遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十一章 『特殊な部隊』と同期

第29話 ロールアウト以来の再会

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「ここかよ、また。……ま、気楽でいいけどよ」 

 ランは上座で一人、手酌で日本酒を飲みながら短い足を投げ出していた。月島屋の二階の座敷。何度となく来ているだけにランの苦笑いも誠には理解できた。

「でも……いいの?私達までカウラちゃんのおごりなんて……ランちゃんがいつもここは払うと言うのにランちゃんの『ここはベルガーの女としての顔を立てろ』の一言でカウラちゃんの払い。まあ、ランちゃんが払うにしろカウラちゃんが払うにしろタダで酒が飲めるのは良いことなんだけどね」 

 そう言いながら小夏が出してくれた突き出しの胡麻豆腐を肴に、アメリアはビールを飲んでいた。アメリアのわき腹をサラがつつき困った顔を浮かべるが、まるで気にする様子も無くアメリアはジョッキを傾けた。

「私達にとってはベルガー大尉と同じ妹に当たるんですね。本当に楽しみですね」 

 常識人のパーラも同じ『ラスト・バタリオン』の妹に当たるエルマを迎えることがうれしいようで笑顔でそう言った。

「でも残念ですね。島田先輩は別件があるって言ってましたから……例の『武悪ぶあく』の搬入絡みですか?」 

 いつもはこういう席には欠かせない盛り上げると言ったらこの男の整備班班長島田正人准尉の姿が無いのが誠には少し残念だった。そしてあの超兵器『武悪』の搬入が間近に迫っていることが誠にも気になった。

「神前君。気にしなくても良いって!正人には他の女の人には会わせたくないの。私と言う立派な彼女が居るんだから!」 

 ピンクの髪を振りながらサラが元気に答えた。誠も笑みを浮かべながら主賓の到着を待っていた。

「すまん、待たせたな……って、同僚達も一緒か?」 

 階段から、エルマが顔を出した。青いショートボブ。抱えたコートの裾が一度だけ風を孕み、眼鏡のレンズに階段灯が四角く走る。緊張が肩に残っているのが、見て取れた。階段からコートを抱えた青い髪のエルマが顔を出した。アメリアが隣の席に座れと指差すが、愛想笑いを浮かべたエルマはそのままかなめの隣のカウラと向かい合うテーブルの前に腰掛けた。

 思わずカウラとエルマの視線が合った。そこに思い出されるのは二人に共有された初めて二人が出会った時の光景だった。

 消毒液とオゾンの匂い。白い壁の前で、同じ色の髪が並んでいた。合図のブザーが鳴った。カウラは培養液の前に立って自分と同じ存在が大気を吸う瞬間をガラス越しに眺めていた。

『エルマ、ロールアウト……あなたの名は『エルマ・ドラーゼ』それがあなたの名前』

 白衣のショートソバージュの研究員の言葉が目を開いたばかりのエルマに響いた。ガラス越しでカウラが覚えた初めての他人の名前もそれだった。金属の床がかすかに震え、エルマにとって世界が初めて音を持った。

 そんな二人の前に今は、焼き鳥の湯気と人の笑い声が響いている。8年が、舌の上で温かい。

「どうも私の部隊では一人が飲みに行くと言い出すと、いつでもこんな有様なんだ。ここはうちの隊舎みたいなものだ。楽にしてくれ」 

 カウラの一言で緊張していたエルマの表情が緩んだ。エルマについてきた小夏にランが手を上げて注文を始める合図をした。小夏はそのそばにたどり着くとランの注文を受け始めた。

「もう五年経つんだな……社会適合訓練所を出てから。短かったような長かったような……不思議な時間だ」 

 まるで数十年前の出来事を思い出している時のような表情でエルマはそう言った。

「ああ。私にとってはあっという間だった。それだけ充実していたと言うことだろう。私は幸せな『ラスト・バタリオン』なのかもしれない」 

 そう言ってカウラとエルマは見詰め合った。その様子をこの上なくうれしそうな表情のアメリアが見つめていた。

「昔なじみの再会だ。その再会に水を差すようなくだらねえこと言うんじゃねえぞ、特にアメリア!テメエはいつも一言多いんだ。気を付けろよ!同じ『ラスト・バタリオン』の先輩として少しは後輩に気を遣え!」 

 すでに自分のキープしたジンを飲み始めているかなめがいつものように奇行に走るかもしれないアメリアに釘を刺した。誠はその隣でいつ始まるかわからないアメリアの悪ふざけに警戒しながら正座で座っていた。

「今の品の無い発言をしたのが西園寺大尉だ。あの甲武国四大公家の筆頭、西園寺家の当主だ。見た目はああだが、あの貴族主義反対派の甲武国宰相西園寺義基公の長女と言う訳だ。だからあれほど庶民的な格好をしているんだ。きっと仲良くなれるに違いない」 

 カウラの言葉に眉を引きつらせながらかなめがエルマに顔を向けた。

「エルマ・ドラーゼ警部補です。お噂はかねがね……」 

 エルマが口ごもったのはかなめがいつも銃を持ち歩いて発砲をためらわないと言う悪い噂が東都警察内で広がっている証だと誠には思えていた。

「これはご丁寧に。ワタクシは甲武、とうの検非違使別当要子けびいしのべっとうようしと申しますの。よろしくお願いできて?」 

 わざとらしく上品な挨拶を繰り出すかなめの豹変振りにエルマは目がでんぐり返ったような表情を浮かべた。

『西園寺さん……日本文化に疎い人が来ると必ずこのネタをやるな……僕もやられた口だけど』

 時々かなめのこういう気まぐれに出会ってきた誠は苦笑いを浮かべながらエルマが落ち着くのを待っていた。

「あらあら……皆さんどういたしましたの?ささ、皆さん今日はカウラ様からおごっていただけると言う仰せなのですから……どうされました騎士クバルカ様」 

 かなめは貴族と紹介された手前、貴族を演じるべく上品にランの方を向いた。

「キモイぞ西園寺。それとオメエのレベルの話しでアタシをそう呼びたいのなら『天下無双の現代に現れた人中の呂布奉先の再来・飛将軍クバルカ・ラン将軍』と呼べ。それとオメーの飲んでるのを払うのはテメーだ。オメーのジン『タンカレー』は高いんだ。テメーで払え」 

 時々お嬢様を気取ることもあるかなめだが、初めてその現場に立ち会ったランが複雑な表情でかなめをにらんでいた。タレ目のかなめは満面の笑みでランを見つめていた。

「まあ、失礼なことを仰られますのね。おーっほっほっほ」 

 かなめが口に手を上げて笑い始めた。カウラとアメリアの二人はこういう状況のかなめには慣れているので完全に普通に振舞っていた。それを見てサラは階段の方に歩き始めた。

「小夏ちゃん!料理をお願い」 

「ハーイ!」 

 小夏の声が聞こえるとかなめはそのまま目の前のグラスのジンを飲み干した。そうして大きくため息をつき。彼女を見つめているエルマを見つめながらにんまりと笑った。

「やってらんねえなあ。貴族らしくするのはアタシは疲れるんだ。別にいつも通りでもいいよな、カウラ」 

 すっかり素に戻ったかなめにエルマは再びびっくりしたような表情を浮かべてかなめを見つめた。

「ならやるな。貴様の気まぐれが今回のメインイベントじゃ無いはずだ。そんな見て欲しければアメリアのやるお笑いイベントにそう言う芸人として出ればいい」 

 お嬢様モードからかなめはいつもの調子に戻った。頭を掻きながら手酌でジンを飲み始めた。

「それにしても本当に綺麗な髪よね。カウラちゃんもそうだけど……」 

 そう言ってアメリアがエルマに近づいていった。だが、危険を察知したカウラが彼女の近づいてくるのをふさいでしまった。

「ええ、我々『ラスト・バタリオン』の後期型は本来は毛髪は不要という設計されていますから。我々は外見を『そう設計されている』。髪質が良いのも工程の都合ですから。起動前の培養成長期末期に毛髪の育成工程の関係で髪質が向上しているらしいんです」 

 エルマの説明を聞きながらさすがに彼女の髪をいじるわけにも行かず、アメリアは手前のカウラの髪を撫で始めた。

「便利よね。私の頃には『見てくれが良くて兵士の慰安が出来ればそれでいい』っていう感じでそんな配慮なんて無いもの。ああ、そう言えばサラも起動調整のときに髪の毛がどうとか言ってなかった?」 

 アメリアににらまれて階段の手前でサラは苦笑いを浮かべた。

「たぶん気のせいよ。私も製造準備はゲルパルト降伏直後だもの。アメリアとは大差ないわよ」 

 パーラの言葉にアメリアは納得したようにうなずいた。そしてアメリアはそのままエルマの後ろに座った。

「そう言えば紹介まだよね。私は……」 

 自己紹介に割り込もうとする自己顕示欲の塊のアメリアをカウラが右手で制した。

「自己紹介はちゃんと順番にしろ。今回はエルマは私の部下に会いに来たんだ。それにこの席は私のおごりの会だ。次は……神前。貴様だ」 

 カウラがアメリアをさえぎって誠をにらんできた。仕方なく誠は頭を掻きながら立ち上がった。彼を見るとエルマはうれしそうな表情で緊張している誠に目を向けてきた。

「おい、アタシはどうするんだ?」 

 頭を掻きながらかなめがカウラを見つめた。

「貴様の自己紹介はさっき済んだろ?あれで十分貴様の人となりは分かったはずだ」 

 カウラの言葉にかなめは拳を握り締めた。誠はカウラに見つめられるままに立ち上がった。

「ああ、済みません」 

「謝る必要は無いんだがな。そこの小さいのは別にして」 

 思わず発した言葉にかなめは切り替えしてみせる。さすがの誠も少しむっとしながら彼女を見つめた。

「神前誠曹長です。一応カウラさんの小隊の三番機を担当しています」 

「ああ知っている。君の『光のつるぎ』の話は報告書で読んだが東都警察でも語り草だ。立派に成長したな」

「ありがとうございます!」 

 誠は自分を初対面で認めてくれた珍しい存在であるエルマに敬意を払いながら座った。仇を討つというように彼に親指を立てて見せながら立ち上がったのはアメリアだった。

「私はアメリア・クラウゼ。一応、運用艦『ふさ』の副長をやっているわ、それで趣味は……」 

 延々と趣味の話を始めようとしているアメリアを見て、その性格を察しているのかエルマは笑顔で割り込むようにして口をはさんだ。

「ええ、存じております。なんでも『特殊な部隊』で『ラスト・バタリオン』とはとても思えない遼州人の隊員をも含めた中で一番特殊な『艦長』なんだとか……いえいえ、これはカウラの言っていたことでして……」 

 アメリアは自分が落ちに利用されて前のめりになるのを見てサラとパーラが彼女の前に立ちはだかってその場を押さえた。

「じゃあアタシが……」 

「お待たせしました!」 

 ランが立ち上がろうとしたタイミングで小夏が焼鳥盛り合わせを運んできた。焼きたての葱間から脂がじゅっと染み、胡椒とタレが鼻に届く。エルマが息を吐いた。眉間がほどけた。

「本当にいつも有難うね。すっかりごひいきにしていただいちゃって。しかも、新しいお客さんを紹介していただくなんて嬉しいわね。東都の機動隊は成畑なりはた空港に外国の要人が着く時に警備に近くに寄るはずだから良い常連さんになるんじゃないかって新さんが言ってたわよ。その時はよろしくね♪」 

 それに続いてきたのは紺色の留袖姿の小夏の母春子だった。手際よく小夏を補佐して料理を並べていった。その後にランが忌々し気に舌打ちをするのを誠は聞き逃さなかった。

「へえ、焼き鳥ですか」 

「エルマさんでしたよね。東都ではこんな店いくらでもあるでしょ」 

 春子はそう言いながらエルマの前に焼鳥盛り合わせを置いた。エルマは首を左右に振って焼鳥盛り合わせをいとおしそうに眺めた。

「そんなこと無いですよ。都内はチェーン店ばかりで……そうでないところは混んでいていつ行っても行列ですから。それ以外はまさに選ばれた者だけの名店で私の身分だと入りづらい店が多い味自慢の敷居が高い高級店とかしかないですね……こういう気の置けない店はなかなか無いですよ」 

 そう言うとエルマは春子が差し出す皿を受取った。その表情が和らぐのが誠には安堵できるひと時だった。

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