遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第八章 『特殊な部隊』の姫君の気まぐれ

第19話 ラムの女が選んだのは……ワインだった

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 ただ誠は寂しげに色づいていく部屋の外の景色を眺めていた。

「おーい、誠ちゃん。ひとりで黄昏てる場合じゃないよ。ヒマなら、うち来る?」 

 窓の外の景色を一人で眺めていた誠の背後で女性の声が響いた。その声に驚いて誠は思わずベランダの手すりから落ちそうになるところをなんとか体勢を立て直してドアの方を振り返った。

 オートロックなはずのドアが開かれ、誠の後ろには当然のように立つアメリアが居た。

「はあ……アメリアさん。なんでこの部屋にいるんですか?この部屋のドアはオートロックで自動的に鍵がかかると思ってたんですけど」

 誠はなぜ自分が独りになると言うことを知っているのか不思議に思いながら生返事をする。満足げにアメリアはそれを見つめる。

「このホテルは誰の持ち物だと思ってんだ? ちゃんと持ち主の許可をとれってんだよ!」

 闖入者はアメリアだけでは無かった。その後ろにはかなめが怒りの表情を浮かべていた。

「それはここのオーナーの持ち物でしょ?確かにかなめちゃんの家来かもしれないけど……許可を取るならその方になるんじゃないかしら?」

 とぼけたようなアメリアの後ろから怒鳴り込んできたかなめにアメリアはとぼけた調子でそう言った。そしてそのまま窓辺に立っている誠の目の前まで来るとしばらく黙り込む。

「あの……西園寺さん?」

 誠の言葉を聞いてようやくかなめは何かの決意をしたように誠を見上げてきた。

「その……なんだ。ボルドーの2302年ものがあるんだ。いつも通りカウラとアメリアだけで飲むのはつまらねえからな。良いんだぜ、別に酔うのは車だけで勘弁って思ってるんだったらアタシが全部飲むから。味の分からねえ人造人間に飲ませるほど安物の酒じゃねえからな」 

 かなめをちらちら見ながらアメリアがもみ手をしながら近づいてくる。それは先ほどのかなめに対する挑発的な態度を翻す、誠から見ても卑屈な態度だった。

「いいワインは独り占めするわけ?ひどいじゃないの!私達にも一口くらい……お願いよ。私も一度はそんな高いワインを飲んでみたいのよ」 

 もみ手をしながらアメリアがかなめに向けて頭を下げた。開かれたドアの外ではカウラが困ったような表情で二人を見つめているのがベランダにいる誠からも見える。

「え? 僕も……いいんですか? 本当に?」

 少し戸惑いながらも、かなめの目が真剣なのを見て、誠は静かにうなずいた。

「持ち主のアタシが飲ませたいって言うんだから良いんだよ!それと、アメリア!オメエ等はそのおまけだからな!そこんところ自覚しとけよ!」

 仕方が無いと言うようにかなめはアメリアに譲歩した。満足そうに頷いているアメリアが突然誠の手を握った。突然のアメリアの行動に誠は思わず声を出しそうになった。

「何やってんだ?オメエは」 

 タレ目なので威圧してもあまり迫力が無いが、かなめの機嫌を損ねると大変だと誠は慌てて手を離す。いつものように冷ややかなカウラにも冷たい視線で見つめられて廊下に出た誠は沈黙が怖くなり思わず口を開いた。

「でもなんでワインなんですか?西園寺さんと言うと強い酒しか飲まないイメージがあるんですけど」

 かなめが愛飲しているのはラム酒である。時々、テキーラやウォッカを飲むらしいと他の隊員達から聞いたことがあるが、誠の中ではアルコール度の低いワインをかなめが好んで飲むイメージが無かった。 

「アタシの柄じゃねえって思ってんだろ?言っとくがな、甲武の殿上貴族ってのはな、酒の『熟成』と『血統』だけは語れるもんなんだよ!それに日暮れ前だ、ラムにはまだ早いってところだ。それにワインは寝かせれば寝かせるほど旨くなるウィスキーと並ぶ不思議な酒だ。酒飲みとしては興味を惹かれるものなんだよ!」 

 自他とも認める酒飲みであるかなめの言葉に誠も納得するしかなかった。

「バスの中では日も高いと言うのにあんなにラムを飲んでたのに……まだ飲むんですか?」

 頭を掻きながらかなめが見つめてくるので、笑みを作った誠はそのまま彼女について広い廊下の中央を進んだ。

 やわらかい乳白色の大理石で覆われた廊下を歩く。時折開いた大きな窓からは海に突き出した別館が見える。かなめは先頭に立って歩いている。

「本当にすごいですね。こんな立派な建物に入るの初めてです」 

 別館に向けて開かれた巨大な窓の外に広がる眺望に誠は息を呑んだ。広がる海。波の白い線、突き出した岬の上の松の枝ぶり。

「アタシは嫌いだね、こんな風景。成金趣味が鼻につくぜ」 

 先頭を歩くかなめは吐き捨てるようにそう言った。こう言うとっておきの風景を見慣れすぎたこの人にはつまらなく見えるのだろうと誠は思った。

「でも、そのワインってどこにあるんですか?厨房ですか?」

 ホテルと言うものとかなめの貴族の生活が理解できない誠は自分でも間抜けだとは思いながらもそう言った。

「オメエなあ……アタシの部屋にある。あそこはアタシ以外立ち入り禁止だ。信用してねえわけじゃねえよ。ただ……金目のモンの前じゃ人間ってのは一番信用できねえからな」

 かなめは誠との常識の違いに呆れつつ、そう言って先を急いだ。

「そんなに庶民が信用できないの?そんな態度じゃお父さんが泣くわよ」

 冷やかすようにアメリアはそう言った。

「この前も東都の一流ホテルで見習いの料理人がワインを盗んで売ってたのが東都警察に捕まった事件があった。アタシは基本的に他人は信用しないの!」

「ひどいこと言うわね。そう言う割には誠ちゃんには親切ね。気が有るんじゃないの?」

「うるせえ!」

 極端な事件の話をしたかなめをアメリアがからかっている。それはいつもの隊でのよくある光景だった。

 誠は場違いな場所に来てしまったと思いながらも変わらないかなめ達に安心感を抱いていた。

「しかもそのワインは貰いもんだ。あんまり好きじゃない奴からの贈り物でね。アイツも宰相である親父に媚びを売って傷物のアタシを妻に迎えて関白の位が欲しいだけの中身はスカスカの糞野郎なんだ、貰ったもんが良い物なのはアタシみたいなガサツ娘でも分かる。だからとっとと飲んで消化しちまおうって話だ。アタシの身分を知って近づいてくる奴には碌な奴が居ねえ。特に若い男はそうだ」

 甲武四大公筆頭西園寺家の当主。擦り寄ってくる人間の数は万を超えたものになるだろう。擦り寄ってくる相手にどう自分を演じて状況から逃れるのか。それはとても扱いに困るじゃじゃ馬を演じること。かなめはそう結論付けたのかもしれないと誠は考えていた。

 そんなことを考えている誠を気にするわけでもなく廊下を突き当たったところにある凝った彫刻で飾られた大きな扉にかなめが手をかざした。

 扉が開いた瞬間、誠は一瞬、どこかの美術館に迷い込んだのかと思った。全面ガラス張りの壁の外側には広がる水平線が見える。誠はその光景の美しさに目を奪われた。そこはまさに地上の楽園。殿上貴族の為だけに許された自分のような庶民が踏み入れてはいけない禁断の聖域のように誠には見えた。

「これが『部屋』なら、僕が暮らしてるのは段ボール箱だな……」 

 誠は唖然とした。誠の『部屋』と言う概念を覆す光景が彼の目の前に広がっていた。

 その部屋は全面ガラス張りでその広さは誠がこれまで見たこういった空間の中では体育館の半分ぐらいの広さと言う表現しかできなかった。

 中央に置かれたのは誠があてがわれた部屋のキングサイズがかわいく見えるような巨大なベッドだった。その周りには金銀の刺繡が施された椅子やテーブルが数多く並べられている。

「まあ座れよ。ワイン取ってくる。アタシ専用のワインセラーがこの部屋の地下にあってね。ちょっと時間がかかるがすまん」 

 かなめはぶっきらぼうにそう言うと部屋の隅の大理石の張られた一面に触れる。壁が自動的に開いて、下へ向かう階段が現れた。かなめはそのまま迷うことなく自動的に点灯した明かりの中に消えていった。

「じゃあ、グラスは4つで」

 そう言うとアメリアは戸棚を開け、迷いもなくグラスを4つ選び、テーブルに並べた。動作がやけに手慣れていた。

『まったくアメリアさんは……ここでも自分勝手にふるまって……これじゃあパーラさんが運航部を逃げたがるのも良く分かるよ』

 誠はそんなことを考えながらただ黙って椅子に座っているカウラと一緒にただ借りてきた猫のようにその様子を黙って見ていた。日が沈む前の赤い日差しが部屋を真っ赤に染め上げていた。

「それにしても遅いわね。地下のワインセラーってそんなに広いのかしら。飲む銘柄は決まってるのに……もう、まったくかなめちゃんはグズなんだから」

 かなめが居ないのをいいことにテーブルに備え付けのこれも刺繍に飾られた立派な椅子に勝手に腰かけたアメリアは、立ち尽くす誠とカウラに向けて手招きしながらそう言った。 

「アメリア。誰がグズだって?それにオメエに飲ませるとはアタシは一言も言ってねえぞ。それに人の許可なくアタシのものに触れるな。穢れる」 

 かなめはそう言うと年代ものと一目でわかるような赤ワインのビンを持ってくる。その表情にいつもにない自信のようなものを感じて誠は息を呑んだ。

「かなめちゃんと私の仲じゃないの。少しくらい味見させてよ」 

 アメリアが手を合わせてワインを眺めるかなめを見つめている。

『アメリアさんの図太さはいつも感心させられるなあ……あのいつでも人を『射殺する』の一言で黙らせる西園寺さんと一歩も引かないなんて』

 そんなことを思いながら誠は二人から目を離し、辺りを見回した。どの調度品も一流の品なのだろう。穏やかな光を放ちながら次第に夕日の赤に染まり始めていた。

「ああ、この窓はすべてミラーグラスだからな。覗かれる心配はねえよ」 

 専用のナイフで器用に栓を開けたかなめがゆったりとワインをグラスに注いでいる。

「ワインの栓を抜く様は意外と様になるのね。さすが女大公殿下。手慣れていらっしゃる」

 かなめが自分の分も注いでくれている様子を見て、アメリアは嬉しそうにそう言った。 

「つまらねえこと言うと量減らすぞ。オメエに意地悪すると後で面倒だから飲ませてやるんだ。その分後で返してもらうからな」 

 そう言いながらも悪い気はしないと言うようにかなめはアメリアの方を見つめていた。カウラはじっとかなめの手つきを見つめている。

「カウラも付き合え。オメエが酒が嫌いなのは知ってるが、旨いワインは味と香りが違うんだ。テメエもパチンコばかりやってねえで少しは教養を身に付けろ」 

 最後のグラスにワインが注がれる瞬間、まるで静かな儀式のように、赤い液体が月明かりに揺れた。たぶんワイン自体を飲んだことが無さそうなカウラが珍しそうに赤い液体がグラスに注がれるのを見つめていた。


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