遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第五章 『特殊な部隊』の帰る人

第14話 こたつ守衛、休暇は突然に

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「でねでね!さっきの続きだけどね。今日、ランちゃんに頼んで今月の19日から来月の4日まで私達は休暇をとることにしたのよ。どうかしら?私って気が利いてるでしょ?」 

 いつものようにアメリアは突拍子もないことを言い出した。

「……って、四日後からですか?いきなりそんなこと決められても困りますよ!」

 誠もカウラもその突然の決定事項にただひたすら戸惑うことしかできなかった。壁のカレンダーは十五日の枠を赤ペンで囲っている。これも先にこの守衛室に来ていたアメリアの仕業であることは誰もが分かる事だった。

「したのよ?それは決定事項なのか?そんなことを勝手に決められても困るぞ。私は年間で休暇の予定は決めているんだ。それを私に無断で変更するなんてプライバシーの侵害だぞ!予定は私の権利だ。勝手に弄るな。……で、承認印は本物か?……ちょっと待て……確かにクバルカ中佐の承認が押されている。本物と言わざるを得ない」 

 カウラは怪訝な顔でアメリアを見つめると自分の携帯端末を確認し諦めたようにため息をついた。コタツに入りっきりのアメリアも誠も突然のアメリアの言葉に驚いた。

「決定なんですか?僕もこれからインフルエンザとか流行るじゃないですか。僕は有給は結構残ってますけど、今年の流行、しつこいって聞きますし。しかもうちでは風俗でインフルエンザを伝染うつされてまき散らすのが年中行事の隊長がいるんでしょ?もしそれをこじらして肺炎とかになって入院したら年休無いのは辛いですよ」 

 誠の言葉にアメリアは笑みを浮かべて大きくうなずいた。カウラはすぐに自分の腕に巻いた端末を起動させて画面を何度か転換させた後、大きくため息をついてアメリアをにらみつけた。

「確かに……アメリアの言う通りの予定が組まれている。クバルカ中佐の許可も取ってあるな。もうすでに決まったことだ。神前、諦めろ」 

 勤務体制の組み換えの許可は副隊長であるランの承認が必要だった。逆に言えばランが勤務体制がタイトに過ぎると判断すれば各人の休暇消化の指示が出た。事実、出動後の誠達のシュツルム・パンツァー05式のオーバーホールなどで超過勤務が続くことが多い技術部のメンバーには何度か休暇消化命令が出たこともあった。アメリアが適当な理由をでっちあげて戦場以外ではあまり人を疑うことをしないランを騙して予定を変えさせるなどということはアメリアの性格から考えれば当たり前のように推測がついた。

「まあね。有給消化率の低いカウラちゃんを休ませることとそのほかいろいろ理由を付けて説明したらランちゃんすぐにOK出してくれたわよ。本当に中佐ともなると同僚相手に丹念に気を遣うようになるのよ。今後の参考にして頂戴」 

 アメリアはさも自分は良い事をしたのだというように胸を張って自慢して見せた。誠はちょうどそこに明らかに見覚えのある高級乗用車がゲート前に停まったことをアメリア達に告げて良いのか迷っていた。

「ランちゃん?それはアタシの事か、アメリア?随分偉くなったもんだな……なりたての中佐が東和陸軍で一番の古株の先任中佐をちゃん付けか?大したもんだ。アメリアも同じ中佐に昇格した途端に先任中佐を『ちゃん付け』たぁ、偉くなったもんだな?軍隊には任官順位によってその偉さが決まる……アメリアも何年兵隊やってるんだ?その基礎からここで教え込んでほしーってわけか?」 

 外からの声に驚いてアメリアはゲートの方を振り返る。そこにはにらんでいるような目だけが見えた。窓ギリギリまでしか身長が届かない小柄な人物は『特殊な部隊』には一人しかいなかった。つま先立ちで自分が命じた守衛番の役目を日頃自分の言うことを聞かないアメリアたちが果たしているかランは監視するような視線で見渡した。窓ガラスの内側に丸い白い息の輪が貼りつき、こたつ布団はストーブの灯油の匂いを少し吸っていた。引き戸の横には禁煙の赤いピクト。やかんがちり、ちりと小さく鳴る。そのいつでも指定暴力団の幹部が務まりそうな鋭い目つきとその足元の立てる雪駄の鈍い音が守衛室の室内まで響いてきた。

「あ!クバルカ中佐……居たんですか?」 

 カウラはコタツの中の誠の足を蹴った。それを合図に誠は席を外しているかなめに変わりコタツを出て這ってゲートの操作ボタンまで向かった。一方、ランの口撃対象だったアメリアは全く動じる様子もなく完全に無視を決め込んでミカンを剥き始めた。

「オメー等暇そうだな……って西園寺はどうした?まさかアイツだけサボってる訳じゃねーだろーな。アイツの事だ自分勝手に退屈だから抜け出すなんてことはやりかねねー。後で折檻だ」 

 ゲートの開くのを見ながら黒紋付の羽織に袴を着てランが高級外車から身を乗り出していた。

「ええと、かなめちゃんならタバコ吸いに行きましたよ。それより休日出勤ご苦労様です!」 

 そう言ってにんまりと笑うアメリアを見てランは大きくため息をついた。 

「仕事を増やす部下ばっかりで大変だよ。こっちの身にもなって見ろってんだ。それに状況が状況だ。アタシも休んでるより仕事してた方が気が休まる」 

 そう言い捨てるとランはいかにもヤクザの組長が乗っていそうないかつい黒い高級乗用車に乗り込んで工場の内部道路へと去っていった。その様子を見ると剥いたミカンを口に押し込んで飲み込んだ後、まるっきり自分がランの頭痛の種であることを棚に上げてアメリアは笑っていた。

「でも……ほんとランちゃんてかわいいわよね。あんなに小さいのに『人類最強』のパワー。そして脅威の強さを誇る『人外魔法少女』!。コスチュームチェンジができないだけでこれまでのあらゆる『魔法少女』を超越した魔法少女を毎日愛でられるなんて私達は幸せ者よね!コンパクト&ハイパワーを地で行くところなんか、憧れるわ……ゆくゆくは本当にコスチュームチェンジまで出来るようになって本格『魔法少女』を襲名しちゃったりして♪」 

 そのランへの扱いがランには面倒くさいと思われていることを知っていてアメリアは心底うれしそうな顔をする。それを見ながら寒さに負けて誠はコタツに向かった。だが、コタツにたどり着く直前でゲートに現れた客の咳払いが聞こえてそのままの格好で誠はゲートの操作ボタンへと這って行った。

「でね、誠ちゃんの実家にご挨拶に行くの。下町正月ツアーの下見も兼ねて!カウラちゃんの誕生日ケーキ、どこの商店街が一番うまいか地元案内頼むわ」

 アメリアの嬉しそうな顔に誠は困惑した。誠の乗り物酔いは中途半端なものではない。都バスに一停留所乗るたびに吐くレベルである。確かに大東区出身とあって朝間神社の例大祭や、初もうでには歩いて出向いたことがあったが、それ以上の自転車以上の乗り物を利用しての外出は誠の体質からして不可能なものだった。

「え、実家ですか?確かにゲルパルトとか西モスレムの観光客もよく来る朝間神社には近いですけど。いきなり押しかけたら……母さんが驚きますよ……掃除、してあるかな……あの人は実家の家事よりも弟子の小学生の剣道少年優先の人だから。うちには格闘界で名の知れた人が母さんに会いたいからと付き人を連れてくることが時々あるの、アメリアさん達が泊る部屋はどうにかなりますけど……そう言う有名な格闘家ともなると分刻みのスケジュールが半年先まで埋まってるのが普通だから、いつもは邪魔なダンボールとか僕の失敗したフィギュアのゴミとかが積んであって、お客さんが来るときに母さんと僕で掃除してたんです。たぶん、この前、僕の寮の狭い部屋に置ききれなくなった戦車のプラモを宅急便で送ったんでそれが置いてあるから……たぶん母さん捨てるだろうな……あれ、オークションで売ればいい値段になるのに」

 誠はそう言ってアメリアの提案に苦笑いを浮かべた。
 
「あら……お姉様方おそろいですのね。この寒いのにご苦労様です」 

 今度は窓の外には和装の金髪の美女の姿がある。嵯峨の実娘の嵯峨茜だった。茜が同じ大東区の東和共和国きっての風俗街である吉原きちわらの育ちであることが誠にはある意味安心感を与えた。

 先月の同盟厚生局と東和陸軍の遼州人民族派による違法法術研究が発覚した『同盟厚生局違法法術研究事件』。この結果、同盟の内部にも法術を利用しての独走を企む勢力が存在することが明らかになり、そう言った組織内部の不穏分子に備える為にも現在の茜と助手のラーナの二名態勢では不十分だとの司法局上層部の判断から、現在の『法術特捜』は来年度から司法局の二大実力部隊であるここ『司法局実働部隊』とサイボーグによる電子戦や急襲作戦を主任務とする『司法局公安機動隊』に続く三番目の実力部隊としての正式発足が決まった。ただ、『同盟厚生局違法法術研究事件』で虎の子の法術対策部隊が無能であるということをテレビで全遼州に知らしめる結果となった東和警察の横やりで、本来ならば新生『法術特捜本部』の幹部に登用されるべき茜は冷遇され、現状のまま豊川駐在主席捜査官に任官が決まっていた。

 それでも元弁護士を経て東和警察の幹部警察官を経た茜は何一つ不満を言わず、これまで守衛室前に現れたどう見てもまともとは思えない隊員達とは趣も違ってシャンと背筋を伸ばしてだらけ切った守衛室を半分呆れながら見回していた。

 嵯峨の娘として甲武四大公家末席の嵯峨家の嫡子として産まれた『大正ロマンの国』甲武国の育ちの人間らしく、茜はどう見てもヨーロッパ系の顔立ちと髪の色にもかかわらず常に私服は和服と言うのも彼女らしいとは言えた。

 誠は茜がアメリアのやる気のない態度とカウラの退屈そうな顔を見つめて大きくため息をつくと、一人守衛らしくあろうとしている誠に目を向けた。

「ああ、茜さんですか。今日は僕達が守衛番をしてるんです。あと西園寺さんがタバコを吸って……」 

 また、かなめがサボっていると言われると思った誠は先に茜に向ってそう切り出した。完璧超人で知られる茜に先に話を始められると何時間説教を食らうことになるかという恐怖が誠を支配していた。

「おう、茜じゃねえか。今日は早く帰るんだな。それにしても最近、オメエは本局に呼び出されてばっかりで大変だな。どうせ会議だろ?退屈じゃねえのか?」 

 いかにも全員を正座させて司法執行機関員のあるべき姿を明らかにやる気のないアメリアに語り始めそうな雰囲気の茜の前に喫煙所から戻ってきたかなめが現れた。ちらちらとかなめは茜のいかにも幹部警察官にふさわしい高級乗用車を眺めるが、かなめはどちらかと言うとこう言う高級品的な車が嫌いだと何度も言っていた。その目はいつものようにただの好奇心で鏡にでもできるのかと言うほどの艶を見せる塗装を見つめているだけだった。

 父の嵯峨と従姉のかなめには説教をするだけ無駄だということは、茜も長年の経験で学習していたのでアメリアへの説教を止めてその視線を何を言っても聞く気のないかなめに向けた。

「会議も大切なお仕事ですわよ。特にわたくし達は国家警察や同盟司法局捜査部、場合によっては軍部との協力が必要になるお仕事ですもの。面倒だと言っても事前の綿密な連携が必要になってくるのよ。それだと言うのにかなめお姉さまは本当に会議と聞くと何かと理由を付けて抜け出す口実を作ってばかり。本当に誠さんと言う後輩ができて、第二小隊と言う別組織が稼働を始めた時期ですもの。会議の大事さを身をもって知る必要があると思いますけどいかがかしら?」 

 かなめはいつもしっかり者の茜の小言は無視することに決めていたし、当の茜も自分がかなめに何を言っても無駄なのは知っていた。

「聞こえない!何にも聞こえない!それに会議は小隊長の仕事だ!アタシみたいな平の隊員には関係ねえの!」 

 そのまま自分に対する説教になりかねないと思ったかなめは両耳を手で押さえて詰め所の入り口に向かっていった。

「本当にかなめお姉さまは自分の都合が悪くなると聞こえないふりをして。まあいつものことですけど全く困ったものですわね。それに隊員だったら部隊の情報を共有しておくのは常識ですわよ。そのくらいのことは実戦経験のあるかなめお姉さまならご存じですよね?」

 茜もかなめの自分勝手ぶりには困り果てているようで呆れた顔でこたつに入ろうとするかなめを見つめていた。 

「茜ちゃんもそんなに説教ばかりしても無駄なんじゃないの?元々、かなめちゃんにそう言うこと期待する方が間違っているのよ。とりあえず敵を撃つことだけが仕事だとかなめちゃんは信じてるから」 

 自分が最初に茜の説教の標的になりそうだったことなどすっかり忘れ果てたようにアメリアの言葉に茜は大きくため息をついた。

 茜はたった二名しかいないのに全東和の法術犯罪のプロファイリングを任されるというオーバーワーク以前に、血のつながった身内の問題行動に日々泣かされる可哀そうな人だと誠は思っていた。

 会議をサボる、会議では寝る、会議から逃げるの三拍子で上層部の不興を買うことを楽しんでいると言う噂の嵯峨は茜の父である。さらに先月から無類の女好きであっちこっちの部隊で同性にちやほやされることが趣味だと言ってはばからない義妹かえでが第二小隊の小隊長として配属になったことがとどめを刺した。

 もしかすると茜はこの問題行動満載の二人を東都のはずれ豊川の部隊に残して都心に去ることに不安を感じてこの基地に残ることを決めたのではないか?誠は口には出さないが茜がこの豊川に残る理由はそれが一番大きいのではないかと疑っていた。

「カウラさん!小隊長としてしっかりかなめお姉さまの監視をよろしくお願いしますわ。かなめお姉さまは目を離すと何をしでかすか分かったものではありません……まあ、かえでさんほどではありませんが」 

「はい!」 

 かなめよりは一歳下。だがどうしてもその雰囲気と物腰は落ち着いていてカウラですら緊張するようなところがあった。そして若干14歳で東和弁護士試験を合格したと言う回転の速い頭脳はまさに天才のそれであった。あの嵯峨やかえですら御する腹の据わり具合も恐るべきものだった。誠も声をかけられたカウラに同情するしかなかった。

「しっかりかなめお姉さまの手綱を握っておいてくださいね。まったくこの部隊には自立した隊員と言うのはいないのかしら?社会人なら自分の判断で自分の最善と思ったことを自分からやるのは当然の話ですわよね。それが出来ない人ばっかり。困ったものだわ」 

 茜の小言はいつまで続くか分からない様相を見せてきた。聞いている誠もさすがにうんざりしてきて、かなめの嫌そうな表情を浮かべる気持ちも分かってきた。

「うるせー!余計なお世話だよ!アタシは自立してる!文句を言われる筋合いはねえ!」 

 上がりこんできたかなめがゲートのスイッチを押した。開くゲートを一瞥した後、茜は大きなため息をついてかなめを見上げた。

「なんだよ……」 

「何でもありませんわ」 

 そう言って茜は車に乗り込んだ。身を乗り出して駐車場に向かう茜の車を見送った後、かなめはずかずかと歩いてコタツのそれまで誠が入っていたところに足を突っ込んだ。

「何もねえって顔じゃねえよな!あれ。きっと車の中でも自分のマンションに着くまでアタシ等の悪口を言い続けるんだぜ。神前!オメエも他人事じゃねえからな!うちの部隊で一番自立してねえのはオメエだ!少しは成長しろ!オメエの悪口もあの金髪和服女は延々数時間できるだけの知識くらいはあるからな!」 

 かなめは怒りに任せてその矛先を誠に向けてきた。茜の自分達に対する横柄な態度に態度の大きさではかなめと負けていないアメリアですら大きなため息をついた。

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