遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第十章 『特殊な部隊』とうどんと再会

第27話 遼南うどんと古い因縁

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 カウラの明らかに嫌悪感を帯びた視線に飽きた三郎が次に軽蔑するような視線を向けたのは誠だった。これはカウラに向けた良い出来の品物を見るような女衒ぜげんの目とは違い明らかに相手を気に食わない男と認識した時のような敵意に満ちたギラギラしたような色を帯びていて気弱な誠を怯ませるような迫力があった。島田の向けるある種の愛ある見下しではなく純粋な敵意がそこには見て取れた。

「へえ、それでこいつが今の姐御の良い人ですか?確かにつらとガタイは合格点だけどな」 

 三郎の誠を見る目はカウラに向けたそれとは違って敵意と軽蔑に満ちていた。誠はそのような目で見つめられた経験があまりないので思わず目を逸らしてしまった。三郎は、かつてかなめのそばにいた自分の立場を、目の前の新顔に奪われた気がしているのか……そんな嫌悪の色が、誠に向けられる視線に混じっていた。

「そんなんじゃねえよ、ただの同僚だ。注文とるんだろ?アタシはいつもの釜玉だ」 

 三郎はかなめの顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。厨房からは、湯気と昆布だしの香りが漂い、客のざわめきが遠くから聞こえる。だが、このテーブルだけは、張りつめた空気が支配していた。

「生醤油うどん」 

 まるでこんな殺気立った雰囲気は慣れ切ったものだというようにランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が給水機を見ていたのを察してチンピラの三郎は立ち上がった。ランの手助けをする三郎の態度は彼もこの街で生きる人間である以上『力こそが正義』というこの街の秩序の中でこの四人の中で誰が一番力を持っているかということを本能で察しているようだった。

「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 

 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの給水機に向かう。

「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな。それ以前にその臆病ぶり、童貞だろ、兄ちゃん」 

 給水機で水を汲みながらちらりと誠を振り返った三郎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。カウラは黙っているが、三郎の口ぶりで、かなめとの過去を誇示したいのが透けて見えた。

「私は……ああ、私はきつねで」 

 カウラは三郎が言いたいことがまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めていた。

「僕もきつねで」 

「きつね二丁!釜玉に生醤油」 

 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三郎は三つのグラスをテーブルに並べる。

「おい、コイツの分はどうした?男の嫉妬か?見苦しいぜ」 

 明らかに威圧するような調子でかなめは三郎を見つめる。子供じみた嫌がらせに誠はただ苦笑する。

「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね……この店は水はセルフサービスですんで。兄ちゃん、自分でやんな」 

 その言葉に立ち上がろうとする誠をかなめは止めた。

「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもあのときはサービスしたろ?そんな事だからいつまでたってもこの腐った街から出れねえんだよ」 

 かなめがわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり給水機に向かった。

「で?西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?目的はなんだ?言ってみろ」 

 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。そのタイミングから考えてかなめが三郎目当てでこの店に立ち寄ったことを誠も察した。

「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?奴は昔からそう言う仕事をしてた。この街では一度コネが出来ると絶対抜け出せない仕組みになっているから転職は難しい。恐らく今でも似たような仕事をしているはずだ」 

 明らかにかなめは表情を押し殺しているように見えた。その視線が決して誠と交わらないことに気づいて誠はうつむいた。

「確かに確かに。この街で転職は難しいですからね。そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ。姐御にそんなに頼りにされるのは悪い気はしませんねえ……」 

 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。

「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ。昔も今もおんなじ稼業。でも今は少し立場が上がりましてね」 

 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。

「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?こんな男」 

 手に割り箸を握り締めながらカウラは先ほどの三郎の視線を思い出したかのよな嫌悪感に満ちた視線で三郎を見つめた。カウラの口調からカウラが三郎をまったく信用していないことは誰の目から見ても明らかだった。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。

「俺が信用できない人間に見える?お姉さん、実に失敬なことを言うねえ。一応、ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの『租界』じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますからね。外の人達にはそのあたりの事情は理解できないかもしれませんが」 

 そう言って三郎はタバコを取り出した。

「こら!客がいるんだ!タバコは止めておとなしくしてろ!それより、できたぞ」 

 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。

「人を自由に動かせる身分になったか……入り口の通行証の管理もオメエがやってるのか?」 

 受け取った釜玉うどんを手にするとかなめはそのまま三郎を見上げた。

「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 

 三郎は得意げにそう言ってネクタイを直して見せるがその様子をかなめはあざ笑うように視線を外して卵をかき混ぜてどんぶりにかける。

「専門スタッフねえ、どうせ通行証の偽造を専門でやってる外注の業者の弱みを握って引き込んだんだろ。それにしても舎弟を持てるとこまできたのか。その前にとっととくたばるとアタシは見てたんだが。今こうして目の前に生きてるオメエを見たこと自体アタシとしては驚いてるんだ」 

 かなめはそう言うと一息にうどんを啜りこんだ。三郎も二度と同じことはしない主義らしく、今度は誠も無視されずに目の前にきつねうどんのどんぶりが置かれた。

「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?信用第一なんだろ?この世界は狭いんだから当然わかるよな?」 

 一息ついたかなめの一言に三郎の顔に陰がさした。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。

「ああ、知ってますよ。ですがこの業界いろいろと競争がありますからねえ。俺の口から言えることと言えない事が有る。業務上の秘密って奴ですよ」 

 三郎はすっかりここの外の世界のビジネスマンを気取ってかなめにそう語りかけた。

「同業他社の顔さえわかればそれで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 

 あっさりそう言うとかなめはうどんの汁を啜った。誠も真似をして一口きつねうどんの薄い汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと以前、遼南共和国出身であるランに聞かされたうどんうんちくを思い出してそんなことを考えていた。

「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 

 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ。アタシのシュツルム・パンツァーで駆けつけてやる。最もこの街ではありがちな銃撃戦への加勢はうちでも扱ってるが、それは駐留軍のお仕事と決まってるからアタシ等に連絡されても無事を祈ることくらいしかできねえがな」 

 かなめはそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。そんなかなめに三郎は心底がっかりした様子でうどんをすする様子を見つめていた。

「それじゃあ行くぞ」 

 そう言ってかなめは立ち上がった。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げた。

「おい西園寺急ぐなよ。まだ食ってるんだから。オメーが食うのが早すぎんだよ」 

 そう言いながらランは最後の一すすりをした。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くまだうどんを食べ始めたばかりのカウラがいた。

 かなめは仕方がないというようにどっかと椅子に座った。

「姐御、これから暇……なわけ無いっすよね」 

 いかにもいやらしい笑みを浮かべて三郎はかなめににじり寄った。その態度に明らかにかなめは不機嫌そうな顔をして目を逸らす。

「そうだ暇なわけがねえな。たとえ暇だったとしてもテメエの面なんざ仕事でもなければ見たくもねえ。あの時は客だったから相手をしてやっただけだ。いい気になるんじゃねえぞ、バーカ」 

 三郎の言葉にぞんざいにそう言うとかなめはポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけてかなめは自分のライターで火をつけた。

「昔は俺の方が火をつけてもらったもんですのにねえ……昔を懐かしく思うほど年を取ったつもりじゃねえのに……なんだか懐かしく感じますよ」 

 三郎の顔が一瞬油断した男の表情に変わった。その甘い言葉にかなめの表情はサディスティックな色を帯びる。

「そうだな……でも、アタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは今は墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう。今からでも遅くはねえな。ここの親父が許してくれればこの場で送ってやろうか?駐留軍はどうせ見て見ぬふりだ。ありがたいサービスだろ?アタシを買った男にアタシがしてやる最高のコースなんだぜ?今からそれを体験できる……当時はそんなコースを選べる金の無かった駆け出しのチンピラだったオメエの出世祝いだ」 

 そう言って素早く拳銃を取り出すかなめに三郎は立ち上がって両手を上げて泣き顔を作って見せる。

「馬鹿は止めろ。ほら、食べ終わったぞ」 

 カウラがどんぶりの汁を飲み終えて立ち上がるとそのままかなめは銃をホルスターに戻した。

「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」 

 そう言って足が届かない椅子から飛び降りてランがカウンターに向かった。

「なに、また来てくれよ。それよりサオリさんの上司だって言う小さいアンタ。アンタの出は遼南だろ?」 

 店の親父はふてくされる息子を無視して小さなランのことをうれしそうに見つめる。さすがに誤解を解くのも面倒なようでランは照れ笑いを浮かべながら財布を取り出した。

「おー。やっぱり分かるか。うどんの食い方ひとつにもこだわるのが遼南人の心意気って奴だからな……おい!そこのチンピラ」 

 ランはそう言うと三郎を見上げた。三郎もかなめの知り合いと言うこともあり、その上司のランを子供を見る目ではなく真剣に見つめていた。

「人の売り買いは金にはなるかも知れねーが手の引き時が肝心だぞ。命は一つしかねーんだ。そこんとこよく考えろ……この街で生きていくのにはそれ以外の方法はねーとか言うことで自分を騙してるとそのうちしっぺ返しを食らうことになるぞ……同じ今は亡き遼南共和国の出の先輩の言葉だ。ちゃんと心に刻んどけよ」 

 親父とは違って三郎の目は真剣だった。ランのくぐった修羅場を資料で見せられている誠も二人の緊張した雰囲気に息を飲んだ。

「ご高説感謝します……」 

 そんなランの言葉に三郎は未だに目の前のどう見ても子供にしか見えないランがかなめの上司とは信じ切れないというように皮肉たっぷりにそうやり返した。そしてその様子に満足したようにうなずくとランは笑顔を振りまきながら、肩で風を切るようにさっそうとランは店を出た。誠もランの偉そうな態度が気に食わないことが明らかに気に入らないというような顔をしている三郎に追い立てられるようにして租界の道路に転がり出た。

「凄いですね、あの三郎とか言うヤクザ相手に一歩も引かないなんて」 

 店を出てずんずんと歩くランがそんな言葉を言った誠を振り向いた。そこにはいかにもあきれ果てたそんな表情が浮かんでいる。

「オメーなあ……。自分の仕事が何かわかって言ってんのか?軍人は舐められたら終いだ……そんぐらい覚えとけ!」 

 それだけ言ってランは古びた看板を掲げた骨董屋の前に停められたカウラの車に乗り込んだ。

「精進しろよ。新兵さん!」 

 かなめはそう言って誠の肩を叩いて続いて車に体を押し込む。誠は彼女が助手席のシートを戻すとそこに座った。誠は車のドアを閉めながら、さっきのランの背中を思い出していた。軍人であるということ、その意味の重さが胸の奥に沈んでいた。

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