18 / 137
医務室の天使
第18話 ポエマーひよこ
しおりを挟む
運航部に向かう廊下を左に曲がると、そこには小さな白い看板に明らかに女性の書いた筆文字で『医務室』と書かれているのが目に入ってきた。
「ここだ」
島田はそう言うと咳払いをして扉を開いた。
「ひよこちゃん!居るー?」
彼は軽い調子でそう言って医務室の中に誠を案内した。
「失礼しまーす」
誠は仕方なく島田に続いて医務室に入った。
医務室の中はまるで中学高校の保健室のように、白いパーテーションが目に付く明るい壁紙の張られた部屋だった。
「はーい」
パーテーションの奥から出てきたのは、小柄なカーリーヘアーの髪の『少女』だった。
「こいつが今度来た……」
「誠さんですよね!私も苗字が『神前』なんですよ!奇遇ですね!」
小柄な実働部隊の夏季勤務服姿のひよこが誠の目の前に飛び出してくる。その勢いに押されて誠は思わずのけぞった。
「ごめんなさい……大丈夫ですか?」
ひよこは正直、『かわいい』感じだった。年齢は幼く見えるが、看護師と言うことは短大か専門学校は出ているはずなので二十歳ぐらいと言う所だろうか。誠はなんとなくうれしくなって彼女のまん丸の瞳に恐る恐る目を向けた。
照れている誠の顔をどんぐりのような丸い瞳が見つめてくる。思わず誠はこれまでの女性陣には感じたことのないときめきを感じながら頭を掻いた。
「神前ひよこさんですよね?」
「はい!神前ひよこです。今年の春からこの実働部隊にお世話になってます」
そう言って笑いかける幼く見える姿を見て誠は思わず頬を赤らめた。
「こう見えても東和陸軍医療学校の看護学科卒の正看護師だぞ!まあ、包帯を巻くのは……うちの兵隊の方が得意だけど」
「すみません……」
島田が口を滑らすとすぐにひよこは落ち込んだように首を垂れた。
「いやあ!うちも若いのが多いから!前のおばちゃんが定年で辞めたからどんな人が来るかなーとか言ってて!そこにひよこちゃんみたいなかわいい子が来て!……」
「でも……私……新米だし……経験もあまり……」
「関係ないから!経験とか無くていいから!」
いじけるひよこと焦る島田の掛け合いが繰り広げられる。そのコンビに誠はただ何も言えずにたたずんでいた。
次の瞬間、誠は背後に視線を感じて振り返った。
ドアの隙間から整備班の制帽の白いつばがいくつも覗いているのが見えた。
「島田先輩……あの人達……」
ひよこに愛想笑いを続けている島田に誠は思わず声をかけた。
「言っとくぞ神前。オメエが下手にひよこに手を出すと……血を見るぞ……ひよことオメエの部隊の小隊長はコアなファンが多いからな」
「小隊長って……カウラさん?コアなファンって……」
島田は誠の耳にそうささやくと頭を掻きながら部屋の扉に向かった。
「じゃあ、ごゆっくり!」
整備班の野郎共の敵意の視線を浴びながら、誠は明らかにひよこを意識している島田の背中を見送った。
『オメエ等!覗きは犯罪だぞ!詰まらねえことしてるくらいならランニング!グラウンド10週!走れ!』
医務室の外で島田の叫びがこだました。
「誠さん……」
島田を見送った誠のすぐそばにいつの間にかひよこが立っていた。
誠はひよこのふわふわした黒髪に視線を送る。思わずその肩に手を伸ばしてもいいんじゃないかと言う妄想にとらわれそうになった時、ひよこは一冊の本を誠に手渡した。
「あの……」
「これ、私のポエムなんです……読んでくれますか?」
「ポエム……」
文系科目まるでダメの誠には歌心などあるはずもない。これまで付き合った女性も理系女子だった誠にとって初めて見るポエムノートは不思議なものに思えた。
「ポエム……詩……歌……」
独り言をつぶやきながら誠はそのポエムノートの表紙を開いた。
あまりうまくないウサギとタヌキのようなものが描かれた裏表紙に誠は少し嫌な予感を感じていた。
次のページには確かに詩が書いてあった。
『夏の風……少し暑い日々……夏の風……生き物を育てる風……夏の風……』
硬直しながら誠はひよこのポエムを黙読した。正直、誠にはよくわからなかった。
「どうですか?」
「まだ一ページしか読んでないんですけど……」
誠がそう言うと、ひよこは明らかに落胆したような表情を浮かべる。
「いや!僕は国語がまるでダメだから!漢字が読めるだけで!詩とか、歌とか全然わからないんだ!うん!」
「わからないんですね……伝わらないんですね……私……」
明らかに落ち込んでいるひよこに誠はただ苦笑いを浮かべていた。
そして、誠に分かったことは、ここは長居は無用だということだった。
「ごめんね……僕は他にも挨拶をしなきゃなんないところがあるから!」
さわやかお兄さんを演出しつつ、誠はそのまま医務室の扉に手をかけた。
「誠さん!頑張ってくださいね!」
また明るくなったひよこの声を聴いて誠は確信した。彼女はかなり躁鬱激しい詩的少女なのだと。
誠はひよこに見送られて医務室を後にした。
「ここだ」
島田はそう言うと咳払いをして扉を開いた。
「ひよこちゃん!居るー?」
彼は軽い調子でそう言って医務室の中に誠を案内した。
「失礼しまーす」
誠は仕方なく島田に続いて医務室に入った。
医務室の中はまるで中学高校の保健室のように、白いパーテーションが目に付く明るい壁紙の張られた部屋だった。
「はーい」
パーテーションの奥から出てきたのは、小柄なカーリーヘアーの髪の『少女』だった。
「こいつが今度来た……」
「誠さんですよね!私も苗字が『神前』なんですよ!奇遇ですね!」
小柄な実働部隊の夏季勤務服姿のひよこが誠の目の前に飛び出してくる。その勢いに押されて誠は思わずのけぞった。
「ごめんなさい……大丈夫ですか?」
ひよこは正直、『かわいい』感じだった。年齢は幼く見えるが、看護師と言うことは短大か専門学校は出ているはずなので二十歳ぐらいと言う所だろうか。誠はなんとなくうれしくなって彼女のまん丸の瞳に恐る恐る目を向けた。
照れている誠の顔をどんぐりのような丸い瞳が見つめてくる。思わず誠はこれまでの女性陣には感じたことのないときめきを感じながら頭を掻いた。
「神前ひよこさんですよね?」
「はい!神前ひよこです。今年の春からこの実働部隊にお世話になってます」
そう言って笑いかける幼く見える姿を見て誠は思わず頬を赤らめた。
「こう見えても東和陸軍医療学校の看護学科卒の正看護師だぞ!まあ、包帯を巻くのは……うちの兵隊の方が得意だけど」
「すみません……」
島田が口を滑らすとすぐにひよこは落ち込んだように首を垂れた。
「いやあ!うちも若いのが多いから!前のおばちゃんが定年で辞めたからどんな人が来るかなーとか言ってて!そこにひよこちゃんみたいなかわいい子が来て!……」
「でも……私……新米だし……経験もあまり……」
「関係ないから!経験とか無くていいから!」
いじけるひよこと焦る島田の掛け合いが繰り広げられる。そのコンビに誠はただ何も言えずにたたずんでいた。
次の瞬間、誠は背後に視線を感じて振り返った。
ドアの隙間から整備班の制帽の白いつばがいくつも覗いているのが見えた。
「島田先輩……あの人達……」
ひよこに愛想笑いを続けている島田に誠は思わず声をかけた。
「言っとくぞ神前。オメエが下手にひよこに手を出すと……血を見るぞ……ひよことオメエの部隊の小隊長はコアなファンが多いからな」
「小隊長って……カウラさん?コアなファンって……」
島田は誠の耳にそうささやくと頭を掻きながら部屋の扉に向かった。
「じゃあ、ごゆっくり!」
整備班の野郎共の敵意の視線を浴びながら、誠は明らかにひよこを意識している島田の背中を見送った。
『オメエ等!覗きは犯罪だぞ!詰まらねえことしてるくらいならランニング!グラウンド10週!走れ!』
医務室の外で島田の叫びがこだました。
「誠さん……」
島田を見送った誠のすぐそばにいつの間にかひよこが立っていた。
誠はひよこのふわふわした黒髪に視線を送る。思わずその肩に手を伸ばしてもいいんじゃないかと言う妄想にとらわれそうになった時、ひよこは一冊の本を誠に手渡した。
「あの……」
「これ、私のポエムなんです……読んでくれますか?」
「ポエム……」
文系科目まるでダメの誠には歌心などあるはずもない。これまで付き合った女性も理系女子だった誠にとって初めて見るポエムノートは不思議なものに思えた。
「ポエム……詩……歌……」
独り言をつぶやきながら誠はそのポエムノートの表紙を開いた。
あまりうまくないウサギとタヌキのようなものが描かれた裏表紙に誠は少し嫌な予感を感じていた。
次のページには確かに詩が書いてあった。
『夏の風……少し暑い日々……夏の風……生き物を育てる風……夏の風……』
硬直しながら誠はひよこのポエムを黙読した。正直、誠にはよくわからなかった。
「どうですか?」
「まだ一ページしか読んでないんですけど……」
誠がそう言うと、ひよこは明らかに落胆したような表情を浮かべる。
「いや!僕は国語がまるでダメだから!漢字が読めるだけで!詩とか、歌とか全然わからないんだ!うん!」
「わからないんですね……伝わらないんですね……私……」
明らかに落ち込んでいるひよこに誠はただ苦笑いを浮かべていた。
そして、誠に分かったことは、ここは長居は無用だということだった。
「ごめんね……僕は他にも挨拶をしなきゃなんないところがあるから!」
さわやかお兄さんを演出しつつ、誠はそのまま医務室の扉に手をかけた。
「誠さん!頑張ってくださいね!」
また明るくなったひよこの声を聴いて誠は確信した。彼女はかなり躁鬱激しい詩的少女なのだと。
誠はひよこに見送られて医務室を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる