遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第十六章 『特殊な部隊』を狙うモノ

第43話 守護騎士、金色の剣を抜く!

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「つまり交渉決裂と言うわけですか」 

 男は誠達のかたくなな態度にようやく諦めがついたというようにアロハシャツの下から小型のリボルバーを取り出した。

『そうみたいですわね』 

 そのタイミングで、突然三人の頭の中に言葉が響いた。

 突然のことに驚いたように男は周りを見回している。男にもこの声の主の登場は予想したものでは無かったようで、男の表情は突然の闖入者に慌てているように誠には見えた。

「この声……あかねか?」 

 かなめがつぶやくその視線の前に金色の干渉空間が拡がった。

 金色の干渉空間が、夕陽の中でまるで天上の門のように揺れた。
 
 そこから現れたのは、陽光を纏うかのような金の髪の女性。後ろで束ねられた長い金色の髪が風に舞い、静かに抜き放たれた銀のサーベルが光を弾いた。
 
 『特殊な部隊』の制服のよく似た青い制服に身を包んだその姿はまるで、『守護騎士』そのものだった。
 
 アロハの男はその姿を見ると予期していない天敵にでも出会った時の様に突然表情を変えて走り始めた。

 それまで圧倒的に優位に立ってそんなそぶりも見せなかった男が恐怖にかられるようにして逃げている。誠達が男の状況を把握したとき、かなめに茜と呼ばれた女性はそのまま腰に下げていたサーベルを抜いた。そのまま彼女は走ることもせずに大地をすべるように滑空して圧倒的な速度で男の背後に迫った。

 空中を飛ぶ茜に驚いた男が振り向いて銀色の干渉空間を形成し、茜の剣を凌いだ。しかし、茜の持った剣はかつて誠が『近藤事件』の時に敵巡洋艦を屠った時に放ったような青い光に覆われて次第に干渉空間に食い込んでいった。

 男はそれを見ると切裂かれていく干渉空間を見て恐怖におののいたような表情を浮かべて飛びのいて身構えた。男の肩は茜の剣の圧で切り裂かれ、アロハの袖が破れて血が流れている様が誠からも見えた。

『……あれが、『本物』の法術師……!』
 
 目の前で干渉空間を力技で切り裂くその剣に、誠は息を飲んだ。
 
 同じ『光のつるぎ』でも、自分のものとはまるで違う。彼女は生まれながらにして、『力を使うべき者』なのだと、誠は直感的に理解した。

「違法法術使用の現行犯で逮捕させていただきますわ!」 

 傷を抑えてうずくまる男の前でそう叫んだ茜が再び剣を振り上げ、その剣に『光の剣』の放つ独特の光沢が宿ったとき、男の背後に現れた銀の歪み……干渉空間。それに吸い込まれる寸前、男は茜を鋭く睨みつけた。

「……また、会いましょう。今度はこちらもちゃんと覚悟をして対応させていただきますよ」
 
 静かな声だけが残り、次の瞬間、男の姿は跡形もなく消えた。

 茜は周りを見回し、男の気配が完全に消えたことを察すると唇を噛んで悔しがるような表情を見せた。

「逃げましたわね。今回は彼を捕らえるチャンスかと思ってましたのに……法術特捜の初手柄としては最適の大物でしたわ」

 その場に立ち止まった茜は剣を収める。誠は突然の出来事と極度の緊張でその場にへたり込んだ。

「茜さん?もしかして、隊長の娘さんの……」 

 近づいてくる東都警察の制服を着た女性を誠は見上げた。

「お久しぶりですわね、誠君……ってちっちゃいころ1回くらいしか会ったこと無いから覚えていないかしら?それとかなめお姉さま。私が9歳の時にお父様に連れられて甲武を出て以来だから……もう何年になるのかしら?」 

 ことが終わって茜は誠達に向き直り笑顔でそう言った。

「オメエは今年で26だろ?そこから計算すれば自然に分かるだろ、秀才。それとその呼び方止め!気持ちわりいから呼び捨てにしろ!かえでの奴を思い出す……ああ、寒気がしてくる」 

 頭を掻きながらかなめがそう言った。誠は一人っ子なのでかなめが妹のかえでに持っているアレルギーに近い感情を理解することができなかった。

「それよりその制服は?『法術特捜』の夏服ですか?うちとベースはうちとおんなじで、肩のモールの色がうちが銀色でそちらが金色なだけじゃないですか……しかも長袖……熱くありません?」 

 誠の言葉に茜は自分の着ている制服を見回す。青を基調とした東都警察の制服に茜の後ろにまとめた長い髪がなびいていた。

「ああ、これですね。かなめさんもお父様から話を聞いてますわよね。わたくし一応、司法局法術特捜の筆頭捜査官を拝命いたしましたわ……力なき民を守る『騎士』として産まれたわたくしの運命……これも天命だと私は考えておりますの」 

 誠とかなめはその言葉に思わず顔を見合わせた。

「マジで?『法術特捜』って同じ司法局の管轄なの?」 

 明らかにあきれているようにかなめがつぶやく。

「嘘をついても得になりませんわ。まあお父様が推薦したとか聞きましたけど」 

 淡々と答える茜に、かなめは天を見上げた。

「最悪だぜ……叔父貴の奴」

 かなめの叫びがむなしく傾いた日差しが照らす岬の公園に響いた。

「話は大体呑み込めたんですけど……茜さん、なんでここに?」

 誠にしてみれば茜の登場はあまりにタイミングができすぎていた。

「お父様からかなめさん達が海に遊びに行っていると聞いて、近くまで来てましたのよ。そこで遠くから観察してたら銃声と法術の発動反応を感じて駆け付けましたの」

 茜は涼しい顔でそう言った。

「茜、アタシを信用してねえだろ。それと銃で法術師は倒せないってことも知っているな?なあ、言ってみろ。怒らねえから」

 静かに怒りを堪えるかなめを見て茜はにこやかに笑う。かなめは茜の反応を見てどっと疲れたようにつぶやいた。

 誠はここで茜が筆頭捜査官と言う上級職であることを思い出して遅すぎた敬礼をする。

「誠さんそんなに堅苦しくしなくていいわよ。お世話になるのは私達の方なんですから。それにしても誠さんかなめお姉さまの彼氏の割にちゃんとしているんですのね。もっと力ばかりの強引な方かと思ってましたのに」

 涼しい顔をして茜はとんでもないことを言い出した。

「神前がアタシの彼氏?誰の彼氏だ誰の!こいつはアタシの奴隷。召使だ!アタシの彼氏になるにはこいつは度胸と言う奴がまるでねえ!ただ法術が少し使えるくらいがこいつの取柄だ!」

 かなめは再び誠を使用人扱いする。

「あら? お父様は『そう』おっしゃってましたけど?ふふ……また大げさに盛ったのかもしれませんわね」
 
 茜は無邪気に笑いながら、爆弾をさらりと投下した。
 
「茜。だから言ってんだろ!神前はアタシの彼氏じゃねえ!それとその口調はアイツを思い出すから止めろ!ツキが落ちる!」

 誠は大きなため息をついた。  
 
 嘘しかつかない『駄目人間』からの情報を真に受けている茜に、もはや突っ込む気力すらなかった。

「人間関係を破壊することがあのおっさんの趣味だからな。あのおっさんいつかシメる……ああ、アイツは死なねえんだったな。じゃあ安心して射殺できる」

 かなめは力強く右手を握り締めた。誠はただ二人の会話を聞いて苦笑いを浮かべていた。

「それにしても、かなめ様の水着姿……あのかえでさんなら、きっと鼻血を噴きますわね。そのかえでさんに送って差し上げようかしら?」
 
 その一言で、かなめの顔が般若に変わった。
 
「お前……それだけは絶対やるな!あの変態、また『義務感』で変態行動始めるぞ!」
 
 ポツリと茜がつぶやくいた言葉にかなめは仕舞った銃に手をやって鬼の形相で茜をにらみつける。

 日は大きく傾き始めていた。夕日がこの海岸を彩る時間もそう先ではないだろう。

「でも、茜さんの剣裁き、見事でしたよ」 

 ようやく平静を取り戻して誠は立ち上がった。剣道場の息子である誠は茜の剣裁きの見事さくらい読み取ることができた。茜は誠の言葉に笑みを残すとそのまま歩き始める。

「待てよ!」 

 かなめはそう言って茜を追いかける。誠もその後に続いて早足で歩く茜に追いついた。

 そこにもう着替えを済ませたのかカウラとアメリアが走ってくる。

「何してたのよ!」 

「発砲音があったろ。心配したぞ」 

 肩で息をしながら二人は誠達の前に立ちはだかった。そして二人は先頭を歩く東都警察の制服を着た茜に驚いた表情を浮かべていた。

「なあに。奇特なテロリストとお話してたんだよ。なんでも遼州圏を遼州人のパラダイスにする奇特な偉いお方のありがたいお言葉を伝えに来たんだと。ご苦労なこった」 

 かなめが吐いたその言葉にカウラとアメリアは理解できないというように顔を見合わせた。

「そして私がそれを追い払っただけですわ。本当は一緒に司法局の本部までご案内して取調室で接待して差し上げてもよろしかったのに、ご辞退されました。謙虚な方ですのね」 

 茜は得意げに話す。初対面では無いものの、東都警察の制服を着た彼女に違和感を感じているような二人の面差しが誠にも見えた。

「何で茜さんがここにいるの?」 

 アメリアは怪訝そうな顔をして誠の方を見る。

「そうね、お二人の危機を知って宇宙の果てからやってきたと言うことにでもしましょうか?」 

 さすがに嵯峨の娘である。とぼけてみせる話題の振り方がそのまんまだと誠は感心した。

「まじめに答えてくださいよ。しかもその制服は司法局の……まあ法術特捜も予算に苦労してるのね」 

 人のペースを崩すことには慣れていても、自分が崩されることには慣れていない。そんな感じでアメリアが茜の顔を見た。

「余剰の制服の有効活用。役所が考えるにしては結構なことではありませんこと?それに私としては法術特捜の主席捜査官と言うお仕事が見つかったんですもの。同盟機構の後ろ盾つきの安定したお仕事ですわ。フリーの弁護士のお仕事は収入にムラがあるのがどうしても気になるものですから」 

 そう言うと茜は四人を置いて浜辺に向かう道を進む。どこまでもそれが嵯峨の娘らしいと感じられて思わずにやけそうになる誠を誤解したかなめが叩いた。


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