遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十二章 『特殊な部隊』の新兵器?

第35話 仕組まれた休日、沸騰するハンガー

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「ああ、休日の件か。アメリアから頼まれてたんだ……端末見ろや。予定は切ってある。アタシ等はパイロットだ。調整前の機体を渡されても何が出来る?何にもできねーわな。これから忙しくなるのは島田達の技術部だ。連中は正月休みは諦めてもらうしかねーな。まったくタイミングが悪すぎるぜ。アタシも正月くらいはゆっくりしたかったが、島田の馬鹿はほっとくと何しでかすか分かんねーからな。監視のために出勤しなきゃなんねーぞ。こっちの身にもなれってんだ」 

 ランの言葉にカウラは端末の勤務予定表を開く。誠もあわててそれに倣った。

 12月19日、つまり12月19日から1月4日までが非番になっている。

「これ……どうしてですか?『武悪ぶあく』と『方天画戟』。二機も超兵器が導入される時期だって言うのに」 

 さすがに誠もランに声をかけたくなっていた。

「さっきアタシが言った話を聞いてなかったのか?アレはまだとても起動状態まで持って行ける状態じゃねー!それにあんなもんおいそれと現場に出せってか?それこそ国際問題になるぞ?どうせ島田にはちんたら整備を引き延ばしさせてうちのハンガーで雪隠せっちん漬けにする予定だ。あんなもん簡単に使えるかってーの!」

 ランは半分やけになったようにそう叫んだ。確かに強すぎる兵器は存在そのものに意味がない。核兵器が1945年から21世紀中盤まで使用するのがためらわれていたことは誠も知っていた。

 隣のハンガーにある機体はそれに匹敵するシュツルム・パンツァーなのだ。誠もその事実を嫌でも知らされることになった。

「それにアメリアの奴がねえ……色々理屈だの駄々だのこねやがって。うちの運用艦であんな『全自動温泉卵製造器』を格納庫に置きたくねーとか言いやがるんだ」

 ランは苦々し気な笑みを浮かべながらそう言うが誠はランが言った『全自動温泉卵製造器』の意味が分からず首をひねった。

「叔父貴がな。脚部装甲に卵を仕込む箱を自作して、『法術増幅触媒』が劣化で起こす熱で温泉卵ができるようにしたんだ。だからあれは、最強のシュツルム・パンツァー兼『全自動温泉卵製造器』」

 かなめはめんどくさそうに不思議がる誠に向けてそう言った。

「最強クラスのシュツルム・パンツァーの機能に温泉卵を作る事なんて必要なんですか?まあ、あの発熱を無駄にしないところはいかにも貧乏人の隊長らしい発想と言えばそれまでなんですが……あの人のアパートは電気とガスと水道が止まって無い時が珍しいくらいですから」

 あまりの貧乏性ゆえに最強クラスのシュツルム・パンツァーにしょうもない機能を付けた『駄目人間』である嵯峨に誠は半分呆れながらそう言った。

「『武悪』は温泉卵を作る機能があるだけまだマシだ!アタシの『方天画戟』にはそんな機能すらねー!あんな化け物、置き物以上の価値なんかねー!実戦投入に司法局本局の局長と幹部連の全会一致の許可が一々必要な機体なんか要るかってんだ!アタシは05式は乗り換えねえからな!『方天画戟』をうちに運んだのは今の機体の『法術増幅触媒』がアタシの力とは相性が悪いからそれの研究のために隣の工場でアタシの『紅兎こうと』に合わせた材質変更を依頼するためだけだ!アタシの愛機は『紅兎』弱×54だ。アタシがそう名付けたのにはちゃんと意味がある!強い機体に乗って強いのは当たり前!だからアタシの機体は常に愛称は『紅兎』!今の05式は弱いから『弱×54』!そう決めたんだ!他は認めねえ!」 

 ランの笑顔がどこかはかなげに見えた。さすがのかなめも毒舌を吐く気も起きないほど弱りきっているランの笑顔がそこにあった。

「副隊長が休むなら我々の出番も無いと言うことになる。たまには羽根を伸ばすと良いんじゃないのか?」 

 カウラの言葉にランは安心したような笑みを浮かべてうなずいた。

 一方、ランの方は詰将棋の手を休めてモニターのカレンダーに目を移した。

「あんなもんよこしやがって……上が『休め』って言う時は、だいたい裏がある。だからアタシは休めねえ」

 現状、『武悪』の搬入により出動要請があっても対応できない状況にランは深刻そうな口調でそうつぶやいた。


 
 誠たち機動部隊員は、いま管制室にいた。作業に従事する整備班員の邪魔にならない様に誠たちは管制室の一角、土嚢で区切った狭いスペースに押し込まれていた。熱で揺らぐ空気の層が膝のあたりをさわ、と撫で、焼けた樹脂と冷却材の甘い匂いが鼻に刺さる。コンプレッサの低い唸りに、足元の鉄板がカタリと鳴いた。

『武悪』の肝である『法術増幅触媒』の劣化による熱気がハンガーを蒸し上げている。誠達はそれぞれに手にうちわを持ってこれから行われる嵯峨をパイロットとした機動実験を見守っていた。警告灯の橙が土嚢の縁を舐め、汗の粒に小さな光点が跳ねる。

「起動準備!島田、固定状況はどうだ?しっかり固定しとけよ!こいつのエンジンは本当に特殊なんだ!固定が不完全だとどうなっても知らねーかんな!」 

 ランの言葉がハンガーに響いた。島田は黒いシュツルム・パンツァー、『武悪』の前で機体の発する熱でダレかけている部下達のハンドサインを待った。

「固定状況異常なし!しっかりやってますよ!問題なんて何一つありません!ただやたら暑いだけです!」 

 いつものふざけた調子から緊張感を感じさせる声で叫ぶ島田の声に空気がぴんと張り詰めたように感じられた。それが黒い機体の周囲に浮かんでは消える干渉空間の振動のせいだと気づいたとき、誠はヘッドギアをつけてタイミングを計っているランの顔に目を向けた。

「よし!ひよこの方はどうだ!そっちのデータ収集も貴重な機会だかんな!このエンジンはおいそれと始動できない構造になってんだ!この機会を逃すなよ!」 

 ランが『武悪』の隣に置かれている簡易法術調整装置をいじっている神前ひよこに声をかけた。ハンガー内に立ち込めた熱気に汗だくになりながらひよこはすぐに手を当ててコックピット内部にいる嵯峨の法術展開状況が最適値に達していることを示した。

「オーケーです!ちゃんと記録もとってますよ!」

 ひよこは緊張した面持ちでそう答えた。

「よし!じゃあ、隊長!起動開始してください」 

『ハーイ。まったく面倒なことになっちゃったねえ。俺も乗る時に装甲板に触れちゃって火傷しちゃったよ。俺が不死人だったから数分で直ったけど違ったら大変なことだよ?作った人はそこまで考えたのかね?それと本当にこの機体に人が乗ること考えて甲武の兵器工廠の人間は『法術増幅触媒』の開発をしたの?……酷い機体だよ』 

 ランの言葉に抜けたような返事をしている嵯峨の姿が一階のハンガーの隣にある管制室に映った。実働部隊の今日の当番の第一、第二小隊の面々もそこにつめていた。全員が手にうちわを持って必死に仰いでいたが、うちわで風を送っても、頬に返ってくるのはぬるい風だけだった。

「狭い……そして暑い……」 

 かえでの副官の渡辺リンがそう言うので隣に立っていた誠は少し反対に体をひねった。『武悪』の特殊な構造のエンジンの暴走に備えてハンガー狭しと敷き詰められた土嚢で誠達パイロットのいる場所のスペースは四畳半ほどの狭いものとなっていた。

「誠ちゃん……手が当たるんだけど」 

 やわらかい腕に当たるやわらかい感触とアメリアの声に誠は手を引っ込めた。それを見たかなめは振り向いて誠をにらみつけた。一方のカウラは画面に映されたくわえタバコでエンジン起動実験を開始している嵯峨を見つめていた。

『とりあえず……現在俺が無理して維持している干渉空間を制御してエンジンのバイパスと連結させれば良いんだな?まったく『最弱の法術師』へのこの仕打ちはどうしたもんかと思うぞ。俺はそんなに万能じゃないんだよ。こんなことならこの機体、神前にくれてやれば良かった。俺はこんな乗るたびにやけどをする機体なんて御免だね』 

 嵯峨はパイロットスーツではなく普段の勤務服のままコックピットに座っていた。誠も何度か模擬戦の時に相手をしたことがあるが、嵯峨のパイロットスーツ嫌いは徹底していた。

 そして嵯峨は決してコックピット内ではタバコを手放すことはしない。本人曰く『おれはコックピット内でタバコが切れると死ぬの』と言うことだったが、究極の『駄目人間』の嵯峨ならばそのくらいのことはあり得るのではないかと思わせるダレっぷりだった。

「お願いします。展開率80パーセントを越えた時点で位相転移エンジンの炉を展開中の干渉空間に移動させますからそのタイミングを間違えないように」 

 ランは慎重に指示を出した。『法術増幅触媒』に加えて回りだした位相転移エンジンの発する熱気でむせかえる管制室。彼女は額の汗をぬぐうと後ろで固まっている野次馬達に目を移した。

「こんな一般の任務に出てくることの考えられない機体の見物に全員集合とは……暇というか……何というか……それにしても暑いな」 

 真面目なカウラは勤務時間中に機動部隊員全員が見物しているこの光景を見てそうこぼした。

「まあ、言うなよ。もしこいつが出動なんてことになったらアタシ等の戦術も変わってくるんだ。まーそんな許可を司法局本局が出すと思わねえしな。それ以前に『ビッグブラザー』がその状況を許さねーだろー。それほどまでのこいつの実力はこれまでのシュツルム・パンツァーのそれを凌駕している」 

 その隣でほかの野次馬と同じくランは薄ら笑いを浮かべつつそう答えた。かなめは必死になって管制用モニターの空いているのを見つけて自分の機体のスペックを再確認していた。

「西園寺……だからさっき確認しとけって言っただろ!」
 
 ランは苛立たしげに吐き捨てた。

 横ではサラが、必死に起動手順を暗記している。

「でも大丈夫だよ。初めてじゃないし」 

 運用艦『ふさ』では機体管制を担当しているサラは機体システムを端末に直結して手順書から逆算される出動までにかかる時間の計算をしていた。

「まあ、それでもミスは許されねーぞ。場合によってはこいつには神前に乗ってもらうことになるかも知れないからな。まあ、こんな化け物みたいで乗りにくい機体を神前みたいな素人同然のパイロットに扱わせるような真似はしたくはねーけど」 

 そう言ってランは皮肉を言いそうな笑みで誠を見上げた。

『おーい、ランよ。どこまで出力上げればいいの?俺の力にも限界が有るんだよ。手加減ぐらいしてくれよ』 

 画像の中、嵯峨は余裕で鼻歌交じりである。スロットルインジケーターは順調に上がる。すでに出力は10パーセントを超えていた。

「この時点で05式と互角のパワー……化け物だな、こりゃ。まあ、エンジンの出力はこれでも手足のアクチュエーターがパワーに耐えきれねえだろうからな。戦う相手としてはなんとかなるかも知れねえ」 

 かなめは首筋にコードを差し込んで試験状態をチェックしながらニヤついていた。誠も目の前の黒い機体が化け物と呼ばれる由来がよくわかってきた。

「とりあえずノーマルのシステムで対応可能なラインまで回してみてください。そこでデータを取った後で本稼動の試験を行うかどうかの判断をしますから」 

 真冬だというのにゆだる暑さのハンガー内部の熱気に額に流れる汗をぬぐいながらひよこの言葉に嵯峨は余裕でうなずいた。

「よくまああれほど余裕な表情ができるねー。あのおっさんの神経はどうなってるんだ?今は相当な負荷が精神にかかってるはずだぞ」 

 呆れたというようにランがつぶやいた。そして急にエンジン音が突然かき消すように消えた。

「駆動炉を干渉空間に移行したか……」 

 場違いなほどに緊張した言葉に、誠が振り向けばつなぎを着たままのかえでが親指のつめを口でかみながら画面を見つめていた。

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