遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第一章 『特殊な部隊』の閉所戦闘の鬼

第2話 落語とデバッグと逃亡者

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「コーヒー……どうだ。お前さんも飲んだら?戦闘は前に出てる奴だけの仕事じゃないよ。背後に『数十倍の人間』がいるんだからさ。お前さんはその身体で生身の人間の数倍の戦力になるのは確かだが、そもそも機体が無ければどうする?銃の弾が無ければどうする?島田が整備しているからお前さんの05式は動く。菰田やパートの白石さん達がメーカーと交渉して弾薬を買い付けてるから撃てるんだ。そう言う背後で戦っている人間の思いがお前さんを戦場に立たせている。そのことを考えたら自分勝手に飛び出して無駄死にするなんて真似はしないと思うがね」

 嵯峨の声は静かだったが、誠の耳には入り切らない。視線の先では、かなめとアメリアが再び火花を散らしている。三回続けて嵯峨を落とせず、カウラも止めに入らない。

「いい身分だな、中佐殿。ぬくぬく座って指示だけなんてよ」

 嵯峨の助言など完全に無視を決め込んでいるかなめの毒に、アメリアが糸目を細めて笑う。

「命令を聞かないサイボーグは言うことが違うわね。突撃しか能がないお姫様こそ、さっさと婿でも取ったら?誠ちゃんを婿にする?残念ね。まことちゃんには『許婚』のかえでちゃんがいるの。私は認めないけどこのまま放っておくと誠ちゃんがかえでちゃんの色香とこれまで多数の女性を落としてきた恋愛テクニックの餌食になるのは時間の問題よね。……ねえ、かなめちゃん。3歳下の妹に先を越されて悔しい?」

 空気が固くなる……その瞬間、アメリアの端末が鋭く鳴った。すぐさま電話に出たアメリアの表情は一気に真剣なものに変わった。

「私よ。……何?逃げた?ゲーセン、プラモ屋、本屋、食べ物屋を当たって!島田君にも声を!彼には色々借りがあるから……嫌と言っても彼の兵隊を引っ張り出して!あの子達をすぐに稽古とデバッグに今すぐ戻すの!急いで!今は時間が無いのよ!」

 そう言うとアメリアは通信端末を切った。その内容は誠にも予想できることだった。

 司法局実働部隊には、嵯峨の黙許のもと『演芸会』という組織があった。会長は元・落語家を自称しているアメリアである。ここ半年は誠の『美少女アニメ風原画』が当たり、イベント仕事と18禁同人ゲームの製作で忙しい。今日は落語稽古とゲームの最終デバッグ……のはずが、そのメンバーの中の数人これ以上アメリアのわがままに付き合うのはこりごりだと言って逃げだしたというわけだ。 もうすでにアメリアの麾下きかの運用艦『ふさ』のブリッジクルーの女子達は三日にわたり宿直室に監禁されて作業と落語や漫才やコントの稽古に明け暮れる日々を続けていた。言い出したら聞かないアメリアの無茶に付き合いきれなくなった女子が出たとしても不思議なことは無いと誠は思っていた。

 アメリアを部長とする運用艦のブリッジクルーで構成された『運航部』はノリだけで生きているアメリアの部長権限で無理やり『演芸会』に加入させられていた。彼女たち全員は20年前の全宇宙を覆った戦い『第二次遼州大戦』の際、敗戦国である『ゲルパルト第四帝国』が逆転の為の秘密兵器として開発した戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』だった。元々製造過程で命令に従いやすい従順な性格ということで製造される予定だったのだが、その製造プラントの完成はゲルパルト敗戦には間に合わず、別プラントで覚醒し戦後も戦い続けたゲルパルトの残党に覚醒させられたアメリア以外は戦後中立を守ったここ東和共和国にプラントごと輸送されて東和国内で覚醒した。

 その過程で人格を画一的に従順なものに矯正することは非人道的であるという東和共和国の方針により彼女達はきわめて個性的なキャラクターの持ち主になっていた。しかし、その中で一番個性的なのがそんな調整を受けていない従順な『従属本能』を植え付けられて上層部の言うことには絶対服従のはずの戦中覚醒型のアメリアであるというのはあまりに皮肉な事実だった。

「アメリアさん、勤務時間を潰してまでの『営利目的の趣味活動』はやめませんか?一応僕達公務員ですし……特に今回のエロゲは内容も過激すぎますよ。いくら真正マゾの日野少佐の理想を実現した作品にすればきっと売れるというコンセプトは良いんですけど……あの人常軌を逸したマゾですから当然リアルにできますけど……それにしても内容が……」

 アメリアの企画、シナリオで書かれたSM調教物のシミュレーションゲームの内容はかなりどぎつくて純情な童貞の誠がそのジャンルが好きだとしても引く内容だった。かなめ得意の緊縛、殴打などは酔っぱらったかなめが良く誠やタフなだけが取り柄の島田に平然とするので見慣れていたが、そのヒロインたちに施される過激な調教プレイや人体改造の数々はかえでがかなめに求めてやまないものだとはわかってはいてもさすがにそのあまりに過激な暴力表現は原画を描く誠の神経をすり減らして気を滅入らせる内容だった。

「何よ、誠ちゃん。天才ゲームプロデューサーである私に意見する気?それに今回の作品は天性のマゾ……かえでちゃんもリンちゃんも『これぞ理想のマゾの望む世界』と太鼓判を押してるのよ。それに誠ちゃんの原画は出来がいいってことは誠ちゃんもなんやかんや言いながら乗り気なんじゃないの?年内予約開始、いけるわ!」

 そこへカウラがコーヒーを差し出す。

「勤務時間中にゲーム作りとは余裕だな。本当にそっちの方に転職でも考えたらどうだ、元・落語家。ああ、それも長続きせずに廃業したんだったな。まったく貴様には何が務まるんだ?まあ、準備委員会も含めて『特殊な部隊』は4年務まってるな。ああ、貴様はフリーターでコンビニバイトを8年したと自慢してたな。そっちなら今でも務まるんじゃないのか?」

 カウラは呆れた表情で爪を噛んで逃げた部下の対応を考えているアメリアにそう言った。
 
「そもそもカウラちゃんに人のことを言う資格があるのかしら?ランちゃんに許されてる土曜以外にもランちゃんの目を盗んではパチンコ行ってる人に言われたくないわね。いつでも言いつけても良いのよ?時々私達を送った後に深夜までやってる店に出かけて打ってるって。ランちゃんがどんな反応をするのかは知らないけど」

 苦言を言って来るカウラにアメリアは慣れた調子でそう言い返すとカウラは一瞬戸惑った後、さらに話を続けた。

「そのことは……数か月に一度の誤差だ。クバルカ中佐も分かってくれる。それよりゲーム業界のヒエラルヒーの厳しさは芸能界より上だと聞くぞ。たぶんそこも貴様には務まらないだろうな。行きつく先は軍に入る前に貴様がしていた『ラスト・バタリオン』生活保障年金で暮らすニートか。まあ、時間の自由が利く分クラウゼには向いてる職業かも知れないがな。貴様は先の大戦に参加しているからゲルパルト本国からその年金の他にも軍人恩給が出ているはずだ。それで細々と隊長のようにつつましく暮らすがいい」

 皮肉とも本気とも取れない調子でカウラはそう言った。誠はカウラの言葉でアメリアが以前、落語家の弟子だったことがあるという事実を初めて知った。

「勤務中に端末でパチンコゲームをしている人に言われたくないわよ!またパチンコの負けが込んで闇金に手を出すまで依存症が悪化しても知らないわよ。そん時はちゃんと自己破産して軍を去ることね!東和の軍は自己破産すると懲戒免職になるようになってるから。残念だったわね、カウラちゃん。軍人恩給で金に困らないニートと禁治産者。どっちの方がマシと言えるのかしら?気になるところね。そうなったら私が務めてたコンビニを紹介してあげる。それこそつつましい生活が出来るわよ」

 アメリアはパチンコ依存症の重度の患者であるカウラにそう言って苦笑いを浮かべた。

「アメリア余計なことは言うな……神前、今のは聞かなかったことにしろ」

「……ええ、まあ、はい」

 自分の秘密がバレたことにカウラは狼狽えてその場をすぐに立ち去った。

「まったく、エロゲだ、落語だ、遊んでばっかじゃねえかアメリアは。アタシ等の仕事はなんだ?軍人だろ?警察だろ?お巡りさんだろ?そんなことしてると本当に社会から白い目で見られるぞ……っていうか、半分はアメリアのせいでうちは『特殊な部隊』と他所からさげすまれてるんだ。少しは反省して大人しくしてろ」

 ここが反撃の場面とばかりにコーヒーを飲みながらかなめがアメリアを責め立てた。

「実際、出動が無ければすることが無いんだから良いでしょ!訓練場だって東都警察はそう簡単に貸してくれないし、『釣り部』のいる運用艦『ふさ』のある多賀港は遠いし。だから、少しでも福利厚生費を集めようと技術向上を目的にフルスクラッチした車を売ってる島田君達を参考にした訳よ。ゲームって結構いい稼ぎになるのよ。特に今回のは内容がかなり過激でハードだから高い価格設定にしたんだけど、ネット上の食いつきはかなり上々よ!予約数だってもうそろそろ千件超えるんだから!これもすべて絵師である誠ちゃんのおかげなんだけど……ねえ!誠ちゃん!」

 アメリアはフルスクラッチした車の地球圏への密輸で大金を稼いだ犯罪者すれすれの人物であるヤンキー整備班長島田正人准尉の行動を例に挙げてそう反撃した。そして、そのゲームの人気の手柄を誠のものにして誠をこの喧嘩の中に巻き込もうとしていた。

「僕はアメリアさんの言われたとおりに原画を描いただけです!僕も好き好んであんな流血描写や女性による殴打の絵が描きたかったわけじゃありません!今回もアメリアさんがどうしてもって言うから……」

 誠は言い訳がましくそう言ってアメリアに反論した。

「それで、神前。テメエの分け前はいくらなんだ?言ってみろ。ゲームの原画を描くってことは作品の人気を左右すると聞くぞ。アタシは健全な家庭用ゲーム機のゲームしかしねえが、そう言う作品では人気の漫画家がよく原画で参加していい金貰ってる。おい、神前。何%がオメエの懐に入る仕組みなんだ?オメエがプラモの買いすぎで金欠なのは分かってるんだ。正直に言え!」

 かなめにはすべてがお見通しだった。誠はアメリアのすぐにでも飛びつきたくなるような好条件を飲んだ事実をなんとか誤魔化そうと愛想笑いをかなめに向けるだけだった。

「まあ、神前を虐めるのはこれくらいにしてだ。それより、ゲームのデバッグ作業中にまた誰かが逃げたのか?あんなゲームやりたがる方がどうかしてるんだよ。アタシは『女王様』だけどあそこまでのプレイは……してたな。すまん、アタシが間違ってた。マゾを舐めちゃいけねえや。かえでは……それはアタシでも引くようなことを平気でしてくれと言って来る……あれにはいい加減勘弁してもらいてえんだ。アタシが自分の快楽を満たすために自由に虐めたいように虐めるから『女王様』なんだ。アタシが嫌がるようなことを望む『雌豚』はマゾ失格だ!」 

 真正の『女王様』であるかなめのプレイは誠の想像を超えていた。彼女はにやりと笑ってリアルサディストとして空想サディストに過ぎないアメリアに軽蔑するような視線を送った。だが、アメリアはすぐに状況打開の策を編み出していた。

「タクシーで駅へ飛んで、ここから一番近い特急の止まる八嬢子まで出て、そこから東都で調子行きの特急に乗り換えて豊川に行けば時間的に早いわよね?」

 アメリアはまた自分勝手な無茶苦茶な提案をしてきた。
 
「無理だな」

 カウラがすぐさま即答した。

「ここは駅から離れていてこの近辺にはタクシー会社はほとんどない。たとえタクシーが確保できたとしても貴様の言う最寄りの中央特急が止まる八嬢子まで車で約一時間かかる。それに東都から出ている調子行きの千要に向う特急も三時間に一本と減便されて時間が稼げるような本数がない。私の車で直帰するほうが速い。そんな事も分からないのか?」

 完全に見下すような口調で爪を噛んで考え込む長身のアメリアに向けてそう言った。
 
「そうね。この前のダイヤ改正で調子行きの特急は半分になったものね。焦った私が悪かったわ」

 アメリアは誠の手を取り、歩き出す。背後から、かなめが薄笑いで付いてきた。カウラの視線が、誠の手首に一瞬だけ落ちた。すぐに逸らしたが、指先がわずかにこわばった。

「あの車の助手席は私の定位置だからね。そこだけは譲れないわよ」

 何かを悟ったような表情でアメリアは天井を見上げて長い紺色の髪をなでながらそう言った。
 
「分かれば良い。しかし高速は混むぞ。遅れるからと言って暴れるなよ。あれは整備班がフルスクラッチした貴重品だ。西園寺ばかりではなく貴様にまで暴れられたらたまったものではない」

 冷たくそう言い放つカウラを見てアメリアもようやく落ち着いてきたようだった。

「そうね、焦った私が馬鹿だったわ。大丈夫よ。島田君はきっと逃げたメンバーの行方をつきとめるわ。彼等も今はフルスクラッチした『デ・トマソ・パンテーラ』の納入も終わって暇してるころですもの。技術部の特に整備班のメンバーの手は空いているはずよ。大丈夫」 

 そう言ってアメリアは誠の手を引いて廊下を進んだ。気になったのか誠が見ている後方ではかなめがニヤニヤ笑いながら付いて来た。そんなアメリアを見るカウラと誠が目が合うとカウラはまるで逃げるように目を逸らした。誠の意思とは関係なく、アメリアとカウラの間で話がまとまった。その様子にかなめはにんまりと笑った。

「それにしてもアメリアのゲーム作りやお笑いの稽古は締め切りが近くなると毎回誰か逃げてないか?あのねーちゃん達は実はゲームだのお笑いだのが嫌なんじゃねえの?特に今回のゲームはかえで監修だろ?お笑いじゃ稽古で何十回となく駄目出しして泣くまでやらせてるのはテメエじゃねえか。相当エグくて純情な奴の見てられない作品に仕上がるのは目に見えてるぞ。というか、マジで今回アメリアは猥褻図画販売容疑で捕まるんじゃねえの?犯罪者すれすれの島田を超えた犯罪者がうちの部隊から現れるわけだ。こりゃあ、ランの姐御も大変だわ」 

 かなめもかえでからゲームの企画を聞かされているだけにその内容の壮絶さに思わずそう言っていた。

「あの子達もお笑いやゲーム作りが嫌いなわけじゃないもの。まあ戦後生産型で私みたいに『従属本能』を植え付けられたこともなく甘ったれた東和の教育を受けた落ち着きのないあの子達にじっとしていろって方が無理な話なんだけどね。かなめちゃんのプレイした試作品の無修正版と違って実際のにはちゃんとモザイクは入ったものを売る予定だから。かなめちゃんが見たのは原画。当然アレに修正はかけるわよ。かえでちゃん達みたいに全裸徘徊を日常的にしてその度にランちゃんが県警に呼び出されているような間抜けな真似は私はしないの。そんな当たり前のことすらわからないのかしら?」 

 そう言うとアメリアは訓練場の粗末な階段を降り始めた。窓の外を見れば、この訓練場の本来の持ち主である東和陸軍の特殊部隊の面々が整列している様が見られた。

「ご苦労様ねえ」 

 そう言いながらアメリアは戦闘服のままの誠の手を引っ張って埃が巻き上がるような手抜き工事の階段を下りながら早足で歩き続けた。

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