遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第三章 『特殊な部隊』の報告

第5話 追い詰められた人々——宿直室の地獄

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 隊に近づくにつれてそれまでカウラの誕生日とクリスマスについて熱く語っていたアメリアの口が重くなった。

 豊川市に近づくとほとんど口をきかなくなったアメリアの異変が要するに自分の我儘でやっているエロゲ製作の遅れと年末ライブの稽古に関することだと悟ると誠達は出来るだけアメリアを刺激しない様に黙り込んだ。

 そして遅い昼を豊川の馴染みのうどん屋でかき込み、本部に戻るなり誠たちはアメリアに腕をつかまれ、宿直室のある別館へ引きずられた。完全に仕事モード並……というか、実戦中以外のアメリアはその趣味に関すること以外そんな顔はしない。誠は糸目を引き締めて前を見据えて自分の腕を引っ張るアメリアを見ながらそんなことを考えていた。

 入口を開けると、人いきれとカップ麺とポテトチップスの混じった匂い。本来は休憩室のスペースにテーブルが並び、配線と端末、ペンタブ、紙コップが散らばっている。モニターのファンが低く唸り、室内の空気はべたついていた。

 カウラは入口で足を止め、室内の空気を一度だけ吸った。眉が、わずかに動く。

「……戦場だな」

 カウラはそれだけ言って、誠の背を軽く押した。

 確かに普通の神経の持ち主ならばこんな場所に三日も監禁されて風呂に入ることも許されないのであれば逃げたくもなる。誠にも逃げた運航部の女子達には同情の言葉しかなかった。

「どう? 進んでる?今が踏ん張りどころ……きっとこの最終段階を超えれば一つの山を越えるわ。これは私達の戦い……気合いを入れなさい!」

 アメリアがどんよりとした表情の並ぶ運航部の女子隊員達に声をかける。誰もが半分死にかけたような顔をしてアメリアの満面の笑みを見た後そのままそれぞれの作業を再開した。その顔には『全部アメリアの我儘のなせる業だろ?』と言ってそのまま全員で逃げ出したいという表情がありありと見て取れた。

「良いわね、あなたは。指示を出すだけで何にもしない。実際に作業をするこっちの事を考えたことがあるのかしら?まず、アメリアの作った進行表に無理があるのよ。こんな予定、まさに『机上の空論』以外の何物でも無いわ!私はそれを作るのを手伝わされたからアメリア一人のせいとは言えないけど、その時も『これは無理なんじゃない?』って何度も言ったわよね?そして今見てわかる通りやっぱり無理だった。これはお遊びだから誰も文句は言わないけどこれが仕事だったら大問題よ?こんなことを続けるようなら本当に私は『ふさ』の副長は辞めて転職を考えるわよ!」

 隊の運用艦『ふさ』の副長のパーラ・ラビロフ大尉がゲームシステムの起動画面のチェックと同時にポテトチップスを放り込みながら肩を落とす。アメリアが悪だくみをするときは逃げ道を作るためにパーラと話し合いをして全部の責任をパーラに押し付けるのはいつもの話しだった。

「第一、この人員配置が滅茶苦茶よね。デバッグをルカ一人で一日で、って……あの子、車の運転や操艦は得意でもゲームはしないの。まず第一、あの子が車の運転以外は興味が無いのはアメリアも知ってるでしょ?最初にあの子にデバッグをするように説得するのにどれだけ私が苦労したのかアメリアには分かるのかしら?本当に面倒くさいと嫌がって、しかもあまりにもアレなゲーム内容にうんざりして逃げようとするたびに私がなんとかなだめすかしてここまで来たのよ!」

 パーラの言うことは誠には一々もっともに聞こえた。これが実戦でアメリアが運用艦『ふさ』の艦長としてこんなシフトを組んだとしたのならば副長のパーラを始めとしてのブリッジクルーが戦場に着いた時は既に戦闘ができる状態ではないことは容易に想像がつく。

 パーラの説教はさらに続く。

「こんなことならゲーム好きでエロくて変態の整備班の男子でも呼んできてやらせればいいじゃないのよ。そうね、西君が一番適任よね。彼なら『これで日野少佐の機体が来た時に手を抜いても良い弱みを握れるから』とか騙せばホイホイ手伝ってくれるわよ。西君の弱みはいくらでも握ってるってアメリアはいつも言ってるんだからそれくらいのことはやってくれるわよ」

 そう言ってアメリアに向けて不満をまくしたてるパーラの奥の席から、通信担当のサラ・グリファン中尉が顔を上げた。目の下の濃いクマが三徹を物語る。サラは誠の書いた画面の一般向けに出すには修正が必要な画面にモザイクを入れる作業を続けていた。

「お土産は? 甘いもの……欲しい……というか眠たい……正人がいるの?じゃあ連れて来て私と仕事を代わって……なんでもいいからもう逃げたいの……こんな不毛な作業は嫌なの……」

 サラは終わりかけた誠の原画の修正作業を一時中断してアメリアに向けて助けを求めるようにそう言った。
 
「そんなものないわよ。今は時間が一番大事だから。……でも、あと6カットじゃない!頑張ったわね!ここまで来たなら完成は目の前ね。ご苦労ね、サラ」

 アメリアのねぎらいの言葉を聞くとそのままサラは座布団の上に倒れこんだ。

「ルカが見えねえな……また逃げたか?」

 作業をする女子を見回しながらかなめがぼそりとつぶやいた。

 バン、と机が鳴り、防塵マスクがトレードマークのルカ・ヘス中尉が顔を上げた。

「失礼なことを言うな!私はここにいる!アメリア!お前の我儘に付き合わされるこっちになってみろ!私はこんなことには興味は無い!ドライブシミュレータの作成なら何日でも付き合ってやるがこんな破廉恥なゲームの作成など迷惑なだけだ!」
 
 彼女の視線はすぐ画面に戻る。ゲームに表示されるエロワードが文字化けしていないかを一行ずつ追っているのだろう。瞳は泳ぎ、頬は引き攣っている。

「しかし、お疲れさんだねえ……サラも、ルカも……いくら『ラスト・バタリオン』が超人的な体力だからって生身で三徹はきついな。……しゃあねえなあ、手伝うとするか。生身じゃこんなデバッグ時間がかかって仕方ねえだろ」
 
 かなめは仕方が無いというように頭を掻くとルカの隣の席に滑り込み、ルカの端末に首筋のジャックからコードを取り出して接続して電子脳から入力を叩き始めた。画面が急速に切り替わっていき手作業だったルカでは考えられない作業速度でデバッグが行われていく。

「さすが、かなめちゃ♪機械の身体もたまには役に立つのね」

 アメリアがかなめの圧倒的な作業速度に満足したような笑みを浮かべて珍しく素直に称えた。
 
「気持ち悪いな。で、納期は?アタシだって好きでこんなことしてるわけじゃねえんだ。ただの付き合いだ。勘違いすんなよ」

 照れたようにそう言うかなめだが、その視線は画面から離れることは無かった。
 
「先行予約は一部で開始してるわ。主要プラットフォームではクリスマスから予約を受け付ける。そして実際のダウンロード販売は年明け。……正直、私が最初に遊びたかったから急いでるの!かなめちゃんもこれからのかえでちゃんの調教方針を決めるにあたって真正のマゾであるかえでちゃんが何を望んでいるかは実は知りたいんじゃないの?」

 あまりに自分勝手なアメリアの予定の立て方に誠は呆れ、かなめは画面に舌打ちする。
 
「あの変態がアタシにどんな要求をしてくるかの予告なんか知りたくもねえ!それにこのゲームの内容を知ってて絵を描いたそのマゾの『許婚』の神前があのド変態の望みをかなえてやればすべて解決するんだ。それにしてもこのゲーム内容……本物のSMクラブでも客が逃げるレベルだぞ。これ監修したかえでは本当に……というか、アタシにこれをやれと言うのか?それとも神前にやってもらいたいのか?アイツの変態ぶりにはもうすでに言葉もねえぞ」
 
 そこへサラが起き上がる。その呆然とした表情に誠は声をかけたくなった。

「そう言えば、作業をしているのはこれだけですか?他の人達は?」

 誠の疑問に半分死にかけた笑みを浮かべてサラは外を指さした。

「他のみんなは射撃場。月初の会議で射撃訓練の残弾消化が遅れたから、あと一時間は撃ちっぱなし……私達はアメリアのいつもの自分勝手な無計画ぶりは慣れてるから最初からこうなるんじゃないかと思って初日に撃ちまくって済ませてたの……ああ、こんなことならアメリアになんか気を遣うんじゃなかったわ」

 サラの言葉を聞いて得意げに胸を張りながらアメリアはうなずくと、部屋の奥にいる島田正人准尉の作業台へと向かった。

 工業用ミシンと端末を繋ぎ、ホタテ貝の着ぐるみが半分できている。それを見つめる島田の顔からは完全に表情が消えていた。
 
「やればできるじゃない、島田君。貸しは返してもらうけど……まだまだあるわよねえ、島田君達整備班への我々運航部の貸し。また何かあったら頼むからよろしくね♪」
 
 『不死身のヤンキー』を自称する島田の顔にようやく薄笑いのようなものが浮かんだ。不死人の彼ですら、目の下の隈が濃い。

「これができれば……終わる。かなめのおかげで助かった……もうこんな変な絵を見せられるのはうんざりだ……というかこんなものを好きでもないのに描かされた神前には同情するしかないな」

 かなめの協力でデバッグ作業を続けていたルカがモニターを指した。
 
「やればできるじゃないの!そこまでやったら、寝ていいわよ!ご苦労様!」
 
 自分ではまったく手伝う気のないアメリアの一言を聞いて力ない笑みを浮かべるとルカは顔色一つ変えずに画面に目を移した。

「でも年末は本当に忙しいわね……ゲーム完成でしょ?稽古をしている子達の出来も見てあげなきゃいけないし、それにカウラの誕生日まである。することが沢山あって目が回るわ」

 アメリアは指折り数えながら満面の笑みを浮かべていた。その言葉に、誠は一瞬だけ指を止めた。

『祝うなら、静かにだ』

 ……さっき車内で聞いた声が、誠の頭の奥でよみがえった。
 
「それは全部オメエの立てた計画だ。忙しくしたのはオメエのせいだ。それなのに今、元気なのアメリアだけだぞ。おかしいとは思わねえのか?」

 かなめが画面を見つめながら鼻で笑うようにそう言った。

「もう少しでこの作業も終わるからアメリアはそこで立って待ってろ。元気なオメエにいいプレゼントを野球部監督であるアタシがくれてやる。グラウンドで千本ノックだ。そんぐらいしても罰は当たらねえな。それじゃあ足りねえか?それじゃあ、そのあと20キロ走るか?神前だってうちに来た当初はそんぐらい走ってたぞ」

 画面からは目を離さないがかなめは明らかに苛立ちながら何もしないアメリアに向けてそう言った。
 
「そんなの嫌よ。今は自主トレの時期だもの。プロの監督だって今の時期は休むものよ。それよりかなめちゃんは黙って作業してね」
 
 誠は、これから自分に降ってくる原画修正の山を想像して、静かにうなだれた。 
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