遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第三十四章 『特殊な部隊』の戻ってきた日常

第84話 盗み見る者

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「押すなって!」 

 島田が叫んだ。胴着を着たままの姿の誠、アメリア、菰田に押し出されて、そのまま島田はカウラが操作している端末の画面の視界からこぼれた。

「正人、そっちは一杯みたいだからこっちで見ればいいよ」 

 サラがそう言うと二つ隣のモニターをいじり始めた。さすがにブリッジクルーとしてオペレーション業務には慣れているサラの手にかかれば備品のモニターの軌道など簡単なことで、すぐにモニターの電源が入り同じ画像が映し出された。

「いいわねえ……サラったらすっかりラブラブでさすがにここでいつもの『青春ごっこ』とはいかないでしょ。青春に覗きは関係ないもの」 

 上司であるアメリアは島田と仲良く画面を見るサラを冷やかした。

「アメリア!そんなんじゃ無いってば!そっちが邪魔になったら悪いと思って……ねえ、正人」 

「じゃあ俺が……そっちに移った方がこっちが広く見えますよ。ベルガー大尉。こう見えても俺は気の使える男なんで」

 菰田はそう言って隣のカウラが菰田を嫌がっているのを察して島田達のモニターの方に移動しようとした。 

「菰田っちは駄目!菰田っちは臭いんだもん。ちゃんとシャワー浴びてるの?」 

 島田とサラの二人をアメリアと菰田がからかったつもりがサラから思わぬ逆襲を受けて菰田が俯いた。それをちらりと見た後、誠の視線はカウラの手元に移った。

「まだ拡大画像は映らないの?これじゃあ全景は見えるけどかなめちゃんとおじいさんの表情までは見えないわよ」 

「焦るな、ちょっと角度を変えて……ほら映った」 

 細かいところまで注文を付けるアメリアを一瞥するとカウラは自信満々に選択キーを押した。そこにはかなめと先ほどの老人の姿が現れた。二人とも他人行儀に向き合って応接セットに座っていた。

「おう、はっきりと最高画質で映ったじゃねーか。しかし、これで隊の馬鹿共が不純異性交遊をしていないか監視をすることが出来る。特に明後日からは第二小隊の馬鹿共が出てくる。アイツ等は存在自体が18禁だから今まで以上に監視を強化する必要があるな」 

 ランが端末の椅子をずらして座っていた。そしてその発言内容はまるで監視国家設立を宣言するようなものだったので誠は思わず冷や汗をかいた。

「それにしても腰が低い人ねえ。カウラちゃんがお店に行った時もあんな感じだったの?」

 アメリアはあの大将の店での態度の大きさを知らないので、自然と顔は店でうどんを食べた事が有るカウラに向いた。

「いいや、普通のうどん屋の亭主と言う感じだった。態度はもっと大きかった。きっと西園寺が甲武の貴族だと知って委縮しているのだろう。甲武国が貴族の国だと言うことは遼南共和国の人間も知っているはずだ。委縮しない方がどうかしている」 

 カウラは画面に映った腰の低い老人を見ながらそう言った。ランの反対側にパイプ椅子を運んできていたアメリアが画面の中で何度もかなめに頭を下げる小柄な老人に感心していた。

「アイツも一応は甲武貴族のお姫様だからな。私達みたいな下々からしたら雲の上の存在ってことなんじゃないのか?普段はああだが、海に行った時の態度を思い出せ。アイツにも一応は甲武国一の姫君としての自覚は有るんだ」 

 カウラの言葉に誠は海でのあの上品なかなめを思い出して懐かしく感じていた。隣で紺色のアメリアの髪が揺れていた。

「うんうんかなめ姫には誠ちゃんは不釣合いよねえ。それにかえでちゃんは『許婚』と言っても親の決めた話だし、かえでちゃんほどの変態になると誠ちゃんには扱いづらいだろうし、私にもチャンスがあるかも♪結婚相談所の契約切っちゃって正解だったわ♪」 

 そう言うとアメリアがそのまま誠に顔を寄せて来た。

「アメリアさん……顔が近いんですけど」 

 ひどくうれしそうなアメリアの顔にまた遊ばれると思った誠の声が響いた。

 画面の中ではいつものガサツな姿はどこへ行ったのか、よそ行きの姫君としてのかなめの態度が映し出されていた。

「いつもこう上品でいてくれると上司としてはうれしいんだが。西園寺の勤務態度はあまりにひどすぎる。まあ、日野少佐のそれよりはマシとはいえるが。ああも堂々とセクハラをされると隊の風紀が乱れていけない」 

 カウラの一言がその状況から誠を救った。二人は思い出したように画面に視線を移していた。画面の中で頭を下げ続けていた老人はようやく気が済んだというようにかなめに向かいのテーブルに座った。



「このたびは私達の捜査の犠牲になられた息子さんの事で見えたのですよね?」 

 応接用のソファーに腰掛けながらかなめはそう切り出した。目の前の老人がおどおどとしている様を見て自分の甲武帝国宰相の娘、次期四大公筆頭と言う身分が恨めしく感じられた。

 老人は相変わらず黙っている。事件の始まりに彼のところを尋ねたときは彼女のそんな素性も知らずにうどん屋の亭主と客と言う関係だったと言うのに、この老人の息子、志村三郎の葬儀で老人が手にしている金色の一億円の入金されたカードを渡した時からどことなくぎこちない関係になってしまったことを後悔した。

 自分の生まれを知った人間の多くが示すこういったどこか一線を引いたような態度が昔からかなめは嫌いだった。甲武でかなめが嫌悪した超えられない壁がこの東和にもまた存在する。そんな事を気にしない誠達『特殊な部隊』の面々がこの東和でも特殊な人間なのだとかなめは改めて知ることになった。

「いいえ……それよりこれ……なんですけど」 

 金色カードをテーブルに置いてかなめに老人は差し出した。かなめからも老人の瞳には覚悟のようなものがあるのが見て取れた。それはかなめが手渡した銀行口座のカードだった。

「それは一度差し上げたものです。貴族が一度手放したものです。それは受け取れません」 

 かなめはサイボーグなので誠達がこの様子を盗撮していることは電子の脳で理解していた。恐らくこの様子を盗撮していることがかなめにバレていないだろうと思っているカウラ達はこのカードの中身をランから聞いてどよめいていることだろうと想像すると、かなめには苦い笑みが浮かんだ。

「でも……こんなことをしていただくことは……こう見えても私は商売人です。ただ何もせずにこんな大金受け取れません。金は仕事をして手に入れるもの。それが私の商売人としての矜持です」 

 老人はそう言ってカードを置いたまま黙ってしまった。

「そんなに難しく考えないでください。私と三郎さんが付き合っていたのは事実ですから……それに私に関わらなければ彼はきっと死ななかった。三郎さんが掛けていた生命保険だと思ってください。それならば受け取っていただけるでしょ?」 

 そう言ってかなめはただ黙っている老人に向けて笑顔を作っているが、老人はただテーブルの上のカードをさらに押し出すために手を伸ばすだけだった。

「私は貴族です。一度差し上げたものを返していただくのは、その主義に反します」

 かなめは頑なに金を返そうとする老人にそう言った。老人は大きくため息をつくとここで初めて正面からかなめを見つめて語り始めた。 

「じゃあ、これを貰えば息子が帰ってくるんですか?三郎が帰ってくるんですか?アレはグレてはいましたが私の最後の息子です。長男は内戦で兵士として死にました。次男はこの国に来るまでの移民船の中で疫病に罹って死にました。最後に残ったのがアレです。これをいただくと奴が戻ってくるんですか?どうなんです?」 

 老人の言葉にかなめは言葉が詰まった。かなめにははじめての経験だが、叔父である嵯峨の前に詰め寄る先の大戦中、非人道的作戦に従事し、処刑された嵯峨の部下達の親達の姿でいつか自分も同じことを言われるだろうと思っていた。

 実際にそんな光景をぶつけられて初めてかなめは目が覚めたような気がした。

「知っていますよ。警察の人が来てアイツが何をしていたかはわかっていますから。じゃあなおさらこれはいただけません。人様のものは盗むな。商売は信用が大事だ。弱いものの気持ちを分かれ。いろんなことを教えましたが奴は一つだって守れないままなりばかりでかくなって……そして今回だって私に何の言い訳もせずに勝手に死んだ」 

 そう言う老人の目に涙が浮かぶ。かなめもようやく諦めてカードに手を添えて自分の手元に寄せた。

「アイツのしたことが許されないことだとはわかっています。命で償うような悪いことだって事も……でも奴は私の最後まで生き残った息子なのも事実ですから……」 

 老人が似合わない白いジャケットの袖で涙を拭った。かなめは何も言えないまま黙って老人を見つめていた。

「わかりました。これは受け取れないんですね」 

 かなめの言葉に静かに老人はうなずいた。ようやく気持ちを切り替えたように唇をかみ締めたまま老人は無理のある笑みを浮かべた。それを確認するとかなめはカードを自分の胴着の裾に仕舞った。

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