近づけた。二人はそのまま見つめあった。

「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」 

 かなめが皿を叩く音で二人は我に返った。

「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」 

 そう言って誠はかなめをなだめようとする。だが誠を遮るように立ち上がった技術部員が首を振りながら外に駆け出していくのが見えた。

 今日は誠はヒーローなのだ。誠自身もその光景を見て自覚することが出来た。

「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」 

 アメリアはビールを飲みながら誠の事をうれしそうに眺めていた。

「アメリア。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」 

 ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアメリアにカウラは頬を赤らめる。

 当然技術部の兵士達は面白いわけは無いのだが、ランがハイペースで伏見の辛口を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。

「まあ、いいや。神前。今日はつぶれてもいいんだぜ」 

 そう言いながらかなめはもうラムの一瓶を空ける勢いだった。アメリアは悠然とテーブルを1つ占拠して高そうなつまみを狙って食べ始めている。

「じゃあ遠慮なく」

 いつもの癖で言われるままに誠は25度の焼酎を水で薄めずに胃に流し込んだ。

「馬鹿が……少しは進歩しろ」

 カウラのつぶやきが耳の中に心地よく響くのを聞きながら誠はそのまま意識を失っていった。
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