遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十五章 『特殊な部隊』と『許婚』

第43話 ふすま越しの三段落ち

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「そんな昔話は止しましょう。それより、リンさんと言われましたよね。いくら副官とは言え、もう少しくつろいでいただいた方が私としては気が楽なんですけど」

 薫は緊張した面持ちで少し離れた位置に座っているリンに声をかけた。リンはいつもの無表情を貫いて一切正座を崩さない。

「いいえ、私はこういう『プレイ』が好きなので」

 リンはしびれた足に恍惚の表情を浮かべつつ薫に向けてそう言った。隣の部屋ではかなめ達がリンがつい口を滑らせて発した『プレイ』と言う言葉を聞いて待ちに待った瞬間が来たと歓喜しているところだった。

「『プレイ』?それはどういう意味でしょうか?しびれる正座をするのがなぜ楽しいんでしょうか?」

 リンの思わず発した言葉に薫の眉が、わずかに上がった。かえでの顔は次第に青ざめていった。

「いや、リンは正座が好きなんですよ。彼女を遊郭から身請けした時、お茶やお花を教えた時も正座をするのが大好きで……その度にリンは気持ちよくなって僕に言い寄ってきて……」

 慌てたようにかえではそう言ってリンを庇おうとした。それが明らかに庇うつもりの説明が、より危ない単語を連れてきた。

「『遊郭』?『身請け』?かえでさん。あなたはそう言うところによく行かれるのですか?それではまるで惟基君じゃないですか?彼は根っからの遊び人で誠にはあのようにはなって欲しくないと常々心配していたところですから。どうなんです?そう言う悪所にはよく出かけるんですか?かえでさんは」

 薫の笑顔はすでに消えていた。かえでは自分が墓穴を掘ったことに気付いてそのまま口をつぐんだ。

「ここは東和です。売春は犯罪ですし、人身売買も同様です。いつまでも甲武気分を引きずってもらっては困りますね。ここは東和です。……その話は、通りません」

 薫は強い調子でかえでに向けてそう言った。

「確かにそうです。ですが、あの淫らで淫蕩な雰囲気が僕は好きで……この下町にも吉原きちわらがあるじゃないですか。あそこは風俗街ですが、あそこの雰囲気なども僕は好きなんです。こんな僕は……やっぱり薫様は『許婚』失格だとお考えになりますか?」

 かえでは腹を決めたのか本音を話し始めた。隣の部屋ではかえでの明らかな自爆発言にガッツポーズを作るかなめの姿があった。

 襖の向こうで、拳が小さく鳴った。

「そうなのですか。まあ、この国は未婚率80%で風俗街がやたら多いのは事実ですが、母親としてはあまり誠にそう言うところに通ってほしくは無いような気分にもなるんです。クバルカ中佐の言うようにちゃんとした『おとこ』になってクバルカ中佐の眼鏡にかなうお相手と見合い結婚をするものだと考えていたところに、康子さんからかえでさんを紹介されて……かえでさんは未来有望な上流貴族で、優秀な法術師で自慢の娘だと言われたものですから……クバルカ中佐と康子さん。どちらを優先すればよいのかしら……」

 さすがに母親らしく薫は誠への教育方針をそう語った。そして友情熱い友である康子の言葉にも心動かされている自分の心境も吐露して見せた。

「そうですね。それは僕も同じです。誠さんには純粋無垢な心で僕を抱いてもらいたい。そんな気分です。そして、経験豊富な僕がありとあらゆるテクニックで女と言うものを教えて差し上げるつもりです」

 またもや自爆するかえでに隣の部屋のアメリアは腹を抱えて必死になって声を出すのを押さえていた。

「女を教える?それはどういう意味ですか?」

 薫はかえでの言うことが理解できないと言うようにそう尋ねた。

「僕はお姉さまに女の知る最上の喜びを教えていただきました。その喜びを誠さんからも与えていただきたい。そう言う意味です。そうすれば二人は深く結ばれます。きっと幸せな家庭が作れるでしょう」

 かえでの脳内の思考が理解不能になって来た隣の部屋のカウラと誠はお互い顔を見合わせてため息をつくだけだった。

「リンの奴とうとう本性を出しやがった!それをきっかけにあの頭の回転だけが自慢のかえでも坂を転がるように真っ逆さまだ!アイツが尖った石の上に正座しているところに石を乗っけて責められるのが好きなのはアタシも試したから知ってるんだ!アイツのマゾは筋金入りだからな!脳内まで虐められて快感に身もだえることが身についているんだ!いい気味だ!ざまーみろ!」

 かなめは得意げにそう言った。

「西園寺……貴様はそんなことを試したのか?時々、かえでの屋敷に貴様が出かけていっていると言う話は聞いていたが、貴様はそこで日野にそんな拷問をしていたのか……やっぱり貴様も日野と同じ『変態』だ。貴様も同類なんだ」

 カウラはかなめが鬼の形相でリンに石を抱かせる様を想像してあきれ果てた調子でそう言った。

「カウラちゃん。かえでちゃんもリンちゃんもマゾだから拷問じゃなくて御褒美って言うのよ、ねえ!誠ちゃん!」

 かなめが『女王様』なのは誠も知っていたが、ここまで本格的なサディストだったと言うことを知らされて誠は衝撃を受けていた。そしてもし自分がかなめと付き合うということとはそう言うことをされるということを意味しているだけに誠の背中が凍り付いた。

「さあて、これからどこまで二人がいかに変態であるかが薫さんに知らされることになるんだわ。そうすれば『許婚』の話はパーよ!普通の神経の母親ならかわいい息子を変態女のところになんてやれないもの!これでかえでちゃんの『許婚』話は終了!私にもチャンスの芽が生まれるわけね♪」

 アメリアは力強くそう言うとガッツポーズをした。

 そこで携帯端末からは笑い声が聞こえてきた。

『そうなんですの。そうやって痛めつけられるのがお二人ともお好きなんですね?康子様も少しかえでさんには変わった趣味があるがそれを補って余りある『良いところ』があるからそちらを見ていただきたいとおっしゃってましたから……これからも遊びに来てそちらの『良いところ』について聞かせていただけないかしら?自分から相手の親に嫌われるかもしれないことを隠さずに言う勇気。私は感服しました』

 薫は嬉しそうにそう言っていた。

『え?』

 誠達は自分達の考えが甘かったことをここで悟った。かなめの母、西園寺康子はかえでの性癖も含めて薫に話をしていたらしい。そしてそれを薫も認めた上で『許婚』と言うことになっている。

「……あ、これ、もう話が付いてるやつだ……おふくろの奴のことだ……かえでの性癖は全部薫さんは知ってるぞ……アタシが毎月アイツにしていることも……たぶんお袋経由で薫さんの耳には届いているな……これまでもかえでがそれを隠すかどうか試してたんだ……かえではそれを話した。かなりの点数をこれで稼いだわけだ。薫さんはかえでのことを完全に神前に嫁に迎えることを決めた感じだぞ」

「……負けたわ……さすが『甲武の鬼姫』が手放さなかった娘というわけね……手放したかなめちゃんは隙だらけだけどかえでちゃんにはあの変態性癖以外の隙は無いもの。それをあっさりとお母さんに肯定されてしまった……私じゃどうにもできないわ……」

 かなめがポツリとそうつぶやく。同じようにアメリアまでもががっくりとうなだれた。携帯端末から聞こえるかえでとリンの変態トークに笑って答える薫の様子を察して誠達は恐怖に打ち震えた。

「かなめちゃんのお母さんの交渉術は凄いのね。これじゃあランちゃんの『恋愛禁止』命令が崩壊するのも時間の問題。さすがは『甲武の鬼姫』と呼ばれて甲武国の裏の最高権力者と言われるだけの事はあるわ。甲武の闇の女宰相の力、恐るべし……」

 アメリアは諦めたように異常な娘の異常な嗜好を懇切丁寧に説明しただろうかなめの母、康子に恐ろしさを感じつつ、その原因であるかなめに目をやった。

「神前……もう諦めろ。オメエにアタシが教えてやれることは色々ありそうだな。アタシが租界でSM嬢をしていた時のテクニック。全部、教えてやるよ。立派なかえでの『許婚』……いや、『ご主人様』になってくれ。アタシ等は所詮『甲武の鬼姫』と呼ばれたあのお袋の掌の上で動き回る孫悟空に過ぎなかったんだ。すべてはあの女の差し金だ。アタシの機械の身体の全性能をもってしてもあの女には絶対逆らえねえ。それは甲武でも東和でも変わらねえ。その事実が分かったことだけが今回の収穫だ」

 半分諦めたような調子でかなめはそう言った。

「ゲームだけじゃなくてリアルの趣味も母子で似てたのね……さすがにあんなプレイは私には無理だわ。私も誠ちゃんの事は応援しているわね。誠ちゃん、立派なかえでちゃんの『ご主人様』になるのよ」

 アメリアも携帯端末から響いてくるかえでの得意とする被虐プレイの数々に向けてそう言ってあまりの出来事に固まっている誠の肩を叩いた。

「プレイってなんだ?それと二人の会話を聞いているとそんなことをしても痛いだけだろ。何が楽しいんだ?痛みを快楽として認識するのか?理解が追いつかない。それと二人ともまるで神前が日野と結婚することが決まったように話しているが、神前が認めた訳では無いだろ?なら関係の無い話じゃないか」

 まだロールアウトして8年しか経過していないカウラにはかえでの話すカウラの常識を破壊するほど過激な快楽調教の意味が今一つ理解できないでいた。

「それじゃあ、お母様は僕の事を認めてくださったんですね。安心しました。ああ、薫様の言うように二人が結ばれるのは誠さまのお覚悟がしっかりできてからと心得ておきます。誠様の丁度クバルカ中佐の腕に匹敵する大きさのアレを平然と受け入れて苦痛でなく快楽で受け止められる自信は僕にはあります!僕も『斬大納言』と甲武海軍で恐れられた女です。甲武貴族が一度吐いた言葉には責任は持ちます!」

 かえでは最後の揚げ餅を頬張るとそう言って笑顔を薫に向けた。

「まあ、あの子のゲームの趣味はアメリアさんから聞いてますし、誠がゲーム中に寝落ちした時に散々目にしていますから。それが実際にやっていいってことになったらそれこそ誠も喜ぶでしょうね」

 そう言ってほほ笑む薫とそれを見つめて安どの息を漏らすかえで。庭で雀がさえずる声が二人の間に和やかな雰囲気を醸し出していた時だった。

『誰が喜ぶか!』

 薫の言葉に合わせるかのように誠達は一斉にふすまを開いて客間に乱入した。

「ああ、誠。聞いてたの?良かったわね。かえでさんはまさに誠の理想の『許婚』よ。あのクバルカ中佐の許可が出たらぜひうちの嫁に来てもらいましょう。それまでクバルカ中佐の下で立派な『漢』になるのよ」

 満面の笑みを浮かべて薫は誠に向けてそう言った。

「あのーお母さん……僕がやっていたのはゲームであって、それを日常生活に持ち込みたいとは一度も考えたことはないですよ?それにクバルカ中佐の『漢』の基準をクリアーするのはほぼ不可能です。あの人のパワハラに近いしごきに堪える日々を送るのだけで僕は精一杯なんですから」

 誠はそこまで言って、母が自分の言うことを理解していないことが分かったので説明を辞めた。

「でも、お母様。かえでさんのやってることは一部犯罪行為がありますよ。全裸徘徊は公然わいせつと言う立派な犯罪行為です。その度にランちゃんが揉み消して迷惑をかけているんですよ?それでもよろしいんですか?」

 アメリアはかえでの露出癖の事を意識してそう言った。

「深夜にバレないようにやれば良いんじゃないの?それに皆さん警察官でしょ?そんなのもみ消すなんて簡単なことだと思うんだけど?それに軍や警察が一目置くほどのクバルカ中佐が揉み消してくれるんだったら特に問題にならないような気がするんですけど違います?」

 平然とまるで『駄目人間』である嵯峨が言いそうなことを薫はさも当然のように言ってのけた。その弾むような口調から誠が察するに母、薫はすっかりかえでを気に入っているようだった。

 誠達は忘れていた。かえでが『人妻キラー』と呼ばれて『マリア・テレジア計画』と言う若妻24人に自分のクローンを孕ませた実績のある女だと言うことを。かえでにとって人妻である薫を説得することくらいの事は造作もない話だった。

「では、今日は楽しかったです。さあ、リン帰ろう。今日は僕がリンを責める日なんだから。今日はたっぷり僕がリンをかわいがってあげるよ。期待しておくんだね」

 かえではさわやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。

「かえでさん、また東都に用事がある時は寄ってらしてね。お待ちしていますわ。その時は今日持ってこなかったプレイの画像データのディスクを持ってきてくれないかしら?私も興味が出てきたから」

 かえでの変態性を受け入れている母に、誠は頭痛を覚えながら何も言えずにたたずんでいた。

「もう何も言うな……よかったじゃないか。オメエは未婚率80%の国の勝ち組20%に入れたんだ。これで生涯童貞で過ごすと言うこの東和で当たり前の男の生き方をする心配も無くなったわけだ。おめでとう……とだけ言っておくわ」

 そんなかなめの諦めに満ちた慰めも今のただ戸惑い混乱するばかりの誠の耳には届かなかった。

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