遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第三十四章 『特殊な部隊』の戻ってきた日常

第85話 語れなかった想い、届いた言葉

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「でも一つだけ……」

 老人はテーブルの縁を指先でぎゅっとつかみ、震える声で言った。

「これだけ教えてください。あの子は……あなたにとってどんな存在でしたか?それだけが、親として知りたいんです。これから先の長くない人生で最後の息子がどういう女性を思いながら死んでいったか……それだけ知ることが出来れば何とかやっていけそうな気がします」

 老人の視線が痛くかなめに突き刺さった。かなめは黙ったまましばらく志村三郎という存在について考えてみた。

 かなめの沈黙はしばらく続いた。

 三郎と過ごした東都での工作活動任務中の日々。思い出しても割り切ることが出来るほど軽くはなかった。身体を任せたからと言うわけではなく、非正規部隊の隊員として任務遂行の為に近づいたシンジケートの中で頭角を現しつつあった野心に燃えていた三郎の笑顔が思い出された。

 だが、その任務が終わってもかなめは東都戦争の別任務の間にも三郎と会う日々を過ごしていた。

 お互い会う必要など無かったのに、いつの間にか当然のように二人は同じときを過ごした。東都の租界でのシンジケート同士の抗争が激化し、同盟軍の駐留部隊が侵攻した。それまでシンジケートに押されていた東都警察の包囲網が完成し、同盟機構の司法局員が駐留するようになって甲武軍は東都の権益を諦めてかなめにも帰国命令が出た。

 その時もぼんやりと人身売買組織の元締めに収まって喜ぶ三郎のことを考えていたのは確かだった。

 東都の路地裏の夕暮れ、タバコをくゆらせる三郎の笑顔。

 任務を忘れたように二人で過ごした薄暗い食堂の夜。

「あの時間があったから、私はまだここにいられるのかもしれない……」

 かなめの胸の奥で、懐かしさと痛みが同時に膨らんだ。

「確かに……東都といえば、まずアイツを思い出します」 

 弱々しくしか吐き出せない言葉にかなめは自分でも驚いていた。

「この部隊の準備委員会の一員としてこの国に戻って来た時。私はあの街に行ってアイツと会おうと思ったこともあります……」 

 ここまで言葉を繋げてようやくかなめにも心の余裕が出来た。視線を上げると涙を浮かべる老人がかなめを見つめていた。

「でも……もう会えませんでした。いいえ、あの街には近づく気にもなれなかったんです。何も再びここに来た時の身分が正規部隊の隊員だったからと言うわけじゃないんです。司法局の局員という身分は便利なもので、アイツが今何をしているかは少し調べればわかる事でしたから。アイツはあの時のまま変わらなかった。むしろ以前は反吐が出ると言った組織幹部に成り上がったのが裏切られたと思っていたのは事実ですけど……でも……もう終わったことだったので……」 

「そうでしょう。それでよかったんですよ。アイツの事は忘れてください。その方がアイツも喜びます」 

 老人の目は優しくかなめを見つめていた。先ほどまで息子を殺された被害者の目だったそれが、優しくかなめのことを見守っている父親の目に変わっていた。

「今回の出来事もアイツの自業自得ですよ。ただ、アイツのことをこれからも心にかけてくれるのなら……おかしい話ですね。忘れろと言ったり忘れるなと言ったり。年をとるとどうにも愚痴っぽくなってしまって……。今のあなたは立派な将校さんで甲武一の貴族様だ。本当はアイツのことなんか忘れてもらいたいと言うのに……それでもあなたに忘れ去られるアイツはあまりに不憫に思えて……親馬鹿って奴ですかね……」 

 力なく笑う老人にかなめも無理に笑顔を作って見せる。老人は取って置きの白いジャケットからハンカチを出して涙を拭った。

「そうだ!私は商売人ですから。話は変わりますが、この前……東和政府から『租界』を出て東和に居住する許可が出たんですよ」 

 『租界』から東都に渡るには多種多様な事務手続きが必要だった。かなめもその手続きに2~3年の時間がかかることを知っていた。我慢していた涙腺の疼きを笑顔が凌駕したおかげで少しばかり安心しながらうなずいた。

「それで、実はここの部隊の艦がある多賀港の隣の市に先に移住手続きを済ませた弟夫婦がいましてね。店舗の建物だけ有るんだがって話が来てまして……又うどん屋を始めようかと思ってるんです。弟夫婦が言うにはその街にはラーメン屋はあるけれどもうどん屋は無いって言いますから……遼南の本場の味で勝負できるんじゃないかと思ってましてね」

 老人はそれまでのしんみりとした表情を変えていかにも商売人らしい笑顔でかなめを見つめた。 

「お店、移るんですね」  

 ようやく救われたような話を聞いたかなめは溜まった涙を素早くふき取った。自然に笑みが浮かんで老人の言葉で自分の何かが救われた様にかなめは感じた。

「ええ、多賀港の隣の新港ですから。確か……司法局実働部隊の運用艦は多賀港を母港にしていましたよね?」 

 老人もようやくさっぱりとした表情でかなめに笑いかけて来た。かなめもまたそんな老人を見てようやく落ち込んだ気持ちから救われる気がした。

「じゃあ食べに行っても良いですよね」 

「もちろんですよ!それにそちらの技術者さん達が多賀港にもいるそうじゃないですか?なんでも大変な釣り好きだとか。私も釣りは好きでしてね。できればご一緒なんてできればなあと思っています」 

 笑顔の老人が言葉を飲み込んだのは、ドアが突然開き、驚きの表情を浮かべていたかなめの目に、誠やカウラ、アメリアまでもが嬉しそうな表情で飛び込んできたからだった。

「おい、説明しろ。どうしてここにお前等が乱入して来るんだ?」 

 思わぬ闖入者にかなめは立ち上がりもみ手でもしかねない様子で近づいてくる誠達をいつものじゃじゃ馬姫のきつい視線でにらみつけた。

「せっかくなじみの美味しいうどん屋があの辺境で釣りしかすることのない場所にできるってのに……かなめちゃんだけがなんて……ねえ。私は艦長だから月に一度はあそこに行くんだけど毎回毎回刺身定食なんて言う日々には飽きてきたのよ。たまにはうどんもいいかなあなんて」

 颯爽と歩いて来たアメリアは怒りに震えながら自分をにらみつけて来るかなめに肩を叩きながらそう言って笑いかけた。

 アメリアとカウラの言葉にかなめの言葉が詰まった。そんなかなめ達のやり取りを老人は笑顔で見つめていた。

 老人は笑い始めた。その場の面々に笑顔が伝染していった。

「本当に素敵な方たちですねえ。西園寺様。あの人たちはあなたの身分を……」 

「身分?そんなものここじゃ関係ないですよ。それにアイツと会った頃のアタシもそう言う状況じゃなかったですから。仕事は仕事、身分は身分です」 

 かなめは思わず照れて頭を掻く。その後ろにじりじりとアメリアは迫る。

「なに気取った口調でしゃべってるのよ。いつも通りの方がうどん食べに行くとき気が楽でしょ?」 

「オメエは食うことしか頭に無いのか!」 

 そう言ってかなめは頭に当てていた手をアメリアに振り下ろすが、アメリアはそれを素早くかわして親父さんのところに顔を出す。かなめの手はそのままアメリアの背後で某立ち状態だった誠の頭にぶち当たって誠は痛みのあまりその場にしゃがみこんだ。

「怖いですよねえ……あんな化け物相手に怖かったですよね?」 

「おい、アメリア。一遍死んでみるか?いや、後で銃をとってくるから射殺してやる。ちゃんと死ねよ」 

 じりじりと指を鳴らしながら近づくかなめをアメリアが振り返る。老人はそんな光景を笑顔で見つめていた。

「良いですね……仲間って感じがしますよ」 

 後頭部を殴られたせいでじっとその光景を離れてみていた誠に老人がつぶやいた。

「確かにうちはコンビネーションが売りですから」 

 そう言って苦笑いを浮かべる誠を老人は羨望の目で見つめた。

「こういう仲間がいれば……アイツも道を踏み違えたりしなかったでしょうね。アイツはやくざな世界でやくざな人間関係しか知らずに育ってしまった。親としては育て方を間違えたのかもしれません」 

 老人の目に再び涙が光った。どうすることも出来ずに誠はただ老人のそばでかなめと怒鳴りあいをはじめるかなめを見つめていた。

 カウラまでも巻き込んで広がるどたばた。頷きながら老人はかなめ達を見守っていた。

「おい!暴れんじゃないよー!」 

 ドアが開いて入って来たのは嵯峨だった。さらに部外者である安城までもが部屋に入ってきた。

 安城は顔を見合わせてその頼りない隊長を見つめている。

「すいませんねえ。うちの餓鬼共はしつけがなってなくて……」 

 頭を掻きながらそう言う嵯峨に痛々しい視線が集中する。嵯峨の浮かべた苦笑いは老人にも伝染した。

「でも楽しそうでいいじゃないですか。東都警察の仏頂面に比べたらずっとましですよ。うちに三郎の死体を運んできて必要な書類のやり取りをしたら、ハイ、それまでですから。うどん屋に来たらうどんの一つも頼めって言うんだ!」 

 老人の言葉に東都警察との出動が多い同盟司法局機動隊の隊長である安城が大きくうなずいていた。

「まあ人間味あふれる部隊と言えば格好が付きますかね」 

「あまり自慢にはならないんじゃ無いの?そのキャッチフレーズ」 

 自分の言葉を安城に一言で否定されて嵯峨は泣きそうな顔をする。彼らを無視してかなめとアメリアの口論は続いていた。

「勤務中に銃を携帯する必要なんて無いんだからね!」 

「そりゃお前がぼけてるだけだろ?常在戦場がアタシ等の気概として必要なんだよ!当然敵が出てくりゃ鉛弾の一発もくれてやるのが礼儀って奴だ!」 

「お前は一発じゃすまないだろ……」 

「カウラちゃん。良いこと言ったわね」 

「お前等は黙ってろ!」 

 三対一。サイボーグの腕力で実力行使に出ようとするかなめを島田と誠二人掛かりで抑え込んだ。

「さてと皆さん楽しそうで……これで失礼しますね。これ以上お邪魔をしたらいけなそうですから」 

 老人の一言にようやくかなめは視線を上げた。

「あ!……ああ……」 

 自分の隠していた地がばれたことに気づいてかなめがうろたえる。それをニヤニヤしながら嵯峨が見上げた。この見慣れた光景を見ている老人の表情に、安心したような表情が浮かんだのを見て軽く頭を下げた。

 誠の行動ににこりと笑って老人は笑った。

「本当にすいません。西園寺は根はこういう奴なので……」 

 抗議するような視線のかなめを無視してカウラが老人に頭を下げた。

「いえいえ、素敵な人達ばかりで……アイツもあなた達に見送られて逝ったなら幸せだったんでしょう……」

 再び老人の目に涙が浮かぶ。そんな彼の肩を叩く明華の姿にそれまでの騒がしい応接室は沈黙に包まれていた。

「ああ、湿っぽいのはここには似合いませんよね。じゃあ、西園寺大尉には一つだけお願いをしたいのですけど……」 

 老人は涙を拭うと笑顔を作って黙り込むかなめを見つめる。

「ああ、できることなら何でもしますよ」 

 嵯峨を折檻するのをやめてかなめが立ち上がった。真剣なタレ目が見える。

「うちの店に……新港で営業始めますから。是非来てください」 

 かなめは大きく頷くがすぐに誠達を振り返った。

「かなめちゃんのおごりだもんね!」

「違うだろ!」 

 アメリアを怒鳴りつけるかなめだが、隣のカウラやランは大きく頷いてアメリアのそばに一歩近づいた。

「わかりました。新港に行くときは西園寺のおごりでうかがいます。これは多賀港に停泊中の司法局実働部隊運用艦『ふさ』艦長の私の決定です。必ずうかがいます!」 

「何勝手に決めてんだよ!アメリア!」 

 真剣な顔でカウラにまでそう言われて今度はかなめが泣きそうな顔になる。そんな光景を老人はうれしそうに見守った。

「では、お世話になりますね。これからも」 

 そう言うと一礼して老人は出て行った。

「大変だなあ……かなめ坊……多賀港から新港は結構距離あるよ?移動は『釣り部』の送迎バスがあるから良いけど、運転は誰がやんの?また島田かカウラに押し付けるのか?」 

 タバコの箱をポケットから取り出しながら応接室のソファーに座っている嵯峨がニヤニヤと笑う。

「まあうどんは嫌いじゃないからな。仕方ねえけど一回分くらいはおごってやるよ」 

 そのかなめの言葉にアメリアは目を輝かせた。

「大変ですね……西園寺さん」 

 誠は思わずそう言うが振り向いたかなめの笑顔の中で目が笑っていないことに気がついて口をつぐんだ。

「おう!それじゃあ練習するか」 

 かなめはそう言って立ち上がる。誠もカウラもその言葉の意味が分からずにいた。

「そうね、おじいちゃんはパーラに駅まで送らせるから」 

 アメリアの一言に察して立ち上がったパーラはそう言うと腕の端末を掲げていた。

「ランニングからですか?いつもどおり」 

 ようやくかなめが言い出した練習が野球サークルのものだとわかって誠は嵯峨に目をやる。

「いいんじゃないのか?俺もしばらく運動してなかったしなあ」 

 立ち上がって伸びをする嵯峨に安城は冷たい目を向けた。その厳しい表情を見て嵯峨は諦めて腰を下ろした。

「安城隊長。ランニングくらいならいいんじゃないですか?どうせ隊長の運動不足解消の必要があるのは事実ですから」 

 小さなランが含み笑いを浮かべて嵯峨を見やった。

「そうね、十キロ走の訓練があるんでしょ?それに隊長自ら参加するのも悪くない話かもね」 

「秀美さん……それは無いですよ」 

 そう言いながら嵯峨は苦笑いを浮かべる。

「じゃあ全員着替えてハンガーに集合!」 

 かなめはそう言って足早に応接室を後にした。

「しゃあねえなあ……」 

 諦めたように嵯峨は立ち上がって屈伸運動を始めた。

「それじゃあお先に失礼します!」 

 誠はそう言うとそのまま応接室を後にした。そこには彼を待っていたかなめの姿があった。

「西園寺さん……」 

「なんだ?」 

 問いかけにかなめはぶっきらぼうに答える。そこにはいつものかなめがいる。先ほどまでの飾った姿ではなく、アメリアが言う『底意地の悪そうな表情』のかなめに誠は安心感を覚えた。

「とりあえず十キロ走って……お前は大野を立たせて50球ぐらい投げるか?」 

「やっぱり走るんですね」 

「そりゃそうだろ?安城隊長が見てるんだ。叔父貴も嫌とは言わねえだろ」 

 そう言うとかなめは女子更衣室に向かう。

「ご愁傷様!」 

「お前等も走るんだよ」 

 遅れて出てきたアメリア、それにカウラが声をかける。ただ黙ってうつむいて男子更衣室へ嵯峨はとぼとぼと歩いた。

「隊長」 

「ああ、気にするなって。運動不足を何とかしたかったのは事実だしなあ……不死人は一度ついた筋肉は落ちないから運動する必要なんてないのに……」 

 そう言った後、嵯峨は大きなため息をついた。再び取り戻した日常に誠はただ半分呆れながら足を突っ込んでいく自分を感じているだけだった。


                                       了
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