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不可思議な森と水色のふたり①
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シェリアが“かれら”の森と呼んでいる場所は、厳密には人間の領域である。
だが、“かれら”の国へと続く扉がある丘が近いことから、この森に人間がくることはあまりない。
人間の領域にありながら、人間が容易に立ち入れない場所──それが、シープリィヒルにある“かれら”の森である。
シェリアの記憶が正しければ、ここ数日は、ざあざあとずっと雨が降っていたはずだ。
雲が空を覆い、どんよりとした空気で、道に属するらしい少女も『元気が出ない』と嘆いていた。
しかし、今、シェリアの眼前には、まばゆい陽光が射し込み、色鮮やかに緑が輝く森がある。
屋敷からこの森まで歩いてきて、一歩踏み込んだ瞬間、がらりと景色が変わったのだ。
先ほどまで、確かに薄暗かったはずなのに。
あまりの非現実さに、親指と人差し指で頬をつねってみると、じわりと痛みを感じた。
間違いなく現実ではあるらしい。
「……なんてお昼寝にさいてきな場所……!」
瑠璃色の髪を持つ小さな少女は、瞳をきらきらと輝かせ、羽根をひらひらとさせて、吸い寄せられるように目の前の樹木へと飛んでいく。
そういえば、とシェリアは、書物に記されていたことを思い出す。
人間を道に迷わせる妖精は、天気のよい日は、昼寝をしている疑惑があるのだとか。
実際に目にした者はいないものの、当の妖精本人が話しているのを聞いた者はいるらしい。
恍惚とした表情で木の幹にくっつく小さな少女を眺めながら、その疑惑は、あながち間違ってはいないかもしれない、とシェリアは思った。
「……あなたはここで、お昼寝していく?」
「…………うう、お昼寝はあらがいがたい、けど……」
シェリアの問いかけに、ぱっと振り向いた少女は、樹木とシェリアを交互に見ては「どうしよう」と悩ましげに呟く。
きっとここは、少女にとっては、とても魅力的な場所なのだろう。妖精の森なのだから、当然かもしれない。
「……逢いたいひとがいて、ここに来たの。だから、私のことは気にしないでいいわ」
シェリアはそう言って、膝を折ると、ハンカチを手近な石の上に広げた。バスケットの蓋を開け、クッキーを五枚ほど取り出し、その上にそっと重ねる。
「これは、ここまで付き合ってくれた御礼」
バスケットのメレンゲクッキーは、“かれら”への賄賂として用意したものだ。居場所の分からないあの子へ辿り着く為の、道案内の対価として。
きっと、今こそ渡すタイミングだろう、とシェリアは考えた。
「ありがとう。心配して、付き合ってくれて」
「…………まって、まだ行かないで」
立ち上がろうとするシェリアを、少女の声が引き止める。
少女は自身の瑠璃色の髪を何本か抜くと、ふわふわと浮かせ、宙でまるい輪のようなものをつくり、シェリアにそっと差し出した。
陽の光を浴びて、瑠璃色に美しく輝くそれは、ほんの少し見ているだけで、魅入られそうな気分になる。
「……手首につけて、試しに触ってみて欲しいの」
シェリアは言われた通り、手首につけて触れてみる。
「……離れていても、それに触れると、分かるようになってるの。あんまり離れてると、だめだけど。なにかこまったり、あぶなくなったら、それで呼んでね。……それでね、ぶじに帰ったら、ピクニック付き合ってね」
小さな少女は、羽根をひらひらとさせて、にっこりと笑った。
だが、“かれら”の国へと続く扉がある丘が近いことから、この森に人間がくることはあまりない。
人間の領域にありながら、人間が容易に立ち入れない場所──それが、シープリィヒルにある“かれら”の森である。
シェリアの記憶が正しければ、ここ数日は、ざあざあとずっと雨が降っていたはずだ。
雲が空を覆い、どんよりとした空気で、道に属するらしい少女も『元気が出ない』と嘆いていた。
しかし、今、シェリアの眼前には、まばゆい陽光が射し込み、色鮮やかに緑が輝く森がある。
屋敷からこの森まで歩いてきて、一歩踏み込んだ瞬間、がらりと景色が変わったのだ。
先ほどまで、確かに薄暗かったはずなのに。
あまりの非現実さに、親指と人差し指で頬をつねってみると、じわりと痛みを感じた。
間違いなく現実ではあるらしい。
「……なんてお昼寝にさいてきな場所……!」
瑠璃色の髪を持つ小さな少女は、瞳をきらきらと輝かせ、羽根をひらひらとさせて、吸い寄せられるように目の前の樹木へと飛んでいく。
そういえば、とシェリアは、書物に記されていたことを思い出す。
人間を道に迷わせる妖精は、天気のよい日は、昼寝をしている疑惑があるのだとか。
実際に目にした者はいないものの、当の妖精本人が話しているのを聞いた者はいるらしい。
恍惚とした表情で木の幹にくっつく小さな少女を眺めながら、その疑惑は、あながち間違ってはいないかもしれない、とシェリアは思った。
「……あなたはここで、お昼寝していく?」
「…………うう、お昼寝はあらがいがたい、けど……」
シェリアの問いかけに、ぱっと振り向いた少女は、樹木とシェリアを交互に見ては「どうしよう」と悩ましげに呟く。
きっとここは、少女にとっては、とても魅力的な場所なのだろう。妖精の森なのだから、当然かもしれない。
「……逢いたいひとがいて、ここに来たの。だから、私のことは気にしないでいいわ」
シェリアはそう言って、膝を折ると、ハンカチを手近な石の上に広げた。バスケットの蓋を開け、クッキーを五枚ほど取り出し、その上にそっと重ねる。
「これは、ここまで付き合ってくれた御礼」
バスケットのメレンゲクッキーは、“かれら”への賄賂として用意したものだ。居場所の分からないあの子へ辿り着く為の、道案内の対価として。
きっと、今こそ渡すタイミングだろう、とシェリアは考えた。
「ありがとう。心配して、付き合ってくれて」
「…………まって、まだ行かないで」
立ち上がろうとするシェリアを、少女の声が引き止める。
少女は自身の瑠璃色の髪を何本か抜くと、ふわふわと浮かせ、宙でまるい輪のようなものをつくり、シェリアにそっと差し出した。
陽の光を浴びて、瑠璃色に美しく輝くそれは、ほんの少し見ているだけで、魅入られそうな気分になる。
「……手首につけて、試しに触ってみて欲しいの」
シェリアは言われた通り、手首につけて触れてみる。
「……離れていても、それに触れると、分かるようになってるの。あんまり離れてると、だめだけど。なにかこまったり、あぶなくなったら、それで呼んでね。……それでね、ぶじに帰ったら、ピクニック付き合ってね」
小さな少女は、羽根をひらひらとさせて、にっこりと笑った。
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