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第七章 『特殊な部隊』と監視
第22話 新港の灯、監視者たち
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冬の夜。冷たい山脈越えの乾いた北風が髪をなびかせた。小型の赤外線式の暗視双眼鏡を手にした少年は小高い山の上からじっと東和でも屈指の軍港である新港沖に停泊する貨物船を眺めていた。
岸壁のクレーンがピッ、ピッと甲高い警告を吐く。海風は塩と油の匂いを運び、少年の吐息だけが白くほどけた。
「ずいぶんとまあ慎重なことで。さすがに『あれ』を運ぶにはあのくらいの護衛をつけたくなるのもわかるな。『あれ』に僕が乗ったりしたら、あのマコト・シンゼンの『光の剣』どころじゃない威力の物が出せそうだもの。しかし、『壊れた法術師』が乗るには不釣り合いだな。いっそのことこのまま僕達で奪ってしまって僕専用機にしてしまおうよ。あんな遼帝国に暮らす遼州人は原始的な農業しかできない遅れた人間達しかいないんだから。そんなことならここであれを奪って20世紀末日本の暮らしをしている東和の遼州人に対して使った方が効果的だと思うな……その方が合衆国の利益につながると思うよ……東和が保有している米国債の累計金額くらい僕だって知ってるんだ。僕が暴れてこの国が無くなればそれがすべてチャラになる。……たぶんね」
そう言って野球帽をかぶりデニム地のジャケットで身を包んだ少年は隣には、背の高い黒髪の少年……この寒さには場違いな薄手のカーディガン……。そのさらに年かさの少女に双眼鏡を渡した。
「あんなもの見る必要なんて無いわ。このまま『あれ』が何事も無く豊川市の菱川重工の中の司法局実働部隊に届くのを見守る。それが任務ですもの。それに『あれ』はあなたの物にはならない。あなたの物は現在その遅れた焼き畑農業しかできない遼州人の国の遼帝国の南都で調整中。別に作った人間が農業国の遼帝国の人間であろうが工業化の進んだ東和共和国の人間であろうが関係ないわ。元々の技術の出どころは同じなんだもの。それより今は『あれ』が第三者の手に渡ることは合衆国としても許しておくわけにはいかない。それだけの話ですもの……それにあなたが暴れればそれこそ合衆国は『ビッグブラザー』の敵として認識されることになる。それの意味することかは誰も分からない……『ビッグブラザー』本人以外は……」
手渡された双眼鏡はアメリカ製の高級セダンの運転席から身を乗り出した、背広の男に渡された。
「寒くないのか?君達は。遼州人は寒さに強いのかね。地球人の僕にはこの寒さは耐えきれないよ。恋も寒さも知らない超能力者だらけの異星人なんて、遼州人は本当に理解不能だね」
男は薄いデニム地のジャケットを引っ掛けている少年を見上げた。背広の男は両手をこすり合わせ、ブレーキランプの熱に手をかざした。少女も薄手のセーターを着込んだだけの格好で冷たい北風の中に立っていた。少年、ジョージ・クリタはうれしそうに男から再び双眼鏡を受け取って、煌々と夜間作業で貨物船から運び出されるコンテナを見つめていた。
空中にいくつか点のようなものが見えた。それが東都警察の空中待機中のドローンであることはクリタ少年にはすぐに分かった。それだけ重要なものが輸送されている。その事実をそのドローンは物語っていた。
頭上を横切るドローンの赤と緑の微灯が、霧の縁を点で縫う。プロペラの乾いた唸りが、夜の港を薄く震わせた。
「厳重な警戒とはこういうことを言うんだろうね。実際、法術関係の捜査機関が先日の同盟厚生局の暴走で再編成を迫られている時期だ。その混乱期にこれだけの護衛を付けられるとは、宇宙でも一番の豊かさを誇る東和のお巡りさんならではと言うところかな。さすがだね」
クリタ少年は笑顔でドローンが行き交う様を見上げていた。
「感心しているばかりじゃいけませんよ。ドローンの監視の目は地上にも向いている。いくら一般人の見物客を偽装していると言っても我々に注意を向けない保証はない。気を付けなさい」
男の胸の辺りまでの身長しかないクリタ少年をたしなめるように少女はそう言った。男は正直、彼女の無表情が恐ろしかった。風が前髪を払っても、少女のまぶたは一ミリも揺れない。言葉だけが温度を持つ。
少女は浮かれるクリタ少年にそう忠告した。
法術師の存在は、地球人がこの惑星領袖を発見し、先住民族『リャオ』と自称する遼州人と出合って数年で植民を始めた地球各国の首脳には知らされていた。
そしてその地球科学では解析不能な力はそれは入植の中心的役割をになっていたアメリカ軍の研究対象となった。それ以降400年、アメリカは他国が法術の存在を忘れ去っていく中でも地道に研究を続け新たなる実験材料を求めてこの『東和共和国』に暮らす遼州人との接触を続けていた。
第二惑星で硫酸の空を無毒化すると言う無茶のあるテラフォーミング業務とコロニー建設の護衛を務めていた甲武での旧日本出身の軍人による叛乱や、入植者と先住民の結束した地球からの独立運動により地球は遼州経営を諦めることになった。だがその後も地球の列強と遼州星系の国家は遼州からの出稼ぎの移民があらぬ差別を受けることになるとの理由で遼州圏の経済大国東和を説得して法術師の存在を隠していた。そして利害の一致した遼州諸国と連携して法術関係の技術の無期限凍結に関する条約を結ぶことになった。
それから400年。一人の冴えない青年、神前誠の示した法術の力が『近藤事件』という一つの事件により地球圏の各国に法術師の存在を思い出させることになった。秘密裏の研究ばかりだった法術関連技術は白日の下に晒され、違法研究を行っていた研究者の断罪を叫ぶ声が日に日に増しているところだった。
「遼州に絡むと面倒なことが起きる。今回の赴任も失敗だった……早く任期を終えて合衆国に帰りたいものだ」
男は二人の隙を突いてそんな本音を漏らしていた。
かつて法術師を創造した異世界文明が法術師の為の戦機として開発したシュツルム・パンツァーを模したオリジナル・シュツルム・パンツァー。その再現を目指し甲武国が開発した『武悪』を積んだ輸送船が東都湾外郭の軍民共用港である新港に入港しようとしていた。
「『武悪』ねえ……狂言の面の名前を呼称にするとはさすがに甲武人の貴族なんだな、嵯峨惟基と言うおっさんは。僕のオリジナルか……会ってみたい気もするな。でも今はあのおっさんはただの死なないだけの役立たず。その点、僕はあのおっさんが本来持つべきだった力のすべてを持っている。抜け殻のおっさんに会ってみても仕方が無いか」
クリタはニヤニヤと笑いながら港の光に目を向けていた。
「でも嵯峨惟基は能力を失ってからも法術師非対応の『武悪』のプロトタイプとも言える『四式試戦』を使用して遼南内戦ではあの『方天画戟』の進軍を何度も止めるという実績を積んでいるわ。抜け殻などと馬鹿にしているとあなたが逆に倒されるかもしれないわよ。それにあなたも同じ遺伝子で作られているのよ、何か感じないの?一体、何が嵯峨惟基から抜け落ちたのか。そしてその抜け落ちた力を何で補っているのか」
少女の言葉にクリタは一度顔を少女に向けるが、変わることの無い少女の表情に飽きて再び港に目を向けた。
「話は変わるけど、司法執行機関の法術使用の限定措置に関する法律。まあ試案が出来るのもそう遠くないだろうからね。その前に制限に引っかかる可能性のあるシュツルム・パンツァーを配備する。嵯峨と言う人は面白い人だね。ああ、嵯峨と言う人が抜け落ちた力を何が補っているかということね。それは所詮人間の知恵と経験と言うことくらいなんじゃないかな?僕も経験を積めばすぐに嵯峨と言う人に追いつける。スタート地点が違うんだ。勝負にならないよ。でもまあ司法局は虎の子のあれに法術使用限定をかける……司法局上層部に嵯峨から提出されている試案が通れば、『武悪』の存在は間違いなくあのちっちゃな女の子にしか見えない『真紅の粛清者』の専用機の『方天画戟』と並ぶグレーな存在だ。地球圏のどの国だってその存在を無視できない。だから合衆国は遼帝国の南都の基地で僕が起動実験をしている例のアレの完成を間に合わせようとしている。でもその前に『武悪』の本体は手元に置いて戦力として確保しておく……嵯峨はそういう男だね。どこまでもリアリストなんだよ彼は」
このとき初めて少女は笑みのようなものを浮かべて港を見つめていた。
急に少女はドアを開いて車に戻った。少年がその様子にあっけに取られていると急に強い光が彼を包み込んだ。強い光が地面の砂利粒を一つずつ起こす。二つの影が、車まですうっと伸びた。
「君達!そこで何をしている!」
東都警察の機動隊隊員と思われる二人の警官が車に近づいてくるのが見えた。それを面倒くさそうに見つめたクリタ少年はファスナーを下ろし、何事もない顔で小便を始めた。その隣でまるで表情を変えずに少女はその様子を見守っていた。
「オジサン達!ごめんね。おしっこが……」
近づいてきた警官のうち、頬に傷のある巡査長の顔に笑みが浮かんだ。
「坊ちゃん、そんなところでしちゃ駄目だよ。近くに公衆トイレがあるはずだから……」
そこまで言ったところで太り気味の方が相棒のわき腹を突いた。彼の視線が車のナンバープレートに移るとその表情に驚きが走った。巡査長の表情が一度だけ無音で切り替わる。無線のスイッチが親指の下でカチと鳴った。
「外ナンバー?地球の『合衆国』連絡事務所の専用車両ですか」
二人の表情が厳しいものに変わった。肩から提げていたカービン銃に手をかける二人。それを見て運転席の男は車から降りた。
「すみませんね。西東都市の先のカクタとか言う町の市民との交流イベントの帰りでしてね……国交がなくてもお互いその存在は意識している国ですから。この東和でも第一外国語は遼州同盟第二の経済大国であるゲルパルトのドイツ語ではなく英語なんですよね?まあ、ゲルパルトも日常会話には日本語を使用しているから問題ないと言ってしまえばそれまでですが」
アメリカ製高級電動車の運転席からの男の言葉を口をあけて聞いていた警官も相手が地球圏の連絡事務所の関係者と聞いて、ヘッドギアに付けられた通信機で本部に連絡を送った。
「本当に申し訳ないね。おう、ジョージ。済んだか?さっさと帰らないとお父さんが心配するよ」
クリタ少年は警官達が神妙な顔で本部との交信を続けているのを見て舌を出しておどけてみせた。そんな彼を軽蔑のまなざしで少女が見上げる。一瞬止んでいた北風が再び彼らの間を吹きぬけていくのを感じていた。
「そうですか。東都警察本部から後で連絡事務所に確認が行くと思いますので。それをちゃんと外務省経由で東和警察庁を経て東都警察まで書類が回るように手配してください。地球人の方々はすべての連絡事項はネットで完結するとお考えのようですが、ここは東和共和国です。この国にはこの国のルールがあります。あなた方に直接指示を出す権限はいくら首都東都の治安を守る東都警察の警察官である私にはないので。ちゃんと外務省から地方警察を統括する東和警察庁を経て東都の安全を守る我々東都警察に書面で報告する。これが決まりです。ちゃんと書面でお願いしますよ。書類がそろわない限り動かないのがこの国の仕組みです。その場合は私が本部にあげたこの車のナンバーから東和警察庁を経て外務省経由でアメリカの東都事務所に警告文が送られる仕組みになっています。一枚の書類を出すのをサボって国際問題に発展するのは嫌ですよね?それは地球圏の人達にもご理解いただきたい」
太った警官の言葉に男は愛想笑いを浮かべた。
「本当にお手間を取らせましたね。それにしてもずいぶん派手に照明を使っての搬入作業ですねえ……何を運んできたんですか?」
そんなジョージの何気ない言葉に警官達はピクリと反応した。それを見て車に乗り込もうとしていたジョージはドアに手をかけたままじっとしていた。その瞳は興味深げに警官達の反応を観察することに決めたように車の屋根をぎょろぎょろと見回した。
「残念ながらお答えできかねます。特に地球の方には関係のない話ですので」
警官の表情が凍りついた。男はさらに質問をしようと思うが、上司からの指示『目立つことはするな』と言う一言を思い出した。
「じゃあ、寒い中お仕事がんばってくださいね!おじさん達!」
そう言って男は運転席に身体を沈めた。それを見てクリタ少年は素早く車に乗り込んだ。
「お答えできませんだって!馬鹿じゃないの?あの中身が化け物みたいに強いって言われているシュツルム・パンツァーだってちょっと調べれば僕だってわかるよ……ネットの裏を見る習慣がまるで無い典型的な東和のお巡りさんがとぼけて見せる様を見るのは最高だね!」
クリタ少年はいかにも楽しそうにそう言って少女に笑いかけた。『裏側』を見る癖。地球人の男は鍵の束を持ち、東和の警官は正門だけを守る……そんな感じだ、クリタ少年はそう思った。
「仕方ないですわ。それがあの方達のお仕事ですもの。それにあなたの見ているネットはアメリカ軍の軍事機密も見ることが出来るネットですもの。誰だってあのネットを経由すればあの船が何を運んでいるかなんてすぐに調べられることですわ。そんなものを見て悦に入っていると本当にあなたのオリジナルにはいつまでたっても勝てないわよ……私がここにいる理由はあなたも知ってるんでしょ?確かに今のあなたには嵯峨惟基を倒すのは簡単かもしれない……でもあの男の横には必ず『真紅の粛清者』クバルカ・ランの姿がある。その牽制と時間稼ぎ。その為の『捨て駒』である私の立場も分かってもらいたいものだわ」
少女の顔にはどこか覚悟のようなものが一瞬だけ浮かんだのがクリタ少年には気に喰わなかった。
「確かにね……君は『捨て駒』。確かに合衆国の技術では『真紅の粛清者』に対抗する手段は無い……ただ、その『捨て駒』は捨て駒らしく肝心な時に僕をフォローしてくれればいいんだよ。そうすれば馬鹿で知られる『真紅の粛清者』は勝手に自滅してくれるかもしれない……君が『捨て駒』にならなくてもね」
運転席でハンドルを握る男の額に冷や汗が流れた。
『真紅の粛清者』クバルカ・ランの話は男も聞きたくは無かった。彼の上司もクバルカ・ランだけは刺激するなとの指示を男に出していた。
遼州系に勤務する合衆国の政府関係者にとって『真紅の粛清者』とかなめとかえでの母である『甲武の鬼姫』の二人の存在はアンタッチャブルな存在と言えた。その絶対に地球科学では到達不可能な法術師の存在は合衆国の大遼州圏政策の主軸を成す一つの軸と言えるものだった。
その一人の名を平然と口にする後部座席に座る二人のとりとめのない話題に苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ見物はこれくらいにしようか」
運転席の男はそう言うとそのまま車をバックさせた。
「運転は慎重にしてよ。ここで事故ってさっきの警察官に救援を呼ばれたら面倒なことになるからね」
クリタ少年は残忍な笑みを浮かべながらバックミラー越しに運転するサングラスの男に目をやった。
「言われなくても……こちらは大人だ。君に意見される筋合いはない」
クリタ少年の言葉に苦笑いを浮かべながら男は車を国道に続く側道に向けた。タイヤが砂利をざりと押し、赤いテールが闇に針の跡を残した。
岸壁のクレーンがピッ、ピッと甲高い警告を吐く。海風は塩と油の匂いを運び、少年の吐息だけが白くほどけた。
「ずいぶんとまあ慎重なことで。さすがに『あれ』を運ぶにはあのくらいの護衛をつけたくなるのもわかるな。『あれ』に僕が乗ったりしたら、あのマコト・シンゼンの『光の剣』どころじゃない威力の物が出せそうだもの。しかし、『壊れた法術師』が乗るには不釣り合いだな。いっそのことこのまま僕達で奪ってしまって僕専用機にしてしまおうよ。あんな遼帝国に暮らす遼州人は原始的な農業しかできない遅れた人間達しかいないんだから。そんなことならここであれを奪って20世紀末日本の暮らしをしている東和の遼州人に対して使った方が効果的だと思うな……その方が合衆国の利益につながると思うよ……東和が保有している米国債の累計金額くらい僕だって知ってるんだ。僕が暴れてこの国が無くなればそれがすべてチャラになる。……たぶんね」
そう言って野球帽をかぶりデニム地のジャケットで身を包んだ少年は隣には、背の高い黒髪の少年……この寒さには場違いな薄手のカーディガン……。そのさらに年かさの少女に双眼鏡を渡した。
「あんなもの見る必要なんて無いわ。このまま『あれ』が何事も無く豊川市の菱川重工の中の司法局実働部隊に届くのを見守る。それが任務ですもの。それに『あれ』はあなたの物にはならない。あなたの物は現在その遅れた焼き畑農業しかできない遼州人の国の遼帝国の南都で調整中。別に作った人間が農業国の遼帝国の人間であろうが工業化の進んだ東和共和国の人間であろうが関係ないわ。元々の技術の出どころは同じなんだもの。それより今は『あれ』が第三者の手に渡ることは合衆国としても許しておくわけにはいかない。それだけの話ですもの……それにあなたが暴れればそれこそ合衆国は『ビッグブラザー』の敵として認識されることになる。それの意味することかは誰も分からない……『ビッグブラザー』本人以外は……」
手渡された双眼鏡はアメリカ製の高級セダンの運転席から身を乗り出した、背広の男に渡された。
「寒くないのか?君達は。遼州人は寒さに強いのかね。地球人の僕にはこの寒さは耐えきれないよ。恋も寒さも知らない超能力者だらけの異星人なんて、遼州人は本当に理解不能だね」
男は薄いデニム地のジャケットを引っ掛けている少年を見上げた。背広の男は両手をこすり合わせ、ブレーキランプの熱に手をかざした。少女も薄手のセーターを着込んだだけの格好で冷たい北風の中に立っていた。少年、ジョージ・クリタはうれしそうに男から再び双眼鏡を受け取って、煌々と夜間作業で貨物船から運び出されるコンテナを見つめていた。
空中にいくつか点のようなものが見えた。それが東都警察の空中待機中のドローンであることはクリタ少年にはすぐに分かった。それだけ重要なものが輸送されている。その事実をそのドローンは物語っていた。
頭上を横切るドローンの赤と緑の微灯が、霧の縁を点で縫う。プロペラの乾いた唸りが、夜の港を薄く震わせた。
「厳重な警戒とはこういうことを言うんだろうね。実際、法術関係の捜査機関が先日の同盟厚生局の暴走で再編成を迫られている時期だ。その混乱期にこれだけの護衛を付けられるとは、宇宙でも一番の豊かさを誇る東和のお巡りさんならではと言うところかな。さすがだね」
クリタ少年は笑顔でドローンが行き交う様を見上げていた。
「感心しているばかりじゃいけませんよ。ドローンの監視の目は地上にも向いている。いくら一般人の見物客を偽装していると言っても我々に注意を向けない保証はない。気を付けなさい」
男の胸の辺りまでの身長しかないクリタ少年をたしなめるように少女はそう言った。男は正直、彼女の無表情が恐ろしかった。風が前髪を払っても、少女のまぶたは一ミリも揺れない。言葉だけが温度を持つ。
少女は浮かれるクリタ少年にそう忠告した。
法術師の存在は、地球人がこの惑星領袖を発見し、先住民族『リャオ』と自称する遼州人と出合って数年で植民を始めた地球各国の首脳には知らされていた。
そしてその地球科学では解析不能な力はそれは入植の中心的役割をになっていたアメリカ軍の研究対象となった。それ以降400年、アメリカは他国が法術の存在を忘れ去っていく中でも地道に研究を続け新たなる実験材料を求めてこの『東和共和国』に暮らす遼州人との接触を続けていた。
第二惑星で硫酸の空を無毒化すると言う無茶のあるテラフォーミング業務とコロニー建設の護衛を務めていた甲武での旧日本出身の軍人による叛乱や、入植者と先住民の結束した地球からの独立運動により地球は遼州経営を諦めることになった。だがその後も地球の列強と遼州星系の国家は遼州からの出稼ぎの移民があらぬ差別を受けることになるとの理由で遼州圏の経済大国東和を説得して法術師の存在を隠していた。そして利害の一致した遼州諸国と連携して法術関係の技術の無期限凍結に関する条約を結ぶことになった。
それから400年。一人の冴えない青年、神前誠の示した法術の力が『近藤事件』という一つの事件により地球圏の各国に法術師の存在を思い出させることになった。秘密裏の研究ばかりだった法術関連技術は白日の下に晒され、違法研究を行っていた研究者の断罪を叫ぶ声が日に日に増しているところだった。
「遼州に絡むと面倒なことが起きる。今回の赴任も失敗だった……早く任期を終えて合衆国に帰りたいものだ」
男は二人の隙を突いてそんな本音を漏らしていた。
かつて法術師を創造した異世界文明が法術師の為の戦機として開発したシュツルム・パンツァーを模したオリジナル・シュツルム・パンツァー。その再現を目指し甲武国が開発した『武悪』を積んだ輸送船が東都湾外郭の軍民共用港である新港に入港しようとしていた。
「『武悪』ねえ……狂言の面の名前を呼称にするとはさすがに甲武人の貴族なんだな、嵯峨惟基と言うおっさんは。僕のオリジナルか……会ってみたい気もするな。でも今はあのおっさんはただの死なないだけの役立たず。その点、僕はあのおっさんが本来持つべきだった力のすべてを持っている。抜け殻のおっさんに会ってみても仕方が無いか」
クリタはニヤニヤと笑いながら港の光に目を向けていた。
「でも嵯峨惟基は能力を失ってからも法術師非対応の『武悪』のプロトタイプとも言える『四式試戦』を使用して遼南内戦ではあの『方天画戟』の進軍を何度も止めるという実績を積んでいるわ。抜け殻などと馬鹿にしているとあなたが逆に倒されるかもしれないわよ。それにあなたも同じ遺伝子で作られているのよ、何か感じないの?一体、何が嵯峨惟基から抜け落ちたのか。そしてその抜け落ちた力を何で補っているのか」
少女の言葉にクリタは一度顔を少女に向けるが、変わることの無い少女の表情に飽きて再び港に目を向けた。
「話は変わるけど、司法執行機関の法術使用の限定措置に関する法律。まあ試案が出来るのもそう遠くないだろうからね。その前に制限に引っかかる可能性のあるシュツルム・パンツァーを配備する。嵯峨と言う人は面白い人だね。ああ、嵯峨と言う人が抜け落ちた力を何が補っているかということね。それは所詮人間の知恵と経験と言うことくらいなんじゃないかな?僕も経験を積めばすぐに嵯峨と言う人に追いつける。スタート地点が違うんだ。勝負にならないよ。でもまあ司法局は虎の子のあれに法術使用限定をかける……司法局上層部に嵯峨から提出されている試案が通れば、『武悪』の存在は間違いなくあのちっちゃな女の子にしか見えない『真紅の粛清者』の専用機の『方天画戟』と並ぶグレーな存在だ。地球圏のどの国だってその存在を無視できない。だから合衆国は遼帝国の南都の基地で僕が起動実験をしている例のアレの完成を間に合わせようとしている。でもその前に『武悪』の本体は手元に置いて戦力として確保しておく……嵯峨はそういう男だね。どこまでもリアリストなんだよ彼は」
このとき初めて少女は笑みのようなものを浮かべて港を見つめていた。
急に少女はドアを開いて車に戻った。少年がその様子にあっけに取られていると急に強い光が彼を包み込んだ。強い光が地面の砂利粒を一つずつ起こす。二つの影が、車まですうっと伸びた。
「君達!そこで何をしている!」
東都警察の機動隊隊員と思われる二人の警官が車に近づいてくるのが見えた。それを面倒くさそうに見つめたクリタ少年はファスナーを下ろし、何事もない顔で小便を始めた。その隣でまるで表情を変えずに少女はその様子を見守っていた。
「オジサン達!ごめんね。おしっこが……」
近づいてきた警官のうち、頬に傷のある巡査長の顔に笑みが浮かんだ。
「坊ちゃん、そんなところでしちゃ駄目だよ。近くに公衆トイレがあるはずだから……」
そこまで言ったところで太り気味の方が相棒のわき腹を突いた。彼の視線が車のナンバープレートに移るとその表情に驚きが走った。巡査長の表情が一度だけ無音で切り替わる。無線のスイッチが親指の下でカチと鳴った。
「外ナンバー?地球の『合衆国』連絡事務所の専用車両ですか」
二人の表情が厳しいものに変わった。肩から提げていたカービン銃に手をかける二人。それを見て運転席の男は車から降りた。
「すみませんね。西東都市の先のカクタとか言う町の市民との交流イベントの帰りでしてね……国交がなくてもお互いその存在は意識している国ですから。この東和でも第一外国語は遼州同盟第二の経済大国であるゲルパルトのドイツ語ではなく英語なんですよね?まあ、ゲルパルトも日常会話には日本語を使用しているから問題ないと言ってしまえばそれまでですが」
アメリカ製高級電動車の運転席からの男の言葉を口をあけて聞いていた警官も相手が地球圏の連絡事務所の関係者と聞いて、ヘッドギアに付けられた通信機で本部に連絡を送った。
「本当に申し訳ないね。おう、ジョージ。済んだか?さっさと帰らないとお父さんが心配するよ」
クリタ少年は警官達が神妙な顔で本部との交信を続けているのを見て舌を出しておどけてみせた。そんな彼を軽蔑のまなざしで少女が見上げる。一瞬止んでいた北風が再び彼らの間を吹きぬけていくのを感じていた。
「そうですか。東都警察本部から後で連絡事務所に確認が行くと思いますので。それをちゃんと外務省経由で東和警察庁を経て東都警察まで書類が回るように手配してください。地球人の方々はすべての連絡事項はネットで完結するとお考えのようですが、ここは東和共和国です。この国にはこの国のルールがあります。あなた方に直接指示を出す権限はいくら首都東都の治安を守る東都警察の警察官である私にはないので。ちゃんと外務省から地方警察を統括する東和警察庁を経て東都の安全を守る我々東都警察に書面で報告する。これが決まりです。ちゃんと書面でお願いしますよ。書類がそろわない限り動かないのがこの国の仕組みです。その場合は私が本部にあげたこの車のナンバーから東和警察庁を経て外務省経由でアメリカの東都事務所に警告文が送られる仕組みになっています。一枚の書類を出すのをサボって国際問題に発展するのは嫌ですよね?それは地球圏の人達にもご理解いただきたい」
太った警官の言葉に男は愛想笑いを浮かべた。
「本当にお手間を取らせましたね。それにしてもずいぶん派手に照明を使っての搬入作業ですねえ……何を運んできたんですか?」
そんなジョージの何気ない言葉に警官達はピクリと反応した。それを見て車に乗り込もうとしていたジョージはドアに手をかけたままじっとしていた。その瞳は興味深げに警官達の反応を観察することに決めたように車の屋根をぎょろぎょろと見回した。
「残念ながらお答えできかねます。特に地球の方には関係のない話ですので」
警官の表情が凍りついた。男はさらに質問をしようと思うが、上司からの指示『目立つことはするな』と言う一言を思い出した。
「じゃあ、寒い中お仕事がんばってくださいね!おじさん達!」
そう言って男は運転席に身体を沈めた。それを見てクリタ少年は素早く車に乗り込んだ。
「お答えできませんだって!馬鹿じゃないの?あの中身が化け物みたいに強いって言われているシュツルム・パンツァーだってちょっと調べれば僕だってわかるよ……ネットの裏を見る習慣がまるで無い典型的な東和のお巡りさんがとぼけて見せる様を見るのは最高だね!」
クリタ少年はいかにも楽しそうにそう言って少女に笑いかけた。『裏側』を見る癖。地球人の男は鍵の束を持ち、東和の警官は正門だけを守る……そんな感じだ、クリタ少年はそう思った。
「仕方ないですわ。それがあの方達のお仕事ですもの。それにあなたの見ているネットはアメリカ軍の軍事機密も見ることが出来るネットですもの。誰だってあのネットを経由すればあの船が何を運んでいるかなんてすぐに調べられることですわ。そんなものを見て悦に入っていると本当にあなたのオリジナルにはいつまでたっても勝てないわよ……私がここにいる理由はあなたも知ってるんでしょ?確かに今のあなたには嵯峨惟基を倒すのは簡単かもしれない……でもあの男の横には必ず『真紅の粛清者』クバルカ・ランの姿がある。その牽制と時間稼ぎ。その為の『捨て駒』である私の立場も分かってもらいたいものだわ」
少女の顔にはどこか覚悟のようなものが一瞬だけ浮かんだのがクリタ少年には気に喰わなかった。
「確かにね……君は『捨て駒』。確かに合衆国の技術では『真紅の粛清者』に対抗する手段は無い……ただ、その『捨て駒』は捨て駒らしく肝心な時に僕をフォローしてくれればいいんだよ。そうすれば馬鹿で知られる『真紅の粛清者』は勝手に自滅してくれるかもしれない……君が『捨て駒』にならなくてもね」
運転席でハンドルを握る男の額に冷や汗が流れた。
『真紅の粛清者』クバルカ・ランの話は男も聞きたくは無かった。彼の上司もクバルカ・ランだけは刺激するなとの指示を男に出していた。
遼州系に勤務する合衆国の政府関係者にとって『真紅の粛清者』とかなめとかえでの母である『甲武の鬼姫』の二人の存在はアンタッチャブルな存在と言えた。その絶対に地球科学では到達不可能な法術師の存在は合衆国の大遼州圏政策の主軸を成す一つの軸と言えるものだった。
その一人の名を平然と口にする後部座席に座る二人のとりとめのない話題に苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ見物はこれくらいにしようか」
運転席の男はそう言うとそのまま車をバックさせた。
「運転は慎重にしてよ。ここで事故ってさっきの警察官に救援を呼ばれたら面倒なことになるからね」
クリタ少年は残忍な笑みを浮かべながらバックミラー越しに運転するサングラスの男に目をやった。
「言われなくても……こちらは大人だ。君に意見される筋合いはない」
クリタ少年の言葉に苦笑いを浮かべながら男は車を国道に続く側道に向けた。タイヤが砂利をざりと押し、赤いテールが闇に針の跡を残した。
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