遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第二十四章 『特殊な部隊』を監視する眼

第71話 廃帝の影、合衆国の眼

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 アメリカと東和共和国には国交は無かったが、アメリカ政府は東和に連絡事務所を置いていた。

 そのアメリカの東和事務所ナンバーのアメリカ製高級乗用車が停められていた。

 薄汚れたここ豊川市の古い住宅街の中でその車は一際、目立っている。アメリカ事務局陸軍三等武官はあくびをしながら目の前のすすけた遼州同盟司法局下士官寮を眺めていた。

「おじさん!サボってるな。これは連絡事務所に通報モノだな!」 

 不意に窓を叩く野球帽を被った少年を見つけて、彼のあくびも止まった。

「クリタ中尉じゃないですか、脅かさないでくださいよ」 

 運転席の窓を開けて、少年を見た。10歳にも満たないクリタと呼ばれた少年は手にしていたコンビニの袋からアイスクリームを取り出した。

「クリタ中尉ねえ……僕の名前なんてどうでもいいんだろ?君達にとっては。僕は所詮『抗体』に過ぎない。君達が『生体実験』で壊した本来『廃帝』の『抗体』になるべき存在のコピーとしてね。そんな過ぎたことはどうでも良いんだ。どうだい、様子は」 

 いたずらっ子の視線と言うものはこう言うものだ。武官はバニラアイスのふたを開けながら少年を見つめていた。そして、少年の言葉が彼もまた法術師であり、法術師についてアメリカが深く関与している事実を示していることを意味していた。

 そんな言葉を誰が通るか分からない裏路地で語りだす少年に半分呆れながら三等武官は緊張した面持ちで少年をにらみつけた。

「こんな誰が聞いてるか分からない場所で『廃帝』の話はしないで下さいよ。その我々が壊した『抗体』が選んだ『廃帝』に対する対抗手段を持つ青年の様子ですが……いつもと変わりはありませんよ。昼ですから食事でもしてるんじゃないですか?」 

 三等武官は退屈していた。

 実際、彼に与えられた任務は嵯峨惟基が選んだ青年、神前誠の監視だった。しかし、嵯峨惟基が隊長を務める『特殊な部隊』は、『近藤事件』以降、何1つ行動を起こすことが無かった。二十世紀末の不便な環境と地球人に対する敵対意識にさらされる毎日を送ることに三等武官は飽きていて、さっさと嵯峨惟基に『廃帝』を排除してもらい、自分の任務が終わって帰国する日を心待ちにしていた。

 少年は玄関を見つめる。虎縞の猫が門柱の影で退屈そうに周りを見回している。

「クリタ中尉。あなたが来るほどのことは無いと思いますが。マコト・シンゼン単独では『廃帝』に対抗できないことはデータも証明しています。貴方が動くときは『廃帝』の居場所を我々が特定した時。それだけは忘れないでください」

 宇宙の警察を自認するアメリカにとって『廃帝』の存在は許しがたいものだった。本来はその『抗体』として生を受けた嵯峨惟基が対抗手段として考えられたが、アメリカ陸軍の上層部は彼の戦争犯罪を理由に嵯峨惟基を生体解剖し、遼州人の法術師の持つ能力を徹底的に調査する道を選んだ。

 結果、嵯峨惟基は『使い物にならない法術師』となり、新たな『抗体』としてそのクローンであるこの少年を作り上げた。

『所詮、コピーに過ぎないくせに。役目が終われば消されるよ、君は』

 三等武官は自分に生意気な口を利く少年をそんなことを思いながら眺めていた。 

「おじさんの心くらい僕は読めるんだ。どうせ僕は使い終わったらポイでしょ?壊れるまでに何人殺せるか、が僕の価値だからさ」

 自分の心まで読む少年の存在に三等武官は恐怖を感じた。

「あの嵯峨惟基が選んだ青年なんだろ?マコト・シンゼンは。一度はマコト・シンゼンに挨拶するのが礼儀と言うものだろ?『廃帝』の排除が済んだ後はいずれ手合わせをすることになるかもしれないんだから……所詮、僕のコピー元のあの男の部下だろ?あの人は……途中で悲鳴をあげた。肉体が砕ける音と、脳波の乱れが最高だった。人間って本当に壊れるんだね。それまでも何度も心臓を雌で切り裂かれる体験をしてきたというのに、僕の前では何もできないんだ。すべてを抜き取られて僕にすべてを吸い取られた抜け殻……マコト・シンゼンの部隊の隊長はそう言う男なんだよ……会ってみたいな……マコト・シンゼン。殺すべきか、友達になれるか、試してみたいんだ」

 クリタと呼ばれた少年は手にしていたバニラアイスのしずくを舐め取りながら少年らしいあどけない笑みを浮かべた。

「最近ね、蟻を潰すのが趣味なんだ。動きが面白くて」
 
 うずくまった少年がアイスの棒で地面を突くたび、黒い粒が潰れる音がする。その音を聞くたびに三等武官は寒気を覚えた。

「確かにあなたの言う通り、『廃帝』が排除されても脅威として司法局実働部隊が存在し続ければ……合衆国としても対抗手段を取らなければならなくなる。危険すぎる、この連中は」

 三等武官もこの『特殊な部隊』に力が集まりすぎている事には危機感を感じていた。

「まあ、彼等には今のところ合衆国と敵対する理由が無い。いっそ仲良く協力するって言うのはどうだろう?嵯峨惟基も『廃帝』に対する『抗体』として産まれたんだからきっと協力してくれるよ」

 能天気に少年はそう言うとアイスクリームを舐めた。

「それは考えられませんね。嵯峨惟基に合衆国がしたことを彼が恨んでいないはずはない。協力の申し出など袖にされますよ。それと、もしどうしてもマコト・シンゼンに会いたいなら明日の出勤時刻にでもここにいれば必ず見られますよ。真面目そうなごく普通の青年です」 

 助手席に座っている情報担当事務官がそう言いながら手にしたチョコレートバーを舐め続けていた。

「まあ、急ぐ必要は無いさ。それに今のところ嵯峨惟基も彼の選んだ戦力も合衆国の目の届く範囲内にいる。もし動きがあるとすれば『廃帝』が動き出してからだろうね」 

 『廃帝』が動き出すと言う言葉を聴いて、三等武官は眉をひそめた。

「言いたいことはわかるよ。一昨日、早速『廃帝』の手のものがマコト・シンゼンにそれなりの法術師を使って襲撃をかけたと言う話じゃないか。しかし、あれは挨拶位のものなんじゃないかな。これまでの『廃帝』の動きは君が予想しているよりもかなり広範囲にわたっている」 

 クリタ少年はそう言うとアイスの蓋をを舐め始める。

「しかし、本当に存在するのですか?『廃帝』は……私に言わせると……存在自体があり得ない……アメージングだ」 

 願望を込めた口調でそう言って見せる三等武官にクリタ少年は微笑みを返した。

「おじさん、まだ『廃帝』なんて存在しないって思ってるんだね?……かわいそう。僕は見たよ、これは研究所に言わないでね。そうすると僕としても後で叱られて面倒なんだ。あの男は確かに存在する……この『東和』に……そうでなければ嵯峨と言う男は『法術』の存在の公表と言うジョーカーを切る必要は無かっただろうね……そもそも法術師の存在自体が地球科学ではありえない話なんだから仕方ないね……ただ『廃帝』は存在している。それ以上のことは言えないね僕からは。詳しいことは本国の研究所の偉い人に聞いてよ。僕も自分が『廃帝』の『抗体』であること以外の知識はおじさんと大して変わらないんだ。ごめんね」 

 言っていることは物騒な武装組織の話だというのにその表情は子供だ。三等武官は思った。状況を楽しんでいる。まるでゲームじゃないか。そんな言葉が難解も頭をよぎる。

「それを知る権限は私には有りませんよ」 

 三等武官の言葉に野球帽の唾をあげて少年は答えた。

「じゃあ、話はここまでだ。僕は嵯峨惟基のコピーだからね。しかも、合衆国が『最強の法術師』である彼を壊す前のコピー。つまり、僕が最強なんだ。僕が最強。だって、殺す方法を知ってるからね。ほとんどの人間の……おそらく僕が殺す方法を明確に知らないのは『廃帝』くらい……ああ、君が心配する必要は無いよ。僕はなんと言ってもその『廃帝ハド』を倒すために存在する『抗体』なんだ。負ける要素が無い」

 そう言うと、少年はそのまま三等武官の乗る車から離れた。

『こいつは……我々が作った『兵器』じゃない。ただの『化け物』だ』

 三等武官は冷酷な表情を浮かべる少年を見てそう確信した。
 
「研究所の人がそう言うんだから間違いないよ。『廃帝』がもし僕の存在を知ったら、その野望を中断して地下に潜るくらい僕は強いって……所詮、力のないおじさんには分からないかな?」

 馬鹿にした口調で少年はそう言った。

『所詮は『陸軍実験部隊』の研究員の言うことを鵜吞みにしているだけか……子供だな』

 三等武官は少年が実際に『廃帝』への対抗手段として機能するのか不安に思えてきた。

「マコト・シンゼン。彼はそれほど強くない法術師だ。それがどうして『廃帝』への対抗手段として選ばれたのか……会えばきっと分かるとおもうんだ。じゃあ、事務所に帰るから。何か動きが有ったら教えてくれると嬉しいな……あ、猫だ」
 
 クリタは門柱にうずくまっていた猫に近づくと、足を振り上げて……やめた。

「やめとこ、死ぬとこだったかもね、にゃーさん」

 そう言って無邪気に笑うその顔に、三等武官は思わず寒気を覚えた。

 悠然と立ち去る少年の後ろ姿に畏怖の念を抱きながら、三等武官はその視線を下士官寮へと移した。

「マコト・シンゼン……ことの始まりか……『廃帝』の野心に地球圏を巻き込むのはやめてくれると助かるんだが……『廃帝』が彼の野望に地球圏を巻き込まないと約束してくれれば俺は国に帰れる……合衆国は、こんな不安定な『爆弾』に未来を預ける気か?いっそのこと『特殊な部隊』に全部任せて遼州の利権を我が国も諦めるべきなのかもしれないのに……」

 三等武官は先ほどの少年の冷たい視線を思い出して背筋を凍らせながら何も起きることの無いであろう経年劣化の目立つ寮をただ眺めていた。


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