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迷子のお誘いと“かれら”の森②
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シープリィヒルとその周りの領地に住む者たちの間には、まことしなやかに囁かれている噂がある。
陽が出ていない時は、上着を裏返しに羽織り、絶対に聞こえる声に耳を傾けてなどならない。
これを知らなかったり守れなかった者は、もれなく道妖精の遊び相手になってしまうのだ、と。
シェリアは、気を失ったままの瑠璃色の髪をした小さな少女をバスケットの蓋の上にのせると、振り落とさないようにゆっくりと歩を進めた。
屋敷に棲む“かれら”いわく、道に属する妖精たちは、悪天候の日や陽の沈んだあとに、人間と遊びたくて目の前に現れるらしい。
“かれら”のつくりだした幻を崩してしまえば、そこで終わりで、即座に新たに幻をつくり直すことは出来ない。大変か弱い存在だそうだ。
意識を失ったままの小さな少女をそのまま放っておくのは躊躇われたので、シェリアはとりあえず連れていくことにした。
ざあざあと雨が降る中、シェリアは、遠く向こうに見える目的地の森へ向かう。
「…………うう、ぴくにっく日和なのに……」
その言葉に、シェリアが視線をやると、瑠璃色の髪をした少女は眠っていた。どうやら寝言だったらしい。
だいぶ夢見が悪い様子の少女に、シェリアは罪悪感を覚える。
シェリアが読んだ、シープリィヒルの先代当主の書物には、人間を迷わす“かれら”の記述があった。
道妖精は、陽が出てないことが大変苦手であり、悪天候の日や陽が沈むと、気晴らしに幻をつくりだしては人間を遊びに誘うらしい。
大変人懐こい妖精で、人間に害はあまりない。
遊んだあとは、きちんと元の場所あたりに返してくれるからだ。
遊んだ見返りに幸運を授けてくれるので、過去には進んで迷子になろうとする者もいたのだとか。
しかし、大事な予定がある人間、例えば商人などには約束を守れないことは死活問題で、対策が伝わったこともあり、道妖精の誘いに乗る者も減っているそうだ。
ざあざあと、雨が降る。あの森まであと少し。
無事逢えるだろうか。
───今日はあの、こわいひとが現れませんように。
まただ。シェリアは、ふと立ち止まった。
まだ、思い出せていない記憶があるらしい。
そして、それは、幼いシェリアには、とても恐ろしいものだったようだ。
「…………ぴくにっく、しない?きょうみたいな日は、ぜんぶ忘れて遊んじゃえばいいよ」
その声に視線を落とせば、バスケットの蓋の上にぺたりと寝そべる瑠璃色の少女と視線が合う。
いつの間に、起きていたのだろう。
「この中のお菓子を食べれば、もういっかい、つくれる気がする!こんなくらかったら、元気でないもん。きょうはやっぱり、ぴくにっくがいいよ!」
この小さな少女は、どうやら、どうしてもピクニックがしたいようだ。
「…………さいきんは、ぜんぜん人間が通らなかったんだよね。……ここで出逢ったのは、きっと、ぴくにっくする運命だったんだと思う!」
目を伏せた小さな少女は、寂しげに呟いたあと、瞳をぱあっと輝かせた。もしかしたら、この少女は、ここを人間が通るのをずっと待っていたのかもしれない。
思わずピクニックに付き合いたくなるけれど、それは出来ない。シェリアは胸が痛くなった。
「……ごめんなさい、今日はピクニックは出来ないの。とても大切な用事があるから」
「…………そっか」
シェリアにピクニックの誘いを断られてしょんぼりした少女は、おもむろに視線を動かし、ある場所が目に留まった。
「……ところで、どこにいくの?このへんに用事って、もしかして……あっち?」
少女は森の方を指差し訊ねてきたので、シェリアは、こくりと頷いた。
「……この時期は、みまわりがあるから、人間にはきけんかもしれない」
シェリアのコートの袖をぎゅっと掴んで、少女は心配そうに見つめている。初対面の見ず知らずのシェリアを心配してくれているようだ。
「…………心配してくれて、ありがとう。だけど、危険でも、行かなくちゃいけないの。……ピクニックは、帰ってきたら行きましょう」
シェリアはそう言うと、バスケットの蓋を開いて、少女に赤と白のメレンゲクッキーを一枚ずつ渡した。
「…………そっか」
少女は、シェリアから受け取ったクッキーを一口かじると、
「じゃあ、ついていこうかな。ちゃんと帰ってきて、ピクニックに付き合って貰わなくちゃ」
羽根をひらひらとさせて、にっこりと笑った。
陽が出ていない時は、上着を裏返しに羽織り、絶対に聞こえる声に耳を傾けてなどならない。
これを知らなかったり守れなかった者は、もれなく道妖精の遊び相手になってしまうのだ、と。
シェリアは、気を失ったままの瑠璃色の髪をした小さな少女をバスケットの蓋の上にのせると、振り落とさないようにゆっくりと歩を進めた。
屋敷に棲む“かれら”いわく、道に属する妖精たちは、悪天候の日や陽の沈んだあとに、人間と遊びたくて目の前に現れるらしい。
“かれら”のつくりだした幻を崩してしまえば、そこで終わりで、即座に新たに幻をつくり直すことは出来ない。大変か弱い存在だそうだ。
意識を失ったままの小さな少女をそのまま放っておくのは躊躇われたので、シェリアはとりあえず連れていくことにした。
ざあざあと雨が降る中、シェリアは、遠く向こうに見える目的地の森へ向かう。
「…………うう、ぴくにっく日和なのに……」
その言葉に、シェリアが視線をやると、瑠璃色の髪をした少女は眠っていた。どうやら寝言だったらしい。
だいぶ夢見が悪い様子の少女に、シェリアは罪悪感を覚える。
シェリアが読んだ、シープリィヒルの先代当主の書物には、人間を迷わす“かれら”の記述があった。
道妖精は、陽が出てないことが大変苦手であり、悪天候の日や陽が沈むと、気晴らしに幻をつくりだしては人間を遊びに誘うらしい。
大変人懐こい妖精で、人間に害はあまりない。
遊んだあとは、きちんと元の場所あたりに返してくれるからだ。
遊んだ見返りに幸運を授けてくれるので、過去には進んで迷子になろうとする者もいたのだとか。
しかし、大事な予定がある人間、例えば商人などには約束を守れないことは死活問題で、対策が伝わったこともあり、道妖精の誘いに乗る者も減っているそうだ。
ざあざあと、雨が降る。あの森まであと少し。
無事逢えるだろうか。
───今日はあの、こわいひとが現れませんように。
まただ。シェリアは、ふと立ち止まった。
まだ、思い出せていない記憶があるらしい。
そして、それは、幼いシェリアには、とても恐ろしいものだったようだ。
「…………ぴくにっく、しない?きょうみたいな日は、ぜんぶ忘れて遊んじゃえばいいよ」
その声に視線を落とせば、バスケットの蓋の上にぺたりと寝そべる瑠璃色の少女と視線が合う。
いつの間に、起きていたのだろう。
「この中のお菓子を食べれば、もういっかい、つくれる気がする!こんなくらかったら、元気でないもん。きょうはやっぱり、ぴくにっくがいいよ!」
この小さな少女は、どうやら、どうしてもピクニックがしたいようだ。
「…………さいきんは、ぜんぜん人間が通らなかったんだよね。……ここで出逢ったのは、きっと、ぴくにっくする運命だったんだと思う!」
目を伏せた小さな少女は、寂しげに呟いたあと、瞳をぱあっと輝かせた。もしかしたら、この少女は、ここを人間が通るのをずっと待っていたのかもしれない。
思わずピクニックに付き合いたくなるけれど、それは出来ない。シェリアは胸が痛くなった。
「……ごめんなさい、今日はピクニックは出来ないの。とても大切な用事があるから」
「…………そっか」
シェリアにピクニックの誘いを断られてしょんぼりした少女は、おもむろに視線を動かし、ある場所が目に留まった。
「……ところで、どこにいくの?このへんに用事って、もしかして……あっち?」
少女は森の方を指差し訊ねてきたので、シェリアは、こくりと頷いた。
「……この時期は、みまわりがあるから、人間にはきけんかもしれない」
シェリアのコートの袖をぎゅっと掴んで、少女は心配そうに見つめている。初対面の見ず知らずのシェリアを心配してくれているようだ。
「…………心配してくれて、ありがとう。だけど、危険でも、行かなくちゃいけないの。……ピクニックは、帰ってきたら行きましょう」
シェリアはそう言うと、バスケットの蓋を開いて、少女に赤と白のメレンゲクッキーを一枚ずつ渡した。
「…………そっか」
少女は、シェリアから受け取ったクッキーを一口かじると、
「じゃあ、ついていこうかな。ちゃんと帰ってきて、ピクニックに付き合って貰わなくちゃ」
羽根をひらひらとさせて、にっこりと笑った。
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