遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第二章 『特殊な部隊』とクリスマス

第4話 伴天連冬至のカウラ

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 車は東都西部、山あいの片側一車線の都道を抜けていく。助手席の誠の窓の外、斜面には根雪が白く貼りつき、落葉した枝が灰色の空を切っていた。

「ここらあたりは、けっこう積もるんですね。千要の海に近い豊川は小雪で終わるのに……僕……『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質のせいで旅行とかしたことが無いんで雪景色を直接見る事なんてほとんどないんですよ。僕の生まれた都内の下町の朝草近辺は年に一度雪が降れば良い方ですし、積もるなんて……というか、積もっても車のチェーンが道路をひっかいて出来た黒い埃で雪がすぐに真っ黒に染まって白い雪なんてテレビ以外じゃほとんど見たことが無いです」

 ハンドルを握るカウラが、何でもない調子で応じる。

「雪か……私がロールアウトして機能検査を受けていた頃も、降っていた。ここから山を一つ越えた内陸の能谷。最後の覚醒施設があった街だ。あの付近は結構積もるぞ。私が社会適応訓練で二年あの街で暮らしたが10センチ以上積もる雪なんて毎シーズン10回はあった。この関東平野は南部の隊のある豊川や都内はほとんど雪は降らないが、都内を川一つ隔てた埼王県ではごく普通に雪は降る。能谷市は埼王県でも北にあるからな。雪など別に珍しいものではない」

 後部座席のアメリアが少し身を乗り出す。

「へー海なし県の埼王県にもそんな娯楽が……って積雪10センチじゃスキーもできないからただ車が動かないだけで邪魔なだけね。しかもあそこは夏は暑くて大変じゃないの?ああ、運航部の女の子達は全員『ラスト・バタリオン』で能谷の施設の出身のはずだから今度、埼王県がどれだけ暮らしにくい所か聞いておいてあげましょう。千要県より人口が多い以外に何一つとりえのない埼王県出身者であるカウラちゃんやあの子達を虐めるいいネタができてうれしいわ。でも、話はもどるけど、誕生日が分かるってことね。戦中覚醒の私は記録が無いから、ちょっと羨ましいかも」

 そんな何でもないアメリアの一言にハンドルを握るカウラが食いつくようにアメリアに目をやった。

「誕生日?それはなんだ?確かにサラ金に金を借りる時に免許証にある日付を書かされる意味が今一つ理解できないのだがあの日付の意味はいったい何なんだ?」

 カウラが眉を寄せ、前方に視線を戻す。

 アメリアが誠にも聞こえるよう、簡潔にまとめる。

「あれよ……私達はお母さんのおなかから出てくるわけじゃないのは知ってるわよね。『ラスト・バタリオン』はほとんど成人になるまで培養液の中で脳に直接必要な情報を焼き付けながら覚醒を待つことになるの。そんな『大気呼吸を始めた日』を誕生日だと私は思ってる。培養液から上がって、身体も知識も『完成』して外に出た、その日よ。それと誕生日が必要になるのはサラ金から金を借りる時だけってカウラちゃんの日常生活はかなり荒んでるわよ。私みたいに趣味の友達を多く持ったり、落語家に入門して姐さんたちとのガールズトークで誕生日ネタが出てきて姐さんの誕生日にはプレゼントを贈るとかそう言う人間らしい生活を送りなさい。そうしないといつまでたってもカウラちゃんは戦闘用人造人間のままよ。どこかのサイボーグみたいに『誕生日なんて知らねえ』と言って実は誠ちゃんと誕生日が三日違いなのを隠してたのと同じじゃないの」

 懐かしげにそう言う助手席のアメリアの後頭部をかなめが小突いた。

「聞こえてんぞ。神前が8月4日生まれで、アタシが8月7日生まれなのは事実だが、そんなこと興味ねえよ。アタシはイベントごとが嫌いなの。嫌な思いが一杯あるの……全部かえでのせいだ……アイツがアタシの誕生日になると非常識な過激マゾプレイと風紀の厳しい甲武でもアタシの立場が無くなるほど露骨な露出プレイを強要して『僕からの心からのプレゼントです!』とか言うんだぞ!そんなもん要るか!まあ、神前がアタシの誕生日に思いっきりアタシの『女王様』としての欲望を満足させてくれるプレイと童貞をプレゼントしてくれるというのなら受け取ってやる。来年は楽しみにしておけよ!」

 最初はうんざりしていた顔をしてたかなめは今度は話題を誠に向けてきた。

「西園寺さん。僕はマゾじゃないんで。確かに死ぬまで童貞の人が70%のこの国で童貞のまま死ぬのは嫌ですけど、代償としてとがったお馬さんには乗りたくないです。それは僕へのプレゼントじゃなくてただ単に西園寺さんの『女王様』としての支配欲を満たしたいだけなんじゃないですか?」

 誠はギラギラと目を光らせるかなめに引きながらそう返した。

 後部座席のかなめと誠のやり取りを聞いていたカウラはハンドルを握りながら静かに息をした。

「それが誕生日か……確かに西園寺が神前の童貞をそんなことの為に奪い取るのは私としても許し難い。私達『ラスト・バタリオン』にもそんなものがあるんだな。つまり、誕生日は、誰か親しい人に自分が特別だと『祝ってもらう日』なのか?」

 カウラはアメリアの言葉を聞くと感心したように短く息をのんだ。

「そうすると12月25日だな。記録にも戸籍にもそう書いてある。……そこに記載されている出産年は滅茶苦茶だがな。以来、私はずっと25歳ということになっている。東和という国では別に珍しい事ではないがおかげで車の運転が出来るし、何よりパチンコが打てる。そして、神前の童貞を得る権利も私にある訳か。済まないな二人とも。貴様等の欲しがっていた神前の童貞を奪う権利はどうやら私にあるらしい」 

 なんだかうれしそうに笑うカウラに誠は冷や汗をかいていた。

「あのー、誕生日プレゼントとして僕の童貞をやり取りするのは止めてください。皆さんは僕を一体何だと思ってるんですか?」

 誠は思わず抗議してみたがカウラもかなめもそれぞれそう言う下ネタ冗談を言うのが好きなのは知っていたので、誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「誠ちゃんの童貞はカウラちゃんにはあげないけど……これは使えるわね……色々と面白そう……」

 何気ないその一言にカウラにじりじりと詰め寄っていたアメリアが身を乗り出してきた。誠の目の前に燦々と降り注ぐ太陽のような笑顔を浮かべているアメリアがうっとおしいと思ってしまった誠は思わず目を背けた。大体こういうときのアメリアと関わるとろくなことがない。それは配属されてもう半年が経とうとしている誠には十分予想できることだった。

 車中でぼんやりと外の景色を見ていたかなめがぼそりとつぶやいた。

「その日は伴天連冬至ばてれんとうじだな。甲武じゃ伴天連連中が浮かれて騒ぐ日だ。ついでに洋風の知識もある上流貴族の連中は舞踏会とか……ああ、かえでの馬鹿の顔を思い出した。アイツにはその日が近づくとトンデモナイ太さの女性用大人のおもちゃを大量にアタシの部屋に何げなく置いておく習性があるんだ。そいつで思う存分いたぶってもらって最高の伴天連冬至を過ごしたいらしいが、なんでアタシがそんなことしなきゃなんねえんだ?アタシはアイツのご主人様だぞ?なんで雌豚の欲求を満たしてやる義務があるんだ?それがアタシの望みならもっとひどい目に遭わせてアイツを悶絶させてやる。確かにアイツが絶叫する様を見るのはおもしれえけどそのまま全裸それが二本とも入った状態で街に出るとか言い出しやがる……アイツ変態だな。気持ち悪い」

 それまで逃げた部下の女子隊員の事ばかり考えて貧乏ゆすりを続けていたアメリアがぱっと顔を輝かせる。

「そんなかなめちゃんとかえでちゃんの爛れた日常は置いておいて、カウラちゃんの誕生日がクリスマス!最高じゃない!このイベントがあんまり好きではない遼州人の国の東和では大事なことだわ!私はキリスト教徒じゃないけど国民のほとんどがキリスト教徒のゲルパルトの国籍があるゲルパルト国民よ!クリスマスを楽しく過ごす義務と権利があるわ!かえでちゃんみたいに爛れたクリスマスではなく楽しく美しい聖夜を過ごす義務が私にはあるのよ!」

 アメリアの目にいつにもない光がともるのでこういう時はいつもひどい目にあわされてきている誠の脳裏に嫌な予感が浮かんで来た。

「この惑星は地球と暦がほぼ同じなんだ。365分の1だろ。大げさだな。別に騒ぐほどの事じゃねえじゃねえか。それにイベントなんて面倒な話だ。確かに貴族趣味で女とみると見さかいのねえかえでなら飛びつくだろうがな……そして必ず憲兵隊に捕まる……アイツやっぱり学習能力は島田並みだわ。だから風紀を乱すという理由で軍法会議にもかけられるんだ。自業自得だ」

 かなめは完全に関心が無いというように欠伸まじりに肩を回す。

「ロマンがない!かなめちゃんにも半分は地球人の血が流れてるのよ!もっと喜びなさいよ!かえでちゃん見隊は変態のことは忘れて真の意味で聖夜を祝いカウラちゃんを祝福する義務が私達にはあるの!」

 アメリアのチョップがかなめの額にぶち当たった。鈍い音がして無表情なかなめに対しチョップをしたアメリアが痛みに顔をしかめた。

「痛っ!」

 そう叫んで手をひっこめたアメリアにカウラが呆れたような顔で一瞥した。

「サイボーグのチタンの頭部を素手で殴ったりするからそうなるんだ。まさに自業自得だな」
 
 二人が揉める気配に、カウラが低く制する。その言葉を聞くとかなめはニヤリと笑って脇にあるホルスターに手を伸ばす。当然その様子はバックミラー越しにカウラの目に入った。

「西園寺、アメリア暴れるな。私の車だ。西園寺。 銃撃戦がしたいなら降りてからやれ。この周辺には民家はない。銃撃戦がしたいのなら好きなだけすればいい」

 誠は苦笑しつつ、運転席のカウラの口元に浮いた微笑に気づいた。

「カウラさん、嬉しいんですね。……今まで意識してなかっただけで」

 答えの代わりに、アクセルが軽く踏み込まれる。バックミラー越しに、カウラの目が一瞬だけ揺れる。フロントガラスの向こうで、冬の光が路面に薄く跳ねた。

「私は派手な催しは好きではない。西園寺が言うようにそんなことは女好きの日野にでも任せておけばいい。私もイベントを好まない遼州人の国東和の生まれだ。だから特段催し物に興味というものを持ったことが無い」

 カウラが言う。しかし、その目は明らかに自分が初めて知った特別の日を誰かに祝って欲しいと言っているように誠には見えた。

「でも誕生日でしょ?僕は友達が少ないからあんまり祝ってもらったことは無いですけど、楽しくやるのもいいですよ」

 笑顔を作りながら誠は正直な気持ちを言葉にしてみた。

「確かにそうかもしれない。でも私はそう言う物とはあまり縁がないんだ。祝うなら、静かにだ」

 カウラはそう言って都道から国道に入る交差点に車を停めた。ここまで来ると周りには雪も無く、ただ枯れた雑草が歩道の上に無残な姿をさらしているだけだった。

「いいじゃないの、ちょっとくらい。カウラちゃんのそう言うところが何か嫌なことがあるとパチンコなんかに逃げる性格を作り出してるのよ。人生、ハレも必要よ!誠ちゃんもそう思うでしょ?」

 アメリアはすっかりやる気で大きく振り返って後ろの誠を見つめてきた。
 
「アメリアさん……そうかもしれないですね……」

 明らかにその場をごまかすためだけに誠はそう言った。

『アメリアさんがやる気がある……夏の合宿の時もそうだ……嫌な予感しかしない……又何かろくでもないことが僕の身に降りかかる予感がする……』

 誠は窓外の雪景色に逃げ場を求めた。
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