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第十五章 『特殊な部隊』と『許婚』
第42話 許婚、直球
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午後二時、冬晴れの空気が冷たい。剣道場の瓦が淡く光っているのが目に入り皆が帰宅の気楽な雰囲気に包まれた。誠たちが実家の剣道場の門構えの前まで来ると、そこに見慣れない黒い高級電気自動車が停まっているのが見えた。誠はその見覚えのある車に嫌な予感がした。
「どなたか今日、お客さんが来る用事なんてあったかしら……」
薫はそう言いながら車の運転席から銀色の長髪の執事風の服を着込んだ女性が降りて来るのを見ていた。
「日野少佐……それと運転は渡辺大尉……なんでこんなところに……」
誠が近づいていくと、運転席から降りてきたのは他でもない渡辺リン大尉だった。そうなると後部座席に乗っている人物の名前も誠たち全員に予想がついた。
「かえでの奴、なんでこんなところに来るんだよ。アイツが行くならクリスマス前なら当然、銀座で女でもひっかけてるんだろ?こんな下町に何の用だ。どうせろくでもない用なんだろ?目障りだ!」
リンが後部座席の扉を開けてそこから日野かえで少佐が降りるのを見ると、かなめは不機嫌そうにそうつぶやいた。
いつもの爽やかな笑顔を浮かべて金髪の短い髪をかき上げながらかえでは颯爽と車から降りて誠たちの前に立った。
「ああ、皆さんお揃いなのですね。ちょうど、都心に出かける用があったので立ち寄らせていただきました。僕も今日は時間が空いているので、上げていただいてもよろしいでしょうか?」
思わず誠も息をのむ美しいその面差しのいつもの実働部隊の制服とはまた一味違うあくまで最上流階級であるかえでにとってはカジュアルな男装姿のかえでが薫に向けてそう言った。
「これはこれはかえでさん。直接お会いするのは初めてですね。わざわざ豊川からお越しになったんですもの。上がっていってくださいな」
薫はにこやかな笑みを浮かべてかえでを歓迎するようにそう言った。
「日野少佐……何しに来たんでしょう?僕には嫌な予感しかしないんですけど」
誠は今一つ考え方が普通と違いすぎていて理解不能なかえでの行動に戸惑っていた。
「それは決まってるじゃないの。『許婚』として相手のお母様にご挨拶に来たのよ……まあ、私はかえでちゃんが誠ちゃんの『許婚』だなんて認めないけど。カウラちゃんはどうなの?」
どこか構えたような調子でアメリアはカウラに話を振った。
「東和は甲武と違って親の決めた結婚に成人した者は逆らう権利がある。神前の気持ち次第だ。私の関知する話ではない」
カウラもどこか緊張した調子で誠に向って視線を投げかけてきた。
「僕は……その……モテたことが無いし、『許婚』っていきなり言われても実感ないし……今すぐ決めろと言われても……その……」
とりあえずこの生涯未婚率80%の国、東和で『許婚』が居ると言うのは十分幸福なことなので、誠はあいまいな態度に終始した。
「まったく!神前がそんな態度だからかえでの奴がつけあがるんだ。ちゃんと『変態の男女合わせて千人斬りが自慢の中古品は要らねえ!』って言って返品してやれ!それ以前にアイツはなんと言っても『マリア・テレジア計画』の実行犯で24人の子持ちだぞ!しかも全員かえでの顔をした男女だ!そんなの要るかって言えば済む話じゃねえか!」
いかにも面白くないと言うように、薫に導かれて玄関に向かうかえでとリンの姿をかなめは苦々しげに眺めていた。
「どうぞ、かえでさんは高貴な身分の方ですから、うちみたいな庶民のお菓子がお口に合うかどうかは分かりませんが。かえでさんのお母様の康子さんも舌が肥えていて中々私の料理は気に入ってくださらないのよ。困ったものね」
客間に案内されたかえでとリンに薫は得意の揚げ餅とお茶を振舞った。
「いえいえ、この東和に来てから庶民の生活を知るにしたがってその楽しさと言うものが分かってきたような気がします。庶民の味にも我が隊の副隊長であるクバルカ中佐に紹介していただいて色々触れることが出来ました。きっとこれもおいしいでしょう。特にお母様が作ったとなるとそのおいしさも格別なものとなることは請け合いです」
そう言うとかえでは揚げ餅を口に運んでバリバリとその歯ごたえを楽しんだ。
その様子を誠、かなめ、アメリア、カウラは四人は隣の部屋の襖の陰に固まって、その光景を覗いていた。
「かえでの奴、絶対自分の変態性を隠そうとして結局は暴露して薫さんを呆れさせるぞ!アイツはアタシが調教した根っからの変態だからな!その変態的嗜好は折り紙付きだ!そうなれば『許婚』の話はパーだ!ざまあみろ!」
薄笑いを浮かべながらかなめはそうつぶやいた。
「なによ、かなめちゃんもかえでちゃんが誠ちゃんの『許婚』ってことが気に入らないんじゃないの。だったらお姉さまの言うことは何でも聞いてくれるかえでちゃんに『アタシは反対だ!』って一言いえばいいだけじゃないの。そうすればかなめちゃんの言うことなら何でも聞くかえでちゃんも諦めてくれるかもよ?」
アメリアは呆れたような調子でかなめに向けてそう言った。その時、かなめの笑顔は瞬時に恐怖で凍り付いた。
「アメリア……そんな恐ろしいことをアタシに言えって言うのか?アイツを神前の『許婚』に決めたのは他の誰でも無くあの『甲武の鬼姫』として知られるお袋なんだ!オメエはアタシのお袋の恐ろしさを知らねえからそんなことが言えるんだ!お袋の決めたことは西園寺家では絶対!あの親父だって逆らえないんだぜ……一国の宰相がかみさんの言うことには絶対服従なんだぞ!その意味、分かるだろ?お袋が決めた『許婚』にアタシが反対しているなんてことがバレたらどんな目に遭わされるか……想像するだけで恐ろしい」
なぜか恐怖に震えるような表情を浮かべながらかなめはそう言ってアメリアを見つめた。
「それより、隣の方はどうなってるんだ?」
カウラはふすまに開けた穴から隣をのぞき込んでいる誠に向けてそう言った。
「別におかしなことは何も起きて無いですよ。普通に話してますよ。別に変わったことは無いような……西園寺さんが望むような展開にはなりそうにない和やかな雰囲気ですけど……」
少なくとも今のところは誠にはそう見えた。かえではお土産として持って来た和菓子を母に手渡し、それに薫が頭を下げる。ごく普通の挨拶の光景がそこでは繰り広げられていた。
「ちょっと待ってろ……こいつを使うと隣の声が良く聞こえるようになる。オメエ等にもサービスしてやるから感謝しろ」
かなめはそう言うとポケットからチップを一枚取り出しそれを襖の間に差し込んだ。そして携帯端末から延びる端末を中継にしてジャックを自分の首筋に差し込んだ。
「音を拾える盗聴チップね……この携帯端末から隣の声が聞こえると。考えたわね、かなめちゃん。サイボーグの身体の使い方を心得てるのにはいつも感心させられるわ」
いつもは気が使えない女扱いしているかなめの気遣いにアメリアは感謝しながら隣の会話が響いてくるだろう端末に耳を傾けた。
「かえでの奴がどこで口を滑らすか楽しみだな。アイツの事だ、自分が普通と思っていることが世間では異常だと言うことに気付いていないからな。いずれ馬脚を現す。その瞬間が来るのが……そう調教してやった『女王様』のアタシとしては最高の楽しみだ。早く自爆しろよ……アタシのかわいい『愛玩道具』ちゃん」
かなめの表情は妹の失敗を確信しているので満面の笑みに包まれていた。
「それにしても神前家は遼帝家の帝室の出と聞きますが、薫様の何代前のご先祖が遼帝家に繋がるのでしょうか?」
かえではこれまでの和やかな調子を切り替えて真剣な表情で薫に向けてそう言った。貴族趣味のかえでとしては自分の『許婚』である誠が甲武国建国に関わる遼帝家の血を引く高貴な生まれであると言うことは関心事項の一つの様だった。
「どうでしょうねえ……この道場を開いた方が遼帝家の方と言うのは私も知っているのですが、それ以上は……この道場は出来てもう200年になりますし。当時の資料はほとんど散逸してしまって残っていないんですよ。お役に立てなくて申し訳ありませんね」
知っているのか、わざと誤魔化しているのか、薫はあいまいにそう答えた。
その態度を見たかえでは覚悟を決めたように座り直して背筋を伸ばし、真正面から薫を見つめた。
「薫お母様。率直にお尋ねいたします」
かえでの真剣な表情に思わず薫も真面目な顔に戻ってかえでを見つめ返した。
「僕が誠さんのものになるのはいつ頃を望まれますか?僕としては今日、今にでも結ばれたいと考えているのですが……こういうことは早い方が良いと思うんです。婚前交渉は望まれないかもしれませんが、僕の身は決して清くありません。これまでそう言う関係にあった男が複数いるのは事実です。ただ、それは身体だけの関係。ですが、誠さんだけは別にしたい。僕にとって初めて心許せる男性と出会った瞬間に僕は直感しました。ですので、誠さんとの結婚までに誠さんに『女』を知っていただきたいと考えているんです。誠さんももう24歳です。甲武では女を知るには遅すぎる年齢です……お母様の許可が頂けるなら今日これからでも……」
突然のかえでの発言に薫は驚いたような顔を一瞬した後、穏やかな表情で首を横に振った。
「それはまだ早いですわ。甲武の男の話は別として、誠は東和の遼州人です。それに誠はまだ未熟です。クバルカ中佐から誠の暮らしについては色々聞いています。あの方がおっしゃるには誠はまだまだ誰かを愛する資格がある『漢』にはなっていないから結婚の話を考えるのはやめておけと言うお話でした」
薫の凛とした響きの声を聞いてカウラが静かに右手を握りしめかなめとアメリアをちらりと見る。
「ここで男と何度も寝たことがあると認めて正直ぶって点数稼ぎのつもりか?オメエが男と寝るのはいつも相手の男を10人ぐらい用意して気絶するくらい絶え間なく弄ばれるマゾの本性を晒したくなった時だけじゃねえか。偽純情女が粋がりやがって……」
そのカウラの態度が気に食わないとでもようにかなめはぼそりとつぶやいた。
その間も薫の柔和な言葉は続いていた。
「それに正直申し上げてクバルカ中佐自身はあまりかえでさんの結婚を歓迎していないようです。私はすべて本人の意思だと思っているのですが……まあ、あの康子さんは一度決めたことを簡単に反故にできるような甘い方では無いことは重々承知なのはわかっています。それに……かえでさん。あくまでそう言うことを決めるのは本人同士。私がどうこう言えることではありませんわ」
ここで静かなガッツポーズをしたのがかなめだったので殺気への仕返しとばかりにカウラがかなめをにらみつける。
そんな隣の女性陣の思惑など知らない薫は話を続けた。
「ただ、あなたの覚悟は私は受け止めました。そんなにあの誠を愛してくれているのですね。母としてお礼を申し上げます。かえでさんがその目的を達して誠の心を手に入れて誠が私にかえでさんと結婚したいと言ってきたときには是非誠を受け入れてやってください。あの女性とは縁のない誠への母としてしてやれることのそれがすべてです」
かえでは一度、言葉を飲み込んだ。クバルカ・ラン中佐。その名が、ここでも影を落としている。ランは誠に『恋愛禁止』の鉄の掟を課していた。誠が『人類最強・人外魔法少女』を自認する上官であるランの意志に逆らえないのは誰の目にも明らかだった。それでも諦めきれないかえではなんとか食い下がろうと考えをめぐらすべく庭を眺めた。
「良い庭ですね……よく手入れが行き届いています。僕の屋敷の庭はイギリス風なのですが、まだ出来たばかりで雰囲気が安定していない。まだそこにあるという雰囲気がまだ感じられないのが残念に感じられます。それに比べてこの庭は歴史のようなものを感じます。立派な庭ですね」
かえではとりあえず次の機会を待つべく話題を庭に関するものへと変えた。その手練れのプレイガールの手口に盗み見ている外野たちはただ唖然とさせられた。
「はい、先ほど申し上げた通りこの200年道場は続いてきましたから。その間中丹念に世話をしましたから」
薫は笑顔でそう答えた。そしていとおしむように苔むした庭石を眺めて目を細めた。
「世話をされたのは薫様のお母様ですか?正直におっしゃってください、この道場が最初にできた時から薫様がこの庭を世話してらしたんですよね?薫様のたたずまいは僕の母を思い出させます。僕の母は不死人です。その雰囲気は長い年月を暮らしてきて、これから子が老いて死んでいっても自分は生き続けると言う不死人の定めの辛さを知っているように感じます。いかがでしょうか?」
かえでの言葉に薫の言葉が急に止まった。薫は静かに茶を飲んで庭を眺めた。かえでの言葉はこの道場を開いたのがほかならぬ薫自身だと言うことを意味していた。
しかし、薫はその言葉に全く答えようとせず、静かにお茶を口に運び静かにほほ笑むばかりだった。風が庭の笹を撫で、障子に淡い影をつくる。薫はただ笑み、湯を継いだ。答えは置かれたまま、茶の香だけが部屋に満ちた。
「どなたか今日、お客さんが来る用事なんてあったかしら……」
薫はそう言いながら車の運転席から銀色の長髪の執事風の服を着込んだ女性が降りて来るのを見ていた。
「日野少佐……それと運転は渡辺大尉……なんでこんなところに……」
誠が近づいていくと、運転席から降りてきたのは他でもない渡辺リン大尉だった。そうなると後部座席に乗っている人物の名前も誠たち全員に予想がついた。
「かえでの奴、なんでこんなところに来るんだよ。アイツが行くならクリスマス前なら当然、銀座で女でもひっかけてるんだろ?こんな下町に何の用だ。どうせろくでもない用なんだろ?目障りだ!」
リンが後部座席の扉を開けてそこから日野かえで少佐が降りるのを見ると、かなめは不機嫌そうにそうつぶやいた。
いつもの爽やかな笑顔を浮かべて金髪の短い髪をかき上げながらかえでは颯爽と車から降りて誠たちの前に立った。
「ああ、皆さんお揃いなのですね。ちょうど、都心に出かける用があったので立ち寄らせていただきました。僕も今日は時間が空いているので、上げていただいてもよろしいでしょうか?」
思わず誠も息をのむ美しいその面差しのいつもの実働部隊の制服とはまた一味違うあくまで最上流階級であるかえでにとってはカジュアルな男装姿のかえでが薫に向けてそう言った。
「これはこれはかえでさん。直接お会いするのは初めてですね。わざわざ豊川からお越しになったんですもの。上がっていってくださいな」
薫はにこやかな笑みを浮かべてかえでを歓迎するようにそう言った。
「日野少佐……何しに来たんでしょう?僕には嫌な予感しかしないんですけど」
誠は今一つ考え方が普通と違いすぎていて理解不能なかえでの行動に戸惑っていた。
「それは決まってるじゃないの。『許婚』として相手のお母様にご挨拶に来たのよ……まあ、私はかえでちゃんが誠ちゃんの『許婚』だなんて認めないけど。カウラちゃんはどうなの?」
どこか構えたような調子でアメリアはカウラに話を振った。
「東和は甲武と違って親の決めた結婚に成人した者は逆らう権利がある。神前の気持ち次第だ。私の関知する話ではない」
カウラもどこか緊張した調子で誠に向って視線を投げかけてきた。
「僕は……その……モテたことが無いし、『許婚』っていきなり言われても実感ないし……今すぐ決めろと言われても……その……」
とりあえずこの生涯未婚率80%の国、東和で『許婚』が居ると言うのは十分幸福なことなので、誠はあいまいな態度に終始した。
「まったく!神前がそんな態度だからかえでの奴がつけあがるんだ。ちゃんと『変態の男女合わせて千人斬りが自慢の中古品は要らねえ!』って言って返品してやれ!それ以前にアイツはなんと言っても『マリア・テレジア計画』の実行犯で24人の子持ちだぞ!しかも全員かえでの顔をした男女だ!そんなの要るかって言えば済む話じゃねえか!」
いかにも面白くないと言うように、薫に導かれて玄関に向かうかえでとリンの姿をかなめは苦々しげに眺めていた。
「どうぞ、かえでさんは高貴な身分の方ですから、うちみたいな庶民のお菓子がお口に合うかどうかは分かりませんが。かえでさんのお母様の康子さんも舌が肥えていて中々私の料理は気に入ってくださらないのよ。困ったものね」
客間に案内されたかえでとリンに薫は得意の揚げ餅とお茶を振舞った。
「いえいえ、この東和に来てから庶民の生活を知るにしたがってその楽しさと言うものが分かってきたような気がします。庶民の味にも我が隊の副隊長であるクバルカ中佐に紹介していただいて色々触れることが出来ました。きっとこれもおいしいでしょう。特にお母様が作ったとなるとそのおいしさも格別なものとなることは請け合いです」
そう言うとかえでは揚げ餅を口に運んでバリバリとその歯ごたえを楽しんだ。
その様子を誠、かなめ、アメリア、カウラは四人は隣の部屋の襖の陰に固まって、その光景を覗いていた。
「かえでの奴、絶対自分の変態性を隠そうとして結局は暴露して薫さんを呆れさせるぞ!アイツはアタシが調教した根っからの変態だからな!その変態的嗜好は折り紙付きだ!そうなれば『許婚』の話はパーだ!ざまあみろ!」
薄笑いを浮かべながらかなめはそうつぶやいた。
「なによ、かなめちゃんもかえでちゃんが誠ちゃんの『許婚』ってことが気に入らないんじゃないの。だったらお姉さまの言うことは何でも聞いてくれるかえでちゃんに『アタシは反対だ!』って一言いえばいいだけじゃないの。そうすればかなめちゃんの言うことなら何でも聞くかえでちゃんも諦めてくれるかもよ?」
アメリアは呆れたような調子でかなめに向けてそう言った。その時、かなめの笑顔は瞬時に恐怖で凍り付いた。
「アメリア……そんな恐ろしいことをアタシに言えって言うのか?アイツを神前の『許婚』に決めたのは他の誰でも無くあの『甲武の鬼姫』として知られるお袋なんだ!オメエはアタシのお袋の恐ろしさを知らねえからそんなことが言えるんだ!お袋の決めたことは西園寺家では絶対!あの親父だって逆らえないんだぜ……一国の宰相がかみさんの言うことには絶対服従なんだぞ!その意味、分かるだろ?お袋が決めた『許婚』にアタシが反対しているなんてことがバレたらどんな目に遭わされるか……想像するだけで恐ろしい」
なぜか恐怖に震えるような表情を浮かべながらかなめはそう言ってアメリアを見つめた。
「それより、隣の方はどうなってるんだ?」
カウラはふすまに開けた穴から隣をのぞき込んでいる誠に向けてそう言った。
「別におかしなことは何も起きて無いですよ。普通に話してますよ。別に変わったことは無いような……西園寺さんが望むような展開にはなりそうにない和やかな雰囲気ですけど……」
少なくとも今のところは誠にはそう見えた。かえではお土産として持って来た和菓子を母に手渡し、それに薫が頭を下げる。ごく普通の挨拶の光景がそこでは繰り広げられていた。
「ちょっと待ってろ……こいつを使うと隣の声が良く聞こえるようになる。オメエ等にもサービスしてやるから感謝しろ」
かなめはそう言うとポケットからチップを一枚取り出しそれを襖の間に差し込んだ。そして携帯端末から延びる端末を中継にしてジャックを自分の首筋に差し込んだ。
「音を拾える盗聴チップね……この携帯端末から隣の声が聞こえると。考えたわね、かなめちゃん。サイボーグの身体の使い方を心得てるのにはいつも感心させられるわ」
いつもは気が使えない女扱いしているかなめの気遣いにアメリアは感謝しながら隣の会話が響いてくるだろう端末に耳を傾けた。
「かえでの奴がどこで口を滑らすか楽しみだな。アイツの事だ、自分が普通と思っていることが世間では異常だと言うことに気付いていないからな。いずれ馬脚を現す。その瞬間が来るのが……そう調教してやった『女王様』のアタシとしては最高の楽しみだ。早く自爆しろよ……アタシのかわいい『愛玩道具』ちゃん」
かなめの表情は妹の失敗を確信しているので満面の笑みに包まれていた。
「それにしても神前家は遼帝家の帝室の出と聞きますが、薫様の何代前のご先祖が遼帝家に繋がるのでしょうか?」
かえではこれまでの和やかな調子を切り替えて真剣な表情で薫に向けてそう言った。貴族趣味のかえでとしては自分の『許婚』である誠が甲武国建国に関わる遼帝家の血を引く高貴な生まれであると言うことは関心事項の一つの様だった。
「どうでしょうねえ……この道場を開いた方が遼帝家の方と言うのは私も知っているのですが、それ以上は……この道場は出来てもう200年になりますし。当時の資料はほとんど散逸してしまって残っていないんですよ。お役に立てなくて申し訳ありませんね」
知っているのか、わざと誤魔化しているのか、薫はあいまいにそう答えた。
その態度を見たかえでは覚悟を決めたように座り直して背筋を伸ばし、真正面から薫を見つめた。
「薫お母様。率直にお尋ねいたします」
かえでの真剣な表情に思わず薫も真面目な顔に戻ってかえでを見つめ返した。
「僕が誠さんのものになるのはいつ頃を望まれますか?僕としては今日、今にでも結ばれたいと考えているのですが……こういうことは早い方が良いと思うんです。婚前交渉は望まれないかもしれませんが、僕の身は決して清くありません。これまでそう言う関係にあった男が複数いるのは事実です。ただ、それは身体だけの関係。ですが、誠さんだけは別にしたい。僕にとって初めて心許せる男性と出会った瞬間に僕は直感しました。ですので、誠さんとの結婚までに誠さんに『女』を知っていただきたいと考えているんです。誠さんももう24歳です。甲武では女を知るには遅すぎる年齢です……お母様の許可が頂けるなら今日これからでも……」
突然のかえでの発言に薫は驚いたような顔を一瞬した後、穏やかな表情で首を横に振った。
「それはまだ早いですわ。甲武の男の話は別として、誠は東和の遼州人です。それに誠はまだ未熟です。クバルカ中佐から誠の暮らしについては色々聞いています。あの方がおっしゃるには誠はまだまだ誰かを愛する資格がある『漢』にはなっていないから結婚の話を考えるのはやめておけと言うお話でした」
薫の凛とした響きの声を聞いてカウラが静かに右手を握りしめかなめとアメリアをちらりと見る。
「ここで男と何度も寝たことがあると認めて正直ぶって点数稼ぎのつもりか?オメエが男と寝るのはいつも相手の男を10人ぐらい用意して気絶するくらい絶え間なく弄ばれるマゾの本性を晒したくなった時だけじゃねえか。偽純情女が粋がりやがって……」
そのカウラの態度が気に食わないとでもようにかなめはぼそりとつぶやいた。
その間も薫の柔和な言葉は続いていた。
「それに正直申し上げてクバルカ中佐自身はあまりかえでさんの結婚を歓迎していないようです。私はすべて本人の意思だと思っているのですが……まあ、あの康子さんは一度決めたことを簡単に反故にできるような甘い方では無いことは重々承知なのはわかっています。それに……かえでさん。あくまでそう言うことを決めるのは本人同士。私がどうこう言えることではありませんわ」
ここで静かなガッツポーズをしたのがかなめだったので殺気への仕返しとばかりにカウラがかなめをにらみつける。
そんな隣の女性陣の思惑など知らない薫は話を続けた。
「ただ、あなたの覚悟は私は受け止めました。そんなにあの誠を愛してくれているのですね。母としてお礼を申し上げます。かえでさんがその目的を達して誠の心を手に入れて誠が私にかえでさんと結婚したいと言ってきたときには是非誠を受け入れてやってください。あの女性とは縁のない誠への母としてしてやれることのそれがすべてです」
かえでは一度、言葉を飲み込んだ。クバルカ・ラン中佐。その名が、ここでも影を落としている。ランは誠に『恋愛禁止』の鉄の掟を課していた。誠が『人類最強・人外魔法少女』を自認する上官であるランの意志に逆らえないのは誰の目にも明らかだった。それでも諦めきれないかえではなんとか食い下がろうと考えをめぐらすべく庭を眺めた。
「良い庭ですね……よく手入れが行き届いています。僕の屋敷の庭はイギリス風なのですが、まだ出来たばかりで雰囲気が安定していない。まだそこにあるという雰囲気がまだ感じられないのが残念に感じられます。それに比べてこの庭は歴史のようなものを感じます。立派な庭ですね」
かえではとりあえず次の機会を待つべく話題を庭に関するものへと変えた。その手練れのプレイガールの手口に盗み見ている外野たちはただ唖然とさせられた。
「はい、先ほど申し上げた通りこの200年道場は続いてきましたから。その間中丹念に世話をしましたから」
薫は笑顔でそう答えた。そしていとおしむように苔むした庭石を眺めて目を細めた。
「世話をされたのは薫様のお母様ですか?正直におっしゃってください、この道場が最初にできた時から薫様がこの庭を世話してらしたんですよね?薫様のたたずまいは僕の母を思い出させます。僕の母は不死人です。その雰囲気は長い年月を暮らしてきて、これから子が老いて死んでいっても自分は生き続けると言う不死人の定めの辛さを知っているように感じます。いかがでしょうか?」
かえでの言葉に薫の言葉が急に止まった。薫は静かに茶を飲んで庭を眺めた。かえでの言葉はこの道場を開いたのがほかならぬ薫自身だと言うことを意味していた。
しかし、薫はその言葉に全く答えようとせず、静かにお茶を口に運び静かにほほ笑むばかりだった。風が庭の笹を撫で、障子に淡い影をつくる。薫はただ笑み、湯を継いだ。答えは置かれたまま、茶の香だけが部屋に満ちた。
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