遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第十章 『特殊な部隊』とうどんと再会

第26話 望まぬ再会、路地裏の記憶

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「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。みんな腹が空いたろ。飯、食ってから帰ろうや。これで今日の租界講座の授業はお終いだ。寮に帰って例の駐留軍に渡したデータの糸がどうなるか、それを観察することにしようや」

 かなめの声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。消火栓の脇に停めた先には、今にも傾きそうな骨董品屋があった。壁はまだ新しいはずなのに、塗装が剥げ、窓枠は錆びている。まるでこの街の空気そのものが、建物を数年で老いさらばえさせるかのようだった。

「骨董品屋?こんなところで骨董品なんて買う客が居るのか?西園寺、ここは貴様がここで活動していた時のなじみの店なのか?」 

 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、運転席から降りたカウラが車道を走る車の出す排気ガスにむせながらかなめに尋ねた。誠にしてもこんな貧しい街に骨とう品などを買う金持が居るなどとは信じられない。そもそもこの店の存在理由自体が誠には理解できなかった。

「こんな街にアンティークなんてものを買いたがる余裕のある人間がいると思うか?オメエ等の推測通りここは表向きは骨董品屋だが武器とかも扱ってるというかそっちの方が本業で骨董品屋はあくまで駐留軍に対する言い訳だ。アタシも東和戦争の時は色々世話になっててね。亭主も信用が置けるから大丈夫だ。それより飯を食うんだろ?ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ。そして指定した場所から一歩でも動くんじゃねえぞ。動いたら何が起きてもアタシは知らねえからな」 

 そう言うと最後に車から降りたかなめはそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。

「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?あの様子だと相当距離が有る感じなのですが……」 

 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向けた。排ガスと多すぎる人の吐き出す二酸化炭素で街の空気は絶望的に淀んでいる。誠は口を押えながら先を歩くカウラとランに続いて市場を目指した。

「銃を持つのが当たり前のこの地でも駐留軍にはそれを取り締まる義務が一応は有る。でもそれが20世紀の骨董品だということになれば駐留軍は金さえもらえば堂々と見逃す口実が作れる。当然この店の客はそんなこの街の独特のルールを使っている店で、この街の店主は西園寺が本来何者なのか知っているから公然と銃やその他の武器の調達を手伝ってたわけだ。そして、そのことはこの周りのチンピラ共もこの店に近づく人間がどういう人種かということを知っているということだ。そんな危ない人種の関係者の所有物に傷でもつければ、この店に銃を預けていてこの店を監視している連中に目を付けられてそいつの命はない。それがここのルールだ。ここは『租界』なんだ。なんでもありの地獄なんだ。それだけは覚えとけ」 

 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得した。

 市場に向う細い路地ひたすら歩き続ける誠達。その横道を抜けるたび、暗がりから鋭い視線が突き刺さる。壁際に屯する男たちの腰の膨らみが、銃を隠し持っていることを示していた。誠は汗ばんだ手のひらをズボンで拭いながら、ランの小さな背中を見失わないよう必死で歩いた。

 突然視界が開けて明るい露店のテントの青いビニールシートが目に付いた。それぞれに露店で買った肉や野菜を刺した串を手に持つ人々でにぎわう路地に入ると串焼肉のたれがこげる匂いが次第に三人に覆いかかってきた。安っぽいパラソルの下、そこは赤道の真下のベルルカン南部の市場を思わせる。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。

 焼ける肉の匂いが鼻をくすぐり、煙が薄く漂う。客たちは無言で串を頬張り、目だけが周囲を警戒するように動いている。銃声ひとつでこの小さなオアシスが地獄に変わる……そんな緊張が、表向きの平穏の下に流れていた。

 にぎわう食べ物を出す露店の前にたたずむ誠達を目にすると遅れてきたかなめが小走りに手を振りながら駆け寄ってきた。

「おう、ちゃんと指定の場所で動かずに待ってたか。だから無事なんだよな。なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ。行くぞ」 

 遅れてきたかなめはそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折、彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。

「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ。ここの人間にとってはここはオアシスだ。人間腹が膨らむと心が優しくなる。だから、他では無法者でもここのような食い物を出す店が並んでいる場所ではそのルールだけはしっかり守る。ここでの発砲は厳禁と言うのがこの街のルールなんだ。そうしなければ飢えて死ぬことになる。それもまたこの街独特の摂理って奴さ」 

 かなめからそう言われて、誠は自分が周りの銃を持った男達に怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。

 かなめは早足で歩いて一気に露店が続く道を抜けていった。誠達は遅れれば命は無いとばかりに早足にその後ろを続いて歩いた。

「おう、ここだ。ここが昔からのなじみの店でな。やっぱり何度来ても『租界』ではここが一番だ」 

 そう言うとかなめは露天ではなく横道に開いたバラックに入っているうどん屋の暖簾をくぐった。

「へい!らっしゃ……なんだ、姐御!……久しぶりじゃねえですか!」 

 店に入った途端、この店のたたずまいからすると不似合いな若いリーゼントの男が、かなめを見て嬉しそうに叫んだ。男は、この街のチンピラ達とは一風違った紫の三つ揃いに赤いワイシャツといういかにもこじゃれた雰囲気を醸し出していた。街のチンピラにしては身なりが良すぎる。人に使われる人間ではなく、人を使う側の人間に成りあがったそんな雰囲気の男。この街の秩序の根幹をなす金と暴力で成り上がった小物……誠はそう直感した。だがそんな誠の表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。

「おう、三郎!客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?オメエに用はねえんだ。とっとと失せな」 

 かなめはそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛けた。男はかなめの押柄な態度を見るとまるで懐かしい人にでも出会ったかのように男としては出来る限りの最上級の愛想笑いを浮かべて媚びるようにかなめに付き従った。

「ああ、親父!客だぜ!サオリさんだ!久しぶりに見る顔だぞ!今見逃すといつ見れるか分からねえぞ!早くしろよ!」 

 着ている服だけは高価なチンピラ風の男は厨房をのぞき込んで叫んだ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつけた。

「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ。まったくもって世の中分からねえことばかりだな。しかし、姐御。SMクラブの自由な『女王様』に兵隊なんて窮屈なもんよく務まりますね」 

 そこまで言ったところでチンピラ風の若造はかなめににらまれて黙り込んだ。

「良いじゃねえか。この店を担保にサオリさんが最初に居たSMクラブから身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。サオリさん!いつものでいいかい」 

  かなめをサオリと呼ぶ大将と呼ばれた店主の言葉にかなめは静かに頷いた。

「SMクラブ?サオリ?」 

 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後かなめを見つめた。

源氏名げんじなだよ……まあそのころは表の顔で体を売って陰で工作員をしていたわけだがな。まあ、最初は普通の娼婦だったんだが、サイボーグの身体は人気が無くてすぐに商売替えしてSMクラブで『女王様』になった。そっちの方は結構人気だったんだぜ。アタシを指名してわざわざ東都の都心から駆けつける金持ちのマゾ豚野郎も大勢いたもんだ」 

 それだけ言うとかなめは黙り込んだ。そんな彼女を一瞥するとランは何かを悟ったようにうなずいた。そのランを見ると男は珍しい子供を見かけた時のように不審そうな顔でランを見つめた。

「おう、若造」 

 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。

「姐御……なんです?この餓鬼は」 

 ランの態度にそれまでかなめには及び腰だったチンピラが気に障ったというようにテーブルの上に乗せられたランの手に手を伸ばそうとした。

「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ。見た目で人を判断するとここじゃあ死ぬことになるんじゃねえのか?そのくらいのことを忘れるなんて……ボケるには早えだろ」 

 そんなかなめの一言が男の手を止めた。ランの口元に残酷そうな笑みが浮かぶ。男は相手が只者では無いとこの街に生きているものの持つ直感で感じて手を引いて身をすくめた。

「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 

 男はこちらの方は凄みを利かせても大丈夫な口だろうとにらんで誠に向けて挑戦的な目で見つめた。いつも島田の似たような目で怯んでいる誠は反射的にその目を逸らした。

「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 

 そう言ううどん屋の大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占めた。

「ここはうどんを食べさせるうどん屋のはずだ。いい加減うどんの注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 

 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。

「なんだ、気味の悪い奴だな」 

 ニヤニヤ笑いながら近寄ってくる三郎にカウラは明らかに不機嫌そうにそう言った。三郎はカウラのエメラルドグリーンの髪の色を見るとまるで品物を見るような視線に変わり、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべて舐めまわすような視線でカウラを見回した。

「ゲルパルトの人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね。この人も兵隊さん?兵隊さんにしとくには惜しいほどの美人だ。胸が無いのがいささか残念と言うところですかね……俺の商売ではいい金になりそうな美人……おっと俺の商売は姐御のような兵隊さんから見たら取り締まりの対象でしたね。くわばらくわばら」 

 そう言って商売物を見定める女衒ぜげんのような表情でにじり寄る三郎を見てカウラは困ったように誠を見た。

 誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向けた。

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