遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第三十三章 『特殊な部隊』の父と娘

第66話 奇人と呼ばれた父、才媛と呼ばれた娘

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「ふぅ……まいったまいった。全部が狙い通りとはいかなかったが、まあ、やるだけのことはやったさ」

 司法局実働部隊の隊長室。ガラクタが積まれたソファに背を預け、嵯峨惟基はゆっくりと体を伸ばした。

 リムジンバスから市バスへと乗り継いだ末の帰還。『不死人』とはいえ、肉体の疲れはどうにかできても精神の疲れまでは誤魔化せなかった。

 時刻はすでに深夜4時。通信端末の電源を切り、首を左右に軽く回す。眠気よりも、重くのしかかるようなストレスが勝っていた。

 そこにノックをする音が響いた。

「おう、開いてるぞ。遠慮なんていらねえ時間だ、入れ入れ」

 入ってきたのは、娘であり司法局法術特捜本部部長でもある嵯峨茜警部だった。手には盆を持ち、ポットと急須、湯飲みを丁寧に並べていた。

「お前、まだいたのか。若いってのはいいな、無理が利いて。こっちは甲武から戻ったばかりでこの時間は地獄だ。不死身の体でも、心まではタフじゃねえよ。……現場にいなかった分、今回は特にこたえた」

 嵯峨は予想していなかった娘の登場に困ったような顔をしながらそう言った。 

「ええ、五千件を超える法術犯罪のプロファイリングですから……かなめさん達やラーナに任せきりにはできませんでした。ちょっと遅くなりすぎましたね。お茶、どうぞ。まだ起きてると思っていました」

 そういうとしずしずと銃の部品や骨董品が雑然と転がる隊長室の応接セットに腰を下ろした。茜はそのまま湯飲みにポットからお湯を注ぎくるくると回した。

「気が利くな。だがな、甲武帰りのおっさんにとって深夜4時はきついんだ。体より、心が先にまいっちまう。心までは不死じゃねえからな……今回は、特に堪えた。それにしてもお前さんもこんな時間に仕事とは……自分で手を下さねえと気が済まねえってところか?損なところだけ似たもんだな。俺も今回は寿命が縮んだよ。例の07式が遼帝国経由で持ち込まれた件……まさか『ビッグブラザー』が動くとはな。まだまだ読みが甘かったってことか」 

 嵯峨は自分が読み切れなかった07式の出現の報告を聞いた時、背中に寒いものが走るのを感じた。

 東和共和国だけの平和を守る存在『ビッグブラザー』。その意図と行動原理は理解しているつもりの嵯峨だったが、第三国経由でその目論見の達成を目指して来るとは嵯峨も予想していなかった。

「それより……神前君を助けた法術師。お父様には心当たりがあるのでは?」

 茜は微笑みながら入れた茶を嵯峨の執務机に置いた。

「こんなことが出来る人間はそう居ない。そして、その中で俺達の行動に関心を持っている人間は俺は一人しか知らないな」

 茶を飲みながら嵯峨は渋い表情でそう言っていた。

「……つまり、『あの男』ですね」

 茜が茶を注ぎながら静かに口を開くと、嵯峨はわずかに目を細めてうなずいた。

「ああ。『廃帝ハド』。奴の思惑が見えた気がした」

「監視のために居た……そして私たちの動きを『利用した』?」

 茜は緊張した面持ちで父を見つめた。

「まあ、そういうこった。俺たちが勝手に動いて、奴はその結果だけ利用した。得をしたのは、あいつか俺か……まだ分かんねえな」
 
 嵯峨はそう言うと静かに飲んでいた茶を机に置いた。

「これからも出てきますか『廃帝ハド』。正直、これだけは申し上げておきますわ。今の法術特捜では『廃帝ハド』の相手は不可能です。私一人では絶対に『廃帝ハド』には勝てませんから」

 弱気な表情を浮かべて茜はそう言って苦笑いを浮かべた。

「あの伝説の支配者の相手をしろだなんて言うことは司法局の偉いさんもそこまで法術特捜に期待はして無いんじゃないかな?むしろこれから暴れだす法術という存在を知ったこの東和の市民が力に目が眩んで犯罪行為に走った時……その時はお前さんの出番になるだろうね」

 嵯峨はそう言うとゆったりとした調子で湯呑を口に運んだ。

「それにうちだって『廃帝ハド』の相手はギリギリの勝負になりそうなんだ。今後も大人しく俺達の手助けなんかをしてくれると良いんだけど……そうは上手くはいかないわな。奴は目的があって動いている。『力ある者の支配する世界』。それを実現することだけが奴の狙いだ。今回はその狙いの上に神前の命がのっかっていたから神前は助かり、俺の策は通じた。今後も同じことが起きるとは思えないね。アイツとはいつか本気でぶつかることになる……上もそれは承知しているのにろくな戦力をよこさない。無茶を言うなら金をくれと言いたいね俺は」

 飲んでいた湯呑を机に置くと嵯峨はそう言って立ち上がって後ろにおいてあった甲武への旅の荷物を解いて中から生八ツ橋を取り出した。

「……で、それだけ大量の生八ツ橋は何です?」

 茜の眉がピクリと動く。

「おう、いいだろ。義姉さんに『遊郭に行くくらいなら土産を買え』って言われてな。たんまり貰ったんだよ。選んだのは俺だけど」

 嵯峨は生八つ橋の箱を開けながらそう言った。

「……お父様。量に限度というものがありますわ。これ、箱で4つ目です」

 茜は呆れ半分にそう言う事しか出来なかった。

「好物だからな。生八ツ橋は肴にもなるんだ。焼酎にも合う」

 嵯峨はそう言うと生八つ橋を口に運び、テーブルの上のグラスの焼酎で流し込む。

「その発言が『奇人』と言われる所以です」

 茜が呆れたように微笑んだ。嵯峨はそんな娘を無視して生八つ橋をつまみに焼酎を飲んだ。

「まるで子供ですわね。自分が好きなものは人も好きだろうって……そんな単純なお考えのお父様だとは思いませんでした。後、そんなこと言っても小遣いが増えるなんてことは有りませんからね。でもこの生八つ橋。おいしいじゃありませんの。やはり生八つ橋は甲武のものに限りますわね」 

 そう言いながら茜はにこりと笑う。それまで食べていた箱が空になると、嵯峨はカバンから取り出した新しい箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでビニールを切り裂く。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。

「その様子ですとあの『廃帝ハド』の助力のおかげで作戦は何から何まで成功ということですか?」 

 急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。

「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。成功かどうかわかるのはその結論が出てからの話さ。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど。今回の俺達の行動で割を食った連中がどう動くか……その結果が分かるのはしばらく先になるだろうな」 

 そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八ツ橋を広げてその1つを口に運ぶ。

「何でも結論を先延ばしにするのはお父様の悪いところですわよ。そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれかねません」 

 仕方が無いと言うように八ツ橋を手に取ると茜は自分の湯飲みに手を伸ばす。時々外から遠くの機械音が響く。司法局実働部隊の中核である機動部隊が留守であることを考えればその音は隣の菱川重工の工場の作業音だと思われた。

「俺が無責任なのは今に始まったことじゃない。しかし、今回の出動は物的損耗が少なかったのが救いだな。これでしばらくは技術系の連中には休みがやれるからな。第二小隊の改良型の05式特戦の準備を隣の工場でやってるけど、連中はそっちに出ずっぱりだったからな。予算の関係でこの基地まで持ち込めないのが、それが痛いところだ……その話はわたるが来てからでいいか」 

 そういうと嵯峨は2つ目の八ツ橋に手を伸ばした。

「それより茜、プロファイリングとかなら技術部の将校でも貸そうか?あいつ等はそういうこと得意だし。足りないんだろ?人手。元々法術特捜の捜査官が二人しかいないって司法局も考えることがどっかずれてんだよな」 

 さらに3つ目の八橋に手を伸ばす父を茜は冷ややかな目で見つめた。

「ええ、そうしていただければ助かりますわ。明日も徹夜となると私も体がもたないと思ってましたの」 

 まじめな顔の茜を嵯峨が見つめ返す。彼の口には4つ目の八ツ橋が入ろうとしていた。

「お父様、いくら好物だからと言って食べすぎですよ」

 このペースだと飽きずに一人で一箱開けかねない勢いで生八つ橋を食べ続ける嵯峨を見て、茜は呆れたようにそう言った。 

「……やっぱり、食べすぎか?」

 そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八ツ橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。

「さあて、明日は第二小隊の面々のご到着だ。どんな部隊になるのか……第一小隊みたいに問題児の集積所になるか、それとも世界を救う救世主になるか……楽しみだなあ」

 そう言うと嵯峨は立ち上がり、ソファーに置かれた寝袋に手をやった。

「お父様。また、ここで寝るんですか?」

 呆れたように茜はそう言った。

「だって自転車で俺のアパートまで帰るの、めんどくさいもん。おやすみなさい。電気は消していってね」

 嵯峨はそう言うと制服も脱がずに寝袋の中にもぐりこんだ。
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