遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第八章 『特殊な部隊』の姫君の気まぐれ

第18話 上級国民の部屋、下級国民の胃袋

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「甲武の四大公って凄いんですね。こんなすごいホテルを家臣が保有しているなんて……ああ、被官でしたね、間違えました」

 正直これほど立派なホテルは誠には縁がなかった。誠はしょせんは普通の高校教師の息子である、それほど贅沢が出来る身分でない事は身にしみてわかっている。それ以前に安い民宿にすら誠の主な交通手段である徒歩と自転車ではたどり着かなかった。

「何でも一番安い部屋でも一泊でお前さんの月給くらい取られるらしいぞ、普通に来たら」

 島田がニヤつきながら誠を眺める。

「でしょうねえ。雰囲気からして高級感あふれてますもん。こんなところ来るの本当に初めてですよ」

 エレベータが到着し誠と島田はそのまま乗り込んだ。その後ろをなぜか菰田がついてくる。

「おい、なんでお前まで乗ってんだよ。いや、マジで意味わからん。今、心が拒絶反応起こしてるんだが?」

 島田はいつものように菰田に因縁をつけた。

「俺の勝手だ。貴様も社会人なら他人の行動をとやかく言う癖は止めるべきだな」

 島田はヤンキーらしく顎をしゃくり上げて菰田を威嚇する。菰田は菰田でこちらは顎を引いたまま黙って島田をにらみ返した。

「さて、神前。晩飯も期待しとけよ、去年も凄かったからな……伊州牛のサーロイン様がな、銀座で食えば一口で月給が吹っ飛ぶような代物なんだよ。それがタダだ。どうだ、夢みたいだろ?全く西園寺様様だ。本当にあれはうまかった特にタダと言うところが一番素敵なところだ」

「うん10万のステーキがタダ……西園寺さんちょっと凄すぎますね」

 島田の言葉に誠は正直呆然としていた。食事の話を聞くと誠は自分の胃のあたりにてをやった。体調は、いつの間にかかなり回復している。自分でも現金なものだと感心していると三階のフロアー、エレベータの扉が開いた。

 落ち着いた色調の廊下。掛けられた絵も印象派の睡蓮の絵だった。

「この絵、見たことあります……有名ですよね本物ですかね」

 誠は絵が好きだったので、画集でよく見るその睡蓮の絵を目にして感心したようにそう言った。

「さすがにそれはないだろうな。お金持ちと言っても地球の文化財をホイホイ買うほどすごくはねえだろ。まあ行こうか」

 誠の言葉をあしらうと、島田は誠から鍵を受け取って先頭を歩く。

「308号室か。ここだな」

 島田は電子キーで鍵を開けて先頭を切って部屋に入る。

「広い部屋ですねえ……これ、二人で泊まっていい広さじゃないですよ。野球部十人ぐらい泊まれるんじゃないですか?寮の部屋がまるでウサギ小屋みたいに感じちゃいますから」

 誠は中に入ってあっけに取られた。彼の下士官寮の三倍では効かないような部屋がある。置かれたベッドは2つ。大きすぎて誠の理解を超えていた。さらに奥にソファーまでも用意してある。

 大型プロジェクション。高そうな食器の並んだ高級そうな木製の棚。天井にはシャンデリアがぶら下がっている。誠は明らかに場違いな場所に来てしまった事実に気づいて少し圧倒されていた。

「それにしても……なんでテメエがいるんだよ」

 振り返った島田が背後に向ってそう叫ぶので誠は驚いて島田の視線の方に眼をやった。

「それはこっちのセリフだ。お前の方が何か間違ってここに居るんじゃないのか?」

 島田の後から部屋に入ってきたのは『ヒンヌー教団』の教祖である菰田邦弘曹長だった。

「部屋割りを担当したのはクラウゼ中佐だ。文句なら俺じゃなくクラウゼ中佐に言え」

 菰田はそう言うとキングサイズのベッドの上に自分の持ってきた荷物を置いた。その堂々とこの部屋に居座る気満々の菰田の姿を見て島田はこの場にいないアメリアに泣き言を叫んだ

「アメリアさんー。こいつ何とかしてくださいよー。邪魔ですよー。ここ二人部屋でしょ?菰田の馬鹿はどこに寝ればいいんですか?コイツベランダから突き落としていいですかー!この役立たずのマネージャーをどうにかしてくださいよー!」

 この場にいないアメリアに向けて島田は泣き言を言った。

「じゃあ僕がソファーで寝ますよ。新入りですから」

 何とか吐くものを吐いてすっきりしていた誠は新人らしくそうつぶやいた。その言葉に頷く菰田だが、島田の反応はまるで違った。

「いや、それは違うな。オメエはうちのチームのエースになるんだ。肩を冷やして投げられなくなったらことだ。俺達は合宿に来てるんだ。そして明日の練習の主役はオメエだ。菰田。オメエがソファーで寝ろ。マネージャーだろ?選手に気を遣うのは当然だろ?ソファーじゃもったいねえ、床で寝ろ。そうしろ」

 強気の島田は荷物を置きに部屋のクローゼットに顔を突っ込んでいた菰田を怒鳴りつけた。

「何言ってんだ!神前は後輩だぞ。先輩の俺がベッドで寝るのが当然だろ?それに俺は管理部部長代理。役職も一パイロットの神前よりはるかに上だ!俺がベッドで寝る。俺は冷房を直接浴びると肌が荒れる敏感肌なんだ!そんな先輩に気を遣うのが後輩である神前の務めと言うものだ!神前もそれでいいよな!そうだな!そう言え!」

 野球で攻められれば勝ち目のない菰田は役職と先輩風で誠を威圧した。

「マネージャー風情がいい気になりやがって。1万年早えんだよ!合宿の間くらいマネージャーらしく小さくなってろ!」

 予想通り先輩風を吹かせてくる菰田に向けて島田は野球部での菰田の立場を指摘して応戦する。

「いいや、あくまでも野球部は仕事の一環だ。野球部のエース?それがどうした?俺は『管理部部長代理』って肩書が有るんだ。一パイロットに過ぎない神前がソファーで寝るのが当然だろ?」

 自分の役職を盾に菰田はあくまで強気に出た。

「そんなの関係ねえ!今回は野球部の合宿だ。代わりは誰でも務まるようなマネージャー風情がデカい顔する場所じゃねえ!」

 島田と菰田の応酬は堂々巡りでいつ終わるとも知れなかった。

「まあまあ、お二人とも……」

 エキサイトしてきた島田と菰田の間に誠が割って入る。

「僕が新人なのは事実ですから。僕がソファーで寝ます。それですべて解決するんでしょ?それで良いじゃないですか?」

 気の弱い誠にはそんな妥協案しか考え付かなかった。島田も陰湿で根に持つタイプの菰田をこれ以上怒らせるのは得策ではないと判断したのか、襟を正すとそのままにらみ合っていた菰田への視線を部屋の天井へと逸らした。

「まあなんだ。このホテルは新しいから空調もしっかりしているからな。肩を冷やすこともないだろう。神前がそれで良いって言うんなら俺もそれで良い。全くマネージャーの分際で偉ぶりやがって。何様のつもりなんだよ……神前。お前の肩は大事な肩なんだ。俺のバッグの中にサラに貰った『あったかタオル』とか言って体が冷えないタオルと言うものがある。それを使え」

 明らかに面白くないと言うように島田は吐き捨てるようにそういった。

「最初から神前が自分でソファーで寝ると言い出せばよかったんだ。全く後輩のくせに気の利かない奴だ」

 ふかふかのベッドで寝ることが決まって島田と菰田はそれぞれに思うところはあるものの自分の最上級のベッドは確保できたので納得したようにそうつぶやいた。

「じゃあ決まりだな」

 そう言うと島田はベッドの上に荷物を置いた。

「それにしても凄い景色ですねえ」

 島田と菰田の子供の喧嘩に半分呆れて誠はそのままベランダに出た。やや赤みを帯び始めた夕陽が水平線のかなたに見える。高台から望む海の波は穏やかに線を作って広がっていた。

 足元に広がる松の並木、その先に吸い込まれるような海の青と、真っ赤に染まり始めた太陽。

『僕には、こんな景色は似合わない。でも……今日だけは、この風と光を、少しだけ自分のものにしてもいいだろうか……』

 帰ったら、どうやってこの光景を絵にしようか。写真に撮るより、きっと記憶に焼き付けた方がいい……誠はそう思った。

「まあ西園寺様々だねえ。この部屋、このホテルでは普通ランクの部屋らしいけどこの景色……俺はこんなホテル他に知らねえよ。まあ俺の趣味としてはもっとエロいラブホに女と二人っきり……いや!俺は硬派だ!……はずだ!そんなことは無い!そんなことは無いぞ!」

 島田のその言葉を聞きながら誠は水平線を眺めていた。

 海は好きな方だと誠は思っているが、それにしても部屋の窓から見る景色はすばらしい景色だった。松の並木が潮風にそよぐ。頬に当たる風は夏の熱気を少しばかりやわらげてくれていた。

「なんか珍しいものでもあるのか?」

 荷物の整理をしながら島田がからかうような調子で呼びかける。

「別にそんなわけじゃないですが、いい景色だなあって」

「何なら写真でも撮るか?」

 振り返ると島田がカメラを差し出していた。

 その時、突然島田の携帯端末が着信を知らせた。

「まあいいや、神前。とりあえず俺、ちょっと出かけてくるから」 

 ベッドからバッグを下ろした島田はそれだけ言うとそそくさと部屋を出て行った。

『島田先輩はサラさんと『青春ごっこ』だろうな』

 誠は先ほどの通信がサラからのもので二人で浜辺でも歩こうという誘いのものだと想像して彼女持ちの島田がうらやましくなった。

「俺も出てくる。このホテルには温泉の大浴場が有るんだ。この部屋にも高級ホテルらしく風呂は付いてるが西園寺さんの趣味でこのホテルは『庶民』向けに設計されたんだそうだ。全くこんな部屋に泊まれる庶民の顔が見てみたいな。それじゃあ行ってくる」

 今度は菰田までもが手に何やら荷物を持って部屋を出ていった。

「菰田先輩は早速温泉か……僕は……一人……することが無いな」

 一人置いてけぼりを食らった誠だが、沈んでいく夕陽を見ているだけでとりあえず心は落ち着いて幸せな気分になっていた。

「西園寺さんは自分専用の部屋か……僕達の部屋でさえこの広さ……どんな部屋なんだろう?想像もつかないや」

 庶民である以前に誠には旅行の経験がほとんどなかった。あの“もんじゃ焼き製造マシン体質”のせいだった。かなめの専用の個室とやらがどのような広さの物かを想像することができなかった。

 それでも1つだけ言えるのは、誠達の部屋がこの広さと言うことは……。

 『専用』という言葉が、これほど重く、遠く感じられるのは初めてだった。

 まるで、同じ世界に住んでいても、かなめとは『次元』が違うのだと突きつけられたような気がした。

『西園寺さんは、やっぱりどこまでも『別格』なんだな』

 そんなことを誠は思った。

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