遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十二章 『特殊な部隊』の新兵器?

第36話 奇才の本領——静音の炉、笑う男

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 ハンガーの空気は揺らぎ、鉄骨の影が蜃気楼みたいに滲む。焼けた樹脂と冷却材の甘い匂いが鼻に残った。

「あんな芸当ができる法術師は他にいないんじゃねーかな。何が『最弱の法術師』だ!アタシだってあんな真似は出来やしねー!しかもこの状態で笑ってやがる。まったく底知れねえな……米軍があの『駄目人間』に無視を決め込んでるのは自分が怯えてるのを悟られねーためだな。ネバダ州が地上から消えたことだけじゃあの笑顔の理由の説明がつかねー」 

 そんなランの言葉に、同じ法術師のかえでは自慢の胸元を押さえながら大きくうなずいた。エンジンの音が途切れて沈黙が支配するハンガーが誠には不気味に感じられた。固定器具の冷却液の吹き上げる音、ハンガーを渡る強い北風の風鳴り、そのような音が響いてまるで何も起きていないかのような錯覚にとらわれた。

 機動部隊の第一小隊隊員である、カウラ、かなめ、誠。第二小隊のかえで、リン、アン。

 そして機動部隊長のランと予備パイロットのアメリアはハンガー内の土嚢ポケットで作業中。

 他の隊員は隣の管制室。嵯峨のコックピット映像は両方にミラーされている。

『実に静かだねえ……こりゃあ環境にやさしいや』 

 嵯峨は笑っていた。だが、真剣な表情で彼の様子とモニターとログを見比べるランにそんな言葉は届くものではなかった。

 嵯峨の指がスロットルを半目盛りまで滑る。

 一瞬、音が抜け、誠は無意識に息を止めた。

 床板がドンと腹を叩き、橙の警告灯が同期完了を告げる。

「ひよこ!データは?ちゃんと保存出来てるだろうな?こんな機会二度も三度もあるもんじゃねーぞ。あの『駄目人間』のサボり癖は筋金入りだからな!機体はどうにでもなっても隊長にアレに乗るように説得するのはほぼ無理だ!」 

 ランは念を押すように強い調子でひよこにそう言った。

『ばっちり取れてますよ……ってこれは干渉空間が大きいです!これだけのエネルギー退避にがし領域があれば予定の倍ぐらいまで標準システムで回りそうですけど……そこまでやりますか?』 

 ひよこの声にランは複雑な表情で腕を抱えて考え込んだ。

『ラン。エンジン回すのは良いけど俺の負担も考えてくれよな。こうして顔は笑ってるけどこの状態結構疲れるんだわ。いつまでもこのままってのは勘弁してちょうだいよ』 

 言葉とは裏腹に嵯峨は余裕の表情で笑みを浮かべていた。だが、しばらく考えた後ランは決断した。

「どー見ても平気そうに見えるけどなー……とりあえず30パーセントまで上昇後、そのままエンジンのエネルギーを正常空間内に誘導。停止ミッションに移行する」 

 ランは少し迷った後、エンジンを停止させるミッションに移行することを選択した。

「だろうな。焦る必要もないだろう。この機体は今すぐ必要になるような機体ではない。そもそも機体の出動許可が出る手続きが複雑すぎる……戦力としては数えられないな……それにやる気のない隊長が乗っても戦力には数えられない」 

 カウラも同意するようにうなずいた。

「なんだよ……中途半端というか……煮え切らないと言うか……もっと派手にフルパワーを出すところとか見てみたかったのによう」 

 そんな派手好きなかなめらしい不謹慎なことをつぶやくかなめをランがにらみつけた。

「わかってるよ姐御。干渉領域に逃げてるエネルギーがエンジンに逆流してきたらドカンと行くって話だろ?確かに急いで稼動状態に持っていく必要も無いわけだし……どうせ叔父貴の事だ。しばらくは銃で脅したところで乗るなんて言い出さねえだろうしな」 

 かなめの返事が合格点の言い訳と捉えたのか、ランはそのまま視線をひよこに向けた。

「全てにおいて予想以上というところですかね。隊長!予定出力に達しました。後は……」 

『はいはい、絞ればいいんだろ?早速はじめるよ……この力……あの時にあれば……俺は全てを失わずに済んだ……でもまあ、俺はその分手に入れた物も多い……法術と言うものが時間と言う物だけには逆らえないのはある意味必然なのかもしれないね。それもまた悪いこととは言えないな』 

 嵯峨はそう言うと口に左手を持っていった。それでタバコを口にくわえていないことを再確認するとそのまま大きくため息をついた。

「タバコなら後にしてくださいよ!以前どれだけその臭いで……」 

 コックピット内でタバコを吸う嵯峨に通信越しに、ランからヘッドギアを奪い取った島田が苛立って言った。

『すみません。申し訳ないです……シュツルム・パンツァーに乗ってる間はこれが無いと俺、死ぬんで』 

 素早い手つきでタバコに火をつけながら嵯峨はおどけたようにそう言うとエンジン出力を絞った。

『こちらも順調です。観測された干渉空間が縮小……エンジン通常空間に出力転移!』 

 ひよこの言葉が届いたとたん、轟音が黒い機体から響きはじめる。再び機体の周りを制御を離れた干渉空間が覆った。

 干渉空間に逃がしていた熱と音が、いっせいに現実へ戻ってきた。

「つまらねえなあ。もっとやる気の出るようなアクションはねえのかよ」 

 ぼそりとつぶやいたかなめをランが見上げた。

「なんなら……コイツの装備を完璧に付け直してオメーと実戦やるか……実弾・抜き身のダンビラ付きで。あのエンジンのパワーを見たろ?アクチュエーターの限界に近い出力のシュツルム・パンツァー相手に一戦やるところ、アタシは見てみたいもんだ……どーする?」 

 そう言ってランは挑発的な笑みを浮かべてかなめにそう言った。明らかにそれは無茶な課題を振るときのランの表情だった。

「遠慮します!全力で遠慮します!相手は伝説の『武悪』。しかも乗ってるのが叔父貴。勝ち目は無いです!」 

 かなめはそう言ってごまかしにかかった。そんな彼女をランは鼻で笑った。今度は黒い機体から冷却液が蒸発する煙と振動を伴う轟音が上がり始めた。整備班員の一部、耐熱装備を着込んだ一群がそれを見守っていた。暑さのあまり誠がその様子を見ながらうちわであおいでも、頬に返ってくるのはぬるい風だけだった。

「島田!固定器具と『法術増幅触媒』への冷却液を追加注入!それと各部の発生動力の観測データをこっちに送れ」 

 ランはそこまで言うと隣にあった椅子に腰掛けて勤務服の襟の辺りに指を差し込んだ。

「固定ヨシ、冷却ライン圧ヨシ。暑さだけバツ!」

 耐熱服を着た整備班の中で一人いつものつなぎ姿の島田がそう叫んだ。

「平気なんですかね……隊長は。僕の唯一のとりえの理系知識で学んだ法術発動時の法術師に与える負荷を考えると常人の耐えられるレベルをとっくに超えたことやってますよ、あの人」 

 自信なさげな誠の言葉にランは黙って笑みで返した。次第に機体の振動は止まり、島田の指示で整備班員達がホースやコードを持ってハンガーを走り回るのが見えた。勢い良く沸騰した冷却液の蒸気が吹き上がった。作業員の叫び声が響き渡った。

「予想以上。そう言う事だな……それがエンジンだけってのが致命的だが。このエンジンの出力にアクチュエーターも重力制御推進器もとても耐えられるもんじゃねー。ただ、そんな部品は交換可能……アタシの『方天画戟』の奴を流用すれば簡単に最強シュツルム・パンツァーが出来上がる。遼南内戦時にコイツに隊長が乗って現れたらアタシもヤバかったわ」 

 ランはそれだけ言うとテーブルに置かれていたジュースのカップに手を伸ばした。

「機体のスペックはまだしもあのおっさんの能力は予定をはるかに超えている……むしろそっちの方が今回の実験の収穫だな。法術師同士の戦いでは自分の能力の限界を示した方が負ける。その鉄則をあのおっさんは守ってるってことだ。あのおっさんの能力の限界はまだまだこんなもんじゃねー。それだけは言える」

 ランの言葉が雑然としたハンガーに響いた。

「そういうことね。まあ隊長がどこまでアメリカ軍の実験で能力を失ったかを吐けだなんて言っても無理なだけよ。いくら首を締め上げてものらりくらりとかわされるだけだから。ひよこちゃんでも捕まえて問い詰めてみようかしら。『隊長と誠ちゃんとかえでちゃんと茜ちゃん。一番強いのは誰?』って」 

 アメリアはジュースを飲みながらつぶやいた。画面にはすでにひよこの観測したデータのグラフが映し出されていた。

「大変だな。これで隊長の法術の限界能力と言う謎が新たな謎として誕生したわけだ」 

 ランの言葉にアメリアは大きくうなずいた。

「今夜からは島田達は毎晩徹夜だろうな。あのエンジンは冷却作業が一番面倒な作業になるんだ。実験データの整理もしばらくかかりそうだし。ひよこもしばらくは詩を書くのを止めにしてもらうしかねーだろうな」 

 冬の早い夕暮れは過ぎて、定時の時報が鳴った。ランは島田から送られたデータとにらめっこをしながら難しい顔でハンガーの隣の制御室に集まった誠達を見回した。

「本当に良いんですか?僕たち休んじゃって。みんな忙しそうじゃないですか」 

 誠は周りを心配するようにそう言った。ムッとした表情でランがそれを見つめた。カウラはアメリアの策で休暇をとらされるということが今ひとつ納得できない表情を浮かべていた。

「オメー等がいなくても仕事は回るよ。ここ数日は技術部は『武悪』のエンジンの冷却作業とデータ収集で整備の連中の手が回らないだろうからな。司法局の実力行使活動も、今、司法局本局からどんな無茶な任務を頼まれても物理的にうちは動けねーよ。なんと言っても既存オメー等の機体の整備に回す人的余裕なんてねーからな。今オメー等が出動して機体をぶち壊しても誰も直してくれねーんだ。そんな状態じゃうちは壊滅状態だ。せめてオメー等の機体はいつでも使える状態にしておかねーとアタシの管理者責任が問われる」 

 ランは投げやりにそう言って冷ややかな笑みを浮かべた。とても見た目の子供っぽさとは遠く離れたランの表情に誠も愛想笑いを浮かべた。

「みなさーんこれからはお休みですよ!」 

 突然ドアが開いた。そしていつものように突然アメリアが叫んだ。当然のようにそれをランがにらみつけた。

「えーん、怖いよう。誠ちゃん。あそこのちっこい怪物が……」 

 そう言ってアメリアはすばやく誠の腕にすがりついた。

「永遠にやってろ!バーカ」 

 アメリアが誠にまとわりつく様子をランは迷惑そうな表情で見つめた。彼女もアメリアのこういうノリには慣れてきたので無視して仕事に集中した。

「クバルカ中佐。私達の仕事は……」 

 そんな気を使ったカウラの言葉に画面を見つめながらランは手を振って帰れというようなそぶりを見せた。

「ほら!機動部隊隊長殿のありがたい帰還命令よ。カウラお願い」 

 アメリアは通勤用の車の主のカウラを見つめた。仕方がないというように端末を終了して立ち上がった。何度かランを見てみるカウラだが、ランの視線は検索している資料から離れることはない。

「早く帰れ!すぐ帰れ!しばらくは顔も見たくねー!」 

 そんなランの言葉に追い立てられるようにして誠達は詰め所を後にした。廊下に出るといかにも師走の忙しい雰囲気が漂っていた。データのプリントされた書類の束の入った籠を手にした管理部のパートのおばちゃん達があちこち走り回っていた。

「なんか凄く居場所が無い感じなんだけど。やっぱり帰るしかねえのかな?アタシ達」 

 忙しそうな隊員達を見てかなめは頭を掻いた。さすがに彼等がほとんど誠達に目もやらないことに気がついてため息をついたカウラはそのまま廊下を更衣室へと歩き出した。

 そのまま足早に廊下を走り回る整備班員や管理部員の邪魔にならないように端を歩きながら誠は更衣室へ入った。

「あれ?神前さんは今日は……」 

 中でつなぎに足を通していた整備班の西高志兵長が不思議そうな顔で誠を見つめた。その視線にただため息をついた後、誠はそのまま自分のロッカーの鍵を開いた。

「ああ、アメリアさんがクリスマスと正月というものを過ごしたいということで明日から休みなんだ」 

 どう説明するべきか悩みながらの誠の一言に西は首をかしげた。

「それは聞いてますけど……良いんですか?機体が無い第二小隊はしばらく動けませんよ。それに引継ぎ業務とかはできるだけ口頭でやるものじゃないんですか?臨時の出動とかあった時、誰が対応するんですか?」 

 西の言葉に指摘されるまでも無く誠もそれはわかっていた。

「そんなこと言ってもクバルカ中佐の指示だからな。それに整備班の作業の負荷を考えたら僕達の出動なんて無理な話だよ。そん時はそれこそ東和陸軍や東和宇宙軍にでも対応してもらうしかないな」 

 そう言って言い訳をする誠を西は不思議そうに見つめる。そしてすぐにその視線は羨望の色に染まっていった。

「いいなあ、僕達はたぶんクリスマスはハンガーで北風浴びながら過ごすことになりそうですよ。たぶん、ノンアルコールビールとかシャンパンとか買って」 

 西はため息をつきながらそう言った。

「大体お前は未成年だろ?それなら島田先輩とかの方が悲惨だよ……うちじゃあ唯一の彼女持ちなのに。これからずっと年末まで連勤だと思うぞ、あの人。いくら不死人とは言え年末まで持つのか?」 

 つなぎのファスナーをあげて、帽子をかぶっても遅番の仕事開始の時間に余裕のある西は立ち去ろうとしなかった。

「それにいいじゃないか。にぎやかで」 

 皮肉のつもりで言った誠の言葉だが、明らかに西の心をえぐるような一撃だった。瞬時に顔が赤くなる。そして大きく深呼吸をした西は視線をそらした。

「それじゃあ失礼します!」 

 誠を恨めしそうに一瞥した後、西は肩を落として更衣室を出て行った。

 そのまま誠はジーンズを履いてダウンジャケットを羽織った。

 更衣室の電源を消して廊下に出てみるが、相変わらず活気のある廊下には隊員が行きかってきた。電算室から顔を出した島田がうらやましそうに誠を見るが、そのまま勢い良く飛び出すと、早足でハンガーへと向かっていた。

「おう、待たせたな」 

 そんな様子を眺めていた誠の後頭部にかなめは軽くチョップを入れた。ハンガーから吹いている風にカウラのエメラルドグリーンの髪とアメリアの紺色の髪がなびいた。

「じゃあ、行きましょうよ。どうせハンガーを経由した通路は邪魔になるだけでしょうから。しばらくあそこがこの『特殊な部隊』の主戦場になりそうね。誠ちゃんの代わりに戦う法術師は『不死身のヤンキー』島田正人准尉。まさに彼の『おとこ』の見せどころね……隊唯一の彼女持ちの男の実力を見せてもらいましょう!」 

 そう言うといかにもうれしそうにアメリアは玄関に向かう階段を降り始めた。

「でも良いんですか?本当に休んじゃって。それと後でサラさんとのクリスマスデートが仕事で出来なかったストレスの溜まった島田先輩のはけ口にされるのはいつも僕なんですよ。それくらい考えてくださいよ!」 

 誠の不安そうな顔に先頭を闊歩していたアメリアが長い髪を振るようにして見つめて来た。

「大丈夫よ!まず隊員相互の信頼関係を構築すること。そして社会とのコミュニケーションを重視すること。公僕ならば当然でしょ?それと島田君の暴力は彼なりの愛情表現だから、昔から言うでしょ『愛ゆえに殴る』って」 

「そりゃあ理屈だ。でもそれじゃあただの税金泥棒じゃねえか。それに島田の暴力は愛情表現じゃねえ、島田の暴力は生きている証だ」 

 ぼそりとつぶやいたかなめをアメリアは挑発的な視線で見つめた。

「『武悪』のお金で税金泥棒扱い?それは違うわよ。今回の『武悪』の部隊配備に関する予算はすべて嵯峨家の泉州コロニーの嵯峨家の私費から出てるのよ。技術開発目的の投資と言うのが表向きの理由。だからどこの国の税金も使ってないわけだから税金泥棒って訳じゃないわ」 

 アメリアはいつも通り屁理屈をこねてその場を切り抜けようとする。

「それも泉州の平民の血と汗を搾り取った搾取の結晶じゃねえか。泉州の叔父貴の顔を見られるレベルの偉いさんが決めた理屈だ、そんなもの。それにアタシ等の給料は税金から出てるんじゃねえのか?」 

 そんなかなめの突っ込みにアメリアは首をひねってとぼけて見せた。

「その点は大丈夫だ。全員の有給にはかなり余裕がある。私もクバルカ中佐から消化しろと迫られていたからな。どこのだれの懐も痛まない。最善の選択だ」 

 そう言ってカウラは一瞬、誠に目をやった後、三人を置いて夕闇の中に消えようとした。三人はとりあえずは急いで彼女についていくことにした。

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