遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第八章 『特殊な部隊』と祭りの後

第23話 帰投、紅と黒

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「もうすぐ着くぞ!起きろ!まったく神前は車の中では寝てるか吐いてるかどっちかだな!」 

 怒鳴るような島田の声で誠は05式を積んだトラクターヘッドの後部座席で目を覚ました。その島田の声よりもキャビンに漂う05式の機体の固定に使っていたゴムの放つ異臭が誠の意識を現実に引き戻した。誠は首を下げて寝ていた筋肉の痛みを感じながらすっかり日の暮れた車外を見回そうと窓の外に目をやった。そこには見慣れた『菱川重工豊川工場』に続く産業道路のいつもの殺風景な光景があった。

 荷台で固定された05式の影が、街灯ごとに窓ガラスを横切る刃みたいに走った。ディーゼルの低い鼓動と、油の匂い。舌に缶コーヒーの金気が残っている。

 東和陸軍下志野基地祭で東和陸軍の装備目当てで来たミリタリーファンの視線を奪い取って、注目度で圧倒したのは誠の愛機05式乙型だった。『近藤事件』、『バルキスタン三日戦争』そして『厚生局違法法術研究事件』で次々とメディアに登場したその機体は注目の的だった。

 誠はその期待のパイロットと言うこことで隣に立っていただけで、ミリタリーマニアから単なる近くの住民まで説明や記念写真を求められた。まるでスターにでもなったようだとはいえ、そんなものには興味の無かった誠にはただ知らない人と接して疲れ切っただけだった。話しかけてくる女子達も誠が望むような『恋愛を望む女子』ではなく単なる『ミリオタ女子』ばかりであり、今日もまた誠は『モテない宇宙人』である『モテない遼州人』のままだった。

 そんな観客の注目を浴びて一躍ヒーロー扱いされていた『特殊な部隊』の面々を尻目に、本来は主役であるはずの東和陸軍展示の最新鋭飛行戦車11式の周りが閑古鳥が鳴いている様を見せつけられて嫉妬に目を光らせている東和陸軍の兵士達の生ぬるい視線を浴びるのに疲れて、05式をトレーラーに搭載する作業が終わると誠はトレーラーの後部座席で熟睡してしまっていた。

「ああ……」 

「大丈夫か?かなり疲れていたみたいだが……貴様は乗り物や低重力だけでなく人にまで酔うのか?その体質をどうにかしろ……ただし無理はするな。ただでさえクバルカ中佐のしごきで貴様がいつも疲れているのは私も理解しているつもりだ」 

 隣に寄り添っていたカウラに気づいて誠は起き上がった。街灯の明かりがその緑色のポニーテールをオレンジ色の混じった微妙な色に染め上げていた。

「ああ、大丈夫ですよ。それより西園寺さんは?」 

「ああ、西園寺か。アイツなら貴様の人気に嫉妬して狸寝入りを決め込んでる。あの女達はアメリアみたいな『ミリオタ女子』と呼ばれるどんなに見てくれが良くても自分をモテないと信じ込んでいる遼州人のモテない女子で神前自身に関心があるわけではないのだと何度説明しても理解しようとしない。困った奴だ」 

 がっかりしたような表情でカウラが前の椅子に目をやった。手が軽く振られてそこにかなめが座っているのが分かった。トレーラーが止まった。窓を開けて、島田が助手席から身を乗り出して叫んでいた。外を見ると見慣れた司法局実働部隊の基地のコンクリートの壁が見えた。

 再びトレーラーはゆっくりと走り出した。誠は起き上がり、乱れていた作業服の襟元を整えた。格納庫のナトリウム灯が、05式の装甲を鈍い蜜色に染めていた。床のチョーク線にタイヤが擦れ、紙ファイルのラミネートがぱきと鳴る。

「ああ、今日は再起動はしない予定だからな。バッテリーを無駄に使ってまた菰田の奴から『アレは高いんだ!出来るだけ使うな!』とかデカい顔されるのが嫌なんだよ。定位置への移動はクレーンを使って俺達がやってすべてやっとく。それに帰投の報告は俺が隊長にしておくから神前は帰っていいぞ」 

 島田の言葉がぼんやりとした頭の中に響いた。不安そうにカウラは誠の顔をのぞきこんだ。トレーラーはそのままハンガーへと進んでいった。

「到着!お疲れ!」 

 そう言ってドアを外から叩くのはアメリアだった。もうすでに日はとっぷりと暮れていた。定時はとっくに過ぎていた。

「お前暇なのか?それとも今日は昨日のデバッグ作業の続きという遊びか?あんなエロいゲームのデバッグなんて……どうせ一人でエロい事でもしてたんだろ?」 

 ドアを開けてかなめがトラクターから飛び降りた。誠も彼女に続きゆったりとした足取りで慣れた雰囲気のハンガーに降り立った。

「失礼ね!今日はデバッグ作業どころじゃなかったの!さっき東都の同盟機構軍用艦船幹部会議から帰ったところよ……それにしても誠ちゃん眠そうね」 

 相変わらず紺色の長い髪をなびかせながら、珍しいものを見るような視線をアメリアは誠に向けた。島田はすでに待機していた部下達に指示書を渡して点検作業に取り掛かろうとしていた。

「眠いです……今日は人ごみに揉まれて……疲れました」

 誠は立っているのもやっとと言うような眠気と戦いながらゆっくりとトレーラーのキャビンから地上に降り立った。

「ああ、カウラちゃん。実はお願いがあるんだけど……聞いてくれるかしら?」

 アメリアはそう言ってカウラの表情を伺うように長身の腰をかがめた。 

「寮まで送れってことか?貴様はまるで自分で運転すると言うことはしないんだな。まあ私達は今日はすることも無いからな。良いだろう、送ろう」 

 そう言うとカウラは奥の更衣室に向かう階段を登り始めた。誠、かなめも彼女に続いた。ハンガー脇の管理部の部屋の明かりは煌々と輝き、中では管理部部長の高梨に説教されている菰田の姿が見えた。残業しているのは管理部長の高梨と経理課長代理の菰田。そしてパートリーダーの白石さんだけだった。温厚な高梨の理詰めの説教に冷や汗をかいて黙り込む菰田を他所に白石さんは年末調整の書類の配布準備のため印字された薄紙を茶封筒に入れる作業を続けていた。

 誠はわざと中を見ないようにと心がけながら実働部隊の部屋の扉に手をかけた。

「おう、帰ってきたか。ごくろーさんだな」  

 機動部隊の詰め所に入ると上からの作業灯が一灯だけ。モニタの排熱で空気がゆらぎ、紅と黒の機影が壁に映ってはほどける。ランは足首だけを同じ速度で揺らしていた。機動部隊隊長の椅子には足をぶらぶらさせているランが座って難しい顔で端末の画面を眺めていた。そんな子供じみた態度を取りながらもその鋭い眼光には人を恐れさせる何かがある。誠がいつランを見てもそう感じるのが不思議なことだった。

「おう、姐御……ってやっぱりこれかよ。また面倒ごとが一つ増えやがった」 

 部屋に飛び込んでランの後ろに回りこんだかなめはがっかりしたように額に右手を当てた。部屋の明かりはランの上の一つを除いて落とされている。静かな室内に誠達の足音だけが響いた。

「オメー等も知ってたか。でもなー。アタシはこいつには乗りたくねーんだよな。いや、もう二度と乗らねーと決めてるんだ。アレは穢れた機体だ。一度生き直すと決めたアタシは二度と乗りたくねー。あの殺す殺されるの地獄の日々はもうたくさんだ」 

 再びランはため息をついた。画面にはランの専用機として配備予定の『方天画戟』の画像が映っていた。

 パーソナルカラーの紅と黒で塗装された機体。特徴的な額の角のように見える法術監視型レーダー。画像に映っているのは宇宙での模擬戦闘の様子だった。東和の前世代型のシュツルム・パンツァーである自動操縦の89式や02式が次々と撃破されていく様は、さすがに本当の意味でシュツルム・パンツァーと呼べる特機と言わしめた威力を知らしめるものだった。

「結構動くもんだねえ。そう言えばこいつには新採用の波動パルスエンジンが09式に搭載する予定で開発された奴のボアアップしたバージョンを搭載しているんだって話だよな。かなりの馬力だな」 

 かなめは感心した調子で画面の中で05式では考えられない機動を見せる『方天画戟』の動きを眺めていた。

「まあな。出力的には以前の前世代対消滅エンジンの10パーセント増しくらいだが吹き上がりが全然違うからな。さもなきゃこんな機動は取れねーよ。まあ、『武悪ぶあく』の特殊な構造のエンジンは別としての話だがな。アレのエンジンは特殊過ぎる。あんなものに耐えられるアクチュエーターなんてまだ開発されてねーぞ。まったくエンジンばかりでかくなったってそれに似合う手足を動かすアクチュエーターが無ければ宝の持ち腐れじゃねーか」 

 紅い機体の圧倒的な勝利に終わる模擬戦闘訓練を見ながらランは浮かない顔で誠達を見上げてきた。

「なんだよ、ずいぶん乗り気じゃないみてえじゃねえか。何かあったのか?」 

 ランはかなめの言葉を聞くと彼女の顔を見上げる。そして目をそらして大きなため息をついた。その挑戦的な態度に拳を握り締めるかなめを押しのけるとカウラはランの目の前の書類を手に取った。

「『新装備関連予算計上に関する報告』?やっぱり予算がらみの話ですか」 

 乾いた笑いを浮かべるカウラの言葉に静かにランはうなずいた。ランの機動部隊長の机にはいつも置いてある将棋盤の姿はなく、代わりに表紙の角に第○号のナンバー印の箱がある。机の周りでは朱肉とトナーの匂いが漂っていた。ランのちっちゃな指には朱のにじみが見える。開いた数字の並ぶ印字された表には欄外のメモにランの筆跡で『アクチュエータ損耗率 38%』、『予備率 再算定』と鉛筆で記された文字が躍っていた。

 嵯峨の『武悪』、ランの『方天画戟』どれも軍の規格を適用すれば確実に失格とされることは間違いない機体だった。開発コストや生産コストがもし半分以下だったとしても採用に踏み切る軍は存在しないだろう。それにその繊細な部品の精度を保ち続けることにかかる維持コストはその軍の予算担当者を間違いなく発狂させることになるレベルである。要求される予備部品の精度とそれで発生する部品のロスの多さは遼帝国の国立博物館でスクラップ同然の状態で展示されていた『方天画戟』の修理改修を依頼されていた菱川重工のトップもためらうほどのものだった。そしてそれを運用状態に持ち込むまでにかかる作業量は想像を絶するもので、それがもたらす仕事環境の変化を予想して島田などはすでに頭を抱えているように見えた。

「こんな金食い虫なんか遼帝国の国立博物館にでも返品したらいいんじゃないですか?そんな予算、うちに無いでしょ?それがあるならとっと第二小隊の機体を用意してくださいよ」 

 アメリアの言葉に一瞬光明を見出したような明るい表情で顔を上げるランだが、すぐに落ち込んで下を向いてしまった。

「それができりゃー苦労はしねーんだよ。アタシだってこんな化け物は要らねーんだ。よっぽど使える第二小隊の05式三機の引き渡しを済ませてー……はあー」 

 再びランは大きくため息をついた。

「中佐殿!」 

 突然アメリアが直立不動の姿勢をとって叫ぶ。

「お?おい……うむ……なんだ?」 

 アメリアの言葉に怯みつつランは恐る恐るその表情をうかがう。誠は嫌な予感に包まれながら突然の真剣な表情のアメリアを見つめた。カウラもかなめも同じような考えが浮かんだらしく、カウラは呆れて、かなめはニヤニヤ笑いながらランとアメリアを見つめていた。

「実は今の中佐殿の姿に萌えてしまいました。抱きしめる許可を頂きたいのですが!」 

 アメリアの突然の発言に全員の目が点になった。アメリアの脳内はいつものように腐っていた。

「馬鹿野郎!下らねーことを考えるのはやめろ!」 

 誠の予想したとおりの言葉を発するアメリアをランは真っ赤になって怒鳴りつけて目の前の予算関係の書類を手に取った。

「もうっ!本当にかわいいんだからランちゃんは!」 

「おい、クラウゼ。一遍死ぬか?いや死んだ方がいい、なんなら殺してやろうか?」 

「まあっ!ランちゃんたら怖い!」 

 そう言って弾力がありそうなランの頬を突こうとするアメリアだがランはその指を叩き落した。アメリアは少し残念そうな顔でランを見つめた。

「オメー等はっきり言って邪魔だ!帰っちまえ!とっとと!」 

「そう言うことなら……なあ」 

 ランにどやされると笑いながらかなめはアメリアとカウラに目をやった。

「それでは失礼します!」 

 そう言い切ってカウラは敬礼をしてドアに向かった。

「おー!失礼しろ!とっとと帰れ!」 

 やけになったランの声が響いた。かなめは腕を頭の後ろに回してそのままカウラの後に続いた。アメリアは妖しい笑みを浮かべながらちらちらとランを覗き見るがランが握りこぶしを固めているのを見て足早に廊下に出た。

「じゃあ副隊長殿のお言葉通り着替えて帰るぞ!」 

 かなめはそう言うと更衣室に向かった。法術特捜の仮本部からも光が漏れていた。いわゆる本部に設置される法術特捜本部の設置の提案書でも茜が作っているのだろう。そんな事を誠は考えていた。

 この数日で明らかに隊には張りつめた空気が漂っていた。新型機、それも運用自体のサンプルが取れない高品位機体を受け入れる。緊張感は誰の顔を見ても感じられた。

 再びガラス張りの管理部の部屋の前を通るとパートのおばちゃん達の姿こそなかったが、説教を続ける高梨とそれを受ける菰田。そして菰田のやるべき仕事を代行しているのであろうパートリーダーの白石さんの姿だけがあった。菰田は端末の前に置かれたキーボードを叩き続け、白石さんは相変わらず封筒を折る作業を続けていた。

「管理部の連中はこのまま深夜残業か?毎年毎年年末調整のお仕事ご苦労様だな。年末の恒例行事とは言え……菰田の馬鹿がいくら残業しても予算は増えねえのに……まあ、白石さんは残業代が出るから良いかもしれないけど。それでも無い袖は振れねえだろ」 

 煌々と照らされた管理部の電灯の光を見て、かなめは皮肉めいた笑みを浮かべて振り返った。かなめらしいと思いながら誠は男子更衣室に入った。電気をつけた。誰もいないのに誠は安心した。だが、後ろに気配を感じて振り返った。

「西園寺さん!」 

「はい、着替えろ。とっとと……」 

 誠にどさくさ紛れにくっついて男子更衣室に侵入しようとして来るかなめに向って誠は真剣な顔をして振り返った。

「出てってください!ここは男子更衣室です!僕は着替えますから!」 

 かなめの笑顔が仏頂面に変わる。しばらくにらみ合いを続けるが諦めたようにかなめは出て行った。

「なに考えてるのかなあ……西園寺さんにしろ日野少佐にしろ妙に距離が近いんだよな……地球の血を継ぐとそんなに男女の距離は近くなるのか?遼州人の僕には理解できないや」 

 独り言を言いながら誠は作業服のボタンに手をかけた。

 着替えながら誠はぼんやりと考えていた。新型機の導入。それによる部隊の変化。誠の配属以来、人の出入りならかなりあった司法局実働部隊も、ようやくメンバーが固定できてきて本格稼動状態にあると彼にも思えていた。

 だが『武悪』導入の知らせの後の部隊には妙な緊張感が漂っていた。

「おい!まだか?」 

 更衣室の外でかなめが叫んでいた。彼女はただ作業着を脱いでジーンズを履くだけなので着替えは早い。戦闘用義体は酷寒状況下でも戦闘が続行できるように出来ている為、かなめは年中黒いタンクトップで過ごすことも出来た。さすがに人の目が気になるようで、出かけるときはダウンジャケットやスタジアムジャンパーを着込むこともあるが、たぶん外ではそれを抱えながらニヤニヤと笑っていることだろう。

「遅せえなあ!いっそのことアタシが手伝おうか?」 

 上機嫌でかなめが叫ぶ声が聞こえる。誠は焦って上着のボタンを掛け違えていることに気づいてやり直した。

「早くしろよ!今日は飲みに行きたい気分なんだ!先に月島屋に行ってるからオメエは歩いて来い!」 

 今度は更衣室のドアを叩き始めた。周りには隣の女子更衣室にいるカウラとアメリアの他に人の気配が無い。そうなればかなめの暴走を止める人は誰もいないということになった。さらに焦ってジャケットがハンガーに引っかかっているのに引っ張ったせいで弓のように力を溜め込んだハンガーの一撃が誠の顔面に直撃した。

「なに?誠ちゃんまだなの?」 

 どうやら着替えを終えたようでアメリアの声までもが聞こえた。たぶんかなめを煽ろうと悪い笑顔を浮かべている様が誠にも想像できた。上着がちぎれたハンガーの針金に引っかかっていた。誠は焦りながらどうにか外そうとした。

「いやらしいことでもしてるんじゃないか?どうせ童貞だから」 

「まったく貴様や日野や渡辺じゃあるまいし。神前がそんなことを職場でするわけがない」 

 今度聞こえたのはカウラの声だった。三人の年上に見える女性に着替えを待たれる。これは誠にとっては大変なプレッシャーになっていた。とりあえず深呼吸。そして針金を凝視して上着の裏地に引っかかっている部分に手を伸ばした。

「遅いぞ!先に行ってるからな!歩いて来いよ!」 

 ついに堪忍袋の緒が切れたかなめが叫ぶとドアを開いて入ってきた。

「デリカシーが無いのかしらね」 

 アメリアはかなめの後ろでそうつぶやいた。ずかずか入ってきて誠しかいない男子更衣室を見回してにやけるかなめに誠は心底呆れ果てていた。

「まだか?」

 ニヤニヤ笑いながら誠の目の前で誠の着替えを見守るかなめに誠はため息をついた。

「見れば分かるでしょ!まだですよ!西園寺さんの男子更衣室に勝手に入ってくるそのデリカシーの無さはなんとかなりませんか?」

 短気な彼女を待たせまいと誠は急いで作業服のズボンを脱いで私服のジーンズを履こうとする。

「西園寺にデリカシーを期待する神前は間違っているな。私はそんなものは最初から期待していない」 

 カウラはドアの外から中をのぞきこみながらそう言ってため息をついた。その隣ではアメリアが微笑んでいた。

「何してんだよ……ああ、引っかかったんだ。本当にグズだな」 

 そう言うとかなめは誠からジャケットを奪い取り力任せに引っ張った。金属ハンガーがぐいと弓なりにしなり、次の瞬間ビョンと戻って眉間をはたいた。赤い痛みが星みたいに弾けた。

 ドアの下から影がスーッ。いやな予感はたいてい当たる。

『あ……』 

 誠とかなめ。二人の言葉がシンクロした。ジャケットの裏の生地が真っ二つに裂けていた。

「やっちゃった……」 

 アメリアがうれしそうにつぶやいた。かなめはしばらくじっと手にある破れた誠のジャケットを凝視していた。

「コートがあるから大丈夫だろ?どうせ西園寺ならそのくらい楽に弁償できるだろうからな」 

 そう言うとカウラは腰につけたポーチから車の鍵を取り出して歩いていくのが見えた。

「西園寺さん……」 

 誠は泣きそうな顔で上司であるかなめを見上げることしか出来なかった。

「わかった!弁償してやるよ!ついでに月島屋で飲むからな!ついて来い!」

 投げやりに叫ぶかなめを恨みの混じった視線で見つめながら、誠はロッカーから取り出したコートを羽織ってカウラ達の後に続いた。誠はとりあえず車内で寝たので飲みの席でも醜態をさらさない程度の体力は回復していた。

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