遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第十章 『特殊な部隊』のお姫様のお国事情

第24話 伝統の国の気まぐれ姫

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「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!上品ぶるのもこの辺で終わりだ。アタシはこう見えて“演じ分け”できる女なんでね」
 
 そう言い放つと、言葉づかいは元の荒っぽいかなめに戻ったが、ナプキンを膝にかける所作やスープの掬い方は、まだ優雅な『高貴な貴族の姫君』のままだった。

「神前!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる。それにこういう食事をしたこと無いテメエに教えとくとパンは食べ放題だ。テメエは食う量は結構多いからパンで腹を膨らませ。いいな?メインディッシュのお代わりなんて言う街の定食屋みてえなシステムはこういうところにはねえからな」 

 言葉はすっかりいつものかなめに戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのはいつものかなめだと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。

「そう言うものですか……パンでおなかを膨らませるのは嫌ですよ。僕もおいしい料理でお腹一杯になりたいです」 

 そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。その歯ごたえはサクッとしていて、中の生地はふんわりとしていた。誠が家で食べる大手製パンメーカーのパンとは比べ物にならない味に驚いて、誠は思わずパンのお代わりを要求した。

「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?かなめちゃんが甲武に帰ったらそれこそこう言うお付き合いの食事に何度となく付き合わされるんだものねえ……どう?誠ちゃん。大公殿下から告白された感想は」 

 アメリアの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認してかなめが目を伏せた。

「ありえない話はしない方が良い。西園寺家の婚姻は甲武国の枢密院や甲武の最高意思決定機関である殿上会でんじょうえの許諾が必要なはずだ。東和の一市民である神前との婚姻を貴族主義者が多数を占める枢密院や殿上会が認めるわけがない」 

 珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。

「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……アメリア!カウラ!その目はなんだ!疑ってるな!アタシは本心を話しただけだ!変な誤解をしたのはテメエ等の勝手だろ?そんなことまで知るか!」 

 明らかに焦って見えるかなめだが、スープを掬うしぐさはテレビで見る『大正ロマンで鹿鳴館な国』、甲武貴族のご令嬢のそれだった。

「それじゃあ私達にも必要よね、そんな経験。いずれは隊に所属しながら『関白』になられるお方ですもの。甲武からの貴族様の陳情が山ほど来てこういう席にお呼ばれすることもあるかも。お願いするわ、お嬢様」 

 皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアメリアはワインを飲み干した。

「そう言えば、西園寺。この機会に神前に自分の生まれた国を紹介してやったらどうだ?神前は社会知識ゼロだからな……貴様の産まれや環境を説明してやればたぶん甲武と言う国の仕組みと言う物が社会常識の無い神前にも理解できるだろう」

 突然、カウラが真顔でそう言った。下戸の彼女の白い頬が朱に染まっているので、それなりに酔ったうえでの言葉なのだと誠にも分かる。

「そうよね……誠ちゃんは本当に社会常識ゼロの理系馬鹿だもんね。それにこういうかなめちゃんにとってはホームの雰囲気の場所の方が話しやすいんじゃない?そういうこと」

 アメリアまでそう言って笑うので誠は頭を掻くしかなかった。

「なんでアタシがあんな国の話をしなきゃなんねえんだよ……アタシはあの国はあんま好きじゃねえんだよ。堅苦しいし、お高く留まってるし……それにフォークギターを持ってるとすぐに憲兵が飛んできて職質されるんだ。そんなの御免だね」

 嫌な顔をしながらかなめはワインを口に運ぶ。

「僕は知りたいです。西園寺さんの国の事……西園寺さん。駄目ですかね?」

 誠は嫌がるかなめに向ってそう言った。かなめが自分を語る機会はあまり無い。今がその時だと誠には思えた。

「まあ神前が聞きたいって言うのなら話してやる。それにその前にだ。アタシの名前について話した方がいいだろ?色々面倒だから」

「さすが、『大公殿下』ってわけね」

 そう言って空いたグラスにギャルソンがワインを注ぐのを眺めているアメリアは悪戯っぽい顔でかなめを見つめた。

「名前ですか?じゃあ『西園寺かなめ』って芸名みたいなものなんですか?」

 誠はかなめの言葉が理解できずに頓珍漢な話をした。そんな誠の言葉にかなめはあきれ果てたというようにため息をついた。

「なんで芸名を名乗るんだ?アタシはいつからアメリアみたいな女芸人になったんだ?」

 自分の言ったことがかなりかなめを怒らせたらしいことを知って誠は少し動揺した。

「アタシのは『ラジオネーム』よ!『糸目大臣』って結構深夜ラジオを聞いてるとネタを読まれる名前なのよ。誠ちゃん覚えといて」

「そんなこと自慢になるか!」

 アメリアのボケに突っ込むかなめ。誠はただ茫然とするばかりだった。

「まずだ。アタシの東和共和国での書類上の名前は『西園寺かなめ』。ちゃんと普通に一般的な漢字の『西園寺』にひらがなで『かなめ』なわけだ」

「はあ、知ってます。部隊の名簿にもそう書いてありますから」

 かなめの当たり前すぎる説明に誠はおずおずとそう答えた。

「だが、甲武国のパスポートには『藤原朝臣ふじわらのあそん要子ようし』となるわけだ」

 誠は普段の名簿の名前とパスポートの名前が違うと困るのではないかと思いながらパンを口に運んだ。そんな誠を見ながらかなめは話を続けた。

「藤原は東和でもよくある『藤原』で、そのあとに『の』がついて、名前が重要の『要』に子供の『子』で『ようし』と読むわけだ。それがアタシの本当の名前。オメエが呼ぶ『西園寺さん』ってのは通称だ」

 かなめが言い出したかなめの本名を聞いて東和共和国の一市民にしか過ぎない誠の頭は混乱を始めた。

「はあ……なんでなんです?だって西園寺さんは西園寺さんでしょ?普通西園寺かなめのままでパスポートにも記載されるはずじゃあないんですか?」

 誠にはかなめの言葉が全く理解できなかった。旅行と縁のない誠はパスポートは持っていなかったが、実際の名前とパスポートの名前が違うと宇宙港で混乱するだろうと想像することくらいできた。

「そんなもん貴族や士族の名前を決める甲武の法律でそう決まってんだからしょうがねえだろ?西園寺家は元々地球の日本の名門として知られる藤原北家から分かれた家だ。だから姓は藤原になる。藤原は朝臣格の家だからその後ろに朝臣と付く。そして、これは伝統を重んじる甲武の慣例でかなめを漢字で要と書いて後ろに子を付ける。それはみんな昔から決まってることだ」

 理解力の無い誠に半分呆れながらかなめはそう言ってワインを一息で飲み干した。

「さらにだ。アタシを知らない人がその名前で呼ぶのは法律違反なんだな、甲武国では」

「え?じゃあどう呼べばいいんですか?あだ名とか?」

 さらに誠の理解のリミッターに亀裂が入り始めた。人の名前1つにこんなに頭を使った経験は誠には無かった。

「近しい知り合いなら『おい、かなめ』それでいいんだ。でも……学校とかちょっと関係性が離れた場所では『藤太姫とうたひめ』と呼ぶ決まりなんだ。『藤太』ってのは甲武の藤原氏の氏の長者に与えられる尊称!アタシは女だから『姫』!結婚すると『殿』になる!さっきもソムリエがアタシの事をそう呼んでただろ?それが普通なの!それが偉いアタシに与えられた『称号』って奴!そんな甲武では当たり前のことを東和じゃわざわざ説明しなきゃなんねえ。面倒くせえったらありゃしねえ。それがあの伝統重視の国の『様式美』って奴だ。覚えておけよ」

 またかなめは誠の理解を超えた話を始めた。

「なんですか?それ?西園寺さんが甲武一のお姫様なのと関係があるんですか?そんなに名前が一杯あるの」

 だんだん誠は訳が分からなくなってきた。

「あれでしょ?甲武国の貴族の半数以上は姓が『藤原』なのよ。その中の一番の人物、『氏長者うじのちょうじゃ』が『藤太』で、かなめちゃんは女だから『姫』……結婚すると『殿』になるんだっけ?東和は生まれながらに平等だけど、かなめちゃんの国、甲武国は違うのよ……そうでしょ?」

 アメリアはどうやらかなめのその名前の法則を理解しているようでそうサラリと言ってのける。

「まあな、つーかめんどくさいからアタシが『姫』と呼ばせてたから……甲武でアタシの周りで『姫』と言ったらアタシのこと……他の場所は知らねえけど、アタシの前ではそう呼ぶルールなの」

 またもや誠には理解不能なルールがかなめから発せられた。

「名前と称号と通称と戸籍名が全部違うとか、もう『貴族あるある』を詰め合わせにしたみたいじゃないの。私の国のゲルパルトだってそこまで複雑じゃないわよ」

 あきれ果てたとでもいうようにアメリアはワインを口に含んでそう言った。

「しかし、軍では違うんだろ?まあ、私としては軍隊の序列より前に『氏族』で序列が決まるってのは、やっぱり納得がいかない。軍内部でも生まれで出世できる限度が決まる『ガラスの天井』が有るらしいじゃないか。私としてはまったく理解不能な制度だ」

 カウラがそう言うということは東和でも甲武国について知っている人にとっては常識のことらしいと誠は感じて少し恥ずかしくなった。

「そうだな。軍は武家ぶけの勢力下だかんな……でもカウラの言う通り生まれで出世の限度が決まってるのは事実だ。それこそ戦争でも起きて大きな手柄でも立てねえ限り、下級士族はどんなに仕事が出来ても将軍にはなれねえ。それがあの国の伝統だ」

「武家?……もしかして『サムライ』ですか?」

 誠はまたもや子供のような言葉を吐いていた。

「あのなあ……甲武国は『大正ロマンあふれる国』とか東和で笑われてるだろ?大正時代って言ったら……華族がいて、士族がいて、平民がいる。それが大正時代。士族は役人や軍人や警察官、公務員と言った役人に優先的になれる。一方平民のほとんどは大根飯を食って飢えてる。それが大正ロマンの真実だ」

 かなめはズバリそう言い切った。

「え?つまり、甲武国じゃ『大根飯を食べてる人』と『藤太姫とか呼ばれる人』が一緒に国を作ってるってこと……?それ、すごいアンバランスですね……」

「アンバランスじゃねぇ!伝統なんだよ!」

 誠の言葉に三人の女上司は大きなため息をついた。

「甲武国はね、身分制度があるのよ……まあ、ゲルパルトも『バロン』とか『ロード』とか『ナイト』とかあって、苗字の前に『フォン』とかつけてる人はいるけど……甲武国ほど露骨じゃないわね」

 とりあえず誠が理解したことは自分が庶民的な東和共和国に生まれてよかったということだけだった。

 会話が途切れるとウェイターが前菜のサラダを運んで来た。

 誠は初めての体験にただ茫然とその見事に皿を並べていく様を眺めていた。

「だが、貴様の家の複雑さに比べたら大したことはない」

 サラダにフォークを伸ばしながらカウラはそう言ってかなめを見つめた。

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