遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第二十五章 『特殊な部隊』のこだわり

第72話 図書館拡張計画:百合と縄と女王様

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「じゃあこれを『図書館』に運びましょう!」 

 昼食を終えたアメリアが誠達一同に声をかけてつれてきたのは駐車場の中型トラックの荷台だった。

「『図書館』?」 

 誠は嫌な予感がしてそのまま振り返った。

 『図書館』

 それはそのインテリジェンスな印象とは名ばかりで、実態はこの寮の住人たちがこっそり持ち寄ったアダルトな書籍やゲームを保管する、いわば『煩悩の倉庫』の通称だった。

「逃げちゃ駄目じゃないの、誠ちゃん!あの部屋、この寮の欲望の詰まった神聖な隠し部屋よ!」 

 そんなことを口走るアメリアの言葉には情熱があふれていた。

「あそこですか……」 

 あきらめた誠が頭を掻く。確かにアダルトゲームに造詣の深いアメリアならあの部屋に持ち込むゲームの数は相当な量になることは誠にも想像がつく。純情であまり『図書館』には近づかない西はそわそわしながらアメリアを見つめた。

「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんですけど」 

 ひよこは明らかに戸惑った様子でアメリアを見つめていた。

「それはね!これよ!ひよこちゃんは純粋だから表紙しか見ちゃだめよ。西君も男なんだからこれから逃げちゃダメ!ちゃんとお姉さんが良いのを選んであげるから!」 

 そう言ってアメリアはダンボールの中から一冊の冊子を取り出してひよこに渡す。ひよこはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアメリアを見つめた。絡み合う裸の美少年達の絵の表紙。誠は自然と愛想笑いを浮かべていた。

「わかったんですが……その……あの……」 

 いきなりボーイズラブモノの成人漫画を見せられてひよこは顔を真っ赤に染めた。誠は日中からそのような本を純情なひよこに見せているアメリアに冷ややかな視線を送った。

「ぼ、僕はそういうのはまだ……いや、興味がないわけじゃなくて……」
 
  同じくアメリアに人妻モノの同人誌を渡された西は顔を赤くしながらアメリアから目を逸らした。

「誠ちゃん。なによその目?まるでアタシが変態みたいじゃないの」 

 アメリアはそう言って他にも冷たい視線を投げてくる周りの人々に自分の主張を叫んだ。

「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな。そう言う趣味があっても普通は隠れて人のいないところで見せるもんだ。天下の往来でそんなことをやるな。時と場所を考えろ!それと神前をそんな世界に巻き込むな!穢れる!」 

 後ろからかなめが茶々を入れる。アメリアは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。

「酷いこと言うわね、かなめちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ。あれはかなり変態性の高い作品だったわねえ……女性上位のM男調教物の……」

 アメリアはそう言いながら自分のコレクションの乗せてあるトラックの荷台に向って歩き始める。 

「いえ!中佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」 

 かなめのわざとらしい豹変に成り行きを見守っていたサラとパーラが白い目を向ける。そう言うかなめの足下は怪力無比なサイボーグの割にどこかよろけているように見えた。ただ、かなめが『女王様』でドSの変態性の持ち主なのは誰もが知っている事なので、とりあえずと言うことで、ひよこと西が表情も変えずにダンボールを抱えて寮に向かった。

『アメリアさんがそっち系の変態なのは間違いないが、憎めないのがアメリア中佐のすごいところだ……』

 誠はそんなことを考えながらアメリアの欲望が詰まった同人誌の入った段ボールを抱えて『図書館』に向った。

「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ……昨日部屋にあった奴は壊れていて使い物にならないから全部処分しちゃいましたし」 

 一際重いダンボールを持たされた誠がなんとか持ちやすいように手の位置を変えながらつぶやく。左右に揺れるたびに手に伝わる振動で誠は中身が雑誌の類だろうということが想像できた。

「ああ、それね。今度もまた島田君とサラに頼んどいたのよ」 

 こういう時は段取りの良いアメリアがさもそれが当然と言うようにそう言った。

「アイツ等も良い様に使われてるなあ。アメリア、二人のどんな弱みを握ってる?教えろ。後でアタシもそれを利用して楽をする」 

 誠の横を歩くかなめはがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。

「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。かなめちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」 

 『図書館』を自分の趣味に染め上げることが寮の発展に繋がると信じ切っている表情がアメリアの顔には浮かんでいた。

「私は遠慮する」 

 即答したのはカウラだった。それを見てかなめはざまあみろと言うように手ぶらで荷物持ちを先導しているアメリアに向けて舌を出す。

「オメエの趣味だからなあ。ここの野郎共の変態性がさらに高まるぞ。まあ、アメリアを襲う物好きはいねえか。おばさんだもんな」

 かなめはそう言ってアメリアにとってのNGワード『おばさん』と言う言葉を口にした。 

「誰がおばさんですって!二歳しか違わないじゃないの!」 

「その二歳が重要なんだよ!なあ、三十路」 

 かなめが反論するアメリアにさらに追い打ちをかける。そんな二人を見て噴出した西にかなめが蹴りを入れた。

「まあ、馬鹿はこれくらいにして。階段よ!気をつけてね」 

 すっかり仕切りだしたアメリアに愚痴りながら誠達は寮に入った。

「はい!そこでいったん荷物を置いて……」 

 アメリアは指示を出すばかりで自分のコレクションを自分で運ぼうと言う気配は感じられなかった。誠はそこがいかにも要領だけは良いアメリアらしいと思いつつ良いように使われている自分を恥じた。

「子供じゃないんですから。言われなくともわかります」 

 先頭を歩いていたいつもは穏やかなポエマーひよこがそう抗議するように言いながら手早く靴を脱ぐ。西の段ボールから落ちた冊子を拾ったカウラが真っ赤な顔をしてすぐに、西の置いたダンボールの中にもどしてしまう。

「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?それまで部屋に段ボールのまま積み上げとくんですか?」

 誠は作業が速すぎるような気がして段取りだけが取り柄のアメリアにそう尋ねた。 

「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」 

 さすがのアメリアもそこまで考えていなかったらしくごまかすようにそう言った。

「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?アタシは……いや、何でもない。聞かなかったことにしろ」 

 そう言ったかなめにアメリアが生暖かい視線を送る。その瞬間アメリアの顔に歓喜の表情が浮かぶ。

「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」 

 自分の言葉に気づいてかなめはうろたえていた。

「何が?別に何も私は言ってないんだけど」 

 アメリアは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。

「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」 

 そう言うとかなめは誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ。

「西園寺さん」 

 声をかけると後ろに何かを隠すかなめがいた。

「脅かすんじゃねえよ」 

 引きつった笑みを浮かべるかなめの手には一冊の薄い本が握られていた。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。

「西園寺は何をしている?」 

 突然姿を消したかなめを不審に思ってカウラは誠にそう尋ねた。

「さあ何でしょうねえ……トイレじゃないですか?」 

 先頭を切って上がってくるカウラに誠はわざとらしい大声で答えた。それが人情と言うものだ。誠にはそう思えた。二階の廊下に二人がたどり着くと空き部屋の前にはかなめが薄い本を立ったまま読んでいるのが目に入る。

「西園寺、サボるんじゃない!」

 事態を理解していないらしいカウラがそう言ってかなめから薄い本を取り上げた。そこには荒縄で縛られた女性を鞭打っている『女王様』の女性が描かれている。

「その……なんだ……このことは忘れろ」

 かなめは珍しく気弱な調子でカウラと誠に向けて懇願するようにそう言った。

「かなめちゃんさすが手が早いわね。その作者、アタシの知り合いだから……かなめちゃんの好きなレズSMモノの好みのシチュエーションを教えてくれれば、新作を書いてくれるかもよ」 

 アメリアの生暖かい目での提案にかなめは一瞬歓喜の表情を浮かべた後、口をへの字に曲げて怒りの表情にそれを変えて壁を蹴飛ばした。

「そんなことしたら壊れちゃうわよ!でも、リアル『女王様』とお話ししたいって言ってたから……東都戦争の時、非合法のSMクラブに身分を隠して務めてたそうじゃないの。ケチケチせずに教えてあげなさいよ、その体験」 

 気が利くひよこがすばやくかなめの蹴った壁を確かめる。不機嫌なかなめを見てアメリアはすっかりご満悦だった。

「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 

 そう言うとアメリアは図書館の手前の空き部屋の鍵を開ける。

「なんでオメエがここの鍵持ってんだよ。いつの間に島田から借り出したんだ?」 

 確かにアメリアが『図書館』の隣の空き部屋の鍵も開けることができるマスターキーを持っているのは謎だった。

「いえね、以前サラが島田君にスペアーキーもらったのをコピーしたのよ」 

 そう言うとアメリアは扉を開く。誠は不機嫌そうなかなめからダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。

「ずいぶんな量ですね」 

 誠が見上げるような高さに積み上げられたアメリアの欲望のコレクションにただひたすら絶句していた。

「お待たせしました!ってアメリアさん。こんなにあるって聞いてないですよ」

 アメリアに頼まれてサラとお使いに行ってきた島田が、いつもは閉められたままのはずの空き部屋が開いているのが気になったのか、部屋に入ってきてそう言った。

「島田君。これでもかなり減らした方なんですよ」 

 島田にパーラが耳打ちする。

「今日はこれでおしまいなわけね。棚の設置は後日」 

 アメリアはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。

「こんなの、この部屋に置ききれませんよ!そうだ!壁をぶち抜いて『図書館』を拡張すると言うのはどうでしょう?」

 最初は困った顔をしていた島田だが、ひらめきが走ると図書館側の壁をさすりつつそう言った。

「島田君良いアイディアね。ここの寮の壁はモルタルだから打ち抜くなんて整備班の技術なら簡単でしょ?それでいきましょう。じゃあ、私は一休みしながらこの本を読むから」

 そう言ってアメリアは厚めの成人向け同人誌の総集編を読み始めた。

「好きだねえ、オメエは」 

 手にした漫画の表紙の少女の過激な股を広げた格好を見て呆れたようにかなめが呟いた。 

「何?いけないの?」

 開き直るアメリアにかなめはあきれ果てたと言うような表情を浮かべる。

「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 

 開き直るアメリアにそう言うとかなめはタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまでかなめが抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵がのぞいている。

「やっぱりこう言う趣味なのね、かなめちゃんは」 

 そう言うとアメリアはその漫画を取り上げた。

「なんですか?それは」 

 ひよこの声が裏返る。

「百合で女王様もの。まさにかなめちゃんにぴったりじゃないの!かえでちゃんと言う百合な妹が居て、一流の縄師としても知られるかなめちゃん好みの代物よ!感謝しなさい!」 

 アメリアはそう言いながらぱらぱらとページをめくる。

「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 

 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。

「ごめんね、ちょっとトイレに!」

 そう言うとアメリアは冊子を置いてカウラに続いて部屋を出て行った。

「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 

 食堂についたカウラが西に1万円札を渡す。その視線の先にはアメリアが去っていった扉があった。

「全部アメリアの荷物だからあの娘が出すのが良いんだけど、そうするとまた余計な仕事を押し付けられるかもしれないからね」 

 パーラがそう言って島田に疲れた笑みを浮かべた。

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