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迷子のお誘いと“かれら”の森③

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 道に属する妖精だからといって、道案内が得意だとは限らない。むしろその逆で、迷子の天才といってもいいかもしれない。


 ざあざあと、雨が降る。

「……あれ、この木、もしかしてさっきも見た?」

 メレンゲクッキーが入ったバスケットを椅子代わりにして座る、瑠璃色の髪を持つ小さな少女は、羽根をひらひらとさせながら首を傾げた。

 ひたすら森の方へ、一直線といっていいくらい真っ直ぐに進んでいるのだが、先ほどから似たような景色が続いているせいか、少女は、同じところをぐるぐると回っているように感じるようだ。

 どうやら、人間を迷わせるのが得意な少女は、同時に迷いこむのもまた、得意であるらしい。

 道妖精かれらのたのしいピクニックに付き合った人間は全く同じ場所に帰されないそうだが、もしかしたら、道妖精かれら自身が元の場所を覚えていなかったりするのではないだろうか。

「……ううー。このどんよりとした、くもりぞらのせいで、元気がでない」

 少女は、ぱたりと仰向けに寝転がると、どこからか取り出した白い方のメレンゲクッキーをかじり始めた。

「…………さくさく」

 青白かった顔に生気が戻った少女は、むくりと起き上がると、ひらひらと羽根を揺らしながら、最後までクッキーを食べきってしまった。

 少女の両手で抱えるほどの大きさが、目の前で一瞬で平らげられたことに、シェリアは目を丸くした。
 屋敷にいた“かれら”は、栗鼠のように、端から少しずつかじる者ばかりだったからだ。

 そんな少女の様子を眺めながら、シェリアは、ふと湧いた疑問が思わず口からこぼれ落ちた。

「……どうして、ついてきてくれたの?……天気の悪い日は、苦手みたいなのに」

 小さな少女は振り向くと、どこか温度のないような、“ひとならざるもの”の瞳で見つめた。

「だって、おまじないの気配がするから」

 その言葉に、シェリアは首を傾げた。
 シェリアの知る“おまじない”は、人間を惑わしたり、まやかすものだからだ。

「……うーん、人間のことばだと“祝福”とか“幸運”とか、そんなかんじ?のが、いっぱいする。多分、ひとりひとりの力は強くないから、屋敷あたりに属する子たちのものかなあ」

 少女の言葉に、はっとしたシェリアは、屋敷で送り出してくれた“かれら”の姿を思い出す。

「おもしろそうだから、ついていこうかなって。もしも、みまわり・・・・があった場合、これだけ“おまじない”があればだいじょうぶだとは思うけど、一応いたほうが、あんしん?かも」

 少女は羽根をひらひらとさせ、楽しそうに笑う。

「…………“みまわり”って……?」

 少女は先ほども、“みまわり”と言っていた。

 シェリア人間が訊いていい話なのか分からないが、シェリアはおずおずと訊ねてみた。

「……あのね、夏至祭の時に扉が開くんだけど、その時にね、いちばん偉いひとがくるの。だからあんぜんのために、じぜんにみまわりするの。なにかがあったら、いけないから」

 ざあざあと、雨の降る音がどこか遠くに聞こえる。
 少女の話す口調は重い。

 秘め事を話すかのように、誰かに聞かれたら咎められるかのように。
 ゆっくりゆっくり言葉が紡がれていく。

「……あのね、じょうおうさまがくるの」
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