遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十一章 『特殊な部隊』と同期

第30話 『特殊な部隊』おすすめの店

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「ここのねぎまはネギが良いんだ。このネギとたれが実に絶妙で肉の油と口の中で混ぜながら食べると最高に幸せな気分になれる。エルマもやってみるといい。私もエルマも能谷のプラントで起動して埼王県自慢の旨い浅谷ネギの旨さに慣れたネギにはこだわりのある環境に育った人間なんだ」

 カウラはネギの話になると人格が入れ替わる。誠は時々そんなことを感じたことがあった。埼王県人のネギに対する愛情はある意味異常とも言えると誠や埼王とは無縁なかなめやアメリアも思っていた。

「私とエルマは能谷のプラント起動で、浅谷ネギに慣れて育った。ネギにはうるさい。ここのネギは、あれに匹敵する。……東都警察ではまず食えない。楽しめここのネギはあのネギに匹敵する味を誇っている。たぶんエルマの言う金持ち目当ての名店の味をこの店のネギで体験することができる。東都警察の人間には味わえない逸品だ。楽しむと良い」 

 カウラの助言にうなずくとエルマはねぎまを手に取った。炭の上で脂がぱち、と跳ね、白葱に艶が走る。噛んだ途端、甘みがタレと混ざって舌にからむ。そしてそのまま口に運ぶと途端にうれしそうな顔になる。

「これは確かにいけますね。東都のネギは私達がロールアウトした能谷の社会適応訓練所の給食で出る浅谷ネギより旨いネギは生涯食べられないと思っていました。あの後、東都の警察施設で訓練を受けている間もネギは出るのですただ単にネギの形をした別の植物という味のもので真のネギは生涯食べられないと諦めたものです」

 誠はここでエルマもカウラと同じ『真の埼王県人』なのだと確信した。サラやパーラも同じプラントで覚醒したはずだが、ただエルマが演説を始めても黙って聞いているばかりで特に反応は無い。つまり、二人は言わるゆる『埼王都民』であり、沼袋や下野のアフ横に通った口なのだろうと誠は思った。

 そんな誠の思いとは関係なくエルマの埼王県人ネギトークは続いた。

「確かに東都警察でも警視クラスの面々が通うという店には私のネギのこだわりを満たしてくれるネギを出す店があると聞きましたが、私が警視にまで出世するにはどれだけの時間がかかる事か……私のような公務員が行くような都内のチェーン店だとどれもとてもネギの名に値しないものが出て来るばかりで不満が溜まっていたところです。このような真のネギの名に値するものを食べるのはあの浅谷ネギに囲まれた能谷の社会適応施設を出て以来です……」

 ここにきてようやくエルマは自分が埼王県をやたら敵視する千要県に来ていることに気が付いたようだった。

「ああ、豊川が田舎だと言いたいわけでは無いですよ……千要の人間は埼王の人間を下に見ていると聞いているので……ああ、この場に千要県出身者は居ないわけですね。ならそれも良いでしょう」

 そう言ってエルマは心からの笑みを浮かべた。

「人間旨いものを食うと良い心持になるもんだ。アタシもここの焼鳥と酒が有れば他には何にもいらねえな。カウラもたまにはいいこと言うじゃねえか。今日ばかりは見直したぜ。それにしても千要と埼王の対抗意識は凄いもんだな。整備班にも千要出身の連中と埼王出身の連中は常に喧嘩ばかりしていやがる。確かに千要には海があるし空港がある。埼王にはそれが全部ねえ。でもそれ以外の数値は全部埼王が勝ってるって運航部の全員が能谷の埼王県出身の『ラスト・バタリオン』の女共に言っても一向に信用しねえし、整備班の千要出身の連中にそれを説明しても理解するつもりはねえんだ。でもどっちも支配してるのはゲルパルトと言う外国出身のアメリアと千要と埼王が絶対勝てないと認めている神名川県出身の島田じゃねえか。犯罪者の島田は千要と埼王を『田舎』の一言で馬鹿にしてるがアイツの出身の縦須賀だって田舎は田舎じゃねえか。その点、都内の23区内出身の神前は島田より偉いってことになるな……良かったな神前。オメエは都内出身でしかも都内の観光地として天下に名高い大東区朝草の出身だ。今日からオメエは島田を『田舎者』として扱って良い!アタシが甲武の鏡都府民だったことがあるアタシが許可する!」

 かなめはそう言うと砂肝を口に持って行きながらジンの瓶をグラスに向けた。誠はかなめに言われた言葉をそのまま島田に伝えた瞬間に島田に殺されることが確定した。

「島田君を『田舎者』扱いしたら次の瞬間には誠ちゃんはこの世の人では無くなってると思うけど……本当に?一番欲深いのがかなめちゃんのような気がするけど……かえでちゃんをあんなにしたのはかなめちゃんだし……でも確かに千要と埼王のライバル争いは私も迷惑してるわね。うちの女子は全員埼王出身だし、島田君の下の整備班には千要出身の男子が結構な数がいて何かというと喧嘩して……そんなにネズミーランドがあるのが自慢?千要の人!私は一度も行ったこと無いわよ!あそこのアニメは私は嫌いだから!アメリカの影響丸見えでまるでヨーロッパのおとぎ話の焼き直しとAIで書いたような紋切り型の物語を見せられるなんてうんざりするって話だし!一度も見たことが無いからよく知らないけど!」

 そう言ってアメリアはかなめのジンの瓶を奪い取ろうとする。かなめはそれを予想していたかのように見事にかわした。

 一方、春子が二階の廊下口から手招きする。誠とパーラは視線で合図を交わし、席を立った。

「私に気を使う必要は無いぞ。いつも通りやってくれていい。見ればわかる。いつもと違う雰囲気だという表情はカウラの顔を見ればわかるんだ。私達は同じ製造過程で作られたんだ。下手な隠し事などできないものだぞ……私は所詮異物……そんな事には今の職場に就職した時点で分かっている事だった。『ラスト・バタリオン』は所詮人工物だ。地球人では無い遼州人の東都警察の機動隊でも『ラスト・バタリオン』である以上、私は自然にはあり得ない異物でしかない。そんな目で見る人間にそうでないことを理解させるには実力で示すか分かるまで話し合うしかない。そのことは今の職場で十分理解している」 

 エルマの言葉で、卓の空気がすっと冷えた。

 その瞬間、春子が廊下口から手招きした。気が利くパーラはそれを見るとこっそりと、席を外した。

「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから。でも苦労してるんだな、アンタも。その点、うちのカウラは甘々だな。隣には同じ『ラスト・バタリオン』のアメリアがより馴染んだ顔をして平気で暮らしている。そいつの下の『ラスト・バタリオン』の女共も見た目こそ髪の色がどうかしている外人だが、すっかりアメリアに毒されて遼州人と考え方の区別がつかねえから苦労らしい苦労なんて何一つしてねえ。カウラもエルマさんみたいに遼州人だけの隊に配備される経験をして『ラスト・バタリオン』としての異物感を実感すれば人間としてもう一つ大きくなれたはずだ。たぶんそうすればパチンコ依存症も直った」 

 かなめの言葉にランはうなずきながらお猪口で日本酒を飲んでいた。それを心配そうにエルマが見つめていた。

「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから……あと、この人は酒豪なんで5升飲んでも平気です。まあ、その酒がこのちっちゃい身体のどこに入るのかは僕にも分かりませんが」 

 なだめるように言った誠をランがにらみつけた。小さな指がお猪口の縁をとん、と叩く。目だけは機動部隊隊長の百戦錬磨のエースパイロットのそれだった。

「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて。アタシだって好きでこのなりなんじゃねーんだよ。それとちゃんと小便は行ってるぞ。そこで排出している訳だから行き先は分かるだろ?」 

 ギロリとランが誠をにらんだ。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。

「そんなこと無いですよ!どうしても警察官などと言う職業をしていると未成年飲酒の取り締まりなどもやらされていたものですからその癖が抜けなくて」 

 言い訳をするエルマの態度が気に入らないとでもいうようにランはふてくされたように目を反らした。その様子をいかにもうれしそうにアメリアが見つめていた。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアメリアはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。

「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月25日なんですか?」 

 明らかにエルマの態度に苛立っているランをなだめようと焦って口に出した言葉に誠は後悔した。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線を誠に向けてきた。

「誕生日?それは何のことだ?」

 エルマはそう言って首をひねった。どうやらエルマにも誕生日と言う概念は無いようだった。 

「どうやら私達がロールアウトした日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマのロールアウトは私よりも少し遅かったな」 

 カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばした。

「そうだな。私は1月4日にロールアウトしたと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな。同期と呼べるのはその年にロールアウトした個体の事だ。全員で36名になる」 

 エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。誠は反射的に、エルマの上半身のラインに目を走らせた。

 ……しまった。そんな誠の視線に誠を弄ることに生き甲斐を感じているアメリア気付かないわけが無い。

「あれ?誠ちゃん……」

 誠の胸の鼓動が早くなった。声の主、アメリアがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってきた。

「こら誠、センサーしまいなさい。レディは目測しない!」

 そう言いつつ自分のボディーラインを見せつけて自慢するのがいかにもアメリアらしいところだった。その様子を見て誠も顔が自然に赤らんでいくのが自覚された。
 
「ち、違います!腰部アクチュエータの装甲厚を思い出して……やはり僕の05式が07式を圧倒できたのはあの辺りの機体設計者の力点の置くところが……」

 誠は慌ててそう言い訳するが、女性陣の汚いものを見るような視線が鋭く誠に突き刺さった。
 
「言い訳がいかにも理系だな。よけいやましい心が透けて見えるわ!」
 
 かなめのツッコミにサラが爆笑する。

「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」 

「ああ……」 

 突然サラに話題を振られてカウラは動揺しながら烏龍茶を飲んだ。

「こういう時に島田が居ると神前に鉄拳制裁を食らわせてすっきりするのにな。こういう時は『純情硬派』を売りにしているヤンキーは役に立つ。まあ他に役に立つようなことはほぼ期待できねえアイツだけどな」

 かなめはいつも通り物騒な提案を誠にしてきた。

「そんな……もう根性焼きはこりごりですよ。あの人何かというと人を殴ったり、蹴ったり。本当にヤンキーは暴力でしか自分を表現できないんですから」

 この場に居ないことを良いことに誠は島田についていつも思っていることを口にした。

「ああ、誠ちゃんは正人の事をそんな風に言うんだ。あとで正人に言っておこう。どうなっても知らないからね!」

 サラの告げ口宣言に戻って来たパーラがそれを止すようにと手を振って止めにかかる。

 いつもの月島屋の光景が今日も繰り広げられた。焼き台でジュウと音がして、笑い声が追いかける。……今日も、月島屋は隊舎だった。

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