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ある若者の運命と女と酒となじみの焼き鳥屋

第85話 とりあえずの世間話

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「じゃあ、いつものコースでいいわよね」

 アメリアはそう言って一同の顔を見回す。注文を待つ店員のおじいさんの隣に現れた春子がニコニコ笑顔を浮かべていた。

「俺!豚串追加で。前回足りなかったんで」

 島田がタバコをくゆらせながらつぶやいた。

「神前、レバーはやるわ。アタシあれ、苦手だから」

「はあ」

 かなめの言葉にレバーがあまり好きではない誠も命が欲しいのでうなづくしかなかった。

「分かったわ。源さん!盛り合わせ7人前に豚串!」

 春子はそう言って奥の冷蔵庫に向かった。

「ここ……よく来るんですか?」

 誠はとりあえず一番話題を振らないとめんどくさそうなかなめに話しかけた。

「来るよな。まあ……アタシは週に1回ぐらいだけど……」

「私と正人とパーラは週二できてるわよ!」

 かなめを差し置いてサラが元気に答えながら春子から渡されたビールの中瓶を隣のカウラに手渡した。

「私は運転してきているんだ。飲まないぞ」

 そう言うとカウラはビール瓶を誠に手渡す。

「じゃあ、注いでよ。誠ちゃん」

 背後からやってきた小夏からグラスを受け取ったアメリアはそう言って誠にビールを注ぐように促した。

「じゃあ注ぎますね」

 誠はそう言ってビール瓶を手にアメリアに向き直った。

「ちゃんと『ラベルは上』にして注ぐのよ。それがうちのルールだから」

 笑顔のアメリアは相変わらずの糸目で誠からはその考えているところがよくわからなかった。

「烏龍茶……は、パーラさんとカウラさんだけ?」

 春子が烏龍茶の入ったグラスをパーラとカウラのカウンターに並べる。パーラはビールをサラのグラスに注ぎながら静かに頭を下げていた。

「そう言えば、隊長達は来ないんですか?」

 それとなく誠が隣のカウラに尋ねる。カウラは一口、烏龍茶を口にすると真顔で誠に向き直る。

「隊長は小遣い三万円だ。こんな店に来る金があるはずがない」

 カウラはそうはっきりと断言した。

 誠は嵯峨が高校生並みの小遣いで、どうやってエロい店に行く資金を捻出しているのか不思議に思いながらかなめに目をやった。

「ああ、叔父貴か?そう言う店の前をウロチョロするだけで行ってねえよ。そう言うことに金を使いそうだから娘から小遣いを制限されてるの」

 乾杯を待たずにラム酒のグラスを傾けるかなめの言葉に、少しばかり嵯峨と言う上司の寂しい背中が思い出される誠だった。
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